第21話 vsお人形とお人形とお人形のハーレム
やって来たのは、適当なビルの屋上だった。
広くて見晴らしのいい場所なら何処でもよかったわけだが、カイトはここに来て自身の身体に違和感を感じていた。
「何だ……?」
視界の焦点がブレる。
大使館でゲイザーとの戦い、彼から貰った病気だった。
頭痛や吐き気は襲い掛かってきてはいないが、眩暈だけが彼の身体に残っていたのである。どういう能力なのか知らないが、こちらが考えていたよりも長く体に残る毒だったようだ。他の症状も何時再発するかわからない。
「くそっ! こんな時に」
先程まで全く問題は無かった。
しかし、少し緊張感を持って運動しただけでこの有様である。相手は囚人だ。手を抜いたらこちらが倒される。
「具合でも悪いのかい?」
背後からミスター・コメットが声をかける。
カイトは身体の異変を察知されまいと、普段通りに振る舞い始めた。
「俺は風邪をひかん」
「具合悪いのか」
何故バレた、と言わんばかりに驚きの表情をみせるカイト。
それを見た黒猫は溜息をついた。こんなにわかりやすい奴だったのか、この男は。
「まあいい。体調が悪いなら好都合だ」
「せめて薬局に寄らせてほしいもんだがな」
「無理だ。諦めろ」
こんなことなら買い物袋からバファリンくらい持ってきておくべきだったな、とカイトは思う。今は優しさに包まれたい気分だった。
「そういうわけだ。頼むよ」
黒猫が屋上の出入り口に視線を向ける。
そこから顔を覘かせたのは、10人がすれ違えば10人が振り返るであろう、何処か影のある黒髪の美女だった。否、正確に言えば恐ろしい程精密に作り込まれている人形だ。一目見ただけではわからなかったが、身体中から繋がる銀色の線――――糸に操られているのが見える。首元から見える関節は完全に人形のソレだった。
「エレノア・ガーリッシュか」
攻撃は仕掛けてこないが、その完成度が高い人形の制作者には心当たりがあった。王国最古の新人類と呼ばれる女、エレノア・ガーリッシュ。王国にいた頃、何度か話したこともある。
当時は新人類王国に住む人形師だったが、まさかそれが囚人になっていたとは思わなかった。
「技術者が囚人になったのか。とんだ転落人生だ」
「私の人生を語るには本一冊では物足りないね」
人形が口を開く。その動きに合わせて、何処からか女の声が聞こえてきた。まるで人形が喋っているかのような錯覚を覚えつつも、カイトは何処かに隠れているであろうエレノア本人を探す。
見晴らしのいい場所を選んだのも、隠れて攻撃してくるであろう新人類を見つける為だった。
「久しぶり、カイト君。私を探しても無駄だよ。そもそも、君は私と話したことがあっても私自身に会った事はないよね」
「気安く君をつけるな」
しかし、エレノアの言う事も事実だった。
何度か素体のデザインの参考にさせてくれと頼まれて、彼女の人形店に招かれて話をしたことがある。しかし話しかけたのは全て人形だ。
彼女本人と顔を合わせて会話したことは無い。王国最古の新人類と言うくらいだから、年齢を重ねている筈ではあるのだが。
「しかし、囚人に落ちぶれたのも意外だったが、もっと意外なのはその人形だ。それが俺を壊すのか?」
エレノアの人形は造りが非常に細かい。
始めてカイトが彼女の店に入った時、本物の人間の首を付け替えたのではないかと疑ったくらいだった。だが、あくまでそれは人形だ。
人形は誰かが動かして、初めてその真価を発揮する物だとカイトは思う。だが動かす人物は、周囲を確認した限りどこにも居ない。糸は繋がっているが、それでマトモに動くとは思えなかった。
「ああ、連れてきた1万人の私が君を倒すよ」
人形が目を見開き、口にする。
それを見た瞬間、カイトは驚愕した。人形の女が笑い始め、こちらを挑発するかのように妖艶な笑みを浮かべたのだ。まるで生きている人間だった。
ここまでリアルすぎる動きは、見たことが無かった。
「!?」
だが、異変はそれだけでは終わらない。
ミスター・コメットがカイトを取り囲むようにして幾つもの空間の穴を空けた。その穴の中から一人、また一人と美女の人形が顔を覗かせてくる。その造形は一人一人違うとはいえ、全員が目の前にいる人形と同じ笑みを浮かべている。まるで万華鏡だ。
「気に入ったかな、カイト君」
最初に現れた『エレノア』が言う。
一番最初に出現した人形は、エレノアとしてカイトに話しかけてきた。
「男の夢なんだろう? ハーレムって」
「……玩具に囲まれても嬉しくは無い」
「素直じゃないなぁ。可愛いのが台無しだよ」
「気色悪いんだよ、おばさん」
無数のエレノアに囲まれ、それぞれが持つ武器を向けられた状態で、カイトは不敵に呟いた。
「何だあれ?」
店内で誰かが呟いた言葉に釣られ、シルヴェリア姉妹とスバルは上空を見上げる。黒い穴があった。良く見えないが、誰かがそこから這い出てきている。アウラが焦りの表情を見せ、言った。
「ミスター・コメットの空間転移術」
『見つけたんだね。リーダーを』
二人の声色が先程まで話していたそれと、全く異なる事にスバルは気づいた。身体中に広がる緊張の熱が更に高まるのを感じる。もし自分が火山だったら今頃爆発してるだろう。
『連絡は?』
「来てませんね。多分、ヴィクターから止められたか、それとも連れてきた別の戦士が先に見つけたか」
『どうしよう。このままじゃリーダーが取られちゃうね』
「ですね。私達が潰すつもりだったのに……あの黒猫親父、覚えときなさい」
