第83話 vsパツキンナルシスト薔薇野郎 ~巨人と家族編~

「もうきやがった!?」


 ダークストーカーから受け取った大口径エネルギーランチャーを構え、スバルは言う。

 獄翼のモニターには、見間違えるはずの無い巨人が映し出されていた。


『あれがそうですか、師匠!?』


 ダークストーカーからカノンの通信が入る。

 スバルは短く『そうだ』とだけ答えると、視線を巨人に固定させた。昨日から外見に変化はない。

 人間を思わせるような肢体と、黒い胴体。

 指の無い両手に、顔面に張り付いている青く輝く結晶体。全てが昨日のトラセインにおける再現だった。


 その時のことを思い出し、スバルは反射的に操縦桿を強く握りしめるが、


「全員、そのまま合図が出るまで待機だ」


 エネルギーランチャーの引き金に指をかけた獄翼を静止させる声が響き渡る。アーガスだ。彼は解散前に配られたメラニーの折り紙を通じ、全員に同じ指示を出す

 操縦桿を押し倒したら、すぐにでも引き金を引くであろう機械の巨人の動きが、僅かに震えた。しかしその動作は数秒もしない内に止まり、獄翼は長い砲身を構えた姿勢のまま待機する。


「メラニー嬢、被害は?」

「民家が何件が踏み潰されてます。近隣住民は急いで避難を開始していますね」


 街全体に折り紙を張り付けまわっていたのだろう。

 メラニーがすぐさま状況を把握し、報告を終えるとアーガスは口を開いた。

 

「なるほど。では当初の予定通り私が美しく参るとしよう」


 予定では、巨人が現われた場合は先ず交渉することになっている。

 だがスバルたちは実物を前にすると思う。そんな悠長な事をしている暇があるのか、と。


「お言葉ですが司令官。中央区にいるあの怪物が、人の言葉を理解できるとは思えません」


 ダークストーカーの後部座席に移動したアウラが問うと、英雄はすぐさま返答を出す。

 実物を見れば、こういった質問が来るであろうことは予測済みであった。


「それでも、幼虫の時は会話を求めてきたのだよ」


 信じられないかもしれないが、事実である。

 彼はコミュニケーションが取れる生物だった。大樹の中で人の言葉を学習し、実際に話したこともある。


「兎に角、今は住民の避難も行っている。美しい私に任せたまえ」

「任せたまえって言っても、暴れられたら皆死んじまうぞ」


 至極全うな台詞だった。

 巨人は無差別に人を襲い、食らい始める。新人類でも旧人類でも注入された人間でも構いはしない。人類は彼の餌以外の何者でもなくなったのだ。


「なぁに、注目を集める術は知っているつもりだ」


 英雄から放たれた言葉に、四人は深く頷いた。

 そりゃあ確かに。この男がそれを理解していなかったら、誰が目立つ技術を学んでいるのか疑問である。


「でも、何する気なんだ?」


 スバルは思う。

 アーガス・ダートシルヴィーはブレイカーの準備もせず、生身である。同じ巨体なら巨人も必然的に目を向けるだろうが、いかんせん生身のアーガスでは蟻のようにしか見えないのではないだろうか。


 少年がそう危惧している内に英雄はマンションのベランダから跳躍。

 そのまま民家の屋上へと着地すると、まるでスキップでもするかのような軽快なジャンプで一気の巨人への距離を詰めていく。

 巨人との距離が殆どない、ある民家の屋上へと着地し終えると、アーガスは右向け右。くるん、と身体を巨人に向け、高らかに笑い始めた。


「はっはっはっはっ!」


 誰がどう見ても何時ものノリだった。

 途端に半目になり、頭を抱えるメラニー。


 ところが。

 どういうわけか、巨人は足下で騒ぎ始めるパツキンナルシスト薔薇野郎に視線を向けた。


「ちゅ、注目を浴びているぞ!」

『凄いです! 未知との交流ですね!?』

「んなアホな……」


 そのまま踏み潰されてしまうのではないかと危惧していただけに、これは予想外だった。思わず熱くなり始める仮面狼とその弟子。


「大きな巨人さん。いや、それとも元協力者さんと言った方がいいかな?」


 そんな彼らのリアクションを知ってか知らずか、英雄はなぜか胸ポケットにしまってあった灰色の薔薇をとりだし、口に咥え始めた。

 

