第76話『部長の絆サッカー』

明日はいよいよ準決勝。

宿舎に戻り汗を流すと、さっそく夕食となった。

今日の試合の興奮冷めやまぬ感じで、雰囲気は良いと感じている。

そして今晩も、栄養のバランスを考えた、美味しい料理が並ぶ。

まっ、私は味などわからんから、どんぶり飯でもいいのだけどな。

だけど一人でご飯を食べるのは嫌いだ。

それが一番美味しくないご飯の食べ方だな。


食事が終わると、桜がさっそく明日の作戦会議を始めた。

おや?何やら桜の顔が赤いぞ…。まさか…、また風邪か!?

「えーっと…。えーっと…。」

何から話して良いか、迷っているようにも見えた。

「どうした?」

私は助け舟を出してみた。

「ぶ、部長…。困ったことになったの…。」

「桜の悩みは、私の悩みでもあーる。何でも話してみなさい。」

「ありがと…。えーっとね…。」

あれれ?どうしたんだ?


「ふふふっ。可愛い。」

突然可憐が笑いだした。何故だ?

確かにモジモジしている桜は最高だが、何がおかしいのだろう?

「はい、はーい。明日の対戦相手は、桜の彼氏でーっす!」

「あぁ!?」

「うっそー!?」

「いやーーーっ!」

「オーマイガッ!!」

私は気が遠くなり、半分魂が抜けかけたが、辛うじて現世に留まった。

「待て待て。バカ正直に答えるが、女子サッカーの大会だぞ?」

「ふふふっ。本当に運命って凄いよね!」

一体、何の話をしているんだ?

「おい!可憐!勿体ぶらないでさっさと話しやがれ!」

天龍の言葉に、キュッと首をすくめると、可憐は観念したかのように話し始めた。


「明日の対戦相手は、北海道地区1位の旭川常盤高校だよ。そこのキャプテンはね…。」

口元に手をやって、何だか可憐まで照れている。

「キャプテンさんは、松山 日向君でーっす。」

ん?誰だそれは…。あれ?おや?

どこかで聞いたことがあるような、ないような…。それに何で『君』呼びなんだ?

「マジでー?」

いおりんは気付いたようだ。

「本当に?」

「ほ、本当でありますか?」

1年生二人も気が付いたな。


「あぁ、そういうことか。別に桜が困ることではないだろ?」

天龍も気が付く頃には、ほとんどの人がわかったようだ。三姉妹も顔を見合わせてニヤニヤしていた。

「桜の彼氏面するそいつは、一体誰なんだ?」

私の言葉に、後藤先生以外全員が振り向いた。

「部長?本当に分からないの~?」

ジェニーにまで聞かれたって事は、最近名前が…。


あっ。


「おいおい、本当にそうなのか?桜!」

彼女はモジモジして、顔を赤らめていた。

「うん…。間違いないよ。ネットで顔も見てみたし…。」

桜の言葉に、天龍以外全員スマホを取り出して検索し始めた。

「す…、凄いイケメンですね…。」

フクが驚いていた。

続く言葉は、どいつもこいつもイケメンイケメンだと…?

気になって、隣のいおりんのスマホを覗く。


!?


ま…、まじかぁ…。

こ…、こ…、これはかなりの強敵ライバルだ…。

爽やか系男子と言われても信じられるレベルだぞ?

背も高そうだし、ルックスは完璧だ…。

ふん!

女は中身で勝負だっぺ!


「この人が、桜ちゃんに告った人?」

「う…、うん。女の子だって知らなかった。」

藍の言葉に、桜はテヘペロして答えた。

私は気になって聞いてみた。

「桜は、そいつの事をまだ好きなのか?」

ビックリした顔をする桜。

「ちょ…、ちょっと待って。私はお断りしたし、それに、日向君は女の子だよ?」

「では、何故今だに君で呼ぶんだ?」

桜が今までにないほど動揺している。イイぞー!その表情最高にそそるぞ!

「えっ!?いや…、癖で…。」

狼狽える桜も、最高だ!

「そう言えば、ドキドキしたって言っていたよな?」

私は畳み掛けた。桜は顔を両手で覆って、耳まで真っ赤になっていた。

「部長ぉ…。いじめないでぇ~。」

そう言ってしゃがみこんだ桜…。

あぁ…、視界が揺らぐ…。

ドンッ

私は尻もちを付いて、ひっくり返ってしまった。


すったもんだあったが、いおりんと可憐に取り囲まれ、大人しく話を聞くことにした。

「コホンッ。えーっと、旭川常盤高校は、とても私達と似たチームです。」

そう桜が紹介すると、流石に皆がざわついた。

「先輩!ど…、どういうことですか?」

「うーんとね、相手も、信頼関係をとても大切にしていて、自分達のサッカーを『友情サッカー』って呼んでいるみたいなの。」

「なんと!?」

私はつい叫んでしまった。

「私達以外に、そんな事を考えるチームがいたなんて…。」

藍の感想だ。確かにそれが気になる。


可憐が補足する。

「過去の試合を検証しても、どれもこれも泥臭い試合ばかりだね。そして、キャプテンの日向君を中心に、とても信頼関係の強いチームみたい。どんな逆境でも、彼が中心となってひっくり返してきているの。」

すっかり『彼』呼ばわりだ。


しかし新しいな。男装系女子とな…。

そうか…、これか!桜攻略の糸口は!

