第96話「勝利するための防衛戦」
二階大広間でのキョウ達とリリィとの決着。
一階大広間でのジャック達対フェリドとの戦いの終焉。
そんな帝国城において二つの決着がつくのと同時に、二階大広間より離れたとある離宮の入口にて三つ目の戦いも決着がつこうとしていた。
そこは離宮の入口に面した通路。
決して広くはなく人が複数並んで戦うには不向きの場所。
だが逆に言えばそこは一体一の戦いにおいては最も適した空間とも言えた。
そんな場所にあってすでに大気中の温度はマイナスを越え、今もなお絶対零度に近い温度へと急激な変化を遂げていた。
離宮の通路を包み込むのは永久氷壁の如き氷。
床や天井にはいくつもの氷の結晶により出来た氷柱が発生していた。
そんな場所で雪の魔女と呼ばれる少女と、七大勇者のひとり帝王勇者の兄ザッハークと呼ばれる人物が対峙をしていた。
「……しかし……ずいぶんと無口な娘だな……」
それあなたが言いますか?
と内心で思わずツッコミを入れるイース。
しかし現状は軽口をたたけるほど優位な状態ではなかった。
イースは決して弱くはない。
どころか単純な戦闘能力で言えば魔王の娘であるヘルに匹敵するほどの実力者、四天王における双璧であった。
だが、その属性もヘルの真逆であれば性格、戦術全てにおいても真逆である。
イースが最も得意とするものは防衛戦。
そもそも彼女は純粋な魔術師。
魔術師の役割とは前線で戦う戦士の支援およびその間における後方からの魔法攻撃。
自ら敵陣に切り込むような戦術を得意とはしていない。
対して相手の勇者は明らかに接近戦に特化したタイプ。
彼と対峙した時点でイースの劣勢は明らかであった。
それでも彼女は諦めることなく、様々な手練手管、小細工を駆使しては互角以上の戦いに持ち込んでいた。
むしろ、この場に限って言えばここまで戦いを長引かせたイースの手腕こそ賞賛に値する。
「……しかし、さすがにそろそろ手札も尽きた頃だろう……これほどの冷気ともなれば確かに体の感覚も鈍るが、それでも耐え切れないほどではない……君の戦術が防衛に特化したこともこれまでの戦いで把握した……だが、耐えるだけの戦いで勝てる勝負など存在しないぞ……」
そう、イースの戦術の弱点はまさにそこにあった。
いくら相手の攻撃を耐え抜いたとしえも、それは所詮、時間稼ぎに過ぎない。
それが目的の戦いならばいざ知らず、防衛に集中することで勝てる勝負など、そうありはしない。
「……どうでしょうか……少なくとも私は……勝つためにこうして戦っています……!」
言ってそれまでとは異なる氷の魔術によって生み出した無数の剣を背後に精製する。
その数、およそ数十。
見た目だけでなく性能や強度すら並みの武器を上回る創生練度であった。
それを見てザッハークは思わず感嘆の息を吐く。
「……驚いたな……まるでアマネスの創世武器のようだ……なるほど、あの戦勇者から多少の手ほどきを受けたか……構成の練度に見覚えがある……」
「……はい……ここに来る前、少し教えてもらいました……私は、戦いが苦手ですから、こういう相手を傷つける魔法はあまり使ってきませんでした……だけど……!」
言ってイースが杖を振りかざすと同時に背後にて形成された氷剣の数々が次々とザッハーク目掛けて飛来する。
しかし、その全てをザッハークは手に持った剣で弾き、斬り落とし、あるいは砕いていく。
わずかにかすった斬撃も致命傷にはほど遠いもの。
「……惜しいな、雪の魔女……君は紛れもない天才であろう……わずかに教えられた程度でこれほどの武器の精製が可能になるのだから……その才能を相手を叩き潰すことに費やしていれば、君はこの世界で最強の勇者にもなれたはず……その才能を活かしてこなかったのは実に……残念だ……ッ!」
そのザッハークの断言と同時に残るすべての武器を高速に近い斬撃で粉々に砕く。
これで万策尽きた。
そう確信し、一気に距離を詰めようとしたザッハークだが。
「……?! なに……?!」
体が動かない。
いや、下半身がまるで機能していない。
驚き、即座に下を見るザッハークの眼に映ったのは凍りついた自らの足。
それはまるで水晶かなにかに封印されるかのように次々と粉雪が舞い、自らの体が氷の結晶に包まれていく。
「……これは……先ほど砕いた武器の粉雪か……?!」
「……その通りです……」
即座にその正体に気づいたザッハークはこの場で初めての焦りの表情を見せる。
先程撃ち落とし砕いたはずの武器が粉雪としてザッハークの周りを漂い、それが周りの絶対零度の空気と合わさりザッハークを中心として新たに氷の結晶として再創世されていた。
「……初めから私に武器を砕かせる目的で……この氷の空間も、これを作るための下準備……全ては最初からこの瞬間のためにか……!」
「……そうです……あなたの言ったとおり、私は攻撃は不向きです……ですから最初から最後まで防衛に徹した戦術を取らせてもらいました……」
先程ザッハークは言った。
防衛に徹するだけの戦いで勝利する方法などないと。
確かにそのとおりだ。
相手を倒さずに勝利することは敵わない。
だが、防衛に徹することで相手に勝利する方法は確かに存在する。
「……敵の攻撃を封じる、その究極とはなにか……答えは一つです……相手の存在そのものを封じ込めること……倒すこと、殺すことが必ずしも勝利には繋がらない……これが私の勝利の方法です……!」
「くっ……ぐっ、がああああああああああああああっ!!!」
自らの全身が氷に包まれ、そしてその全てが氷の結晶に包まれると同時にザッハークは咆哮を上げ、完璧な水晶の中へと封じられた。