どちらにせよ、戦いの現場に向かう必要がある。
そして敵を屠る。それが彼女達の仕事だ。それがリーダーなら好都合である。積年の恨みを晴らす時だ。
「仮面狼さん。申し訳ありませんが、緊急の仕事が出来たんで私達は失礼しますね!」
『例の件、考えておいてください。それでは!』
それぞれ挨拶をしてから、姉妹は戦いの場へと向かい始める。
だが、しかし。スバルは彼女達の背中に向かって、思わず呟いていた。
「どうして、戦うんだ?」
その言葉が聞こえたのか、姉妹は振り返る。
「君達は新人類軍なんだろ? どうして戦えるんだ」
少年の手が震える。先日、巨大ハリガネムシの頭にナイフを突き立てた感触がまだ残っていた。
彼女達を敵だと認識した瞬間、スバルは己の身体に染み渡っていく感情が『恐怖』だと理解した。そこに対する迷いはカイトが言うように自分で答えを見つけなければならないだろう。彼女達に質問したところで、自分が納得できる回答を得られるとは限らない。
だがそれ以上に、彼女達が躊躇いなく『リーダー』と戦おうとしていることが不思議だった。付き合いも決して浅い訳ではない。割と自分勝手な話ではあるが、同居人とネット仲間たちが争う姿は想像できなかった。
彼等はスバルから見れば、決して『悪人』に分類できなかったからだ。
「君達のリーダーなんだろ? 何があったか知らないけど、何で戦うんだ? 仲間なんじゃないのか!?」
「ふざけないで!」
少年の疑問は、アウラによって塞がれる。
彼女は旧人類の少年の襟を掴み、今にも噛み付いてきそうな形相で言った。
「仲間? 違うわ、家族よ。そこいらの仕事場の上司と、新入社員みたいなその場だけの関係じゃないの。一緒に過ごしたし、あの人の為に戦う事を皆で誓ったわ。彼の為に死ぬことが人生なんだと思った!」
その言葉はスバルの想像とは違う言葉だった。
寧ろ想像を絶している。家族と言うよりも、妄信的な狂信者だ。
しかし彼女達の『愛』に触れた瞬間、スバルの疑問は益々深まる。
「だったら、どうして?」
「捨てたのよ、アイツは! 私達『第二期XXX』を!」
今にも泣きそうな顔になった少女は、更に力を込めて少年の襟を締め上げる。姉はそれを見て、黙って俯いていた。
「捨てた?」
スバルの頭の中でその言葉がぐるぐると回転する。
カイトが何故新人類王国から逃げ出したのかは、まだ分からない。6年前に起こったであろう何かが理由なのだろうと察していた。
だが、その横で全く予想外の言葉が出てきた。
「そうよ! 愛してくれてると思った! 始めて戦った時、私達を庇ってボロボロになってくれたわ! 私達も彼の愛に応えなければならないと思った!」
『でも、彼は突然消えました』
姉の機械音声が響く。
彼女は何処から取り出したのか、鉄のマスクを顔に装着する。『SYSTEM X』で見せられた拷問器具と同一の物だった。あれを顔に付けたら呼吸しかできない。彼女はこれ以上喋る事を、無言で拒否していた。
「アイツは自分だけ王国から姿を消したのよ。私達ごと施設を爆発させることでね!」
「!?」
ハンマーで殴られたかのような衝撃が身体中を襲った。
爆発事件を起こしたことは彼も肯定した。だが、わざわざ部下であり、彼に懐いていた少女たちも燃やし尽くすつもりでいたのか。
スバルの中にあるカイトのイメージ像にひびが入る。
「私はその事件で足を焼かれたわ。でも私達は彼の思惑通りには行かなかった! 必死になってリハビリしたわ! 何時かアイツの顔にコイツをぶつける為に!」
足に装着されたローラースケートが強烈に回転し始める。
その勢いは、彼女の激情を現していた。小さなホイールから紫電が唸る。
「信じられない……!」
「何も知らないアンタに、何がわかるの!?」
「わかるさ!」
スバルは先日の出来事を思い出す。
彼は自分の為に勉強を教えてくれた。自分の為に危険を顧みず助けに来てくれた。一度見捨てたのに、何一つ文句も言わなかった。
蛍石スバルの為に必死になってゲイザーと戦った姿は、カイトという青年のイメージを確立させたと言っていい。その姿を思い出し、獄翼で戦う事を選んだのだ。
ゆえに、その解答とは真逆である彼女達の話には反発した。
確かに疑念はある。衝撃的で、イメージにひびも入った。
だが彼女達の言葉だけを鵜呑みにして、また彼を見捨てるような真似をしていいのだろうか。
今ではたった二人の共犯者だ。自分が彼を信じてやらないでどうする。
彼はああ見えて臆病なのだ。故郷のド田舎で、常に他人の目を気にしている程度には。
「俺は、あんた達3人を知っている……!」
「……まさか、貴方が」
シルヴェリア姉妹の表情が驚愕の色に染まる。
彼女達も一つの答えに辿り着いたのだ。
「俺はカイトさんと4年間過ごした! あの人は、確かに不器用で時々えげつないし、他人に馴染もうとしない、めんどくさい人だよ!」
ビル街を突き破り、豪風がカフェを襲った。
透明な膜に覆われた黒い鋼の塊が、地響きを鳴らしながらシンジュクに再度降り立つ。
「でも、誰かの為に動ける人だって俺は信じてる! 父さんや俺の為に身体を張って助けてくれたようにな!」
突如出現した獄翼に一瞬困惑した隙を突き、スバルはアウラを振り切ってコックピットへと向かう。
姉妹はそれを追わなかった。
鉄のマスクをつけたカノンが、静かに俯く。その腕に電流が流れたことなど、誰も気付かなかった。
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