第拾壱話 【1】 また皆で!

 あれからひとしきり泣いた後、僕は白狐さんから離れて、しっかりと顔を見ます。


「ちゃんと分かっておる。黒狐にフラれたから、我を選んだんじゃない事はな」


「ん……それなら良かったです」


 その後に、僕は振り返って皆の方を確認します。すると、全員僕の方を見ていました。


 あっ……まさか。今のをずっと見ていたの?

 そうだとしたら最悪です。とても恥ずかしい所を、ずっと見られていたなんて。


「うぅ~」


 とにかく皆を睨みつける様にして、それを訴えるんだけれど、黒狐さん以外は皆笑顔です。


「椿。そんなに顔を真っ赤にしながらだと、説得力ないわよ」


 それを見た僕のお母さんが近付いて来て、トドメと言わんばかりに僕にそう言ってきました。

 顔が真っ赤ですか……それなら確かに、あんまり意味がないかも。


 それで……お父さんは何で、後ろから黒狐さんの首に腕を回して、そのまま締め付けているんですか? 黒狐さんが腕をタップしてますよ。


「よくも俺の愛しの娘をフってくれたな。覚悟は出来ているだろうな」


「や、止めろ……銀尾……!」


 お父さん……娘想いなのはありがたいけれど、ちょっとやり過ぎですよ。

 これは止めないと、黒狐さんが意識を失いそうです。というか、妲己さんが止めてよ……ニヤニヤしながら見てないでさ。


「不出来な娘ですが、どうか宜しくお願いします」


「いやいや、こちらこそ……」


「ちょっとお母さん! あと白狐さんも!」


 こっちはこっちで、いったい何をやっているんですか?! 今その挨拶する必要ありますか?


「まぁまぁ。これからあなたは、死地へと向かうんでしょう? それなら少しくらい、緊張をほぐした方が良いんじゃないかしら?」


「そうですけど……皆ふざけすぎてるというか……」


 すると、僕がそう文句気味に言った後、お父さんがこっちに近寄ってきました。黒狐さんを引きずってね。もう絞めていないけど、黒狐さんがグッタリしていますよ。


「いつもの椿の顔になったから、皆も安心しているんじゃないのか? それと、黒狐から話がある」


 安心って……良く分からないけれど、裏稲荷山に来てから、僕がいつも通りじゃなかったのは確かですね。


 華陽への怒りと、自分に与えられた使命への責任感。そして、お父さんとお母さんに怒られないだろうかという不安。それがごちゃごちゃに混ざっていました。


 それと、黒狐さんから話って……? まさか、さっきフった事でしょうか?


「……えっと」


「…………」


 うん、すごく気まずいんですけど。


 だって、フラれたとは言え、僕はやっぱり黒狐さんの事は好きだし、そう簡単にこの想いを無くすことは出来ないですよ。


「……椿、すまん。お前の事も、同じくらい好ーーむぐっ?!」


 何を言おうとしているんですか? 止めて下さい。想いが消えないってば……。

 だから僕は、慌てて黒狐さんの口を、自分の手で押さえました。


「黒狐さん。それは言わないで。このまま諦めさせて……」


 そしてそのまま、僕は顔を俯かせます。そうじゃないと、また泣いちゃって、勝手に涙が……。

 こんなの黒狐さんに見せたら、余計に僕に気を遣っちゃって、また僕にご執心になっちゃう。

 そんなのダメ。せっかく妲己さんと結ばれたのに、それなのにーー勝手に抱き締めないでくれますか?! 黒狐さん!!


「諦めさせてたまるか」


「いや、黒狐さん。ちょっと! 黒狐さんには妲己さんが!」


 とにかく僕は、必死で黒狐さんから離れようとするけれど、一向に離してくれません。いったい何を考えているんですか?!


