第26話

 「さぁ、皆乗って~。」

お爺ちゃんの古くて赤い小さな外車の後部座席に、大型犬のダイちゃん、ゲージに入れられて不機嫌な3匹の猫ちゃん達、同じくカゴに入れられたオーちゃんを詰め込む。


「ダイちゃん、おとなしくしていてね。」

「ワン!」

猫のリク、カイ、クウちゃん達は眠そうにしていた。


「伝説のライブ、本日開幕!今だけ80%オフ!」

相変わらずオーちゃんは何を言っているか意味不明だ…。

「お爺ちゃん行くよー!」


車のエンジンをかける。

こう言っちゃ失礼だけど、車というよりゴーカートみたい。

でも、可愛いから好きかも。


お爺ちゃんはショウちゃんの住むカゴを持ってやってきた。

そのまま車に乗り込んで膝の上に乗せた。

ショウちゃんはわざと玄関に置いてきたの。

そうすればお爺ちゃんが連れてくるってわかっていたからね。

今日という大切な日ぐらいは、お婆ちゃんはお爺ちゃんと一緒に出かけたいと思ったの。


ゆっくりと走り出し家を後にする。

「ほぉー。クラッチの使い方も上手いじゃないか。」

そう言えばお爺ちゃんと車に乗るのは始めてかもね。

「しかし、何でまたマニュアル免許取ったんだよ。オートマでいいだろ。オートマで。」

「農業やるから軽トラ乗るつもりで…。それならマニュアルしか無いと思ったの。」

「今ならオートマあるぞ?何年前の話しをしているんだ?」

「もう!いいの!」


危うくお婆ちゃんに聞いたよって言いそうになった。

大学へと向かう。

いつもと風景が違っていた。


「えぇー。まだ10時なのに人が沢山いるよー。」

いつもは近所の住民しか使わないような歩道が、今日は見知らぬ人達で溢れていた。

「俺もまだまだ捨てたもんじゃないかな?」

「そうだよー。凄い反響だったもん。」


「しかしテレビやラジオで一切宣伝していないのに、よくもまぁ集まったもんだ。」

「今はネットでの情報拡散は当たり前だしね。受け取る方も慣れてきているんだよ。」

「なるほどなー。アンテナ張ってるってことか。」


「まぁ、そんな感じかな。それにね、やっぱりチャリティーってのがいいんだよ。参加しやすいもん。もちろん出来れば募金もして欲しいけどね。」

「そうだな。まぁ、金額じゃないさ。気持ちが大切ってことを今日は伝えるつもりだ。」

「うん。」


車を大学の裏手から中に入れる。

警備員さんが立っていて、身分証明書の確認をしながら入場者リストと照らしあわせていた。


一応過激なアンチを警戒しているの。

不法投棄や器物破損程度じゃすまくなって、放火や怪我人が出たなんてことになればライブは中止になっちゃうからね。


でも、警察沙汰になってからは、そういった悪戯というか妨害というか、そういうのはピタッとなくなっているよ。

大学の外周を定期的にパトカーが巡回することにもなっている。


「あ、お二人は確認するまでもないですね。今日は頑張ってください。楽しみにしています!」

警備員さんは笑顔だった。

ついこっちもにやけちゃう。

特に私は何をするにも観客側だったからね。

何だか照れちゃう。


「俺の生き様、しっかり見ておけよ!」

もう、お爺ちゃんのこんな恥ずかしいセリフが許されるのは、中学二年生までだよ…。


でも警備員さんは何というか得体のしれない期待感みたいなのに包まれていた。

何かが動く、何かが起きる、何かが生まれる、そんな空気をヒシヒシと感じていた。

車を予め決めておいた場所に止める。


後部座席に詰められた家族を車から連れ出して、とりあえず部室へと向かう。

一応ここが控え室になっているよ。

グラウンドまで割りと近いし、2階ということもあり会場の様子なんかも見渡せる。


観客はまだ会場入り出来ないけど、キャンパスの方や外周には想像以上に人が集まってきている。

「いやー、凄い人だよね。開演までまだ7時間あるんだよ?」

先にきていたカズちゃんは興奮気味だった。

こんな緊張しそうなシチュエーションなのに、彼はとても強いと思う。

一人で自分の歌詞を引っさげてテレビのオーディション番組に行っちゃうぐらいだしね。


「お…、俺はどちらかと言うと…、ちょっと緊張している…。」

姫ちゃんは見た目や外観はロックだけど、中身は普通の女の子っていったギャップが可愛い。


「大丈夫、いっぱい練習してきたし、今日のメインはお爺ちゃんだから。そう思えば少しは気が晴れるでしょ?」

「まぁ、そうだな。翔輝さん、今日はお世話になります。」

「なーに、俺に任せておけ。」

「ほんと、頼りになります!」


「そうは言っても、俺は1回しかライブやったことないけどな!」

お爺ちゃんの笑顔に皆つられた。

良い感じで緊張をほぐしてくれていた。

そこへ部長さんも到着する。


「ふふふ…。」

部長さんは入ってくるなり不気味な笑みが零れていた。

「いよいよ俺の伝説が始まるな…。」

あー、頭のネジが数本飛んでるなー…。

「部長さん、現実をみてください!げ・ん・じ・つ!」

そう言って窓際に連れてきて集まりつつあるお客さん達を見せた。


「マジか…。もうこんなに…。やべぇよ、やべぇよ…。」

「努!しっかりしろ!さっきの勢いでいけ!」

「う、うす!」

