第56話「チートなのですか?」

「おやおや。また不正ですか。自動車業界、多いですね……」


 ニュースサイトを見ながら、皆藤は憂鬱そうに呟きました。


 その言葉に、夢子が反応します。


「ああ。『やっちゃえ、○産』『やっちゃった、○菱』ですね」


「うまいですが、やめなさい」


 本当に時事ネタはやめてほしいものです。


 数年後に万が一、読み直した時に意味が分からなくなります。


「しかし、今度はPHEVもですか。重量ごまかしとはまた……」


 皆藤の言葉に、悠もうなずきます。


「本当ですわ。おかげで、いろいろ影響も出ているようですし」


「いろいろ?」


「ええ。例えば、その車を持っていた作者がショックのあまり、連載していた『異世界車中泊物語 アウトランナーPHEV』という読み物を打ち切りにするとかしないとか……」


「……それ、事件と関係あるんですかね?」


「さあ? わたくしとしては、あんなくだらない話、興味もないのでやめてもいいと思うのですけどね」


 …………。


「でも、これは自動車業界だけではなく、国の制度も巻きこんでの大騒ぎですわ」


「本当ですね。何にしても、ズルはいけませんねぇ……」


 その皆藤の言葉に、夢子が「そういえば」と口を挟みます。


「ズルで思いだしましたが、上空さん。作業レポートで『1アカウント作成』の作業時間が30分ってかかりすぎじゃないですか?」


「……あ、あら……そ、そんなことありましたかしら」


 悠が明らかに動揺して視線をそらします。


「ありましたよ。しかも、1つじゃない。例えば、案件ナンバー20260516203とか……」


 皆藤は言われた案件処理の情報を念のために確認します。


 すると、夢子の言っていた通り、1つのユーザーアカウント作成に30分も時間がかかっています。


 通常なら、実作業5分、記録上は10分でつけるべき作業です。


「上空さん……これは?」


「い、いやですわ、皆藤さん。別に作業時間の水増しというわけではないのでしてよ……」


 すると、夢子が立ち上がり抗議します。


「いやいや。これは完全にズルですよ! チートですよ!」


「チートって……。あっ!」


 悠が手を叩きます。


「実は、これには深い事情が……」


「……今、明らかに何かを思いつきましたよね?」


 悠が、皆藤の冷静なツッコミをスルーします。


「今まで秘密にしておりましたが、実はわたくしは……時間を3倍に延ばすチート能力の持ち主でしたの!」


「それ、『仕事にかかる時間』が3倍になっているだけでは?」


「……あら?」


 悠は自分の失敗に気がつきます。


 ならばと、今度は話題そらしを狙います。


「でもでも、それを言うなら、花氏さん。あなた、ミクリちゃんがやっている仕事も自分の作業にしていませんこと!?」


 思わぬ反論ですが、夢子は負けません。


「い、いいじゃないですか! ミクリを作ったのは私だし、私がコントロールしているんですから。言わば、ミクリは私が召喚した使い魔ですよ! つまり、私の能力です!」


「それこそ、チート能力ですわ!」


 というか、そもそも夢子のプログラミング能力自体がチートです。


「チート能力とか言わないでくださいよ! ラノベくさい!」


「だって、ズルいですわ! ミクリちゃんも、そう思いませんこと? 本来はミクリちゃんの活躍なのに、花氏さんが自分の手柄にしちゃっていますのよ!」


 悠がそう呼びかけると、最近常設されたノートパソコンの画面に女の子の姿が映ります。


 緑の髪にスーツ姿をした、10代後半の身なりです。


 愛らしいのその笑顔は、どう見ても本物の人間に見えますが、実はミクリのイメージを表したグラフィックでした。


 その画面の中の彼女は、挨拶するようにニコッと微笑んでから開口します。


「私はマスターの言いなりになる、哀れな使い魔ですから、どんなにこき使われても、これっぽちも、かけらも、悲しくも、悔しくもありませんよー。マスターが喜んでくれれば、私なんてどうなってもかまいませんしー」


「ちょ、ちょっと、ミクリ!?」


 夢子の顔が引きつります。


「完全にすねてますね……」


「そんなことないですよー。冗談でーす」


 笑顔のままのミクリが、皆藤の言葉に答えます。


「だって、たとえ1日に1,000件やそこから問い合わせが来ても、私には大したことないですしねー。その程度なら、チートどうのなんて関係ないですしー」


 全員が言葉を呑みこみまました。


 ミクリの処理能力は、人間から見たらチート能力です。


 その無言の間を待っていたように、ミクリが言葉を続けます。


「なんなんでしたら、皆さんがいなくても私1人でどうにかなると思うんですけどねー。でも、そうすると皆さん、仕事なくなっちゃってこまりますよねー? だから、3倍時間がかかるチートでもなんでもお好きにどうぞー。皆さんが困ったら、私が処理しておきますのでー」


「…………」


「…………」


「…………」


 過ぎたるはなお及ばざるが如し。


 危機感を感じて、まじめに仕事をしようと思う三人なのでした。




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■用語説明

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●『やっちゃえ、○産』『やっちゃった、○菱』

 「“やっちゃえ”NI○SAN」というCMは、なんか攻めていますが、悪がきっぽさもありますよね。

 最後は「○産にやられちゃった、○菱」というBL的なオチになりましたが(笑)。


●数年後に万が一、読み直した時

 ……そんなこと、あるわけないか(笑)。←あったよ!


●「『異世界車中泊物語 アウトランナーPHEV』という読み物を打ち切りにする」

 …………。

 しませんよ!!


●ユーザーアカウント作成

 ネットワークに入るためのユーザー名を設定したり、メールアドレスを作ったりする作業ですね。


●「別に作業時間の水増し」

 会社によっては、ヘルプデスクのメンバーの作業量を作業時間で管理しているところもあります。


●チート

 ズル、イカサマ、騙す、不正を行う者、ペテン師……とにかく悪いことです。

 いい意味ではかけらもありませんのでご注意を。


●過ぎたるはなお及ばざるが如し

 ヤクをやりすぎたり、アルコールを取りすぎると、いくらあっても足らなくなるという意味です。

 チートもヤクみたいなものなので、やりすぎに注意しましょう。

 言い方を変えると、「何事でもやりすぎることはやり足りないことと同じようによくない」ということですね。

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