第171話「始原勇者」
「―――――――――――――」
光の中、声無き声を上げる。
意識が薄れ、自分がどこにいるのかも分からない。
ただ確かなことは手に握る小さな感触、ロックが共にいること。そして、胸の中にはドラちゃんがいること。
何があろうともこの手と胸の中にいるドラちゃんは離してはいけない。
その思いだけでオレは全身が歪んでいくような奇妙な感覚の中、光の濁流に飲まれていく。
――そして
「……う、ううん……」
最初に感じた感覚は体に当たる温かい日差し。
そして、砂の感触。
「こ、ここは……?」
目を開けるとそこは砂漠のど真ん中であった。
オレは上体を起こすと周りを見渡す。
胸の中にはドラちゃんがおり、気を失っているが息はしている様子であった。
すぐそばにはロックが倒れており、オレはロックの傍によると声をかける。
「ロック、大丈夫か? ロック?」
「う、うーん……ぱぱー?」
寝ぼけ眼に目を開きながら起き上がるロックを見て、オレは安堵のため息を漏らす。
それと同時に胸の中にいたドラちゃんも起き上がり、どうやら全員の無事が確認できた。
「ご、ご主人様、ここは一体?」
困惑するドラちゃんであったが、それはオレも同じであった。
周りの背景を見るにここは恐らく以前、オレ達が訪れたシンのいるアラビアルがある砂漠地帯ではないだろうか?
いずれにしてもオレ達全員生きており、予定とは少々異なるが囚われの状態から脱出したと言えなくもない。
ただ、それを行ったルーナのあの時の悲痛な表情。
それが未だ脳裏から離れず、胸をざわつかせてはいたが。
「……まあ、なんにしろこうして外に出られたんだ。ここがアラビアル、なんとか皆のところへ戻れるかもしれないぞ」
「本当ですか? ご主人様」
「ああ。なんたってこっちには空間を移動する能力を持つロックがいるんだから」
そう言ってオレはロックを見て、ロックも「うん! 任せてよ! パパ!」と両手の拳を握る。
「それじゃあ、早速近くのアラビアルに移動でいいかな?」
「おう、頼むぞ。ロック」
そう言ってロックの肩に手を置くオレ。
だが、問題はこれからだ。
あのダハーカと共にいたルーナをどうやって取り戻すか?
取り戻す方法にしても、あの時のルーナの決意は生半可なものではない。
それにあの旧魔王城の在り処も不明だ。
いや、待てよ。
魔王城ということはオレの母さんに聞けば何かわかるか?
そうだ。今回のことは母さん達に協力を仰いだほうがいいかもしれない。
そんなことを思いながら、なんとか一通りのプランを練るオレであったが、しかし、いつまで経っても目の前の光景が変わらない。
不審に思ったオレがロックを見ると、そこにはなにやら難しい顔をして悩むロックの姿があった。
「ううー……うー……」
そう言って眉間に皺を寄せながら唸るロックであるが、いつまで経っても転移の気配すら見せず、オレは思わずロックに問いかける。
「ど、どうしたんだ? ロック。調子でも悪いのか?」
「うー……」
問いかけるオレに対し、涙目のロックが信じられないことを呟く。
「……ないの……」
「ないって?」
「転移しようと……アラビアルとか、パパ達のいたミールに移動しようと念じるんだけど……なにも波長が返ってこない……。まるで、そこに何もないみたいで……。ロックの知る場所がないみたいなの……。ロックが知らない、なにもない場所には移動できないの……」
「へ?」
その答えにオレは唖然となる。
ない?
ど、どういうことだ?
それってアラビアルや、オレやリリィ、ミナちゃん達がいたあの街がなくなってるってこと?
い、いくらなんでもそんなバカなことは。
仮にあの時のルーナのセリフが本物であり、それを実行に移して国や街を滅ぼしたとしても、いくらなんでも早すぎる。不可能と断じてもいい。
オレ達が気絶していたのはせいぜい一時間かそこら。
そんな短時間にそんな真似が出来るはずはない。
けれど、ロックが嘘を言うはずはないし。
転移できないということは、ロックが転移しようと思い浮かべた場所がないということ……。
一体、どういうことなんだ……?
困惑するオレ達であったがその瞬間、背後の砂がせり上がると同時に、そこから巨大な影がオレ達の頭上へと現れる。
「!?」
思わず振り向くオレ達であったが、そこに現れたのは巨大なサンドワーム!
おおお、こ、これは! 砂漠に必ず付き物という魔物!!
前回ここへ来た時には見れなかったからなー。
いやー、見れて良かったー。
なんて言ってる場合じゃねぇ!!
こいつめっちゃ殺気立って今からオレ達をいただきますします満々じゃねぇか!!
上空からギザギザの歯をむき出しにしながら、オレとロックがいた場所へと襲いかかるが、瞬時にロックがオレを抱えて移動し、攻撃を回避する。
「さ、サンキューな。ロック」
「ううん! これくらい平気!」
そう言ってロックはオレを地面に下ろしてくれる。
しかし、なんだな。娘というか幼女に抱っこされて救出される大人というのも情けない。
が、こんな見た目でもロックは紛れもないSSランク魔物。
サンドワームがどの程度の危険度かは知らないが、ロックが遅れを取るとは思えない。
正直、こちらに敵意を抱いて向かってくるというのなら、こちらも反撃するしかない。
ロックも同じ考えであり、再びこちら目掛け飛びかかろうとしたサンドワームに対し、拳を構えるロックであったが――
「――やああああああああああッ!!」
瞬間、サンドワームの背後より少女の掛け声が響く。
ワームがそちらを振り向いた瞬間、その体は一刀両断。
太陽の逆光に照らされながら、オレ達の前にひとりの少女が降り立つ。
「大丈夫だった? 君達」
それは褐色の肌を持つ美少女剣士。
一瞬リリィと見間違えたが、そっくりというわけではなく、どことなく似ている印象を抱いた。
軽装の鎧に、砂漠で動き回るための露出の高い服。
短い金髪を揺らしながら、まだ幼いあどけない表情を向ける少女。
よく見るとほっぺたには、ソバカスがいくつかあったが、それが逆に少女の純朴なイメージを引き立たせていた。
美人や綺麗というよりも、素朴な可愛らしさを抱く印象であった。
そんな少女剣士がオレ達の前に立つ。
「あ、ありがとう。助かったよ」
「どういたしまして。ここらへんはサンドワームの住処だから気をつけた方がいいよ」
すぐさま少女に対し、お礼を告げるオレ。
見るとロックが不思議そうな顔で目の前の少女を見上げている。
どうしたんだろうか? 知り合い……なわけはないな。
少なくともオレは目の前の少女に見覚えはない。
「あ、オレの名前はキョウ。こっちはロック」
「へぇ、キョウとロックちゃんって言うんだ。いい名前だね」
オレの自己紹介に対し、笑顔で答える少女。
だが、次の瞬間、少女が告げた名前に対し、オレ達は思わず驚愕する
「僕の名前はルーナ。“始原勇者”の称号を持つ大勇者だよ。よろしくね」
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