第63話「極めし者ですか?」

――プルルルル……


「はい、ヘルプデスクです」


 夢子が元気に電話をとります。


 前回のBBQパーティが非常に楽しかったようでご機嫌です。


 すると、元気な女性の声が響いてきます。


「グッド・スコヴィル! おれは人呼んで【メガデス】。ヘルプデスクに用事がある!」


「畏まりました。本件はクローズします」


「……え? ちょっ――」


――ガシャン!


 切りました。

 受話器をめっちゃ叩きつけるように切りました。

 それを見ていた悠が、目を丸くします。


「あら? 花氏さんにしては、ずいぶんと丁寧に切りましたわね。クローズを伝えてから切るなんて」


 これでも、丁寧なようです。


「ええ、まあ。今日は気分がよいので寛容なんです」


 寛容だそうです。


「それでどうして切ったのですの?」


 皆藤が休みのため、管理は悠の仕事。


 面倒ですが、確認しなくてはなりません。


「はぁ。それが、いきなり『ぐっどすごうぃる』とかなんとか英語を言ってきまして……。しかも、『メガデス』とかロックバンドみたいな名前で」


「……あ。それってもしかして、先日の変なスコヴィルさんですかね」


 横から圭子が、ハッとした顔で呟きます。


 彼女は、先日の意味不明の電話の内容を思いだしているのでしょう。


「ああ。圭子ちゃんが言っていた、からいのがどーのとかいうの? でも、今のは女だったよ」


「確か問い合わせしてきた方の幼馴染みが、『メガデス』さんとかなんとか……」


 圭子は記憶力が本当によいです。


 作者さえ忘れていて、前の話を読みなおしてチェックしたことを覚えています。


「次にかかってきたら、わたしがとります」


「いやいや。圭子ちゃんにこんな面倒そうなのは可哀想だから、私が出るよ」


 夢子は圭子がお気に入りです。


 妹のように可愛がっています。


「でも……」


「任せて! ここはこの夢子さんが電話をたたき切ってやるから!」


 夢子には、まともに対応する気が欠片もないようです。


「いえ。わたくしがでますわ」


 そこに珍しくやる気を見せたのは、なんと悠でした。


 そして電話が鳴り響きます。


 電話番号を確認すると、先ほどと同じようです。


 それを確認した悠が、どこか決意を感じさせる顔で電話をとります。


「――はい、ヘルプデスクでございます」


〈改めて、グッド・スコヴィル! さっき、そこに電話をかけたらいきなり切られたぞ!〉


「それは失礼いたしました。それでどのようなご用件でしょうか?」


 悠は、しれっと話を流すのが非常上手です。


〈え、ああ……。せ、先週にだな、そちらにおれの幼馴染みが電話をして相談したのだが、その所為であいつ、胃を悪くして寝込んでしまったんだ! なぜ、あんな凄火流スコヴィルの低いヤツに、ブートキャンプなんか薦めたんだ!〉


「お薦めしたわけではございませんわ。ただ、こちらは情報をお渡ししただけです。そんなことでクレームを入れられても……素人はこれですからこまりますわ」


〈し、素人だと!? この770,000スコヴィルの【メガデス】をつかまえて、素人といったのか、貴様!〉


「なーにが、770,000スコヴィルの【メガデス】ですか。あなた辛味が味覚ではなく、痛覚であることは当然、わかっていらっしゃいますわよね?」


〈無論だ! その痛みに耐える強さを持つことこそが――〉


「マゾヒスト」


〈――なっ!〉


「そうやって激辛好き自慢すると言うことは、『自分はこんなに痛いのが好きなマゾ』と公然に言いふらしているようなものですわ。それを自覚していますの?」


〈ち、違う! それは一面でしかなく、痛みに耐える強い精神が――〉


「ふん。やはり素人ですわね」


〈な、なんだとぉ~~~。この最強の――〉


「最強が聞いて呆れて片腹痛いですわ。貴方は、特殊能力【火武砕心カプサイシン】を正しく理解していませんわ。だから、77万程度で満足していらっしゃるのよ」


〈77万……だと?〉


 ちなみに復習しておきますが、一般的なタバスコの辛さは、500~5,000スコヴィルの間です。


 ハバネロ入りのタバスコでも、7,000~8,000スコヴィルです。


 77万スコヴィルは、毒に近い辛さです。


「ええ。特殊能力【火武砕心カプサイシン】の極意は、マゾヒズムにあり。いいこと? それを否定しては、その上はありませんわ。自分はマゾと公然と言ってのけて、痛い視線にも耐える精神。後ろ指さされようと、豚と罵られようと、それを悦びに転化させて、むしろ『もっと!』とねだる、痛い精神。その精神的痛みこそが、更なる凄火流スコヴィルの覚醒を促すのよ!」