「私のことを覚えているか!? この天と地と海が生み出した超人。奇跡の子。天然記念美貌! それがこの私、美しすぎる使徒。アアアアアアアアアアアアアアアアアアアッガス!」


 目立つ為か、うざさも過去最大級であるとメラニーは思った。

 ご丁寧な事に、あの司令塔は敵のド真ん前で『サタデーナイトフィーバー』のポーズをとっている。客観的に見たら、ただの変人以外の何者でもないのだが、今はそれが功を成していた。なんか納得いかないが。


「ううむ、やはりピアノが無いと美しくない。メラニー嬢、ピアノ!」

「私にどうしろっつぅんですか、この屑上司!」


 返答を聞いたアーガス。

 ちょっと落ち込み始めた。綺麗に決まっていたサタデーナイトフィーバーは徐々に崩れ始め、体育座りへとシフトしていく。

 英雄はちょっとだけメンタルが弱かった。


「酷いじゃないか……そりゃあ私だって失敗はするよ? でも毎日を一生懸命に生きてるんだよ。それを屑って酷いと思わないかい?」

「巨人が見てるんですよ! どうにか我慢してくださいピアノくらい!」


 完全にコントとなりつつある流れだが、この間巨人はずっとアーガスを見つめている。この隙にとでも言わんばかりに住民たちは避難を進めていき、巨人の足下にはとうとうアーガス以外誰もいなくなってしまった。


「凄い。巨人の注意を完全に住民から逸らしています」

『この状況の中、あそこまで計算しつくしていると言うのでしょうか。凄い人ですね』


 そしてこの功績を前に、ダークストーカーに搭乗する純粋な姉妹はただ敬意の眼差し送っていた。

 それを見たスバルは『いつも通りなだけじゃないかな』と捕捉したかったのだが、ブレイカー越しから伝わる姉妹の『この人凄いや』オーラに押されて何も言う事ができなかった。この姉妹、いつか悪い奴に騙されはしないだろうかと不安になる。


 スバルがそんなことを考えていると、アーガスは俯いた顔を上げ、メラニーに問う。


「ところでメラニー嬢。住民の避難はどれだけ終わったかな?」

「え? えーっと……もう巨人の足下はアンタしか居ません」

「よろしい。協力ありがとう。美しく感謝する」


 してやられた、と言わんばかりの溜息が折紙越しで聞こえる。

 アーガスはそんな元部下の態度に満足しつつも、改めて巨人へと向き直った。


「ああ、巨人君。美しく待たせて済まなかった。私の部下は聞き訳が無くてね」


 とんがり帽子を被った少女による猛抗議が折紙から聞こえ始めるが、アーガスはこれを涼しい顔で無視。

 騒がしいBGMだと思いつつ、巨人へ言葉を送り続ける。


「さて、改めて質問するが、君は私が分かるかね?」


 核心を突いた質問を送ってみる。

 アーガスは巨人がこの街にやってくるであろうタイミングを、大体掴んでいた。幼虫の頃、彼に餌を与えていたのはアーガスである。

 その頃と大して変わらない時間に食事を行いに来たということは、習性的な部分はあまり変化がないと結論付けていた。


 ならば、意識もそこまで変化がないのかもしれない。

 もし意思を保ち続けているのであれば、話し合いを持ちかけて『約束』をチャラにしてもらう。彼に新人類抹殺を依頼した男は、既にこの世にはいない。


「…………」


 だが、アーガスの思考とは裏腹に、巨人はただひたすら無言を貫いていた。『進化』したことで言語機能を完全に失ったのかと感じたが、それならそれで彼なりのコミュニケーション方法を模索する筈である。

