第21話「牛丼は何派ですか?」
「皆籐さん、いますか?」
ヘルプデスクに珍しく顔を覗かせた人がいます。
皆籐と同じぐらいの年齢の男性社員です。
「お。いたいた。これ、専務預かりの書類ね。……ほい」
「ああ、ありがとうございます」
皆籐は彼から書類の束を受けとります。
「ところでさ。一つ質問があるんだけどいいかな?」
「はい? ヘルプデスクへの質問ですか?」
「うーん、まあ、それでもいいな」
「南さんが質問とは珍しいですね。なんでしょうか?」
「ああ。あのさ、皆籐さんは、【吉○家】? それとも【す○家】?」
「……はい?」
目の色を変えないながらも、皆籐は少し裏返ったような声で驚きます。
「牛丼だよ、牛丼! 元祖で【○野家】が好き? それとも話題の【○き家】派?」
「…………はあ。まあ、それなら【○屋】ですが」
「【松○】だと!? そこで第三派だすなよ!」
「何を仰いますのやら、南さん!」
南に異議ありを唱えたのは悠でした。
席から立ちあがって、彼女は腰を手に胸をデカデカと張って声をあげます。
「牛丼と言えば、【○屋】のプレミアム牛丼! わたくしにもふさわしい、『プレミアム』という響き! それを選ぶとは、さすがですわ、皆籐さん!」
「……いや、すいません。私が好きなのは、チゲカルビ焼膳・半熟玉子付きなんです」
「だ、大丈夫ですわよ! 豆腐キムチチゲに入っているのは、プレミアム牛肉ですわ!」
「大丈夫じゃネーヨ!」
南が意義あり返しをします。
「牛丼じゃねーじゃんか。牛丼だよ、牛丼。……そこのお嬢さんは、【○野家】派? 【○き家】派?」
南は、奥で黙々とキーボードを叩いていた夢子に目をつけました。
夢子は、キーを叩くのをやめると、正面を向いたままメガネをクイッと押しあげます。
そして、キリッとした顔で南を睨んだのです。
「……私は、【な○卯】です」
「また新しい派閥か! あれね、和風牛丼ね」
「いえ。親子丼のファンです」
「牛丼じゃネーヨ! 牛丼の話だよ、牛丼の!」
「おはようございまーす★ 何か皆さん、楽しそうですね?」
そこにいつもより早い出勤で、圭子が現れました。
「おお、噂のJC派遣社員! ちょうどいいや、君も教えてよ」
圭子に人指し指を向けて、南は問答無用で尋ねます。
「君は、【吉○家】派? 【す○家】派?」
「……………………はい?」
本気でわからなかったのか、圭子は困った顔で首を捻ります。
「南さん、JCに牛丼の話を聞いても……」
「ああ、牛丼のことですか!」
圭子は皆籐の言葉でわかったことが嬉しいのか、ニコッと笑って手を叩きます。
「大丈夫です! 私も好きですよ、牛丼★」
「おお。食べてるんだ!」
「はい。よく【百年牛丼】って食べてます★」
「……百年? それどこの?」
「【浅草・今○】のですけど?」
「…………」
【浅草・○半】は、すき焼きが有名な名店です。
それはみんな知っていましたが、【百年牛丼】は知りませんでした。
夢子が急いでググります。
「……お値段、4桁です」
「よん?」
「しかも、下手すると3桁部分だけで、そこらの牛丼が2杯ぐらいいけそうな雰囲気です……」
「…………」
「…………あれ? なんか私、変なこと言いました?」
「……もう一つ、聞いていい?」
南の問いに、圭子が明るく応じます。
「はい、なんでしょう?」
「みんなとカジュアルに焼き肉を楽しみたい時、君ならどこに行く?」
もちろん、彼が期待している回答は、【○角】とか【どん○ん】とかのチェーン店です。
「ああ、カジュアルにですか。なら、【叙○苑】とかいいんじゃないですか?」
「……まあ、ね。うん、そうね」
30代の南は、JC相手に言葉を失います。
しかし、負けてばかりはいられません。
南は吼えます。
「あーもう! とにかく、牛丼だよ、牛丼! 【吉○家】派? 【す○家】派? どっちなんだよ!」
南の問いに、皆籐は問いで返します。
「というか、南さんはどっちなんですか?」
「それを悩んでいるんだよ!」
「……そもそもなんで悩んでいるんです?」
「そんなの決まってるだろ! ランチだよ、ランチ! 近くにあるのがその2軒なんで、どっちの牛丼を食べるか悩んでるんだよ!」
「そんなの好きにしなさいよ!!!」
呆れて言葉が出ない皆籐の代わりに、悠がツッコミを入れました。
しかし、南はあきらめません。
「どっちも好きだから悩んでいるんじゃないか! 決めてくれよ、ヘルプデスク!」
「百年牛丼がお薦めですよ★」
純真な瞳をキラキラとさせながら、圭子が南に顔を近づけます。
「すごくおいしいですから!」
「あ、うん、いや……ほら、この近くにないし……」
南がしどろもどろです。
「大丈夫ですよ! タクシーですぐですから!」
「…………あ、えーっと……ごめん。やっぱ、自分で決めるわ」
そそくさと逃げだす南の背中を圭子は残念そうに眺めます。
「……本当においしいんですけどねぇ。受け入れてもらえませんでした」
受け入れてもらえなかったのは、味ではなく値段だと言うことに気がつけない圭子でした。
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■用語説明
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●【吉○家】
私は昔在った焼き鳥丼みたいなのが好きでした。
今なら、ロース豚丼でしょうか。
●【す○屋】
自虐的にメガ盛り頼んで苦しむお店というイメージです。
●【松○】
作者は、ここが大好きです。
プレミアム牛丼は、他の牛丼と肉質で一線を画する味です。
チーズインハンバーグも下手なファミレスより美味いし、カレーもコ○壱より好きです。
●チゲカルビ焼膳・半熟玉子
作者が今、はまっている時事ネタです。
●【な○卯】
親子丼、かつ丼などの卵とじに定評があります。
●【百年牛丼】
美味いです。
枚数が少ないのですが、美味いです。
でかいすき焼き用のネギが乗っているのが特徴的です。
2016/02/28現在の価格は、1,620円です。
●【浅草・今○】
肉の日に行く店です。
●「よん?」
ミスラ風に読みましょう。
http://wiki.ffo.jp/html/973.html
●【○角】
なんであんなに狭いのでしょうか。
●【どん○ん】
食い放題では注文する肉をよく考えましょう。
●【叙○苑】
上野辺りならさほど高くもありません。
今なら、コンビニのロー○ンで気分だけ味わえます(コラボ商品があります)。
●「受け入れてもらえなかったのは、味ではなく値段」
ちなみに同じように金持ちのはずの夢子ですが、実はあまり金を持っていません。
いろいろと使ってしまっていて現金は持っていないのです。
そのため、普段の食生活は意外と一般的です。
というか、彼女は食に対してこだわりが在りません。
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