心地いい関係

 優が欲しいと言った、「スタートライン」のことを考えている。

せっかく彼が欲しがっている大切な出発点だ。彼の希望を叶えてやりたい。


 これが女の子だと、いろんなことが想定される。

「ふたりの門出は純白のウェディングドレスで!」はもちろん、場合によっては「ハワイの海辺の小さなチャペルで♪」とか「ディズニーラ○ドで挙式したい!」とか…男の度肝を抜く想像をウキウキと繰り広げていることだって大いにあり得る。


…まあ、それはまずない。

俺も優も、男だ。

だから、思考回路は基本的に同じなのである。


 基本的に、シンプルさを求める。こまごまと面倒なのは苦手だ。

例えば、ヒロさんも花絵もいない週末の夕食時。調理担当と片付け担当をふたりで決める。前回と担当を交代すれば不平等感もない。

「あるもので適当に作るけどいいよね」

「そうだな」

会話はあくまで簡潔だ。


 優はセンスよく美味な料理を作る。

俺も基本的な料理は困らない程度にできる。しかし味やらセンスやらはいたってフツーだ。


「お、美味いな、コレ」

「ほんと?じゃよかった。ちょっとレシピ調べて作ったんだ」

優は料理が上手いせいもあり、俺はしょっちゅうこの台詞を言っている気がする。

優も、褒められると嬉しそうだ。


 一方。

「優、どうだ?」

「ん、何が?」

「コレ、コレ」

俺が俺なりに頑張った野菜炒めを指し示し、回答を催促する。

「あ、うん、フツー」

「あ、そ。……いいけどさ。別に」

これが男の反省すべき点である。シンプルすぎる。会話に配慮というものがない。

今になって、花絵が俺の態度にぶーぶー言ってた気持ちがよくわかる。


 花絵とは、割とケンカもした。

花絵がいきなり怒り出したり、泣き出したり…で、何が起こったのかわからず俺がビビる、というパターンだ。

女性の思考回路は、努力してもマジでわからない。

いつ、どんなきっかけがケンカの発端になるのか、さっぱり予測ができない。花絵だって、どんな場合に自分の怒りスイッチが入るのか、よく分かっていないのかもしれない。

今思うと、そんな理解不能で手に負えないようなところが、女性のかわいらしさなんだという気がする。


 優と過ごす時間が増えてからは、この辺が至ってラクだ。

何も言わずとも、根底が同じだという感覚がある。敢えてあれこれ説明しなくても、分かり合えている安心感。

お互いがそれでいいと思ってるから、その関係が成立する。——ラクである。ストレス0である。


「拓海さあ、机に本積みすぎだよ?これじゃどこに何があるか全然わかんないじゃん!テーブルも散らかってるし。さあさあ片付ける!」

「気にするなよ、ちょっとくらい」

「嫌だ。本が本棚に入ってないなんてイヤだ!」

そんなこんなでも、優は俺の部屋に来るなり、いきなり俺に掃除を強要したりする。こんな時は結構うるさい。同じ男でも、どうやらその辺の意識には個人差があるらしい。

「じゃ、いっそ毎日掃除にきてくれるといいな」

「僕は家政婦じゃない」

「あ、それ、よくあるヤツな。専業主婦の奥さんがダンナに言うヤツ」

「正論だね。大の大人が、自分のものくらい自分で片付けられなくてどうする?妻はダンナのお母さんじゃないんだからさ」

「凛々しい妻だな」

「……僕は妻でもないからね?」

ぎろりと睨まれてしまった。


 俺と優は、そんな感じで「平等、対等」という関係を常に意識している。


 一方、花絵とヒロさんは…見た感じ、花絵が彼女でヒロさんがカレシだ。明らかに。

結婚すれば、花絵がかわいい奥さん、ヒロさんは立派なパパになるだろう。間違いなく。

「優くん、買い物行かない?なんか欲しいものあったらなんでも買ってあげるわよ?」

と、しょっちゅう優を甘やかすヒロさん。

「優くん、これちょっと味見して?…ちゃんとできてる?」

などと優を頼る花絵。

彼女たちの間に子どもができたら、こんな感じになるんだろうか?——そんなことを想像すると、ちょっと楽しい。

子育てをするレズビアンカップルは、日本でも少しずつ増えているらしい。信頼の置けるゲイの男性に精子を提供してもらう、というスタイルが多いようだ。

そんな多様性が広がって行く社会は、考えただけで楽しくなる。


 俺たちのような場合、異性カップルに見られる「女は家事、男は仕事」という暗黙の決まりがない部分は、お互いにとって非常に心地よい気がする。

どんなことも、しっかり二等分したい、とお互いに思うから。

何かを押し付け合う感覚を持たない…これは、毎日一緒に暮らす中で、とても大切なことだ。


 こういう心地よい関係があるのだということを、優と過ごすようになって初めて知った。


 そんなわけで、優といる俺の心は、穏やかで平和だ。

申し訳ないが、のろけである。



        *



「なあ、優。いろいろ考えてたんだけど…俺たちのスタートライン。

どうしようか?

婚姻届の提出とかもないから…何か、記憶に残る記念日にしたいだろ?

せっかくのスタートだもんな。——優は、どうしたい?」

「僕は、マリッジリングがほしいな。…拓海と交換した日を、記念日にしたい」

優は、少し恥ずかしげに言う。

「リングなら、ちゃんと目に見えて、実感できるから…それが一番いい」

思いの外しおらしい。

「式を挙げたい、って言うかな、と思ったんだけどな」

「え…んー、でもな……」

頬を染めて俯き、何やらもじもじしている。

あれ。こんな優、滅多に見ない。ファーストキス以来じゃないか?…いつもはクールでかわいげないのに。


「なんか、いつもの優らしくなくてかわいいな?」

「当たり前じゃん。うれしはずかしいし、だって」

ますます顔を赤らめ、ちょっと怒ったように呟いた。


「……うん。そうだよな」


 ふたりで一緒に歩き出す、記念の日を作る。

よく考えれば、本当に大切で…深い意味を持つことだ。


 全くの他人だったひとが、恋人になり——やがて、一生愛し続けるひとになる。

そのスタートの日。

彼にとっては、初めて家族を持つ記念日だ。


「…急がなくてもいいか。よく考えて、優がしたいようにやろう。——じゃ、どんなリングがいいか探してみようか」

「うん」

彼は心から嬉しそうな顔をした。



 君のそんな顔を、たくさん見たいと思ったんだ。——君に初めて会った時から。


そんな自分自身の願いを、これから一生をかけて叶えていく。


これからずっとその笑顔の側にいられる俺は、誰よりも幸せだ。


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