第63話「ヒュドラ退治」
「あのクソ野郎。なにこっちが停戦してる隙を狙って侵攻してやがるんだ」
アマネスさん、すげえ口悪いです。
けれど、それもなんとなくわかるというものであり、現在魔王軍との争いが停戦の最中にこの横槍にも似た侵攻はさぞイラつくな。
そして、それはほかの勇者連中も同じだったようである。
「いかにもあの俺様気質な男がやりそうなことですわね」
「アタシは会ったことはないけれど、話に聞く限りかなりの野心家みたいだし、今回の魔王軍との停戦もつけ込むチャンスだと思ったのかもしれないわね」
これまた随分と手厳しい評価だな。フィティスに至っては珍しくあからさまな毒舌を吐いている始末だし。
「まあ、いずれにしても我が国に侵略行為を行うというのなら返り討ちにしてやるまでだ」
そう言って早速戦闘態勢をまとったまま軍勢の指揮に向かおうとするアマネス。
っておおいい! ちょっと待てや! とオレが止めるよりも早くリリィがアマネスの行動を止めた。
「待ちなさい。今アンタが軍勢を指揮してる暇なんてないでしょう。それよりも次の料理バトルのためにヒュドラを狩りに行って残り時間も本番に向けて料理の腕を上げるべきでしょう」
「うぐっ、それはそうなんだが……」
リリィの正論に思わず口ごもるアマネス。
そんな彼女に対して仕方ないとばかりにため息混じりにリリィが答える。
「アンタの代わりにアタシが軍勢の指揮をしてアルブルス帝国軍の迎撃をしてあげる。だからアンタは最後まで料理バトルに集中しなさい」
リリィのその思いも寄らぬ助け舟にアマネスは感動に打ち震えるように祈りを捧げていた。
「リリィちゃん、私のために……や~ん! なんて愛らしいの~!」
「だーかーらー! 引っ付くなって言ってるでしょうがー!」
まあ、その後の反応は相変わらずでしたが。
「というわけでアタシはこれからアルブルス帝国の侵攻を食い止めに行くから、その代わり魔王との料理バトルはアンタ達に任せるわよ。正直、アタシにできることと言えばこれくらいしかないけれど」
「ああ、助かるよリリィ。お前がいつもそうやってオレ達の背中を守ってくれたからオレも自分のやれることに集中できたんだ。ありがとな」
リリィ自身は自分が料理に関して手助け出来ていないと思っているが、大料理大会の時もリヴァイアサンを仕留めたり、ミナちゃんを探してくれたりとオレにできないことをやってくれていた。
これまでも魔物の種を取りに行く時や、新しい魔物の栽培を行う際にも彼女の護衛なくしてはできなかった。
そもそもリリィがいたからこそオレも安心して魔物の栽培を始められたのだからリリィの強さには素直に感謝しかない。
「べ、別にアンタに感謝されるいわれなんてないし……そんな改まってお礼言われることなんてしてないし……アタシが勝手にしたいからしてるだけだし……」
しかし、そんな感謝の言葉に対しリリィはなぜかそっぽを向いて口をもごもごさせる。
そんなリリィを笑いながらミナちゃんが見送り、最後にもう一度振り返ってオレ達にエールを送る。
「それじゃあ、こっちはアタシに任せてアンタ達もちゃんと魔王との料理バトル勝ってきなさいよ!」
「ふっ、Sランク魔物と言っても私の前では一介の魔物に過ぎん。呆気ないものだ」
そう言ってドヤ顔を決めているアマネスの足元には見事に打ち倒されたヒュドラが横たわっていた。
分かってはいたけれど、この人めちゃくちゃ強い。
七大勇者の戦力はSランク魔物に匹敵すると聞いてはいたし、実際に全力を出したリリィが四天王の一人をあっさり打ち破っていたことから、実際にはそれ以上の実力を持っているのではと思っていたが、この人もなかなかどうして規格外すぎる。
触れたものを自分の想像する武器へと瞬時に創生させる能力により、彼女が大地に手を触れるだけで地面から無数の武器が創生されてはそれが次々とヒュドラ目掛けて打ち放たれほぼハメ殺しの様だった。
ぶっちゃけ、どこのアンリミテッドブレイドワークスかと。
おそらく個人としての戦闘能力ならばリリィの方が上なのだろうが、相手がこうした巨大な的や大人数の際には無尽蔵に放たれる武器の数々はまさに強力の一言。
戦勇者の能力はむしろ戦争に特化した能力であり、だからこそのその称号なのだろうと思った。
「さっ、とりあえず持ち帰るだけ肉を持ち帰るぞー」
そう言って自慢のクリスタル包丁でさばき出すアマネス。
それを横目で見ながらオレは倒れたヒュドラのすぐそばに置いてあったある物に気づく。
「ん、これは?」
それは人間の子供サイズはあろうかというでっかい卵だった。
それが数個ほど固まって放置されていた。
「へえ、そいつはヒュドラの卵じゃねーか。珍しいな。普通は滅多に見つからないんだが」
「ほお、こいつがヒュドラの卵かー」
確かに大きい。前にロックの卵の時もそうだったが。まあ、あれよりは少し小さいが。
「なあ、親父これって持って帰っちゃダメかな?」
「んー、いやー、別にダメってことはないだろうよ。なんだ、お前ヒュドラでも育てる気なのか?」
「あー、まあ、そうだな。せっかく見つけちまったんだし、このまま放置するよりは育てた方がいいかなと思って」
オレのその言葉に対し親父は苦笑を浮かべ、一緒についてきたフィティスは若干心配そうな顔をする。
「ですがキョウ様、よろしいのですか? ヒュドラと言えば猛毒を持つ危険な魔物です。自分の領土に入った者には容赦なく攻撃を仕掛ける性質も持っておりますし、キョウ様になにかあれば……」
「まあ、そこはそれでなんとかしてみるさ。それにオレが育てた魔物は比較的みんな大人しくなるみたいだし、こいつもモノの試しで育ててみるさ。ダメだったらその時は……そっちの戦勇者に頼むさ」
「おう! 任せておけ! いくらでもヒュドラ狩りをしてやろう!」
そう言ってノリノリで手に持ったクリスタル包丁を振り回すアマネス。
だから危ないからやめてください。
「さて、約束の期日より三日。次鋒戦、刺身料理対決を行う。双方ともに準備はよろしいか?」
「戦勇者アマネス。いつでも準備完了だ」
「神聖獅子スピン。同じくいつでも構いません」
そうして迎えた料理バトル次鋒戦。
アマネスはあれから持ち帰ったヒュドラの肉を毎日切り裂く練習をして、その後、カサリナさんや親父から何らかのアドバイスを受けていたようだ。
聞いた話によればヒュドラの肉には薄い紫の染みがいくつも存在し、それが肉体に溜まった毒であり、その部分を全てを切り捨てなければ料理としては使えないという。
オレの見る限り肉の半分以上にその紫の染みが存在し、それをすべて切り落とすのは困難に見えたが、当のアマネスは自信満々の様子。
こうなったら、最後まで彼女を信じてこの料理のバトルの決着を見守るしかない。
「では、魔王料理バトル次鋒戦――開始!」
グルメマスターの宣告と同時にアマネスの持つクリスタルの包丁が輝き、その華麗なる包丁さばきが煌めいた。
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