〈ぐっ……それは禁断の極意……貴様、使い手か!?〉


「ふっ……。やっと気がついたみたいね」


〈何者だ!〉


「あなた、自分を最強と言ったけど、【メガデス】の上の称号があるのは知っているわよね?」


〈無論。しかし、これ以上の称号所持者は、伝説の女王……いや、神と呼ばれた存在によって全員滅ぼされて……まっ、まさか!?〉


「そのまさか……だとしたらいかがかしら?」


〈そ、そんな馬鹿な!? あまりにも極めてしまい、ソースと言いながら結晶化してしまったという、その存在は【クリスタル・オブ・火武砕心カプサイシン】と呼ばれた者……そして、ほとんどの者が見たことがないという伝説の存在。なにしろ、近づくだけで焼けただれ、その接吻は死を招くという……あの、1,600万スコヴィルを誇る至高神【16ミリオンリザーブ】……それが貴様……いや、貴方だというのか!?〉


「ふふふ。昔は、そう呼ばれたこともあったわね。でも、今はただのマゾ女よ!」


〈くっ……なんと堂々としたマゾ宣言……。まさに、本物……し、失礼する!〉


 電話が切られました。


 やりきった顔で悠は、大きくため息をつきます。


「さあ、これでもこの変な電話はかかってこ……」


 そして圭子の方を見ると、なぜか彼女は夢子と抱き合いながら遠くの壁まで離れて震えています。


「ど、どうしたのかしら?」


「いいえ、あの……」


 圭子、怯えすぎて声が震えています。


 そのため、夢子が言葉を続けます。


「ごめんなさい、上空さん。もうなんか、いろいろと怖くて近寄れません!」


「…………」


 貶されたり、バカにされるのはなれているどころかウェルカムでしたが、怯えられるとかなりショックな悠なのでした。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

■用語説明

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●前回のBBQパーティ

 友達とBBQをやったことがなかった夢子は初体験だったのでした。

 まあ、正確には友達なのかという疑問もありますが、そこはあえて触れないのが優しさです。


●グッド・スコヴィル!

 朝昼晩と共通で使用できる便利な挨拶です。

 みなさんも使ってみてください。


●メガデス

 第60話「スコヴィル強いんですか?」に出てきた質問者の幼馴染みです。


●マゾヒスト

 漢字で書くと「魔素秘守人」。

 魔素という魔力の元の秘密を守る役目を負う人です。

 誰かこの設定、小説で使っていいですよ?


●『自分はこんなに痛いのが好きなマゾ』

 激辛すぎると元の味などわからなくなりますので、ぶっちゃけ「激辛好き」は「自分は味音痴で痛いの大好きなマゾ」と同意義と考えられます。

 たぶん。


●16ミリオンリザーブ

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%B9%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%B9

http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%83%96%E3%83%AC%E3%82%A2%E3%81%AE%E5%8D%88%E5%89%8D6%E6%99%82


 詳しくは上を参照。

 要するに、カプサイシンそのものであり、限定で過去に売っていたことがあり、普通の人がお目にかかることはほぼない品です。

 限定のシリアルナンバーは瓶にマジックで書かれて、蓋はほぼ破壊しないと空けられないような密封度。つまり観賞用です。

 空けて素手を近づけると、それだけで手が痛み始め、下手に顔を近づけると目まで痛くなる。少しでも触るとそれだけで荒れてしまいます。

 それは子供用甘口カレーに2粒ほどの結晶を入れると超激辛カレーに変わってしまうほどの恐ろしさです。

 よく溶けたのを確認しないで口に含んでしまうと、舌に穴が空くのではないかというほどの激痛で死ぬことになりますね。

 たぶん、飲み物のストローとかに数粒入れておけば人を殺せます。

 日本で所持している店は現在だとほとんどないはずです。

 一時期は1瓶30万円ぐらいまで値がついたらしいですよ。

 もちろん、日本でこれを口にした人間は、ほぼいないだでしょう。


 たぶん、これを発売前に予約して個人輸入で共同購入した上に、封印を開けてしまった私と友人、そして実験につきあった数人ぐらいでしょうね……フフフ。

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