第42話『桜の公式戦初挑戦』

茨城県予選トーナメント1回戦。

コイントスが終わり礼を済ませると、相手キャプテンと握手した。

「お互い頑張ろう。」

「よろしくお願いします!」

お互い円陣を組んだよ。

「昨日確認した通り、県代表戦は全ていつも通りいくよ。天龍ちゃんはダイレクトシュート系の禁止、福ちゃんはポストプレーの禁止、藍ちゃんはドリブル禁止、いおりんは守備に徹するの禁止でキラーパスは1回は出すこと、私は右足禁止、ジェニーも右足禁止とミドルシュート禁止、リクちゃんはオーバーラップ禁止、ソラちゃんはヘディング禁止、ウミちゃんはタックル禁止、部長はワンツーマンディフェンス禁止。ミーナちゃんだけは全開でお願い。」

全員力強く頷く。

「これでも最近の禁止プレーよりはゆるくなっているよ。」

だから大丈夫。

「じゃぁ、いくよ!桜ヶ丘の新しい第一歩!」

「オウッ!!」

「舞い上がれ桜ヶ丘!!!」

「ファイッ!オオオォォォォォ!!!」


選手たちが散っていく。

今日から円陣での掛け声を変えた。今までは『舞い散れ』だったけど、これからは『舞い上がれ』に決めた。

そう、これからは今までの下積みを活かして、いけるところまで舞い上がるの。

勿論目指すは一番高いところ!

ピピッーーーーーーー

試合開始の笛が高らかと鳴った。

ボールは土浦四高から。パスを回し、徐々に攻め上がろうとしてくる。

敵は不用意に攻めないで、しっかり組み立てようとしているのがわかる。

落ち着いているし、大きな油断もない感じかな。今日もいい勝負になりそう。


案の定、試合は一進一退で展開される。

どちらも決定打に欠けるような試合内容だ。きっと見ている方は、どちらのチームの応援者であってもモヤモヤする感じかもしれない。

桜ヶ丘だけで見ても、ポストプレー禁止の福ちゃんとダイレクト系シュート禁止の天龍ちゃんでは、裏へ抜けるスルーパスぐらいしか攻められないよ。

だけど私は禁止事項を解くつもりは全然無い。このぐらい乗りきれるようじゃないと、この先やっていけないもの。

チャンスは作れそうな雰囲気は十分ある。だけど、そう多くはないかな。


そうなると、どの時間帯で得点出来るかで、試合内容にも影響があると考えているよ。

あまり早く点を取ってしまうと、相手の集中力や気合が入ってしまって、思わぬ失点につながることもあるからね。

いくらうちのチームの守備が安定しているとはいえ、慢心しては駄目だよ。

でも、守備についてはやっぱりジェニーが大きな役割を担ってくれている。U-17代表の時は攻撃的MFだったから、本来なら得意なポジションじゃないと思う。だけど愚痴一つ言わないでやってくれている。

ジェニーが攻撃的MFで私と天龍ちゃんがFWやったら…、凄く面白そうな攻撃陣にはなるかもね。彼女自信、本当はそんな風にやってみたいのかも。

結局、守備について一緒に勉強したりしつつ、技術的なこともどんどん習得してくれた。サッカーセンスもずば抜けているジェニーは、これで攻撃も守備もそつなくこなす、オールラウンドプレイヤーになっちゃったかもね…。

敵に塩を送る…、そんなふうに見えるけど、そうじゃないよね。

今は背中を預ける、大切な仲間なんだから。


そんな彼女は守備の要として、守備の司令塔として最終ラインに指示を出している。経験不足や試合の流れを読み切れない仲間達を、上手く導いてくれているの。

いざとなれば自分も積極的にボールを取りにいく。今みたいに敵の主力選手が守備を突破しそうな時とかね。

そして巧くボールを取ると、頭の高さでクルクルと右手を回していた。

えっと、多分チャンスが来るって意味だと思う。

私も気付いていたけど、攻めれそうで攻めきれていない状況に敵は焦っているみたい。前のめり、つまり相手選手達が、私達の陣地に深く入り込んでいるよ。

裏を抜くには絶好のチャンス、ということになる。


「ジェニー!」

名前を呼ぶと、待ってましたとばかりに私にパスを出す。そのボールを軽くトラップし、振り向きざま大きく右サイドへ蹴りだした。そっちにはいおりんがいる。

彼女は必死になって走りだし、ボールに追いつこうとする。カウンター気味になったパスに敵も慌てて戻ってこようとする。

通常ならば激しくマークしボールを前に進めないようにさせつつ時間を稼ぎ、その間に守備陣が戻ってきて体制を立て直す。

だからいおりんは、時間稼ぎをさせないために、少しドリブルしただけで、再びサイドチェンジするかのように左前へ大きくパスを出した。


福ちゃんが反応している。これはチャンスになる。走っていた私もフォローする為に、更に前へと走りだす。

福ちゃんは何とか追いつくと、ボールを抑えながらドリブルする。もう直ぐペナルティエリア、ゴールが見えてきた。

福ちゃんは迷わずゴール前にボールを上げる。だけどそれはちょっと前に出しすぎたんじゃないかというパス。

キーパーは一瞬迷ってからボールを取りに行った。自分の方が近いと判断したからだと思う。

だけど…。

「ウォォォォォォォォォォ!!!」

雄叫びと共に天龍ちゃんが走りこんでいた。敵ディフェンスが真後ろを追い掛ける。

これがつぐは大との試合なら迷わずダイレクトで叩き込んだかも。でも今日は禁止プレーを続行中なので、右足で苦手なトラップし、ボールを落ち着かせようとする。

そこへ敵ディフェンダーが追い付き足を出してくる。

!?

