第267話 vs後部座席

 格納庫に再び戻ってきたスバル達を見て、ペン蔵は軽く手招きする。

 既に準備は完了しているという合図だった。


「ありがとう、ペン蔵さん!」


 獄翼は発進台の上に立っており、後はパイロットが乗りこめばいいだけの状態にまでセッティングしてくれている。

 準備に手間がかからなくていい。


「クァ」

「む?」


 そのまま走っていくスバル達だが、ペンギンに呼び止められた男がひとりいた。

 アーガスである。

 彼が足を止めると同時、スバル達は訝しげに振り向いた。


「アーガスさん、なにしてるの!?」

「サムタックに乗りこむんじゃないんですか!?」


 スバルとアウラが抗議するも、文句ならこのペンギンに言って欲しいと言うのが本音である。

 だが、このペンギンが詰まらない用事で誰かを呼びとめるようなタイプだったろうか。


「……先に行ってくれたまえ。どうやら彼は私に用があるらしい」

「わかった。じゃあ、先に行ってるね!」


 既に敵襲を知らせる警報は鳴りっぱなしだ。

 流れ弾に被弾しない内に出撃しないと、何時まで持つかわからない。

 ゆえに、スバルとアウラはアーガスの提案に迷うことなく賛同した。


「急いでね!」

「承知した。気をつけつけたまえよ」


 少年たちを送り出し、アーガスは笑顔のままペン蔵へと振り返る。


「で、ペン蔵氏。私に何用かね」


 整備のエキスパート、本田ペン蔵。

 様々なブレイカーをその手羽先で治してきたプロである。

 ペルゼニアとの戦いで装甲が剥がれたダークストーカーや獄翼を修復したのも彼であり、先日のウィリアムの動乱の際には鳥たちを指揮して自らがブレイカーの操縦を担当したという。