「部長?」

「ん?」

「聞いてます?」

「あ、あぁ。聞いているとも。」

「どうせくだらない事を考えていたでしょ?」

可憐も相変わらず鋭いな。

「い、いや…、男装系女子ってのが…。」

「部長!それだ!」

ジェニーが指を刺しながら立ち上がる。

「だろ!?」

つい私も立ち上がってしまった。


「あっ…。すまん…。」

突き刺さるような部員の視線を受けて、今度こそ本当に大人しくすることにした。

「可憐ちゃんも、日向君の事を、男の子みたいに言わないでぇ。」

桜が泣きそうになっている。

「だって、桜ちゃんが日向君って呼んでるじゃない。」

「あっ…。だ…、だってぇ~。」

イイぞ~!!!イイぞ~!!!これだけでご飯3杯いける!!!

「おい!その辺にしとけ!」

ついに天龍がしびれを切らした。


「そうだね。調子狂っちゃうしね。で、その友情サッカーなんだけれど、何というか、特徴らしい特徴がないんだよね。兎に角我武者羅に戦う。そんな感じ。だけど松山さんには注意が必要だよ。あの人、凄く巧い。」

「どう巧いんだ?」

天龍が話をすすめさせる。

「特にパスがいいね。うちのチームで言うと、いおりんタイプ。」

「げっ。」

直ぐに隣のいおりんが反応した。


「いわゆるキラーパスの名手だね。決定力もあって、ロングシュートも決めてる。予選含めれば何本もね。それにディフェンスも巧いよ。DMFだし。」

「おいおい、そんなスゲー奴、U-17のワールドカップメンバーに選ばれなかったのかよ。」

天龍の質問はもっともだ。

「それがね、どうもチームを3年かけてじっくり育ててきたっぽいの。だから頭角を表したのが、つい最近。他の大会では、もう少しで北海道代表ってところまで来ていて、今回ついに爆発したって感じ。」

「おいおい、どこまでもうちらに似ているな。」

私の感想に桜が頷いた。

「そうなの。でもね、私は皆と一緒に作るサッカーが、友情サッカーだとは思ってないよ。」

「ん?どういう意味だ?」

堪らず聞いてみた。

「友情よりも、もっと深い、『絆』で作りあげたサッカーだと思っているの。だから絶対に負けない。」

桜は真剣な眼差しで答えた。


彼女の言葉はベッドに横になっても、耳から離れなかった。

絆…。

本当にそんな凄いもんでチームが繋がっているのだろうか?

でも、絶対に負けられないことは分かっている。

それだけは分かっている。

難しい事は分からないが、後1つ勝てば、目標にしていた百舌鳥校との戦える。

その事実に向かって突き進むだけだ。

ただ、それだけだ。

その結果は…、今は考えるのをやめよう。

私は、桜の笑顔を守れるなら、それだけでサッカーを続ける意味がある。

泥だらけで、傷だらけで、汗まみれになる意味が、そこにある。

それだけだ。


翌日。

試合会場には、今までとは比べ物にならないほど観客がいた。

通路で、出番を待つ両校が並ぶ。

「桜ちゃん。久しぶりだね。」

「うん!日向君だって、最初気づかなかった。」

「ふふふ。今も君で呼んでくれるんだ。」

「あっ。」

「いいよ、いいよ。懐かしい。僕が転校前に桜ちゃんに言ったこと、覚えてる?」

「う、うん…。」

「今でも本気だから。」

「!!」

「僕のパスを受け取って欲しいって、今でも思っている。」

「ありがと…。でもね、今はこの桜ヶ丘で優勝を目指しているの。」

「うん。分かってる。僕らも仲間の為に負けるわけにはいかない。」

「お互い頑張ろうね。」

「そうだね、頑張ろう。」

二人は固く握手した。

「僕はね、高校卒業したら実家を手伝わなきゃいけないんだ。サッカーは高校生で終わり。」

「………。」

「だから、約束は果たせそうに無いけれど、悔いの残らないよう、全力でやらせてもらうよ。」

「私達も同じだから。悔いの残らないよう頑張るだけ。」

二人は暫く間、見つめ合っていた。

「それでは行きます!」

運営からの声を合図に、審判達を先頭にしてグラウンドに出た。


ワアアアァァァァァァァァァァァァアアアアァァァ………

物凄い歓声に包まれて、スタジアムが揺れていた。

良い意味で緊張感が増していった。

コイントスと礼を済ませ円陣を組んだ。


「準決勝だぁ!気合入れていけよ!」

「今日も精一杯走るよ!」

仲間を鼓舞する、色んな言葉が飛び交う。

「向こうの友情より、私達の絆が深い事を証明しよう!」

桜の言葉に、全員が顔を見合わせた。間一髪入れず叫んだ。

「舞い上がれぇぇぇぇぇぇ!!桜ヶ丘ぁぁぁぁ!!!」

「ファイッ!オオオォォォォォォォ!!!」

円陣が解かれ、そして試合が始まる。


ピィーーーーー

試合開始の笛と共に、私は両サイドの三姉妹の顔を見渡した。

全員良い顔をしている。

振り向くと、ミーナも気合十分だ。

前を向くとジェニーが投げキッスをしてきた。

私は親指を立てて答える。


いつもの風景、いつもの仲間達。

そうだな、いつもこいつらに助けられてきた。

今日も一杯頼ることになるだろう。

だけど不安はない。

全員が同じ目標に向かっているのが分かっているからだ。

そして私も全員から頼られる存在になれば良い。


ボールは旭川常盤高からだ。

ん…?

パス回しが随分早いな。

聞いているよりも、早く感じる。

そうか、ツータッチからスリータッチぐらいで、どんどんパスを出しているな。

だからか…。

しかしやっかいだな…。


「早いパスに惑わされるな!」

「おう!!」

三つ子から元気な返事がきた。大丈夫。

敵は囲まれる前に、次々にパスを出しては激しくポジションを移動してくる。

あれで体力が持つのか?

あっ、そうか。直ぐに指示を出す。

「ポジショニングに惑わされるな!つられると体力を奪われるぞ!」

ジェニーも指示を出す。

「部長の言う通りネー!ゾーンで守るネー!」


そんな事は構わずパスが通っていく。

慌てるな。落ち着け。

敵は陽動している。私達を混乱させて、出来た隙きを付いてくる作戦のはずだ。

案の定、裏取りをしようと鋭いパスが、一瞬の隙きを付いて出される。

だが…。

ピィーーーーーーーー!!

主審が駆け寄ってきて、オフサイドを告げる。

みたか!

これが桜ヶ丘学園名物、三つ子が奏でるオフサイドトラップだ。


「なるほど。これはやっかいね。」

「スルーパスを多用しよう。」

「ドリブル突破も試してみるか。」

そんな事を相手選手が言っていた。

おいおい、偵察とか情報集収とか、全然してないのかよ?


FKから桜へとボールが回っていくが、信じられない光景だった。

3人がかりで、潰しにかかってきたからだ。

その前には日向がいる。ドリブル突破しても、彼女が待ち受けていているならば、苦戦は必須だ。

それに3人はパスコースも上手く消している。

というか、ガンガンくるな。

これではジリ貧だ。


直ぐに仲間達が助けるために動く。

ノールックで鋭く出されたパスは、左サイドの藍へ…。

ドンッ

何と!?

体を張ってこれを防いだ?

零れたボールを、桜を囲んでいたうちの一人が拾うと、大きく前線へとパスを出してくる。

ボールが中央から右サイドへと流れた。


「リク!頼むぞ!」

連携が鋭い。あっと言う間に前線へボールが押し戻された。

そして敵は安易にロングボールを入れようとしなかった。

オフサイドトラップ対策だ。

短くパスを出し合いながら、リクが走らされる。

このままではリクが体力的に潰される。

「ソラ、中央頼むぞ!」

私は直ぐにリクのフォローに走った。


だが…。嫌な予感がする。

ピンと何かを感じ、体を反転させて中央へと戻った。

それと同時に中央へ大きくパスが飛んでくる。

ソラが対応するが、彼女はヘディング禁止中だ。

体を入れて邪魔をする。

零れたボールを敵FWが拾い、ゴールへと向かってきた。

私は突撃し立ちふさがると、豪快にボールを奪い取り、左DFのウミへとパスを回す。

彼女はワンタッチでジェニーにボールを送る。

今度は私達の反撃だ。


「絶対に点を取らせないぞ!絶対にだぁぁぁぁ!!」

「オオォォ!!!」

守備陣が叫んだ。

「桜を決勝に連れていくぞぉぉぉぉ!!!」

「「「オオオォォォォォォォ!!!!!」」」

さっきよりも大きな叫び声が響いた。


なるほど。

友情サッカーがなんぼのもんじゃい。

うちらの絆サッカーを見せつけてやる!


そして、約束通り、桜を百舌鳥校の前に連れていくんだ。

なんとしてでも!

ギリギリでも!

どんなに不格好でも!


そして、百舌鳥校にも勝ってやる。

勝利を…、勝利を桜にプレゼントするんだ!

勝ち取るんだ!



全員で!!!



私の想いがDFラインに伝染していくのが分かった。

仲間と共に!勝ち取るんだ!っと。


だけど試合は、いつにも増して攻め込まれていた。

防いではいたが、前半の中盤には良い感じでシュートまでもっていかれると、チーム内に焦りが見え始めていた。

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