それを確認し、イースはそれまで杖で支えていた体の気力を抜き、思わずその場に座り込む。
相手を封印するなどという魔術はイースにとってもかなり精神力を消耗させ、見た目にも大きく疲弊しているのが分かる。
それでも彼女はこの先にいる離宮に閉じ込められた友人を解放するべく、よろよろと立ち上がり、力ない足で扉へと向かう。
だが、その瞬間。
『――ぴきりっ』
それはなにかがヒビ割れる音。
イースは即座に目の前で水晶の中に封じられたザッハークに視線を移す。
見るとそこには表面にわずかなヒビが入っていた。
馬鹿な――。
そう思わずにはいられなかった。
なぜならこの氷結封印はイースが誇る最強の魔術。
彼女の意思なくば封印が解かれることはなく、千年であろうとも溶けることなく永久不変に存在し続ける。
だというのに、その彼女の意思に反して結晶の封印が解かれようとしていた。
見ると瞬く間にヒビが全身へといたり、次の瞬間、内部から封印が解かれるように、結晶の中よりザッハークが帰還を果たした。
「……はぁ……はぁ……驚いたよ、雪の魔女、イース……」
それはこちらのセリフであった。
かつて彼女のこの封印を第三者が破ったことなど一度もない。
術式が放った術者の意思に反するなどありえないことだからだ。
しかし、無論ザッハークにもダメージは及んでいる。
結晶による封印を無理やり破ったためか、全身は凍傷によるダメージで左半身が完全に麻痺しているのが分かる。
それでもこのまま、まともに戦えばどちらに分があるかはイースには分かりきった答えであった。
「……今のは……あなたの能力、なんですか……?」
だからこそ、イースはここに来て最後の賭けに出た。
それに相手が乗るかどうか。
その答え次第でこの場の決着はつく、そして――
「……そうだ。と言っても私の能力は直接接触したものにしか作用しない上に……はっきり言って王道とは程遠い能力だ……こんな能力を手にしたことを軽く後悔したが、それでも自分の能力に変わりはない……だから必要な時は使う……そう心に決めた……」
帝王勇者の兄であるザッハークの能力だけはすべての七大勇者の中でも謎に包まれている。
その能力を知る者は彼の兄以外に存在しないからだ。
しかし、先の結晶から脱出がその能力だとするならば、それは一体?
そう考えるイースだったが、どのみち、今の彼女にはその答えは関係なかった。
なぜならすでに勝負は決したのだから。
「……だが、見事であったぞ、イース……君は最後まで自らの信条を貫き戦った……これは結果として私の能力がお前の能力に作用しただけの話……結論を言うなればお前は自ら輝く宝石であることを証明した……だが勝敗は別だった、ただそれだけのことだ……」
そう言ってゆっくりとイースに近づき、彼女との戦いに決着を付けようとザッハークの拳が彼女の体に入ろうとするが――
「……ええ、勝敗は別……ここで勝ったのは私じゃ……ありません……」
見えたのはイースの勝利に確信した笑み。
そして気づく、彼女の視線は自分ではなく、自分の向こう側――離宮の扉へと向けられていたことに。
瞬時にザッハークは背後を振り向く。
そこにあったのはフィティスを閉じ込めていた特殊な魔力を施した扉。
その扉が先程までの氷の空間で完全に凍りつき、そして鍵穴のあった場所に先程イースが放った氷の剣が無数に突き刺さっていた事実。
まさか、先程放った武器の一部は最初からこれを狙っていた?!
目的は自分を水晶に封じるだけじゃない。
本命はその先にいる仲間を救出するため。
そして、先ほどのわずかな問いかけも、その最後の時間稼ぎのため。
ザッハークはここに来てようやく理解した。
目の前の少女は最初から自分に勝つために戦いを挑んでいたのではない。
イースの戦い方は最初から最後まで徹底していたのだ。
防衛戦。
そして防衛戦の目的とは――時間稼ぎ。
離宮の扉が内部から開かれる。
そこから飛び出すのは一人の勇者。
彼女はドアに突き刺さっていた氷の剣を瞬時に手に取り、ひと呼吸の間もなくザッハークとの距離を詰める。
もしもここでザッハークの体調が万全であったのならば反応できただろう。
だが、先の氷の結晶により左半身の機能が麻痺したままの彼に、その動きに反応することは不可能。
そして――
「ええ、勝つのは『私たち』ですわよ、イース!」
グルメ勇者フィティスの一閃がザッハークの体を討ち、今度こそ彼はその身を戦闘不能へと至らしめ、ゆっくりとその場に倒れる。
「……フィティス……さん……」
無事に扉から飛び出したフィティスを見てイースは今度こそ安堵したように腰を落とす。
その彼女へ手を差し伸べるフィティス。
二人は最初からこうなることを計算していたわけではない。
打ち合わせなどもできるはずがない。
それでもイースはフィティスならば、そう行動してくれると信じ。
フィティスもまた自分を救出しに来てくれた者なら、そうするだろうと信じ、行動した。
この戦いの根本にあったものは仲間への信頼。
ただそれだけであった。
「……ふふっ、やはりずいぶんと輝くようになったな……フィティス……」
そんなフィティスを見て倒れたままのザッハークはそう呟く。
そんな彼に対してフィティスは問わねばならないことがあった。
「ザッハーク。あなたに一つ聞きたいことがありますわ」
それは今回の件に関わる中心。
そして、全ての元凶。
「帝王勇者ロスタム……今ここにいる彼は――何者なのですか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます