第10話

 歌い終わった私は、一人満足している。

何というか、久しぶりに気持ちが乗ったというか、とても気持ちよく歌えた。

カズちゃん達3人は、何故だか呆気に取られている感じ。


「あのー…。そんなに駄目でした…?」

下手なら下手だと、感想が欲しかった。

そもそも、今の歌はお爺ちゃんのギターの音色を聞くためのものだったよね?


あぁ…、そうか。歌がどうこうじゃなくてギターの演奏が下手すぎたんだね…。

「あの、ごめんなさい。ギターの練習、一応したんだけど…。独学でなかなか上手く弾けなくて…。」

そこでようやく部長さんが声を出した…。


「あれ…?俺、何で泣いているんだろ…?」

部長さんはポロポロと涙をこぼしていた。

「はい…?」

何だか様子がおかしいよ。


「俺はさっきから鳥肌が止まらないぜ。」

田村さんは、相変わらずロックな感じだけど、この真夏に鳥肌って…。

言ってる言葉は全然ロックじゃないよ。


3人共、兎に角おかしい。

「もう、からかっているなら、いい加減にしてください!」

そう思った。

だって、おかしいよ。

「違うんだ、歩ちゃん。何というか…。」

カズちゃんまで変だよ。

「上手く言えないな。わりい、本当の事言うわ。」

コクンと頷く。


「感動した。」

「え?」

「バンドやっていながらこんな事を言うのは変なのだけど、正直感動した。歌で人をこんなにも感動させることが出来るなんて思わなかった。」

「だから、からかって…。」

「違うんだ。本当なんだ。歩ちゃん、これは翔輝さんから受け継いだ歌の才能の力なんだよ。」

「ま…、まさかぁ…。」

改めて3人を見た。

感動していると言われれば、そうとも見える。


「正直羨ましいよ。こんなにも感情を乗せて歌える人がいるなんてね…。お爺さんの歌だから感情移入しやすいのかもしれないね。」

私は思い出した。


「そう言えば、お母さんはお爺ちゃんの歌を子守唄代わりにしていたみたい。この歌だとよく寝たんだって言ってた。」

「そうか…。だからスローテンポなのにしっかりと感情がこもっているんだ。きっと繰り返し聞いていたんだね。」

カズちゃんの説明を聞いても騙されているのかも?

と思ってしまう自分がいる。


「歩君。これはね、一種の英才教育だよ。」

「?」

「お腹の中にいる赤ちゃんにクラシックを聞かせたりする事を聞いたことがあるかい?それに赤子の頃に聞いた歌や音楽は、将来その人の音楽の才能に影響するって言われているらしい。内藤 翔輝様を父に持つご両親が強く影響を受けていたのもあって、その時から心のこもった子守唄を何度も聞いてきたことになる。」

確かにお母さんの歌は上手い方だとは思うけど…。


3人は至って真面目だった。

「部長、論より証拠だ。さっきの動画、見せてやりなよ。」

4人は再び私の歌を聞いた。


最初は照れくささが私を襲ったけど、歌い出して直ぐにその気持はどこかへ行ってしまった。


なにこれ…。


これが私…?


