第105話「とある看板娘の憂鬱②」
帝王勇者に案内されるまま城の中に入ると、そこでは以前見た大広間がまさに舞踏会へと様変わりしていた。
様々なパーティドレスに身を包んだ男女が行き来し、各所に配置されたテーブルの上には豪勢な料理が用意されていた。
その中には、以前オレが大料理大会で披露した料理が混じっているのが見えた。
「今回の主賓は君たち二人だ。よければ存分に楽しんでいただきたい」
そう言ってロスタムのエスコートに促されるようにオレとミナちゃんは隣を歩きながら、一番奥の一際大きなテーブルへと案内され、そこへと座る。
ちなみにミナちゃんはというと、さっきから緊張した面持ちで背筋をピンと伸ばして座っていた。
「と、ところでさ、ミナちゃん。なんでまたミナちゃんがロスタムのパーティに招待されたの?」
「あ、え、あの、それは! ロスタムさんからこの前のお詫びを兼ねての招待に誘われまして……!」
この前のお詫び、という単語ですぐにピンと来た。
あれからミナちゃんは記憶が戻り、自分のしたことを覚えていたようで、その件について何度も謝罪してくれた。
しかし、オレ自身その件についてはもう気にしていないし、なによりミナちゃんは被害者側なんだから、そんなに謝罪する必要はないと言ったのだけれど、やはり彼女自身、どうにも申し訳なさが後を引いているようだ。
そのせいか、ここ最近うまく会話できなかった部分もあったので、今回の件はある意味、いい機会かもしれない。
そう思い、オレが席を立ち上がると同時に会場から心地いいメロディーがかかる。
ちょうどいいと思い、オレはそのままミナちゃんに手を差し伸べた。
「ミナちゃん、よかったら一緒に踊らないかい?」
「……へ? へっ! え、ええ?!」
あまりの突然な誘いに驚いたのか、一際顔を真っ赤に染めてあわあわと慌て出す。
しかし、やがて頭から湯気を出しながらも、オレの差し出した手を取り小声で呟く。
「……よ、よろしく……お願い、します……」
「こちらこそ。ぶっちゃけオレ踊ったこととかないから、間違いなく下手だろうけど、よろしくね」
「そ、そんな! 私も踊ったことないので大丈夫です!」
お互いに踊ったこともないことをなぜか言い合い、それに思わずお互い笑みをこぼす。
そうして、ミナちゃんの手を取り、広間の方へ向かい、そのままダンスっぽい雰囲気で動くものの、やはりどう踊ればいいのかわからないため、ぎこちなさが出ていた。
そんなオレたちの隣にロスタムが軽やかなステップでオレの背後につく。
「焦らなくて構わないよ、キョウ君。ダンスなんてものは自由に踊っていいんだ。最初は単に相手の手や腰を握って左右前後と自由に動いてみるといい。そのうち、曲に合わせてゆったり踊るだけでいい。実際、ここにいる連中のほとんども、そうしたなんとなくで踊っているんだ」
そんな彼……今は彼女か、のアドバイスに従い、オレはミナちゃんの手を握り、腰を腕を回し抱き抱えるような形でホールの中を踊ってみる。
なるほど、確かにこれは案外踊れるかもしれない。
踊るというよりも曲に合わせて自由に動く、というのが正しいのかもしれない。
幸いにもロスタムの指示のおかげか今流れている曲も非常にゆったりとした曲であり、それに合わせて踊る動きもゆったりとして踊りやすい。
今までこうしたパーティでのダンスなんて夢物語の空想でしか想像したことなかったのだが、やってみると案外楽しいものだ。
これは意外とまた今度やってみたくなる。
ちなみにミナちゃんはというと、オレが腰に腕を回して抱き寄せたあたりから顔を真っ赤にして目をグルグルと回していた。
う、うーん、大丈夫なんだろうか。
い、いやまあ、本人すごく嬉しそうな表情なのでたぶん大丈夫だとは思うのだが。
そうして気づくと、曲が鳴り終わり、それに合わせてオレ達のダンスが終わると同時に周囲からの拍手が送られる。
どうやらいつの間にかダンスの中心になっていたようで、改めて気づくと恥ずかしさがこみ上げてくる。
「素晴らしいダンスだったよ、ふたりとも。では、今度はぜひ恋愛曲をテーマとしたダンスをお二人に踊って欲しく……げふん!」
そう言ってロスタムがなにかを言おうとした瞬間、彼女の背後から現れた女性がロスタムを思いっきり蹴飛ばし、倒れた背中を思いっきり踏む。
「おっと、栽培勇者よ! ひとりだけとダンスだなんてパーティの楽しみ方を知らないな。こういう場合、次は別の女性と踊るのが常識だぞ。というわけで今度は私と踊ってもらおう!」
そう言ってオレとミナちゃんの前にドヤ顔で現れたのは戦勇者ことアマネス。
見ると、いつもの物々しい戦装束ではなく、これまた絶世の美女という言葉が似合いそうな青いドレスを身にまとい、その姿はまさに戦場に舞う戦天使ヴァルキュリアの姿を彷彿とさせる。
普段の言動がアレだったので、つい忘れていたが、この人も相当の美人なのだと思い知らされた。
特に全体のプロポーションなんかオレが知る中で上位三人に入るくらい抜群なんじゃないか?