 字で表せば軽く伝説な気がしたが、果たしてそんな人物が自分に何の用だろうか。


「こんなことを言うのもなんだが、私はペン蔵氏と話す機会はないと思っていた」


 コミュニケーションを重要視するアーガスとしては美しい発言ではない。

 例え誰であろうと美しく振る舞うのが彼の信条なのだ。

 しかし、ペン蔵とアーガスでは得意分野があまりに違い過ぎる。


「私はブレイカーを所持していないし、操縦はからっきしだよ」


 これもあまり褒められたことではないが、アーガスはブレイカーのスキルが乏しい。

 全く動かせないわけではないのだが、それでも訓練した兵士と比べたらどうしても見劣りしてしまう。

 そんなアーガスに対し、ペン蔵が呼びとめる。

 この非常事態に、だ。


「クァ、クァー!」


 ペン蔵がアーガスの前で大袈裟に手羽先を振って見せた。

 時折外に向けていることから、恐らくサムタック周辺を指しているのではないかと想像できる。


「……もしや、向こうも出撃を?」

「クァ!」


 それならそれでスバルや他の旧人類連合のパイロットたちの出番の筈なのだが、そうも言ってられない事情があるらしい。

 でなければ彼が自分を呼びとめることなどない筈だ。


「なるほど。並の機体では止められないブレイカーが出ているということだね?」

「クァ!」


 ペン蔵が力強く頷いた。

 成程、それを倒す為に協力してほしいと言う事か。

 確かにスバルだけが応援にでたところで彼の身体はひとつだけ。

 敵を殲滅させるのであれば、もう少し決定力が欲しいかもしれない。


「クァー」


 そんなことを考えていると、ペン蔵が再び手羽先を差し向けた。

 視線を辿り、目を向けてみる。

 30メートル近くはあろう青い巨人が突っ立っていた。

 あの機体の名前は知っている。

 鬼だ。

 故郷に現れ、新人類王国の精鋭を鬼神の如く倒していった決戦兵器である。








 ウィンチロープに捕まり、コックピットに這い上がる。

 スバルは素早く自分の定位置に潜り込むと、シートベルトを締めた。


「遅い!」

「ごめん、これでも急いできたんだ!」


 後ろから飛んできた罵声に対し、スバルは振り返ることなく謝罪する。

 寄り道をして、青い鎧を振り切っての移動なのだ。

 寧ろ結構早く乗りこめた方ではないかと自負している。


「遅いっていうなら、当然そっちの準備は済ませてるんだろうね!?」

「当たり前じゃない。後はアンタ等待ちよ」

「よっしゃ!」

「あの、仮面狼さん」


 スバルに続いて獄翼のコックピットに乗り込んできたアウラがジト目でスバルを見つめる。


「どしたの」

「さっきから誰と喋ってるんです?」

「そりゃあ勿論……あれ?」


 言われて気付いた。

 この機体に乗る予定なのは今の所スバルとアウラだけだ。

 エイジとシデンは先行してサムタックに向かい、アーガスはペン蔵に呼び止められている。

 イルマはカイトのお守りだ。

 では、今の声は誰だ。

 恐る恐る振り返ってみる。


「なによ」


 後部座席には、不貞腐れた態度で座り込む真田アキナの姿があった。


「あ、アキナ!?」

「お前、なんでここに!」

「なによ。いたら悪いの!?」


 いや、悪いというよりも完全に予想外というのが本音だ。

 内心、何時の間にここにいるのかという驚きも強い。


「取りあえず、さっさと出撃しましょう。これ以上待つのはごめんだわ」

「ちょ、ちょっと待ちなさい! まだ私が乗ってないでしょう!」


 後部座席から勝手にハッチを閉じられ、慌ててアウラが潜り込む。

 幸か不幸か、獄翼は過去に後部座席を4人乗りに改造したことがある。

 新人類王国で修復された際、そこも綺麗に元通りになっていた。

 その中のひとつ、真ん中の席に陣取ったままアキナは動く気配を見せようとしない。


「ねえ、俺達がこれから何をするか理解してるよね」

「もちろん。サムタックをぶっ壊すんでしょ?」


 正確に言えば鎧も倒すつもりなのだが、似たようなものである。


「協力してあげる」

「え?」

「力を貸しましょうって言ってるのよ!」

「いや、なんでそんなに偉そうなの……」


 未だかつて、ここまで上から目線のサブパイロットがいただろうか。

 強いて言うならカイトが一番偉そうではあったが、彼は割と積極的に協力してくれたような気がする。


「もう後戻りできないんだぞ。さっきも言ったけど、こっちは何時裏切るかもわからない奴を乗せる気はない」

「そこは安心していいわ。その証拠に、武器も持ち込んでないし」

「アンタ身体が武器じゃん」


 真田アキナは皮膚を鋼鉄化させることができる新人類だ。

 彼女が一度鋼の皮膚に身を包めば、それだけでスバルは手出しできない。

 全身凶器である。

 そんな奴が暴れないから安心しろと言ってもちっとも信用できなかった。


「しつこいわね! いいからさっさと行く!」

「あ、こら!」


 サブパネルを操作され、獄翼が発進体勢に入った。

 同時に、正面モニターに外の機影の情報が入る。


「もたもたしてられないのよ。外では殲滅用のブレイカーが出てきた。ここで痴話喧嘩してるとビームくらって消し炭になるのがオチよ。そんなの嫌でしょ!?」