途中から顔も映っていたけど、そんなの関係なく最後まで聞き入った。

歌い終わった瞬間、映像は細かく震えている。

部長さんを襲った感動の現れだ。


「マジすげぇ…。」

「私、カラオケとか滅多に行かないし…。たまたまだよ…。」

「いや、偶然でこの歌声は出せない。DNAが成せる技だよ。」

血筋…ねぇ…。

カズちゃんの言葉に半分納得はしつつも、どうにも腑に落ちなかった。


「もう一回、別の歌で試してみよう。そしたら歩ちゃんも納得出来るでしょ。」

「そうね。じゃないと、訳がわからないよ。」

「歩君。アイドルに興味はあるかね?」

「最近の歌は、聞いたことはあるけど印象にないです…。」

部長の案は却下される。


「ロックは聞かないのか?」

「すみません、あまり聞かないです…。」

田村さんの案も却下された。


「何か思い入れのある歌はある?」

「思い入れのある歌…?」

「そう、普通に歌ったんじゃなく、何か出来事が絡んだ歌とか。」

そんな歌を歌うことなんて…。あっ…。


「中学3年の時の合唱コンクールの歌がそうかも。」

「どんな風に?」

「コンクールが終わると直ぐに転校しちゃう仲の良かった友達がいて、皆で話し合ってコンクールを優勝して送り出そうって必死になって頑張ったの。」

「へー。」

「いい話じゃないか。」

「歩君、続けたまえ。」


「それでね、担任の先生も一生懸命付き合ってくれて、本番でも凄く良い出来だったの。」

「優勝したの?」


「出来なかった。」

「あれま。」

「歌い終わった後に、転校する友達以外のクラスメイトであの歌を歌ったの。」

その歌は、いつまでも変わらない友情を誓い合う歌。

合唱で選択して歌った、音楽の教科書に載っているようなのとは正反対の歌だった。


コーラスも何もなく、それぞれが家で練習して披露した。

正直、あまり上手くはなかったけど、号泣した友達を皆で囲んでステージ上も観客の同級生も、そして私達の暴挙を止めずに見守ってくれた先生達も感動の渦に巻き込まれた。


「結局、合唱自体はぶっちぎりで優勝候補だったのだけど、イレギュラーだった私たちの合唱については対象外って判断されたの。」

「あぁ…、仕方ないかもね。」

「意見は半々だったのだけど、担任の先生が最後に反対したみたい。」


「あれ?担任も練習に付き合ってくれたんじゃ…。」

「それはそれ、これはこれって説明があったよ。」

「ふむ。合唱は合唱。見送りは見送りってことだね。」


「うん。でもね、担任の先生は手書きで全員分の賞状を作ってくれて、渡してくれたの。あなた達の友情は優勝に値するてね。」

「いい話じゃないか…。」

田村さんは薄っすら涙を浮かべていた。


「よし。じゃぁ、二曲一気にいってみよう。」

「皆、シンプルでいい、音を合わせてやってみよう。」

「まぁ、有名な曲だしな。やってやるぜ。」


私は目をつむり、あの時の状況を思い出した。

今でもいい思い出の一つ…。

クラスメイトの声が耳の奥で聞こえる。


友達を、一生忘れないようにって、一致団結したクラスメイト…。

すっと顔を上げたのを合図に曲が始まる。

静かに歌い出していく。

サビの部分は何度も何度も練習した。

忘れるはずもない。

優勝をプレゼントするんだって必死に…。


そしてこの歌の歌詞の意味と重なっていく。

意外と合っていると思う。

だからこそ感情を乗せやすいのかも。


歌い切ると部長の持つバチが3回鳴り、突然まったく違う曲が流れる。

雰囲気はまるで違う。

だけど、ステージ上で驚き号泣する友達を励まし歌い切ったことを思い出す。

歌詞も友情を称える内容だ。

永遠の友情を誓い…、そして転校していった友達…。


色んな光景が浮かんでは消えて歌を終える…。

カランカラン…。

何かが落ちた音がした。

振り返ると部長は両手で顔を覆い隠し切れないほど溢れた涙と闘っていた。

田村さんもうずくまって感動しているようだった。


「歩ちゃん…。これで…これでいこう!」

涙ぐんでいたカズちゃんが叫んだ。

「どこへ行くの‥。」


「翔輝さんに聞いてもらうんだ。これならいける!」

「そういういくって事ね…。でも、一度聞いてもらったけど100万回練習しろって言われたよ?」

「その時は感情移入して歌ってなかったでしょ。」

「あぁ…。」

そう言われればそうかも。


「確かにそうね…。」

「歩ちゃんの本気の歌を聞いて動かなかったら、もう誰にも翔輝さんを動かせないと思う。」

カズちゃんの言葉に、他の二人も頷いた。


「歩君。それと、一つお願いがあるんだ。」

部長の君付け、ちょっと苦手かも…。

「なんでしょう?」


「僕達のバンドのメインボーカルになってください!何でもしますから!」

「え…。」

「それいいかも。歩、一回やってみなよ。ハマるぜぇ。」

田村さんまで…。

「歩ちゃん、俺からもお願いしたい。秋の文化祭でのステージまででもいい。一度やってみないかい?」

「うーん、別にいいですけど…。でも一つだけ条件があります。」

部長さんが下げていた頭をガバッと上げた。


「何でも言ってくれ!靴を舐めろと言われれば喜んで舐めます!」

「それはちょっと…。」

熱意は嬉しいけど、カズちゃんの知り合いじゃなきゃドン引きだよ…。


「あの…、私は、お婆ちゃんの畑を受け継いでいるのです。だから畑仕事の時間はくださいね。農業科ですし。」

3人はそれぞれ顔を見合わせた。

「勿論!勿論OKですとも!」

部長がガッツポーズをした。


田村さんもウンウンと頷いている。

これからのバンド活動が楽しみだと言った。

「歩ちゃんの歌で、世界を変えるんだ!翔輝さんの事も、美里さんの事も、そして俺達4人の事も、全部変えるんだ!」


今まで見たこともないほど興奮していたカズちゃんが可笑しかった。

だけど、私の歌でお爺ちゃんやお婆ちゃんが救えるなら、挑戦してみたいと思った。


誰かに委ねたりするより自分の努力で救えるなら、その方がいいよ。

もしも失敗しても自分のせいだと反省出来るし後悔もしやすいね。


いよいよ、お爺ちゃん攻略作戦が動き出した。

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