あ、ちなみに残りのふたりはカサリナさんと女版ロスタムで。
と、そんなオレがどうでもいい評価を脳内で下していると、アマネスの背後からなにやらちっこい影がもぞもぞと動いているのが見えた。
「お、おい、アマネス、話が違うぞ……。お前じゃなく、あ、アタシが踊るって約束で……」
「ああ、そうだったな。ふっ、すまぬリリィ。だが、こうしたドレスに着替えるのは私の久しぶりだったのでな。ついテンションが上がってしまった」
そう言って呟いたアマネスが改めてと言わんばかりに背後に隠れていた人物をズイっと前に引き出す。
「というわけで栽培勇者。改めて、次に踊るならばこのリリィちゃんと踊ってやってくれ」
そう言ってアマネスが引き出したリリィを見て、オレは思わず唖然としてしまった。
なぜなら、一瞬それがリリィだと認識できなかったからだ。
綺麗な金色の髪はいつもは頭の片側にまとめたサイドテールをしていたのだが、今はそれを全て下ろし、長い金の髪が腰までなびいていた。
そんな彼女の金の髪に合うようにあつらえられた真紅のドレスは、派手さを感じさせず、小柄なリリィを包み込むようであり、むしろ美しいバラのような印象を与えた。
そうした衣装に包まれながらも、わずかに頬を染め、そっぽを向きつつもこちらをわずかに意識してか、ちょいちょい視線を上目遣いで覗き込む姿が、可憐な様相を呈しており、端的に言って――すごく愛らしい姿であった。
「そ、その……こ、これ、ど、どうかな……?」
そこにはいつもの冒険者姿のリリィとのギャップもあったのだが、それ以上にどこか慎ましい態度にオレはドギマギしてしまった。
「え? あ、ああ……めちゃ似合ってると思うよ」
「そ、そう……? あ……ありがとう……」
そう言って頬を染めながら視線を外し小声でお礼を言うリリィに再びなぜか心臓がドキドキしてしまった。
あ、あれ、おかしいな。
オレ、こんなにリリィのこと意識したことあったっけ?
そんなことをモヤモヤ思いつつ考えていると、となりでオレの手を握っていたミナちゃんが思わずとばかりにオレの腕に自分の腕を絡ませ、当ててんのよとばかりに体を密着させてくる。
「り、リリィちゃんには悪いけど……その、キョウさんはいま私と踊ってるから……リリィちゃんと踊るのは、あ、後でってことで……!」
「! そ、そうなんだ……へ、へぇ……け、けどさ、ミナ。アンタ、いまさっきキョウと踊ったばかりでしょう? 疲れてるだろうし、そんな連続で踊ることないんじゃないの? ほら、アマネスも言っていたしダンスでの交代って常識らしいし……」
「へ、へえー! そ、そうなんだねー! け、けどごめんねー、私そういうのよく知らない初心者だから……そ、それに全然疲れてないから平気だよ! なんだったらあと五回は連続で踊れるから!」
「い、いやいや、さすがにそれは無理でしょう。なによりもキョウを休ませないといけないしさ……」
え、えーと、なんでしょうか。
この気まずい雰囲気。
なにやら普段は仲のいいはずの二人がオレをはさんで火花を散らしているような気がする。
気のせい……じゃないよな、これ。
「キョウさんを休ませるなら、私がエスコートするから大丈夫だよ、リリィちゃん。というわけで、キョウさん、早速あちらのバルコニーの方へ休憩を……」
「ち、ちょっと待ちなさいよ。それならアタシがキョウを案内するからさ、ミナはこの会場でゆっくりしていきなよ。せっかく珍しい料理や模様しものがあるんだからさ、見ていかないと損だよ」
「そ、それを言うならリリィちゃんの方こそ。わ、私は平気だよー、そういうの興味ないからー」
……なんだろう、マジでこの雰囲気そろそろいたたまれないんだけど、誰かなんとかしてくれ。
と、そんなことを思っていると本当に第三者からの仲裁が入った。
ただし、更なる厄介な火種を抱えながら。
「くっくっくっ、そこまでだ! 忌まわしき獣の姫に、平凡なる日常に咲く徒花よ! 我が魔の眷属たる兄を口説こうなどと女神が許してもこの我が許さぬぞ!」
と、そこに現れたのは漆黒のドレスに身を包んだ我が妹ヘルであった。
普段から黒をベースとしたゴスロリなドレスを着ていたのだが、これはこれでなかなか似合っていた。
とは言え、相変わらずのその眼帯はどうかと思うが。
「なによ、アンタ。キョウの妹? そんなのがいたの?」
あ、そういえばリリィにはまだ詳しく説明していなかったのを思い出し、とりあえず軽く妹と紹介をしておいた。
「というわけで我が兄上とダンスを踊る権利はこの闇の妹たる我にある。汝らはそのへんの日のあたる場所にて我らの舞踏を唇を噛み締めながら見ているがいい」
「へぇー、アンタがキョウと兄妹だかなんだか知らないけど、兄妹ならむしろここは譲るべきなんじゃないの? 普段から一緒にいるんだろうし、ここは家族以外の第三者がキョウをリードするべきでしょう」
「な、なにをいうか! 我と兄上はいつも一緒にいるわけじゃない! むしろこれまで離れ離れで会いたくても会えなかったんだぞー! とにかく、お兄ちゃんと踊るのはアタシ! 絶対にアタシなのー!」
「わ、私だってキョウさんとまだ一緒にいろいろエスコートしたいんです!」
気づくと女の子三人が輪を囲んで口論を始めている。
なにやら、この場にいると更に厄介なことになりそうな予感がしたオレはちょっとずつ距離をあけて、一旦バルコニーの方へ逃げることとした。
いがみ合う三人の足元で踏まれ続けているロスタムの姿が見えたような気がするが、とりあえず心の中で南無と言っておいた。
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