第174話 vs姉妹と決着と動画

 ゲームセンターでの決戦からまた1週間が経った。

 蛍石スバルは特にアルバイトをすることもなく、大家のおばちゃんの仕事を手伝う毎日を過ごしている。

 ただし、なにも変化が無かったわけではない。

 ヘリオンから学校に来ないかと誘われたのだ。

 スバルだけではない。

 マリリスも一緒に、島の学校に通う事を勧められている。

 

「スバルちゃん、今の内に勉強しといたほうがいいんじゃない?」


 食器の片づけをしていると、大家のおばちゃんが話しかけてきた。


「聞いたけど、もう学校を離れて半年以上も経ってるんだって? 復学するタイミングも考えたら、1年のロスタイムじゃないのさ」

「そうだね」

「そうだねって、アンタさ」


 自分でも驚くくらい冷めた言葉だった。

 ヘリオンの提案は素直に嬉しい。

 これは事実だ。

 しかし、ヒメヅルに残してきた友人たちのことを思うと素直に復学できない。

 スバルはまだヘリオンにOKの返事を出したわけではないのだ。


「別に学校が嫌いだってわけじゃないんだ。でも、故郷が大変かもしれないのに俺だけのうのうと復学するっていうのは、なんかさ」

「そういうところはアンタのいいところだけど、もうちょっと自分の身を振り返ってみればどうなんだい」

「無理だよ。友達もまだあの場所にいるかもしれないんだから」


 島国に辿り着いてから、何度かインターネットを使って故郷について調べたことがある。

 わかったことは、大使館の関係者が足を踏み入れた事。

 そこで民間人の少年がひとり連れていかれた事。

 その少年が大使館から逃げだし、反逆者と呼ばれるようになった程度だ。

 要するに自分たちが立ち去った後、ヒメヅルがどうなったのかは全く分からなかった。


「まあ、いいわ。でも肝に銘じておくんだよ」


 おばちゃんが念を押すように言う。


「アンタたちは此処で暮らしている。それなら、ここでの生活を視野に入れるんだね。具体的に何があったのかは知らないけど、今はここにいるんだからさ」


 そう、今はみんながここで暮らしている。

 既に働き口が決まった連中は仕事に慣れてきて、神鷹カイトに至ってはあのゲームセンターでアルバイトを始めた。

 訓練中に店員と顔馴染みになったのが利いたらしい。

 踏み出せていないのはスバルだけになってしまった。


「ほら。アンタが一番若いんだから!」

「……どっちかっていうと、働いた方が気は楽なんだけどね」

「ダメだよそんなんじゃ! 若い奴は青春を全うしなきゃ!」


 スバルは社会人として活動することをおばちゃんに禁止されていた。

 マリリスも同様なのだが、彼女の場合は無理のないアルバイト生活を送っている。

 週4日で数時間労働は、青春を謳歌するのに適したローテーションだった。

 これもおばちゃんにこってり絞られた結果、スケジュールを大幅に変更せざるをえなくなっただけなのだが。


「青春なら先週に結構消費した気がするけど」

「もう底を尽きたってのかい!? まだまだ10代は青春を貫かなきゃいけないんだよ!」


 おばちゃんは本当に青春が大好きなご婦人だった。

 独自の青春論を持っている辺り、相当コアな人生を送ってきたのだと想像できる。


「それに、アンタは1勝しただけで満足するような子なのかい!? カイトちゃんもゲームセンターで働いてるなら、今度はボロボロに負けちゃうんじゃない?」

「うっ」


 何も言い返せなかった。

 聞けば、カイトはバイト先で赤猿と共に毎日ブレイカーズ・オンラインに触れているらしい。

 店公認のプレイヤーに認定されてしまったのだ。

 納得できない。

 勝ったのは自分なのに。


「まだ若いんだから、学校に行きなって言う店長さんの心遣いを無駄にするんじゃないよ」

「うう……」


 ぐうの音も出ないとは正にこのことだった。

 蛍石スバル、16歳。

 最大の大勝負には勝てても、周囲の大人たちからの心遣いには勝てなかった。

 少年が復学する日も近い。








「ねえさーん。もうそろそろ集合の時間なんですけど」


 新人類王国。

 ようやく包帯をとってリハビリ生活を送っているアウラは、先に退院した姉に冷たい視線を投げていた。

 カノンは最近、赤猿から送信された動画に首ったけである。

 

