2月6日 山木祐一(収納係事務担当)「談笑」

 月次が終わり、停水の準備が始まるまでの間、収納係の空気は少し緩む。

 探すまでもなく仕事はたくさん転がっている。

 過年度分の整理等々溜まりに溜まっているのだが。しかし、さしあたって片づけなければならない仕事がなければこんなもんだろう。ちょっと手が空けば、すぐに湧いてくる談笑。

 俺は談笑が嫌いだ――ということにしている。本当は別に嫌いじゃあない。むしろどうでもいい。

 だが、どうしても敬遠したい話題があるのも事実で、それをよく知っている陸が変に気を回して「山木は雑談が嫌いなんだ」と吹聴してまわり、さらにキレた俺がそれなりに凶暴であることも手伝って、結果として俺に仕事以外の話が振られることは稀だ。

 ただでさえそうだから、実際にキレた翌日ともなれば、どれだけ空気が緩んでいても俺に話を振ってくる人間はいない――約一名を除いて。

「なぁ聞いた? 祐一。昨日お前が徹底的に叱り飛ばした井上君、奥さん御懐妊かもってよ」

 休憩しようと自販機コーナーに向かっていたらひょこひょこついてきやがった陸がそんなことを言って笑った。

 俺に話が振られないようにしながら、自分は平気で話を振って、あまつさえ地雷を踏み抜こうとさえする。

 地雷の位置を把握しておきながら、だ。

「……そうですか」

「井上君の奥さんかわいいし、井上君も頭ンなかはともかく顔は普通だからかわいい子どもができそう。いいよな、子どもって」

「……」

 あぁ、さっさと停水準備に取りかかりたい。忙しい方が幸せだ。

 頼むから――その話の先は聞きたくない。話したくない。

「まぁ人それぞれだけどさ」

「……」

「なぁ、来月誕生日だろ。どうすんの?」

「……関係ないでしょう」

 真っ直ぐ前を見て言う。隣の陸は意地悪く笑っているものだと無理矢理そう思い込んで――本当は心配そうにこっちを見ているとわかっているが、

「あなたには関係ないでしょう、小寺さん――」

 でも、俺にどんな顔して何を言えっていうんだ、この大馬鹿野郎は。

「――私と、娘の問題ですから」

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