 すると今度は、僕の後ろ、丁度白狐さんのいる場所から、妲己さんの声が聞こえてきました。


「あ~ら、人のルールを妖怪にも当てはめる気? 一夫一妻制なんて、子を残す種類が少ないのに、何か意味があるの?」


「……うっ。いや……でも」


 妲己さんの言っている事は分かるけれど……でも僕は、人間の男の子になっていたし、その時の心が残っているんです。


 好きな人は独り占めにしたい。そんな、人間の邪な感情がね。


 だからさーー


「ーー今すぐ白狐さんから降りてくれませんか? 妲己さん」


 白狐さんの肩に、妲己さんが乗っていました。肩車ですか? 体が僕よりもお子様だから出来る事だよね。それでも、何だかモヤモヤするから降りて欲しいです。


「良いじゃない。黒狐貸すから、その間白狐貸してよ」


「貸すって……?! 白狐さん黒狐さんは物じゃないですよ! とにかく降りて下さい、妲己さん! そんなふざけた人に、僕の白狐さんは渡さないよ!」


 あっ、また僕……。


「つ、椿!!」


「ふぐぅっ?!」


 やっちゃいました。白狐さんは「もう僕の物です」宣言しちゃいました……また誘導されちゃったよ。これは僕の悪い所ですね。


 それから白狐さんは、いつものようにして、感動のあまり僕に抱きついてきました。ただ、いつも以上に力強く、しっかりとね。苦しいってば……。


「あ~ら、妬けちゃうわねぇ。とにかく椿。私も白狐の事は気に入っているし、嫁は一人じゃないとダメなんて、そんな決まりは妖怪の世界には無いのよ」


 そうみたいなんだけどね……僕はまだ、そんな簡単には割り切れません。

 だけど何だろう……いつも通りとは言わないけれど、それでも僕の心は、何故かすっきりしています。


 そんな事をやっていると、様子を見ていた天狐様が近付いて来て、僕に話しかけてきます。


「ようやく、後顧の憂いはなくなったか? 全く……この辺りはまだまだ未熟だな、椿」


「えっ?」


「モヤモヤと、無駄な悩みやしこりを残したままで、神に近い存在の奴等と戦うなど、出来ると思うっていたか? それに、お前がもう帰って来られないかも知れないと分かれば、やるべきことは全部やろうとするものだ」


 あぁ……そうか。そうでした。皆、僕との別れを惜しーー


「良いか、黒狐。日替わりで椿の夫をするか、もしくは椿の気分でいくか……」


「愚問だな。日替わりの方が平等で良いだろうが、ここは椿の気分でやれば良い。そうすれば……」


「なるほど。上手くいけば、どちらかが毎日夫となれる……か。戦いは終わってないようじゃのう」


「へぇ……それじゃあ、その間は私がどっちかを相手しておくわねぇ。うふふふふ……」


 ーー全然惜しんでない!


 ちょっと! 白狐さん黒狐さんだけじゃなく、何で妲己さんまで混ざって、変な事を言ってるんですか?!


「もう……白狐さんも黒狐さんも何を言っーー」


 すると、白狐さんと黒狐さんは真っ直ぐに僕の方を見てきます。その目は、完全に僕を信じているといった目です。

 それがあまりにも堂々としているから、僕の方がちょっと面食らってしまいました。


「どうせ我等の元に帰って来るじゃろう、椿よ。それに、我も一緒に行くからな」


「おっと。白狐が行くなら、もちろん俺も行くぞ」


 何で……? 何で2人とも、そんなに迷いなく信じられるの?

 そんなに僕を信じてきたら、僕……何とかしてあの場所に帰らないとって、鞍馬天狗のおじいちゃんの家に、皆で楽しく過ごした、思い出の沢山あるあの家に帰らないとって、そう思っちゃうじゃないですか。


「観念しろ、椿。あの2人は昔から、あんな感じだからな」


「さぁ。お母さん達も一緒に行くから、その選定を終わらせちゃいましょう」


 2人の言葉に僕が戸惑っていると、お父さんとお母さんが僕の頭を撫でながら、そう言ってきました。

 もう子供扱いはしないで欲しいですよ。僕はちゃんと自分で考えて、自分で答えを出せます。


 仕方ないですね。皆が、僕の帰りを信じて待ってくれるなら、例えどれだけ時間がかかっても、絶対に皆の元へと帰ります。


「……皆、ありがとう」


 僕はそう言うと、ゆっくりと顔を上げます。その先の、稲荷山の頂上を見据えて。


 もう僕は、迷わない。躊躇わない。止まらない。


 だから、八坂さんを止めるべく、僕は皆にこう言います。


「皆。最後まで、僕に力を貸して下さい! 今選定をしていて、人間を滅ぼそうとしている八坂さんを、止めに行きます!」


 その僕の言葉に、皆はしっかりと頷いてくれました。


 ただ1人、見知らぬ妖狐も混じって……。


「お~!! 久々に腕がなるのじゃ!」


「ーーって、誰ですか?!」


 十二単を着た妖狐?! えっ、この妖狐って確か……。


「玉藻ね。もう起きたの。早いわね~」


 妲己さんがそっちの妖狐を見て呟きました。

 やっぱり……殺生石になっていた九尾、玉藻の前です。しっかりと起きているじゃないですか……。


「ふふ……ふふふふ」


 しかも何か、意味深な笑みまで浮かべながら、僕を見てきます。

 まさか……玉藻前さんも、僕の前に立ち塞がる気なんですか? ここからはあんまり、戦闘をしたくないんですけどね。


 でも、向かって来るのなら話は別だよ。相手をして、しっかりと行動不能にしておきますからね。

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