解凍美紀
「解凍? 斉藤じゃなくて? 解凍?」
僕は同期の野田浩二を見上げるような格好のまま聞き返した。二次会で飲み過ぎたまま突入した店のカウンターに突っ伏している僕の頭が正
働いている筈も無いのだけれど、確かに野田は今。解凍美紀と言った。目を剥いて見上げる格好で聞き直してもおかしくは無いだろう。
「そう、カッチカチカチに凍った冷凍美紀。それが、解凍されたら解凍美紀だろ?」
野田は僕の隣の席に座り、奥のスペースでビリヤードに興じている新入社員の女の子達に手を振りながら当然のように答える。だが、その答えは僕が望んだものではない。
「いやいや、おかしいでしょ? 人は凍らせられねぇよ。お前、頭おかしいの?」
僕は、アルコールでグニャグニャになった頭を、左右に激しく振って訊いた。それによって多少気分が悪くなっても、恋人を冷凍食品かなにかのように言う友人の話がまともに聞けるなら、まだましだ。
「別におかしくないよ。今はさ、そんな時代なのよ。目の前にある現実が、これまでの概念では説明出来ないとか、良くある話なのよ。亀田も分かるでしょ? そのくらい」
分からない。分かる筈もない。僕はただ、先週紹介されたモデル並みのスタイルの良さと、常に好感度の上位の女優にそっくりな彼女と何処で知り合ったのか訊きたいだけだ。
僕は酔い醒ましのつもりで注文したソーダ水を飲み干す。そして、一気に問い正す。
「いやいや、わかんねーよ。冷凍食品なんかは良く目にしてるから分かるけど。冷凍美紀? 解凍美紀? どっちでも良いけど。俺はあの娘と何処で知り合ったのか?って聞いたんだ。そもそも、なんだよ? 冷凍って! 人間を凍らすなんて無理だよ。ルール違反だ!」
僕が懸命に訴えた事に、野田はさらりと答える。
「大体さ、ルールなんて破られるもんなんだよ。今、あの娘達がやってるボールを順番にポケットに落としていく遊びも、初めはベルメルって競技が原型という説もある。でも、今は全く違うルールがメジャーって言うか……まぁ、とにかく美紀もここに呼んでるから聞きたいことがあれば直接話せば?」
丁度、野田がそう言い終えた所で店内入口のドアを開けて野田の彼女……いや、解凍美紀が店内に入って来るのが見える。しかも、右手には古いタイプの掃除機。それから伸びる吸引ホースを首に巻き付けて、左手には硬く真っ直ぐ伸びているノズルヘッドを握り締めている。
「野田……あれは、ゴーストバスターズの……あれか?……」
その姿を見ながら僕はゆっくりと訊いた。
「いや、多分。消費期限が切れたのかも知れないな」
野田は当たり前のように答えた。
おわり
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