第34話『桜の期待以上』

翌日。

ウォーミングアップの後、ミーティングを始めるよ。

「えっと、今日はゴールデンウィークから、どれだけ成長したかを…。」

「ちょっと待て、桜。」

「ん?天龍ちゃん、どうしたの?」

「つぐは大の胸を借りるとかさ、自分の立ち位置を確認するとかさ、もうそんな事してる場合じゃねーと思うんだよ。」

「え?だって…。」

「俺らに時間はねぇ。今回の合宿で成長しなかったら、百舌鳥高に勝てないと思うんだ。」

「ど…、どうしたの?急に…。」

「勝ちてーだけだ。だからよ、桜はいつもより厳しいパスを出してくれ。」

「でも…。」

今だって十分難しいボール出しているよ…。それより厳しいって、届かないよ。

「大丈夫だ、届いてみせる。」

「天龍ちゃん…。」

「桜先輩。僕にもお願いします!」

「福ちゃん…。」

「私もそうするネー。ディフェンス陣も覚悟するネ。」

「望むところだ。」

「ジェニーに部長まで…。いったいどうしたって言うの?」

「桜。どうするもこうするも、百舌鳥高に勝つんでしょ?私だってもっともっとキラーパス出すよ。」

「そうだよ。これから予選を通じて決勝まで、一気に走ろうよ!」

「いおりん…、藍ちゃん…。分かった!」

可憐ちゃんも香里奈ちゃんも、渡辺三姉妹も、ミーナちゃんも、皆真剣な表情だった。勝ちたいって気持ちが凄く伝わってくる。

「この試合、勝ちにいくよ!!」

「あったりめーだぜ!」

「いくぞ!!」


ピッチに出ていく桜ヶ丘のメンバーは、凄く頼もしくて心強くて…。

私はいつも通り、ライン際で止まって空を見上げた。

お母さん、見ていてください。私が探していたサッカーが見つかるかもしれないよ…。

「桜!早く来い!」

円陣で待つ仲間の元に向かう。

「今日は死ぬ気で勝ちに行きましょう!」

「オウ!!」

「舞い散れ桜ヶ丘!!!」

「ファイッ!オオオォォォォォ!!!」

仲間が散らばっていく。声を出して気合十分だった。

ボールはつぐは大から。相手のフォワードの人が話しかけてきた。

「どうしたの?今日はいつもと雰囲気違うじゃん。」

「今日の桜ヶ丘は、一味違いますよ。」

試合が始まる。ボールが相手チームの中で回っていくと徐々に激しさを増していった。

「チェックチェック!」

「守備急いで!」

「オラッ!どんどんパス出せ!!」

いつもより激しい試合。つぐは大もその勢いを受けて攻めあぐねていた。

だけど勢いだけじゃないよ。今までの苦労が少しずつ実っているのがわかるから。

精度をあげるのが難しいオフサイドトラップが上手く機能していて、つぐは大のお家芸のカウンターも決まらない。向こうはいつもと違う桜ヶ丘に、戸惑いを感じている。


前回の試合の時に晒した弱点が、もうほとんど弱点では無くなっている。浮き足立っているのがわかる。

何度目かになるカウンターを防いでボールを奪うと、ジェニーは直ぐに私にパスを出す。それをノートラップで右サイドのいおりんにボールを渡す。彼女は1度トラップをしてツータッチで前線へ大きくパスを出した。完成度が高くなってきたキラーパス。

左奥に出されたボールは、本来なら敵にも味方にも取りづらい場所。だけど、まるで最初から自分にボールが来ることが分かっていたかのように、福ちゃんが走っている。しかしいつもより遠い。福ちゃんは全力で走って、何とか敵よりも先に追いつくと迷うこと無くゴール前に上げた。

そのボールに私が走り込む。つぐは大に今までにない緊張感が漂ったのが分かった。

「桜ちゃん!あんた!まさか!」

田中さんが慌ててマークにつく。体をボールと私の間に入れて邪魔をしようとする。

「!?」

だけど私は、一瞬で田中さんの前に出てボールを受け取る素振りを見せながらも、ボールにタッチせずスルーした。田中さんは、私がシュートを打つかもと思ったに違いない。

私達が邪魔でブラインドになって、ボールなんかまともに見えてなかったはずの天龍ちゃんがボレーシュートの体勢を取っている。

「貰ったァァァァァァ!!!」

だけどそのシュートは、田中さんの決死の飛び込みで出した足に当たり、ゴールとはならなかった。

コーナーキックとなる。


「やるねぇ…。」

田中さんはヒヤヒヤしたよ、とか言いながらも楽しそうだった。

キッカーはジェニーだよ。

田中さんは、再び私のマークに付く。

「桜ちゃんが蹴らないんだ。」

「ふふふ。今日は何だか今までになく楽しいの。」

「あら?」

「そもそも、田中さん皆に何か言ったでしょ。」

「言ってないよ。」

「ありがとうございます。」

「言ってないってば。それに、お礼は優勝してから言いなさい!」

ジェニーがボールを蹴った。高く上がったボールは、真っ直ぐ私に向かってきている。スッと田中さんの前に出ると一瞬早くジャンプに入る。

!?

