第160話「バハムートの栽培」
「これが、これまでのオレの全てだ」
話を終えたフェリドを前にオレ達は静かな沈黙を保っていた。
以前にこの人がオレに対し、どことなく羨望の眼差しを向けていた理由はそういうことだったのか。
これまでいくつか気になっていた点を彼自身の口から聞かされたことにより、オレ達は納得する。
なによりも、最初に彼が言った魔物を栽培して欲しいという言葉の真意。
それがどれほどの重さを秘めていたのかも。
「つまりアンタはそのミーメって人を生き返らせて欲しいのね?」
「……端的に言えば、そうなるな」
リリィからの確認に対し、フェリドは顔を俯かせながら答える。
確かに、オレの魔物栽培でなら、普通は出来ないはずの死者の蘇生も栽培という形で行える。
とは言え、その相手が魔物限定にはなるが。
しかし、フェリドの育ての親であるミーメはバハムートが人化の能力で変身したもの。ならば、栽培は可能。とは言え、それを行うには無論、必要なものも存在する。
「フェリドさん。ひとつ確認です。そのバハムートの遺品か何かありますか? 出来れば彼女の遺体の一部なりが必要です」
そう。オレの栽培はあくまでも元なるものがなければ、それを栽培することはできない。
いくらオレの魔物栽培のレベルが上がったとは言え、無から何かを生み出すことはない。
これは以前にモーちゃんにも言われたが、オレが出来るのは有から新たな有を生み出すこと。
だが、今はそれは種という媒介だけでなく、その魔物の一部でも、それを生み出すことは可能となっていた。
「……ある」
そう言って静かにフェリドがポケットから取り出したのは光り輝く宝石であった。
「これはオレがバハムートを殺した際、彼女の亡骸から出てきた宝石だ」
宝石。おそらくは魔物の体内で作られたものであろう。
この世界の魔物の一部、とりわけ竜や動物型の魔物は種の代わりにこうした宝石を体内で生成することがある。
バハムートもそうした魔物の一種だったのだろう。
いずれにせよ。そのバハムートの体内から取れた宝石ならば、媒介としては十分であった。
「分かりました」
オレは静かにフェリドの差し出した宝石を受け取ると、それを固く握り締める。
「フェリドさんがそのバハムート……いや、ミーメさんを生き返らせたい気持ちは十分に伝わりました。オレの力でバハムートを栽培してみせると約束します」
「本当か! ありがとう、キョウ君!」
オレが宣言すると、フェリドはその場から立ち上がり、オレの手を握り締め、必死にお礼を言う。
その姿は大勇者と呼ぶにはあまりにも必死で、涙をこらえる姿はまるで十歳の子供のようでもあった。
「まあ、今のこいつならSSランクの魔物でも無事に栽培できるでしょう。けど、ひとつ聞かせて欲しいわ。もしも、そのミーメと再会出来たら、アンタはどうするの?」
再びリリィからの問いかけに対し、フェリドは考え込む。
やがて長い沈黙の後、彼は静かに答えた。
「……分からない」
その答えに対し、リリィもこの場の全員も静かにその先を待つ。
「謝罪するのが先か、あるいは喜びの言葉が先か、それともこれまでの感謝を伝えるべきか。何を言うべきかは分からない。ただオレは彼女に伝えたいことがいっぱいある。あったんだ。それを言えずに彼女を殺してしまった罪。何も知らなかったオレの無知をどれだけ恥じても変わらない。ああ、あるいは彼女に叱咤してもらいたいだけなのかもしれない。ただそれよりも、彼女には生きていて欲しい。それだけがオレの願いなんだ」
「そう……」
そう言ってフェリドの答えに対し、リリィはどこか遠くを見つめるように頷く。
そうか。リリィにもかつては、そうした大事な人がいたんだ。
フェリドが抱いた感情は、リリィもどこか抱いたものだったのかもしれない。
そう思いながらもリリィはすぐさまいつもの表情に戻り、その顔に笑みを浮かべる。
「なら、せいぜいいっぱい怒られることね。折角自分が犠牲になってまで育てた男が、そんな情けない面じゃ、ミーメさんって人も呆れるわよ」
「……かもしれないな」
リリィの軽口に対し、フェリドは弱ったような顔を向けた。
オレが思った以上にフェリドはずっと繊細で、心の弱い人だったのかもしれない。
けれど、そんな人だからこと、ここまで成長できたのだとオレは感じられた。
「まあ、オレの方も今はすることはないですし。当分はこのバハムートの栽培に集中しますよ」
「ありがとう、キョウ君。そのお礼というわけではないが、オレも当分この近くに泊まることにする。もしも、今日のようにツルギが何者かが君や君の仲間を狙ってきた際は、オレが力になるから、そのつもりでいてくれ」
そんなフェリドからのセリフに対し、オレは思いもよらぬ戦力の強化に喜ぶ。
確かにまだツルギさんの驚異が消えたわけではない。
いや、あの人の様子からすれば、また近いうちにルーナを狙ってくる可能性はある。その時にフェリドがいれば心強いなんてものじゃない。
オレはフェリドからのその約束に対し、握手を持って返し、むしろ、オレの家の空いている部屋を貸し与えるのであった。
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