『ま、待ってアウラ! 後ちょっと!』

「もう何度もループしてるじゃないですか。後でアトラスに怒られても知りませんよ」

『う、うう……』


 長すぎる前髪で覆われた瞳が、悲しげな感情を物語る。

 しかし妹はそれをスルー。

 新人類王国に務めている以上、何時までも遊んでなどいられないのだ。

 彼女たちは学校に通う少女ではない。


「それに、私たちがちゃんと活動報告しないと。何時リーダーたちのところに攻め込むことになるかもわからないんですから」


 自分たちには使命がある。

 大恩あるリーダーと仮面狼が無事に逃亡する為の手助けだ。

 グスタフに戦いを挑んだ時点で王国にはいられないと考えていたのだが、アトラスが後釜に就任した後は全てが上手くいっている。

 管制室にはカイト脱走の時刻を撮影しているカメラはひとつも残っていなかった。

 恐らく、アトラスが手引きしてくれたのだろうが、そのアトラスも今となっては危険すぎる。


「第二期はもう、私たち以外あの人の味方になってくれないんですよ」

『……そうだね』


 悲しいことだが、それが現実だった。

 時間が経てば経つたびに、重々しく圧し掛かってくる。

 アトラスはスバルを完全に敵視し、アキナは元上司であろうが遠慮なく潰しにかかるつもりだ。

 暴走していく彼女たちを止める術を、カノンとアウラは持っていない。

 また、懸念点はもうひとつ。


「後、最近はレオパルド部隊も不気味ですし」


 レオパルド部隊。

 タイラントを主軸として動く、女性だけのアマゾネス軍。

 その戦力は王国の中でも際立っている。

 エイジとアーガスにタイラントが敗れ、組織改革が行われたのだと聞いてはいるが、その動向が非常に怪しいのだ。


「この前噂で聞きましたけど、タイラントの代役を務めるシャオランがノアとつるんでいるらしいじゃないですか」

『うん。私も聞いてる』


 ノア。

 鎧の責任者であり、カイトの左目に化物の目玉を埋め込んだ張本人。

 聞けば、女王として君臨しているペルゼニアの『調整』も彼女が行っているらしい。

 心なしか、ディアマットが生きている頃よりも幅を利かせている気がした。

 そんなノアが、レオパルド部隊の実質的なリーダーであるシャオランとよく行動を共にしていると言うのは不気味だった。


『シャオランは機械人間だからね。たぶん、強くなる為に調整を受けてるんだと思う』


 カノンが出した答えに対し、アウラは『どういう調整なのか』とは問えなかった。

 聞いたところでカノンにわかるわけがない。


『人前にもだんだん姿を見せなくなってきたらしいし、レオパルド部隊はそろそろリーダーが代わるんじゃないかな』


 早過ぎる任期終了である。

 まだ決まったわけではないが、ここ最近の会議は殆ど出席しておらず、代理としてメラニーを送ってくるだけだった。

 このまま行けば、メラニーがレオパルド部隊のリーダーを務めることになるだろう。

 それならそれで助かる。

 彼女とはトラセットで共に戦った事があるが、実力的には自分たちの方が上だ。

 能力は多少強力ではあるが、それでも折紙を相手に雷が負けるとは思えない。


「いずれにせよ、王国が体勢を立て直した特が連絡タイミングです。姉さん、私が退院するまでは情報の垂れ流しをお願いしますね」

『……わかった』


 ちょっと残念そうにしながらも、カノンはスマートフォンを懐にしまい、部屋から出る。

 出向かう先は会議室。

 グスタフの後釜として働いているアトラスの腹心として出席する。

 正直に言うと、退屈な仕事だった。

 カノンがやる事は、アトラスの後ろで立っているだけ。

 書記は別に用意されている上に、決めるべきことは全部アトラスが決めている。

 他の代表者を威圧する意味で自分を出席させているのだろうが、今の王国でアトラスに力で敵うのはシャオランや鎧くらいだろう。

 会議に顔を出さないのであれば、カノンは不要な存在であった。


 ただ、それでも情報を垂れ流す分には非常にありがたい話である。

 カノンの存在がそこまで重要でなくとも、話を聞けることに意義があるのだ。

 そう思うと、ちょっとだけやる気が出る。

 会議の内容を垂れ流して、リーダーや師匠に褒めてもらおう。

 カノンはうきうき気分でスキップし始めた。









「あれ、アトラスじゃない。どうしたの、こんなところで。会議は?」

「ちゃんと出席しますよ。それはそうとして、今日は君の耳に挟んでおきたい情報があってお伺いしたんです」

「なによ。悪いんだけど、こっちは忙しいの。手短にお願いできる?」

「勿論。リーダーたちの居場所が分かりました」

「……本当に?」

「本当です。向こうから連絡があったので、間違いないと思いますよ」

「何それ。どういう意味?」

「少し泳がせてみただけですよ。ただ、呆れましたね。呑気に動画を作って、それを弟子に送るとは。私がちょっと履歴を調べたら、どこにいるのかなんて丸わかりなのに」

「……よくわからないけど、出撃準備の話ね」

「はい。場所はゲーリマルタアイランド。南半球に位置する小さな島です」

「何時出るの?」

「幸いにも今はまだ時間があります。折角ですし、我々のブレイカーが完成してからにしましょう。準備が終わり次第、あの方々と戦います。アキナにはその覚悟をしておいてほしいんですよ」

「……わかったわ。カノンとアウラにも伝えておく?」

「いえ。あのふたりは大丈夫です。だって――――」





「旧人類に毒された奴なんか、信用できないでしょう」



 

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