第171話 vs自分の全部

 蛍石スバル、16歳。

 これまで数々の怪物を相手に、ブレイカーで戦ってきた少年である。

 彼の周りにいるライバルは常に新人類だった。

 自分よりも優れているのだと社会的に認められた人間たち。

 スポーツや学問の分野で彼らと互角に渡り合っている偉人がいることを知っていたが、自分がその中のひとりなのだという自覚は無い。

 

 スバルは聞いた。

 少し前に特集された企画で、新人類と渡り合う旧人類が紹介されたことを。

 その中には誰でも名前を聞いたことがあるようなスポーツ選手の中に混じって、自分の名前があったのだそうだ。

 アスプルはそれをみて自分のファンになったらしい。


 だが、スバルは思う。

 果たして俺はそんな企画の中に名前が挙がる程の器なのか、と。

 幸運にも島に流れ着いて早2週間。

 仲間たちは迷いながらも自分たちが向かうべき道を模索している。

 アーガスに至ってはなぜか半裸と白マスクで解説に回っている始末だ。

 なんというか、己がやるべきことを自覚しているような気がする。

 自分はどうだ。

 就職活動をするわけでもなく、ただぶらぶらするだけ。

 気が付いたらゲームにしがみついている。

 まるで筐体席から離れないよう、ロープでぐるぐる巻きにされたような錯覚すら覚えた。


 みんなの勤め先を聞いた後、自分にもなにかあるだろう、と思って考えてみた。

 考えてみれば考えてみる程、将来のビジョンがないことに愕然とするだけである。

 その昔、カイトに言われた言葉がある。


『お前はゲームで稼ぐのか?』


 プロゲームプレイヤーなる職業があるのだと聞いたことがある。

 なれるものならなってみたい職業だ。

 ゲームをしてお金が貰えるなら、こんなに素晴らしい生活はあるまい。

 楽園だ。

 理想郷だ。

 

 ところが、そんな理想の土地に足を踏み込めるかと言えば答えはNOである。

 どれだけスバルが新人類相手に競った戦いを繰り広げたとしても、彼には全国大会の優勝経験がない。

 優勝できないプロに、価値があるわけがなかった。

 厳しい現実に直面することを理解していたスバルは、自然とその思考を手放していたが、


「それでも――――!」


 それでも、自分にはこれしかない。

 醜くしがみ付いているだけだと罵られるかもしれない。

 大したことがないと侮蔑されるかもしれない。


 でも、いいじゃないか。

 例えちっぽけで、結果は大層なものでなくても、それだけに拘ってきたのだ。

 これだけは本気でやったぞと言えるものがこれしかないんだから、仕方がないじゃないか。


 スバルにとって、周りの連中はとんでもない人間ばかりだ。

 マリリスは天然が入っているが、気遣いができる優しい子だと思う。

 御柳エイジは力があるし、困ったことがあったら相談に乗ってくれる。

 六道シデンは愛嬌があって、仲間想いだ。

 アーガス・ダートシルヴィーは――――うん、いいんじゃないかな。


 そして、神鷹カイトは一言では言い表せない。

 故郷での共同生活、半年もの共同戦線。

 どちらでも一番活躍したのは彼だ。

 前述した怪物を倒していったのも、大半が彼の功績だった。

 スバルが自力で倒したのといえば、鳩胸とダークストーカーくらいだろうか。


 念動神以降の敵に関して言えば、カイトを含めた仲間たちがいなければ今頃死んでいただろう。

 いや、シンジュクでの戦いでもカイトが武器を提供してくれなければやられていた。

 『それしかない』ってしがみついていても、現実はこんなもんだ。

 恵まれた天才たちに比べれば、自分はどこまでも格下である。


 だが、それでも見下してほしくなかった。

 誇れるものは小さなものかもしれない。

 自分ひとりの力で勝ち得た物なんて、たかが知れている。

 

「それでもさぁ!」


 ――――それでも、みんなと肩を並べて歩きたい。

 