「まだ時間はあるしな、音合せしながら気分を乗せていくぞ。」


なんだかんだ言ってお爺ちゃんは頼りになるよ。

人生経験の差もあるかもしれないけど、やっぱり持って生まれたリーダーシップってのはあるよね。


休憩ごとに外を見ると、少しずつ人が増えてきているのが分かる。

運良く納涼祭をやっていたのが助かったかも。

小さな街だから外食出来るところも限られているしね。


午後には、初めて食事が完売したと納涼祭関係者から話しを聞けたぐらい人がきたみたい。

大学という広大な場所も良かった。

校舎には入れないけど、芝生はあるし、ベンチも沢山ある。

沢山の観客を受け入れる為の物が備わっていたかも。


私達の昼ごはんは少し送らせて15時ごろ食べた。

スポーツで2時間前ぐらいに食べるのが良いなんて話しを聞いて実戦してみたよ。

家庭科室の使用許可をもらっていて、ボランティアの方々の食事もそこで作られていた。


私は場所を借りて準備しておいた、お婆ちゃんの畑で採れた夏野菜をメインにお肉も使って料理を作っていく。

「あら、歩ちゃん、いいお嫁さんになれるわよー。」

などと、テンプレのような褒め言葉だったけど、言われてみるとちょっと嬉しかった。


その料理は、いつも食べているお爺ちゃんは何も言わなかったけど、他のメンバーには大好評だったのも嬉しかった。

「こ…、これが…。歩ちゃんの…。手料理…。ゴクリ…。」

「和也、食べないなら俺がもらうぜ。」

「姫さん、それは勘弁…。」

「うむ。歩君は見た目によらず料理が上手だね。」

「部長さんは一言余計です!」

そんな会話で食事は盛り上がる。

こういうのもいいよね。


しかも自分で育てた野菜ってのがいいよ。

食後の休憩の後は最後の練習をし、1時間前には機材がステージへと運ばれていく。


いよいよステージ衣装に着替えるのだけど、お爺ちゃんは私服でいいと言って特別な衣装は準備していない。

唯一お爺ちゃんのポスターから文字を抜いて白黒でプリントされた翔輝Tシャツが準備された。

物販も準備しようという流れで、ポスターとTシャツが作られたのだけど、意外とこれが格好良いよ。

まぁ、よくよく考えてみれば、中年、いや初老のおっさんがギター片手に祈っているだけなんだけどね…。


私達もTシャツはお揃い。

お爺ちゃんは使い古したジーパン、カズちゃんは真っ白のズボン、部長さんは短パン、姫ちゃんは皮のピッチリしたズボン、私は膝丈のスカート。

でもシャツが揃っているだけで、何というか、仲間というか、同じバンドのメンバーというか、そういう一体感みたいなのが強く感じられるよ。


「そろそろステージ裏に移動しておいてください。」

運営のボランティアをしている学生さんが呼びに来てくれた。

ダイちゃん達家族も連れていく。


組まれたステージの背後には足場が高く組まれていて暗幕のような黒い布で覆われているからステージ裏は見えないようになっている。


その足場の途中にショウちゃんを連れていく。

丁度ステージの真裏で私達の目線ぐらいの高さだ。

そこは少しだけ布が切り取られていてステージ上が見えるようになっていた。

私はスイッチをオンにしたままのマイクをショウちゃんの入っているカゴの脇においた。


「じゃぁ、お婆ちゃん。頑張ってくるね。最後まで、見ていてね。」

お婆ちゃんは小さく何度も頷いていた。祈るようなポーズからはライブの成功を願っているのがわかった。

小さく手を振って足場を降りる。


「歩ちゃん見てみなよ。」

会場に観客が入場してきている。

野球場の内野の部分は直ぐに埋まり、外野の方もどんどん埋められていた。

観客席の方にも人が流れ込んでいて、いったいどれだけの人が集まったのか想像もつかなかった。


「凄い人だね…。」

「なーに、前にやった時は人が会場から溢れていたぞ。」

お爺ちゃんはそう言ってニヤリと笑った。

しばらくすると、

「そろそろ始まります!」

と、運営ボランティアさんから声がかかる。


「皆、ちょっと集まれ。」

お爺ちゃんがメンバーを呼ぶ。

「今日は、俺の我が儘に付き合ってくれてありがとうな。」

「まだお礼には早いんじゃない?」

私が言葉を返す。


「いやいや。仲間がいなければ俺のこのステージは無かった。だからまずはお礼を言っておく。」

お爺ちゃんはメンバーを見渡し満足気だった。


「だけどな、ここからは俺達の闘いが始まる。どれだけ満足して帰ってもらうか、どれだけ楽しんでもらえるか、それは俺らのパフォーマンスにかかっているからな。」

緊張が高まる。


「だけど怖がる必要はない。思いっきりやれ!」

「まずは俺達が楽しむこと。それは必ず観客に伝染する!わかったか!!」

「はい!!」


お爺ちゃんは右手を差し出した。

メンバーは直ぐに気付いて次々に右手を乗せていった。

「俺達の歩わぁーーーーーー!」

「止められない!!!」


高く付き上げた時、号令がかかる。

「時間です!入場してください!」


お爺ちゃんを先頭にステージへ続く階段を上がっていく。


伝説のラストライブが、今始まろうとしていた。

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