第八章 新たな称号

 こ、これは一体何事……!?


 視界に表示された警告テロップを透過して俺の目に映るのは、思わせぶりな態度かつ半裸の少女であった。突如、脳裏にレオナさんの言葉が蘇る。


『これは大人のVRMMOなのよ』


 つまりは、そういうことなのか!? 今から、その、あの、その、大人な出来事が待ちかまえていたりするのか!?


 今までこのVRMMOに対しては不満と憤りしかなかった。それには様々な理由があるが、そのうちの一つに『ゲームに不必要なプレイヤーの五感が再現されている』という点があった。痛覚があったり、腹が減ったりなど、無理矢理、現実っぽくすることにどんな意味があるのか、と憤怒していたのだ。


 しかし。俺は俺に流し目を送ったまま、静止している少女を見やる。


 今から『大人な出来事』が起こったとして……五感が再現されているってことは、アレだ、つまり、触覚なんかもリアルに再現されている訳で、もっと言えば、せ、せ、せ、『性感』なんかも、あ、あったりなんかする訳だよな……!


 そう考えると俺の息は荒くなった。ええっ! い、今から、こんな可愛い子とあんなことやこんなこと出来ちゃったりするの!? こ、これはヤバい!! はぁはぁはぁはぁ!!


 しかしながら俺はテロップ下部の『YES』をタッチすることを躊躇していた。レオナさんに無理矢理勧められてやってはいるものの、本来このキワクエは十八歳以上推奨のVRMMOなのだ。そして俺は高校二年で十七歳……。


 だが、俺は止まった世界で大きく頭を振る。


 いや! いいじゃん、別に! レオナさんも言ってたように推奨はあくまで推奨であって法律じゃない! それにだ! 俺、今までこのVRMMOをやり始めてから、ロクなことなかったじゃん! だから、ちょっとくらい楽しくて刺激的で、それから、エッヘヘ、エッチなことがあってもいいじゃんね!?


 自己弁護した後、思いきって、人差し指で『YES』をタッチ。世界は再び動き始めた。


 ミザリサが色香の漂う声を出す。


「まずはそのベッドに横になってくださいっす……」


「わ、わかりましたっ!」


 敬語で返事し、心臓をドキドキさせながら、俺はベッドに横たわる。


「じゃあ、少し目を瞑っていてくださいっす……」


「はいっ!」


 素直に目を瞑る。ミザリサが何やらゴソゴソやっている音が聞こえる。はぁはぁ! これはきっと、大人の準備をしているんだな!


 その間、俺は考える。ミザリサはきっとこの牢屋の看守の設定なのだろう。そして苦しむ俺を牢屋から誘い出して、一時の甘い時間を与えてくれる素敵なNPCなのだ! いやあ、まさか牢屋イベントで、こんな展開が待っているなんて! まんざら最悪なVRMMOでもないじゃん、極クエスト!


 なんて考えていると、突然。ミザリサの手が俺の手に触れた。そしてミザリサの吐息もすぐ近くに感じる。つ、遂にこれから大人の時間が始まるのか!


「まだ……目を開けちゃあダメっすよ……」


「は、はひっ!」


「ハヒ」って何だよ。興奮しすぎて変な返事しちまった。だがそれも仕方ない。なにせミザリサの手は俺の手を離れ、今は足首の辺りをツッーッと這っているのだ。ああ、ゾクゾクする……。


「準備……出来たっす……。目……開いていいっすよ……」


 待ってました、とばかりに目を開いた俺の視界に、まず最初に飛び込んできたのは、ベッドの傍らに立つミザリサ。半裸だったミザリサは胸元の開いた黒革ジャケットのような服と、同じく黒革のパンツルックに着替えていた。


 愛らしいミザリサに似合わない女王様のような格好を見て、戸惑い、体をビクッと震わせたその時。俺は俺の体が上手く動かないことを知った。いつの間にか手首、足首がベッド下部から伸びた鎖に繋がれている。


 え!? ち、ちょっと!? い、いきなりそんなハードプレイ!?