 彼はそうやって学習することで、生き物としてステップアップを果たしてきたのだ。


「どうした。私と君は何度か顔も合わせている。もしやと思うが、私の美しすぎる顔を忘れたわけではあるまい」


 その発言に反応するようにして、頭部の結晶体が眩く輝き始めた。

 青い光がアーガスを包み込む。

 思わず防御の姿勢を取るが、巨人の頭が光り輝いた後、特に何も襲い掛かってはこない。


「……ニイサン」

「!?」


 代わりに飛び出したのは、言語だった。

 巨人の頭部が僅かに発光し、こちらに言語を伝えてきているのである。


 いや、それも驚きではあったのだが、それ以上に驚愕なのは彼がアーガスをどう呼んだか、だ。


「ニイサン」


 巨人が再度、同じ言葉を投げかける。

 声色はこの世の物とは思えない程悍ましく、甲高いものではあったが。

 アーガスにその言葉を向ける人物は、一人しか心当たりがない。


「アスプル、なのか?」


 問いかけつつも、アーガスは巨人を見上げた。

 彼だけではない。巨人の言葉を聞いたスバルも、その挙動に大きく注目していた。


「アスプル君!?」


 だが彼は、食われた筈だ。

 己の意思で新生物の血肉となる事を望み、その願いのまま口の中に運ばれていった。その光景を、スバルはしっかりと目に焼き付けている。

 スバルは獄翼の指にかけられている長い砲身を降ろすと、画面に再び注視した。


「ニイサン」

「そうだ。私は君の兄だ、アスプル! 聞こえているのか!?」


 思わぬ展開になってきた。

 巨人にはアスプルの意思がある。ならば、他の人間たちの意思もあるのかもしれない。

 彼らの意思を信じつつも、アーガスはゆっくりと語りかけた。


「頼みがある。今、君はトラメットを襲おうとしている。分かるか、我々の暮らしてきた国だ」

「ク……ニ……」

「そうだ。我々が守りきれなかった国だ」


 アーガスの脳裏に、タイラントに敗北した映像が浮かび上がる。

 彼は唇を深く噛みしめつつ、言った。


「あの敗北は私が弱いために引き起こしてしまった。そしてその時のショックが、また新たな悲劇をこの国に呼び起こそうとしている」


 否、正確に言えば既に悲劇は起きている。

 首都、トラセインは崩壊し、多くの住民の生命が犠牲になった。その有様を、二度と再現させまいとアーガスは心に誓う。


「アスプル、もう止めよう。住民を犠牲にした上で我々が王国に勝利しても、後に残るのは空しい街だけだ」


 そんなものは、決して自分たちの望んだ物ではない筈だ。

 数多の犠牲をだし、国を壊滅寸前にまで追い込んで得る勝利。そんなもので、この国や自分たちの受けた痛みが解決するとは思えない。


「本当なら、もっと早く言うべきだった。間違ってると」


 だが、アーガスには言えなかった。

 家族の暴走は自分が引き起こした物だと、責任感を感じてしまったからだ。ならばその為に自分も手助けをするべきだと考えたが、今は違う。


「しかし。もう失ってからでは遅いのだ」


 弟に向け、アーガスは優しく語りかける。

 同時に、厳しい眼で巨人を見つめた。


「お前の望みとは別の答えになるかもしれない。だが、新人類王国を倒したところで、このまま突き進めば人類が滅びるだけ。国の栄光など、ありはしない」


 巨人の頭部に光が集中し始める。

 何かしらの動揺か、感情の変化を表したものだと思いたい。これでアスプルが答えてくれないのであれば、今度はスバル少年に交渉役を代わってもらう事も視野に入れる必要がある。

 そう考えながらも、英雄は巨人に対して呟いた。


「やり直そう。我々家族で」


 本心を口にしたつもりだ。

 もしもこれで届かないなら、スバルに全てを托そう。

 

 アーガスが半ば祈りながら巨人を見つめると、彼はゆっくりと言葉を発した。


「ニイサン……ニイサン……」

「アスプル?」


 様子がおかしい。

 アーガスは覗き込むようにして巨人を見つめると、彼の頭部が突如として赤く輝き始めた。

 

 巨人は言う。


「ニイサン……シンジンルイ」

「あ、アスプル!?」


 こちらを見つめていた巨人が、ゆっくりと右腕を振り上げた。

 英雄の表情が青ざめる。


「ホロベ! ゼンメツ! ハカイ!」


 腕が振り降ろされた。

 それを確認すると、アーガスは悔しげに顔を歪ませながら避難を開始する。


「シネ! キエサレ!」


 腕が民家に叩きつけられた。粉砕された民家の残骸がアーガスの周辺に飛び散る中、彼は折紙に向けて叫ぶ。


「交渉は――――断念する!」


 その決定が下された直後、中央区を囲んでいた三つのシルエットが一斉に動き始めた。

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