第161話 カインと彼。
反王派の貴族が蜂起し王城に攻め入るまであと幾日か、水不足の問題をどう解決するか。恐らくこの一国の問題ではなく世界規模での事と推測されるから、輸入などもできない。魔法で生産するにも需要と供給のバランスが悪すぎる。そもそも精霊の加護が減っている今魔法で産み出せる水の量は一人で使いきるぶんしかない。殆どの人間が使える生活魔法ならばその水量は更に少ないのだ。それらを合わせても国民の総てが充分な水を確保するには全く足りない。
頭を抱えたくなったとき、握りしめたカインのペンダントが震えた。
彼が俺のためにと作った魔道具が淡い光を放ち主張している。こんな反応は彼の使い魔モリーから受け取ったとき以来なかった。その時の光と同じということは…!
《カインさん…》
「っ、今、何処に…!」
振動が伝わり頭に響くように聞こえる声に、堰を切ったように心配が溢れ出す。聞きたいことは沢山、言いたいことはもっとあるような。だが彼の声は何よりも知りたい無事を伝えてくれる。すぐにも迎えにいきたい。けれど。
《ごめんなさい。僕、まだやらなきゃならないことがあるんです》
「何、を…?」
ずっと聞きたかったあどけなさが残る少年の声が紡ぐ言葉を、聞きたくないと思った。異世界から偶然落ちて来た彼がこの世界で強制されてやらなきゃいけないことなんて何がある?突然元の世界から切り離されて、家族から離されてひとりぼっちになって泣いていた少年。彼の手紙にあったように恐らく精霊解放が成せれば水不足も解消されるだろう。だがその細い肩に負わせなければいけない責任など、あるわけがないと叫びたかった。抑えなければと思いながら止められない。
《精霊さんを解放しなくちゃ》
「何故、君が…っ、俺たちがやるべきであって君一人がやらなきゃいけないわけなんてっ」
手紙でも知っていた。でも直接彼の声を聞いたら堪らなかった。言ってはいけないと思いつつ言わずにはいられなかった。世界なんて放り出してもいいと一緒に逃げても構わないからすがって欲しいなどと…思って、けれど俺の情けなくみっともないしかし切なる願いは砕かれてしまう。
《いいえ、…時間が無いんです。今、やらなきゃ。でないと、安心してカインさんと旅行もできない》
「………!」
俺の世界への反発をいとも容易く掻き消す言葉を、いつも君がくれる。だからこそ大切に大切に真綿でくるむように抱き締めていたいのに。そんな俺を飛び越してしまう。
《それに、友達になりたいから。無理矢理閉じ込めるなんて…違うと思うから。自由意思で判断してほしいんです。それも、僕の我儘ですけど。もうすぐ近くまで来てるんです。大丈夫、終わらせたらきっとカインさんに会いに行きますから》
「…そう、か。なら俺は早く国を平定させて君に追い付こう」
《っ…、はい!》
彼からの提案は同時進行。懸念材料や不安はないではないが一番効果的で効率のよいやり方だろう。彼は彼のすべき役割をしたら必ず合流する。提案を受け入れ、合流時の合図を決め再会を約束して通信を終えた。
どんどん先へ進んでしまう彼に追い付けるだろうか。友達になりたいから助ける。彼らしいと苦笑が漏れた。そうか。そうだな。俺はそんな彼を追い続ける。支え守り、共に歩めるように。
元の世界に無かった筈の身分や同性ということに対する戸惑いを、彼が感じていたことを知っている。それでも躊躇いがちに伸ばすその手を、俺は掴みたい。
心置きなく君を甘やかせるように。そして度々垣間見える遠慮を捨てて君が俺を心から求めてくれるように…すべてにけりをつける。
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