 だがミザリサが片手に持っている物を見た時、俺の頭の中に充満していた一切のエロスは何処か彼方へ吹き飛んだ。


 ミザリサは手に両刃のノコギリを握っていた! それを振り上げ、叫ぶ!


「さぁさぁ!! 楽しい楽しい異端尋問の始まりっすよーーーーーーー!!」


「……へ? いたん、じんもん……て? え、エッチなこと、するんじゃないの……?」


 ミザリサは童顔の無垢な笑顔を見せる。


「全然しないっす! だって私、異端尋問官のミザリサっす! これからマーチン殺害の罪で捕らえられたヒロっちを拷問するんでよろしくっす!」


 あ、アレ? 今なにか『拷問』とか聞こえなかった? き、気のせいだよね?


「きっとヒロっちには悪魔が宿ってるっす! 拷問と言っても、その悪魔を追い払うだけだから安心するっす!」


 な、何を言って……? ああ、よく分からないけど、それなら安心か……。


「もしヒロっちが拷問に耐えきれず『俺がマーチンを殺した』と自白したら、ヒロっちには殺人罪が適応されてこのままブタ箱行きっす! けど、ヒロっちが無実ならきっと今からやる拷問に耐えられる筈っす! 拷問に耐えた暁にはマーチンが殺されたのは『ヒロっちに取り憑いた悪魔の仕業』となって無罪放免になるんで頑張るっすよ!」


「そ、それで、その拷問……って?」


 ムチ? それともロウソク? ま、まさかその手に持ってるやつを使うなんてことはないよね?


「ああ……拷問の内容っすか……それはもちろん……」


 ミザリサは愛らしい顔を歪ませ、ノコギリに赤い舌を這わす。そして「シシシシシシシ!」と、不気味に笑った。


「シシシシシシシシ!! 四肢切断っすーーーーーーーーーっ!!」


「四肢……せつだ……ん?」


 一瞬の沈黙の後。


「うっぎゃああああああああああああああ!! いやだあああああああああああああああああああ!!」


 俺はベッドで暴れ、大絶叫した。


「うーん! いいっ! いい叫びっぷりっす! 私の拷問心、いや尋問心をくすぐるっすよ!」


 た、た、た、助けてええええ!! レオナさん、レオナさん!! 早く助けに来てえええええええええええ!!


 先程、マーチンの霊に襲われた時と同じように、心の中でレオナさんを呼ぶ。だが、あの時もレオナさんは来てくれなかった。だから今回もきっと彼女は来ないだろう……と心の何処かで諦めていたのだが、


「ひ、ヒロ君!! 大丈夫!?」


 こ、これは夢か、幻か、それとも奇蹟か!? 聞き慣れた声にビキニ姿の小さな妖精が、僅かに開いていた鉄扉の隙間から、俺の元へと飛来したのだ!!


「レオナさんっ!? 一体、今まで何処で何をしていたんですか!! お、俺もうあれから散々な目に……!!」


「ご、ゴメン……だ、だけど、私だって忙しくって、だって、」


 言ってから、ハッと気付く。一瞬、自分だけが不幸に見舞われていたのではないかと思った。だがレオナさんだって、あれから今までアリシアと血みどろの戦いを繰り広げていたのかも知れない。