「喧嘩を吹っかけてきてるのお前だろ!」

「なによ! 文句ある!?」

「ふたりとも落ち着いて!」


 埒が明かないとはこのことだ。

 アキナが積極的に協力してくれるというのは嬉しいが、それをどこまで信用すればいいか量りかねているのはアウラも同様である。


「アキナ、本気なのね?」


 決して仲が良かったとはいえないチームメイトに向け、アウラは真剣な眼差しを向ける。


「ええ」


 解答はあっさりと返ってきた。

 彼女は腕を組み、凶暴な犬歯を剥き出しにしながらも前方を見つめる。

 格納庫のハッチが開く。

 彼女たちの視界に、閃光が飛び交う戦場が広がっていった。


「ムカつくのよ。勝ち逃げされたままっていうのは」


 だから、


「アタシがその鎧をぶっ倒す。それに、知った顔が化けて出たら目覚めが悪いでしょ?」

「よく言うよ」


 殺そうとした癖にどの口がほざくのか。

 スバルはそこまで言いかけた途端、口を閉ざした。

 理由は簡単。

 外で暴れている敵機を確認したからだ。


「て、天動神が3体にガデュウデンが2体ぃ!?」

「言ったでしょ。殲滅機が相手だって」

「でも、もうサイキネルはいないよ!」


 ガデュウデンはいざ知らず、天動神はサイキネル専用のブレイカーだ。

 彼が解き放つサイキックパワーなる謎の超エネルギーを受けることで、あの巨大な鳥パンダは破壊活動を執行する。


「サイキネルがいなくても、エネルギーランチャーを装填させればビームを撃つだけの砲台になれるわ。多分、相手は無人機よ」

「なんでそこまでわかるのさ」

「いよいよ王国も人材不足なのよ。それで一気に勝負を決めれる大型ブレイカーへの人工知能付与が決まったって裏話があるの」


 ゲーリマルタアイランドに現われた紅孔雀の無人機がそれに近い。

 あれを更に火力特化にしたのが今回の天動神とガデュウデンである。


「さ、早いところ出撃しましょう。どっちにしろアイツら倒さなきゃいけないんだから気合入れていきなさい!」

「いやいやいや! ちょっとタンマ!」


 確かに出撃するつもりではある。

 だが、巨大な動く砲台が入り乱れるこの戦場で出ていっても自殺行為に等しいのではないだろうか。


「もうちょっとタイミング見計らうべきじゃないか? 今出ても狙い撃ちにされちゃうよ」

「馬鹿。相手はサムタックを囲んでるのよ。滅多な事がない限り大きく移動してこないわ」


 しかし、アキナとて現状を危惧していないわけではない。

 獄翼のような機動性が売りなブレイカーが天動神やガデュウデンの攻撃を受ければどうなるか、想像できないわけではなかった。


「アタシがなんでここに来たと思ってるのよ」


 後部座席のタッチパネルが力強く押下される。

 懐かしいアプリ起動音がコックピットに響き渡った。


『SYSTEM X、稼働』


 直後、後部座席とスバルの真上に無数のコードに繋がれたヘルメットが落下してきた。

 すっぽりと収まる剣山ヘルメット。

 直後、アキナの身体が力なく項垂れた。


『これで文句ないでしょ』


 獄翼の内部にアキナの声が響き渡る。

 ボディ全体が黒から銀へと変色していき、鋼の身体を更に強靭な物質へと変貌させていく。


『アタシの売りなんだけど、実はビーム弾けるのよね』

「マジで!?」

『試してみる? おあつらえ向きなのが外にいるんだけど』

「……俺と心中するつもりじゃないだろうな」

『しつこいわね。死ぬ時はもっとマシな場所で死ぬわよ!』


 少なくとも、カノンの様に志半ばで倒れるつもりはない。

 今、自分がやるべきことは理解しているつもりだ。


『アンタたちもアタシと同じ。鎧を倒したいって思ってる』


 だが、カノンを倒した鎧はひとりだけだ。

 必然的に早い者勝ちになってしまうが、今回に関して言えば確実に勝つ方法をとって行きたいと考えた。


『アンタの言う通りよ。アタシ、負けを認めなかった』


 ゲーリマルタアイランドでの戦いはカノンの勝ちだ。

 悔しいが、それは認めてやろう。

 だが、我慢がならないのはリベンジの機会を奪われたことだ。

 アキナはカノンが嫌いである。

 弱いくせに生意気で、諦めが悪くて、そして間抜けだ。

 見ていてイラついたこともある。

 それでも、彼女にとっては数少ない繋がりであった。

 自覚した瞬間、心の中を隙間風が通り抜けていく。

 今にも崩れてしまいそうな、ボロ小屋のような心の隙間。

 なんにも残って無さそうな小さな場所で当然のように存在していたそれに、ようやく気付いた。


『あんな奴大っ嫌い。でも、いなくなったらそれはそれで寂しい』


 これが腐れ縁と言う奴だろうか。

 まあ、名前なんてなんでもいい。

 この感情を整理する為にやるべきことは、もうアキナの中で纏まっている。


『勝つわよ』

「……よし!」


 力強い言葉だった。

 アキナの言葉に押し出され、強靭な鋼を纏った獄翼が身を屈める。


『命は預ける! その代わり、どんな手段をとってもアイツらに目に物みせてやりなさい!』

「預かった!」


 獄翼が射出される。

 銀色に輝く装甲が閃光の飛び交う戦場で光り輝いた。

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