 一歩離れて歩いていくのは、自分が望むことではなかった。

 彼らは気にしないかもしれないけど、このままだと自分が後ずさってしまう。

 だから、ここで証明しなければならない。

 カイトではなく、他ならぬ自分自身に。


 正直、カイトが遠隔誘導ユニット主体で攻めてくるとは少しも考えていなかった。

 機動ユニットではなく、飛行ユニットで速攻を仕掛けてくるとばかり考えていたのだ。

 その時点で、自分の浅墓さが伺える。

 でも、後戻りはできない。

 だからこそ、


「戦うしかないだろう!」


 吐き出すように言うと同時、スバルの駆るダークヒュドラ・マスカレイドが腰からナイフを抜く。

 シャドウスパイダーに捕まる寸での位置だ。

 取り囲んでいる妖精たちが、順番に光の弾丸を発射する。

 黒の巨人が、10もの光の直線をくぐりぬける。

 ヒュドラは刃物を掲げると、周囲に浮かぶフェアリーのひとつへと突き刺した。

 小さな爆発が起こる。


「フェアリー、一機撃墜!」


 司会の赤猿が攻撃の結果を叫ぶ。

 彼の表情が、驚愕の色に染まっていた。


「石鹸仮面さん、今のは……」

「うむ。信じられんことに、マスカレイド君はナイフでフェアリーを迎撃にかかったね。見たところ、ヒュドラで一番リーチが長いのはチェーンアンカーだが、真っ直ぐ飛んでいくアンカーでは縦横無尽に動き回るフェアリーを捉えきれまい」


 それゆえに、選択したのは接近武器。

 一歩間違えばお手玉コンボへと発展しかねない危険な行動だった。

 すぐ近くにはシャドウスパイダーも構えている。

 だからこそ、攻撃した後の硬直時間を極力減らす必要があった。


「赤猿君。君はナイフでフェアリーを撃墜する自信はあるかね?」

「冗談でしょう。あんなことができるのはアイツだけです」


 ナイフなら射程距離が短い分、少ない硬直時間で次の動きに移る事が出来る。

 一般的に、ナイフはコンボの要とも言われている武器だ。

 よほどのことがない限り、接近戦を行うブレイカーは所持している。

 だが、それを迎撃に使う選択は危険であると言えた。


「今のを見て、俺でもできそうって思えるかもしれません。だけど、今のは見た目とは裏腹に凄いシビアなタイミングなんですよ」


 ブレイカーズ・オンラインに詳しい赤猿が解説し始める。

 ナイフの射程距離が短いのは先程述べた通りだ。

 そんな低射程で周囲を飛びまわるフェアリーを迎撃する場合、飛びこむしかない。

 他にも9個もの砲台が宙に浮いている中、一点に飛び込むのは自殺行為であると言えた。

 機動力が高いミラージュタイプが飛び込んだ場合、がら空きの背中を見せることに繋がるからだ。


「一般的に、フェアリーを撃墜しにかかった機体をそのまま狙い撃ちにするのがセオリーです。射撃武器を持ってるなら話は別ですが、今回のように格闘特化の場合は飛びこむしかない。それを狙うのがフェアリー側の立ち回りですが、」


 赤猿が息をのむ。


「ダークヒュドラの場合、ぎりぎりまで引きつけて、他のフェアリーが射撃した直後を狙っています。信じられますか? ばらばらに射撃してくるフェアリーそれぞれのロスタイムを計算に入れて、リーチのないナイフで叩き落とす。少なくとも、初見でできる真似じゃありませんね。やり込みの勝利ですよ」


 耳に届けつつも、スバルは思う。

 計算なんかしてねぇよ、と。

 既にスバルは『予測』を放棄していた。

 最初の予測が外れた以上、それを前提にしていたプランは全て崩れ落ちたも同然だ。

 ゆえに、思考は切り捨てる。

 ブレイカーに拘ってきた自分のみっともなさ。

 体に染みついた動作だけがすべてだ。

 

