第十章 そして少年は、異世界で…。
第186話 かわいい弟と、これから。(王太子視点)
彼らがチャトゥニの魔法によって王城から姿を消した後-------------------------------------------------------
「やはり行くのかい?」
「ああ、………今度は俺が見つけたいんだ」
「…わかったよ。優秀な助手だったんだけど仕方ないね。かわいい弟がお嫁さんを迎えにいくのを邪魔する気はないよ」
変なやつだったら絶対に認めないんだけどね、心のうちだけで呟く。でないと今の弟には小さな呟きでも声を拾われる。目の前で真っ直ぐに立つ弟はそうはっきり言われると照れるらしく、少し眉間に皺を寄せている。けれど文句を言い出さない辺り素直になったと思う。その姿のままに。
「本当に、そのままで行くんだね」
「…ああ」
もう偽らない、決めたから。末の弟がそう言ったのは国を混乱に陥れた主犯のハーフエルフと彼のお嫁さん(候補)が姿を消してしばらくたった頃。直後は喪失感から茫然としていたが、数日もすると時々思案に暮れながら僕ら兄弟の手伝いを始め。師であり今はハーフエルフの共犯となったデリカネーヤに面会してからは、今まで隠していた姿を解放することになった。
真の姿を隠すことは周囲への配慮だった、けれど偽ることが思いやりであったとしても弟の傷ついた心を思えばやるせなかった。だからどのような会話があったか知らないまま少しばかりデリカネーヤには感謝している。その会話がきっかけで再びこのかわいい弟と離れるというのは些か業腹ではあるが。
「じゃあ…行ってくる」
「っ…!行ってらっしゃい…!」
鬱屈から逃げ出すように出ていった弟から、自然にここも帰る家だという挨拶が出るようになったのだから。
かわいい弟が旅立つのを見送ったあと、僕は城の執務室へと戻る予定で踵を返しかけて立ち止まる。少し考えて執務室と別方向へ行く先を変える事にして部下に目線を投げる。
「殿下?」
「休憩をとってから仕事に行くよ…先に、地下へ」
「了解しました」
護衛が返事をする頃にはもう地下階段へ足を踏み込んでいた。
城の地下には犯罪に関わったものの死刑とならなかった、あるいは政治の都合上生かして置くべき者のための牢が並ぶ。要は利用価値があるということだが、彼らはここで生涯民のために働いている。
「…デリカネーヤ」
「ごきげんよう、王太子殿下」
デリカネーヤもここで色々と執務補助をしている…事になっているがその実態と言えば殆どの業務に於いて補助ではなく主力として仕事をしているようなものだ。何しろ剣も魔法も書類処理さえ得意という有能極まりない人物、恋路のためにとんでもないことをしたが殺すには惜しい。故に処刑とならず更には僕の仕事の手伝いも陰からではあるがしてもらっている現状。この王城から出られず寝起きは地下牢と、まあ彼にとっては好いた者のそばに行くことを禁じられる事こそ罰かもしれないが…。
「カインは旅に出たよ」
「…左様で。では、」
「弟とどんな話をしたんだい?」
個人のプライバシーを守る壁に開いた監視窓へ声をかければわずかに安堵した様子を見せた。簡素なベッドと小さな文机だけしかない薄暗い地下。一日一回差し入れられる桶の水以外身繕いも存分にはできない空間でありながら、常ならば撫で付けてある長めの髪が少し乱れただけで、清潔感を失わない男にすかさず問うと数瞬の後に答える。
「………恋の話、ですね」
「どんな」
「私は過ちを犯しました。けれど醜態をさらしたその上で、ありのままに想いを伝えられた事こそを清々しいと感じました」
「…そうか」
立場の違いこそあれど不躾に突っ込んだことを聞く僕に屈託を見せず答える様を、言い表せぬ複雑な気分で見つめる。
「勿論、間違いは間違いですが」
「…」
「それに、師として憂いてはおりました。カイン殿下は生まれ持った姿こそ異端とされていましたが魔力の質が高い」
「ほう」
かわいい弟を利用しろとでも言うかと身構えたが続いた言葉に虚を突かれる。
「故に彼の少年の守りも魔力を不足無く使えれば充分にできましょうと」
「…なるほど」
弟はその姿を隠すため己が魔力を以て封印を施していた。魔力の殆どをつぎ込んでいたので身体強化以外の魔術も魔法もほぼ使えない状態だった。それを解除した今、自在に魔力を使い動くことが出来るというわけか。
「なるほど…くっくっ…」
「王太子殿下?」
「ふふ、いや、すまない。彼らが君を慕う理由がわかった気がしてね」
「は…?」
デリカネーヤは自身で気付かぬまま彼らの一番望むことを教えているのだ。あのような事態を引き起こすほど追い詰められるまで自分の事には思い至らぬという危うさも。
改めてデリカネーヤを正面から見る。剣を持つためがっしりしている…かと思えばそれほどでもなく…もしかするとこの生活で少し肉が落ちたか?長すぎず落ち着いた髪型、落ち着いた佇まい。鼻梁はすっきりとして、目元や唇など優しげでたおやかである。仕事は有能、内面は一途で情が深い。ふむ。
「ふむ、…考えてみればなかなか好み」
「…は?」
「今はまだ想いを残しているだろうし、ゆっくりじっくり落とすことにしよう。いずれにしろ…これから殆ど一生傍に居るのだから、ね」
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