一瞬で股下にボールをちょんと蹴り出し抜き去る。

敵は何が起きたか理解する前に抜かれてしまう。こうなればGKと1対1だ。

GKは滑り込みながらボールを抑えこもうとした。天龍ちゃんが敵に触れてしまえば反則を取られる可能性が高くなっちゃう。


天龍ちゃんはボールに追い付くと、迷わず横滑りしてくるGKの頭側へ軽くボールをさばいた。敵GKは精一杯手を伸ばすが届かない。

ボールがGKを超えた瞬間、彼女は右足を振り抜く!

ピピッーーーーーーーーーー!!!

「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

ジャンプをしながらガッツポーズを決める天龍ちゃんは、本当に嬉しそうな顔をしていた!

「天龍ちゃーーーーーーーん!!」

「桜ぁ!」

私はそんな彼女に思いっきり飛びついた!

不格好な得点だったかもしれない。だけど、この1点は紛れも無い、桜ヶ丘学園女子サッカー部の公式戦初得点だよ!

スタンドからも大きな声が聞こえた。

「龍子ーーーーーーーー!!!」

天竜ちゃんのお母さんの寅子さんが、フェンスから飛び出しそうな勢いで体を出して大きく手を振っている。


自陣に戻りながら、福ちゃんもいおりんも藍ちゃんも祝福してくれた。

自軍方面を見ると、ディフェンダー陣も喜びながらポジションに戻っていく。ミーナちゃんは一番後ろで両手で大きく手を振っている。

百舌鳥高時代には無かった光景。点を入れて当たり前のチーム。1点入れても祝福どころか、むしろ外してくれれば自分がレギュラーになれるのにと思っているベンチの選手。

あの光景が、今では遠い過去のように感じる。

だから今のサッカーが私の大好きなサッカー。全員で困難を乗り越えて全員でチャンスをものにして全員で喜び合える絆サッカー。

「もう1点いくよーーー!!!」

ポジショニングが終了したころ、私は自軍に向かって大きく手をあげながら叫んだ。

「オオオウゥゥ!」


試合が再開された。

前半は残り5分ちょっとかな。いい時間帯に1点入れられたよ。

敵は焦りすぎて無理に突っ込んできたり、厳しいパスが通らず空回りしている。ハーフタイムで気持ちをリセット出来るけど、焦りや不安を完全に消すことはできないかもね。

上手く攻め込んで来ても、桜ヶ丘の硬い守備陣を崩すまでには至らず、焦ってミドルシュートを打ってもミーナちゃんが防いだ。

ピッピッーーーーーーーーー

前半終了の笛がスタジアムいっぱいに響いた。


ふぅー。

皆は初めての公式戦なのだけど、変な緊張とか力みとかなくて安心したよ。

まぁ、あれだけ試合やれば試合慣れしちゃうよね。そのほとんどは引き分けか負けて前半終了していたけど、今日からは違う。

1点勝ち越してのハーフタイム。

「ナイスシュートネ~!」

ジェニーと天龍ちゃんがハイタッチを交わす。

「オオウ!」

まだまだいける、そんな気迫がこもっている。

私は早速ホワイトボードを取り出す。

前半を振り返りながら、試合内容のチェックを行う。

「四高の攻撃はこういうパターンが多いから、ディフェンス陣はこんな布陣で守るのがいいかもね。さっきもこうやって攻めてきたから…。」

磁石を動かしながら説明をする。

「敵の11番は、こうやって切り込んでくるのが得意みたいだ。だから…。」

部長はホワイトボードを挟んで、私と反対側に立って磁石を動かしながら守備の案を出してくれた。

「その時私はこっちを守るネ~。」

ジェニーも自分の磁石を動かして説明してくれる。


こんな風に全員で確認しながらの試合も、今日で137試合目だね。非公式のつぐは大戦を入れたら150試合超えるかも。

そしてポジショニングや戦術の確認を終える。

「後半40分。土浦四高は積極的に攻めてくるはず。始めのうちは守り気味にじっくりいきましょう。そして相手の体力が無くなってきたり、前半の時みたいに前のめりになったら一気にたたみ掛けるよ。守備陣はカウンターとスルーパスに気を付けて。攻撃陣は一瞬で訪れる攻撃チャンスに乗り遅れないように。それと前の方から守備を積極的に仕掛けてほしいけど、体力のペース配分を間違えないように。」

「任せとけ!」

「慌てることもあるまい。」

天龍ちゃんと部長はいつも通りだね。

「慢心しちゃダメだからね。油断は私達にとって一番やっかいな敵だから。」

「わかってる…。」

「まずは確実に…。」

「1勝しよう…。」

渡辺三姉妹も気合十分だね。

そして対高校生初勝利へ向けて、ピッチへと踊り出て円陣を組む。

「声出して行くぞ!」

「まずは1勝!」

「舞い上がれ桜ヶ丘!!!」

「ファイッ!オオオォォォォォ!!!」

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