 蛍石スバルは、己の人生で培ってきたすべてでカイトにぶつかった。

 そこに思考が入り込む余地はない。

 眼前に敵がある。

 だから迎撃するか避けるかの選択が生まれる。

 その選択を脳ではなく、本能に任せただけの話だ。


 フェアリーでこのまま圧してくるなら、すべて叩き落とす。

 痺れを切らして、シャドウスパイダーを向かわせても同じことだ。


 だから、攻撃してくる奴は全員排除する。


 スバルの意識を汲み取ったダークヒュドラは、取り囲んでいるフェアリーを睨むと再びナイフを構えた。

 フェアリーたちが散開する。

 狙いを絞らせないつもりだろうが、そんなのは常套手段だ。

 放射される光の雨を躱しつつ、ヒュドラは妖精にナイフを叩き込んでいく。


 そうやって次のひとつを落とした瞬間、黒の影は接近した。


「シャドウスパイダーだ!」

 

 誰かが言った。

 蜘蛛を模した巨大な機動ユニットは背中から銃口を向けると、ヒュドラ相手に発射する。

 金色の網が飛び出した。


「電磁ネット!」


 飛び出した蜘蛛の巣がビルの間に挟まり、巨大な網を作り出す。

 ダークヒュドラは連射される網を避けつつ、ビルの中を飛行していく。


「う!?」


 だが、そこで。

 敵影と重なった。

 ビルで構えていたイレイザーが大鎌を振るい、一閃する。


 瞬時の反応でヒュドラはバック。

 直後、ヒュドラの動きが停止した。

 背後からシャドウスパイダーの電磁ネットを受けたのだ。

 電子機器を麻痺させる蜘蛛の巣はダークヒュドラの背中に張り付き、一時的に行動を停止させる。


「うわっ!」


 待ち伏せされていた。

 フェアリーに完全に気を取られている隙に、イレイザーは既にシャドウスパイダーとの連携を準備していたのだ。

 ビル街に追い込まれた時点で、フェアリーは仕事を十分果たしていたのである。


「ダークヒュドラ、捕まった!」

「飛行しない分、ビルの影となって移動しやすくなっていたようだね。空のフェアリーとスパイダーに意識を持っていかれすぎたか」


 いずれにせよ、電磁ネットで捕まった以上、ダークヒュドラは身動きが取れない。

 すぐ正面にはイレイザー。

 このままデスサイズを斬り込まれれば、体力ゲージは大きく削り取られてしまう。

 ダークヒュドラはもともと敵の攻撃を受けることを想定していないのだ。


「まずは一発!」


 カイトがそんなことを口にした気がした。

 もしかすると幻聴かもしれない。

 だが、スバルの耳にはカイトによる敗北への宣告が聞こえた気がした。


 だからこそ、彼は笑う。


「こんな時はこうするんだよ!」


 ダークヒュドラの背部が切り離された。

 ネットで縛られた飛行ユニットを切り離し、一時的に自由になる。

 攻撃コマンドを入力し終えているイレイザーが、大きく振りかぶってきた。

 あの曲刃に命中すると、無事では済まないことは百の承知だ。

 だが、あの武器は敵に命中するまでの発生時間が特に長い部類であることをスバルは知っている。


 ゆえに、スバルはダークヒュドラの中でもっとも発生が早く、イレイザーの足を止める行動を取った。

 腰に収まっている第二のナイフ。

 その収納スペースをイレイザーに向け、射出した。

 ファンの間でアーマーナイフと呼ばれるテクニックである。

 武器を装填したまま、相手に向けて発射する行動だ。

 普通に武器を抜く作業を省く分、発生時間を削る事が出来る荒業である。

 一度それを行うと、射出された武器は一定時間使用できなくなるが、ただでさえ発生時間が短いナイフを射出したのだ。

 これにより、イレイザーの動きが一瞬よろける。


「なに!?」


 画面の向こうにいるライバルの狼狽える声が聞こえる気がした。

 ならば、これからもっと目に物みせてやろう。

 到来したチャンスを前にして、スバルはダークヒュドラの特殊コマンドを入力する。

 

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