「だ、だって! 今日は『天空のお城・ラピュータ』が地上波でやっていたの! それでいったんログアウトして、視聴していたらこんなに遅くなってしまったのよ!」


「!! アンタ、マジで何やってんの!? ラピュータなんか今まで何回も観てるでしょうがあ!!」


「それは違うわ! 名作は何度観ても新たな感動と発見があるものよ!」


「知ぃるかあああああああああああ!!」


「……ちょっと、ヒロっち。さっきから何を一人でブツブツ言ってるっすか? 怖くておかしくなっちゃったすか? ダメっすよ。おかしくなるのは、これからっすからね……」


 そしてミザリサはノコギリを俺の太ももに当てた。


「れ、レオナさん!! とにかく助けてください!!」


「わかったわ!!」


 そしてレオナさんは俺の耳元で叫んだ。


「がんばれ、がんばれ、がんばれ、がんばれ!! ヒロ君、がんばれえええっ!!」


「…………は?」


 俺は呆気に取られつつ、必死で声を張り上げるレオナさんを眺める。


「無実になるには、この拷問に耐えるしかないわ! だから私は拷問中のアナタに惜しみない声援を送る! そう、この声が枯れるまで!」


「いや声援とかいらねええええええ!! アンタ、マジで一体、何しに来たんですかあああああ!?」


 糞の役にも立たない妖精の隣では狂気の異端尋問官がニヤリと笑っている。


「さぁ、ブッた切るっすよーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 そして太ももに当てたノコギリを軽く動かした……だけなのに、焼けるような痛み! そして俺の太ももからはジワリと血が滴った!


「はわわわっ!? う、嘘!! マジで!? ちょっと、ダメだって!! 無理、無理、これはホント、絶対無理!!」


「シシシシシシシ!! まずは右足を胴体から切り離して自由にしてあげるっすよおおおお!!」


「うっひいいいいいいいいい!? やめ、やめ、やめてええええええええええ!!」


 ……そう。その時であった。極度の恐怖が俺の下腹部を激しく刺激した。そして今の今まで忘れていた尿意を思い起こさせ、それを爆発するような勢いで噴出させたのである。


『じょぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ……』


 そんな音と共にドンドンと濡れゆく俺の下半身。


「あひ……あひ……あはぁ……」


 止まらない尿と共に、口からはそんな妙な言葉が漏れる。


 真っ白な灰のようになった俺の脳に、レオナさんの叫び声が微かに聞こえた。


「や、ヤダっ!? ちょっとヒロ君!!  オシッコ!! 君、高校生なのにオシッコ漏らしてるわよっ!!」


 拷問を一時中断した、ミザリサは恍惚とした表情を見せていた。


「はうあっ!? なんて、なんて、いい漏らしっぷりっすか……!! 異端尋問生活十二年、こんな素晴らしい漏らしっぷりの人は初めてっすよ!! も、萌え……!!」


 そしてミザリサがノコギリを再度動かそうとした時。鉄扉が大きく開かれた。


「待て!! 異端尋問を中止せよ!!」


 怒鳴りながら入ってきたのは軍服を着た一人の衛兵であった。ミザリサが驚く。


「ええっ!! ど、ど、ど、どうしてっすか!?」


「とにかく中止だ!! これは町内衛兵隊隊長テスラ様のご命令である!!」


「そ、そんなあ……!! これからなのにぃ……!!」


 うなだれるミザリサ。そして妖精のレオナさんは目を大きく開き、驚愕している。


「こ、これは……! そんな、まさか……!」 


 レオナさんは俺の胸元から銀のペンダントを両手で掴み、取り出した。するとペンダントが光り輝き、新たな称号が刻み込まれる。



いい漏らしっぷりの親友殺しナイスシャワー・ベストフレンドキラー



 レオナさんが感嘆する。


「す、すごいわ、ヒロ君!! アナタは今『オシッコを漏らす』という『特殊コマンド』で拷問を回避したのよ!! これはきっと裏技よ!! キワクエの裏技発見!!」


 衛兵に手足を自由にして貰った俺は、飛び回って喜ぶ妖精を無視し、空間をトリプルタッチしていた。予想通り、牢屋イベントはこれで終了したらしい。俺は、そのまま離脱処理を開始する。


 俺の動作に気付いたレオナさんが血相を変えた。


「え!? ち、ちょっとヒロ君!? 今、ログアウト!? せっかく面白くなってきたのに!?」


 そんなレオナさんの声をスルーする。


 ログアウトで意識がこの世界から徐々に薄れていく最中、俺が考えていたのは、ただ一つであった。


 ――日本、滅べ……!!

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