つられてながら、遅れてジャンプする敵ディフェンダー陣。

「しまった!」

私は田中さんともう一人のディフェンダーの肩の上に腕を伸ばし、2人のジャンプによって更に高い場所へ連れていってもらう。

ドンッ!

ヘディングが決まりボールを後ろにいる天龍ちゃんに送る。

かなり近い場所にいたけど彼女は私の期待に答え、ダイレクトでシュートする。

私の足の下をボールが飛び込んでいった。

ピピッーーーーーーー

ゴールを知らせる笛が鳴る。


「ナイスシュートです!天龍先輩!」

福ちゃんが、真っ先に喜びながら走ってきた。

「桜、………駄目だ。」

「え!?」

「もっと速いパスをくれ。」

「で、でも…。」

「イケる。まだ俺は先にいける。だからもっと鋭いパスをよこせ。」

「天龍ちゃん…。」

試合が再開された。私は少し不安を感じているよ。皆が焦りすぎているような、そんな感じがヒシヒシと伝わってくるの。

でも、それと同時に私はワクワクもしているよ。

今までにない感触…。

何だか皆とハイレベルな線でつながっているような感覚…。

前に進もうとあがく、そんな挑戦的なプレーが私を刺激する。


だけど、気持ちとは裏腹に、つぐは大の猛攻が続いたよ。一瞬の隙を突いて味方ディフェンダーの裏にボールが溢れる。

だけど私は周囲を見渡し反撃に備えた。それを見た天龍ちゃんと福ちゃんも、ポジションを確認する。

シュートを打たれたけど、ミーナちゃんが精一杯飛ぶと、ワンハンドでボールを捕らえ地面に叩き付けて抑えこむ。

「ミーーーーナーーーーーー!!!」

私の声が聞こえたのか、彼女は直ぐに立ち上がると大きく蹴りだした。敵の守備が遅れる。そのボールを胸でトラップし体を180度回転させながら思いっきり前へ蹴りだす。

ボールはほぼ無人の相手陣地に飛んで行く。

そのボールに、天龍ちゃんと田中さんが反応していた。

全力ダッシュをかける2人。つぐは大GKは前に出ようかどうするか迷ったように見えたけど、少しだけ前に出て止まった。


イケる!

ボールが2人の少し先でワンバウンドする。天龍ちゃんはそこで止まる。

!?

ボールはバックスピンがかかり、ふわりと垂直に跳ねた。

「えっ!?」

そのボールに飛びつくようにダイレクトでシュートを放った。

距離はあったけど、ゴールよりも少し前に出ていたGKの頭を飛び越えてゴールに吸い込まれた!


天龍ちゃんはゆっくり走って戻ってくる。仲間がゴールを称えるなか、彼女は私にこう言った。

「まだ先にいける。遠慮はするな。」

「うん!」

私は興奮していたのかもしれない。

ギリギリよりも先に蹴ったボールよりも、更に先を要求する仲間に初めて出会ったから。

今までは、ドンピシャでパスを出せと要求されることばかりだった。

だから新鮮だった。ワクワクした。


その後は一進一退のまま時間は進み、試合終了間際。

桜ヶ丘の攻撃チャンスでゴール前にクロスが上がる。

走りこんできた天龍ちゃんがボレーシュートを狙ったその時だった。

「!?」

そこへ福ちゃんが飛び出してきてダイビングヘッドでゴールを狙った。

「やべっ!」

天龍ちゃんがシュートを諦めたから、最悪の自体は逃れたけど、2人はもつれ倒れこんでしまった。

ピッピッーーーーーーー

前半が終了する。

「大丈夫?」

私が駆け寄る。2人は痛そうにしていながらも起き上がった。

「て、天龍先輩!すみません!」

福ちゃんは直ぐに謝った。

だけど天龍ちゃんの飛び込みはどんどん鋭くなってきていて、味方ですら読めなくなってきているよ。だから福ちゃんが悪いわけじゃない。

「ば…、馬鹿野郎!!!」

天龍ちゃんが手を上げた。

駄目…、駄目だよ…、天龍ちゃん!

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