ほけん

 何かにつけて憂鬱が付きまとう。だが、憂いの存在しない世界などあるのだろうか。

 私こと、アフリカは海を目指していた。見たことすらない世界を目指すそれは、恐らく無謀な試みで自分以外の誰にも理解出来ないだろう。

 別に誰に共感して欲しい訳では無いが、私は孤独だった。産まれた瞬間から今まで、憂鬱と孤独を感じない日は無かった。命在るもの全てが同じだと笑われるかも知れない。孤独こそが自我を発生させる衝動なのだと諭されるかも知れない。だが、私は孤独も憂鬱も好きでは無い。

 私は脚を止めて、空を見上げた。海から吹き上げる上昇気流を捕まえたのだろう。真っ青な空の高い場所で鳶がゆっくりと旋回している。

 海は、近い。直感が告げる。自然に、急ぎ足で風が吹き抜ける方角を目指した。感覚を研ぎ澄ませば、海を感じる事が出来そうな気がした。


 約一年前……


 久しく逢っていなかった同胞と再会した。私達は同じ母を持つが、互いの名も知らないのだ。そんな同胞に、私は饒舌に自分の夢を語った。

 海は全ての根元であり、全ての終着点なのだと。祖先を振り返れば必ず海へと辿り着くのだと。だとすれば、現在の自分達がどんな進化を経たにしても最後は海に帰るべきなのだと。だから、自分は海を目指すのだと。

 それは、何処か胡散臭くて、何か取り止めもない熱量過多の宗教じみたものを連想させる話だったかも知れない。だが、彼は私の話を最後まで黙って訊いた。そして、私は彼と別れてから直ぐに海を目指した。


そして、今……


 永遠と思える程の水平線が続いていた。

 真っ青な水面にギラギラと光が降り注いでいて直視出来ない程に輝いていた。海と呼ばれるそれは、白い砂浜に壮大な水面が静かに押し寄せて当然のように引いて行く。潮の満ち引きが、地球の自転や月の重力で引き起こされる現象なのは知ってはいたが、実際に目の当たりにすると言葉に出来ない衝撃を受けた。

 私は時間を忘れて初めて見る世界に酔いしれた。やがて、痛い程に照り付けていた太陽が傾いた頃に、同じように海を眺める同胞に気付いた。

 声を掛けようとしたが、私の喉は得体の知れない恐怖に閉じたままで声を発する事が出来なかった。

 やがて、衝撃と壮絶な絶叫と共に海に飲み込まれていく同胞の姿が視界に飛び込んだ。そして、宙を舞う自分自身の身体。

 意味が解らなかった。

 神の怒りに触れたのか?

 それとも、超自然的な何かの力に導かれたのか。私には、理解出来ないが、実際に私と彼は断崖絶壁から海に落下している。

 私は、意識を失いそうになりながらも叫んでいた。私より少し先に彼を飲み込んだ海に叫んでいた。

 しかし、私の声は閉じた喉を抉じ開ける事が出来ない。感じることが喉を駆け上がらない。思考を言葉に出来ないもどかしさに目を閉じる。

 水面が近付く気配を感じる。

 後、どのくらいで私は弾けてしまうのか。

 私は、大きく息を吸い込んだ。

 

 

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