第弐拾話 【2】 九つ目の地獄は生半可じゃない

 龍花さんがやっと、僕のほっぺから手を離してくれたので、相手の鬼、分陀利を睨みつけます。


「作戦会議は終わったかしら? どっちにしても、私達を呼び出した方の命令でね、あなたは捕まえないといけないのよね」


 そう言うと分陀利は、僕を指差してきました。

 それはこっちも理解しています。だから、戦わないといけないんですよ。

 僕は捕まる訳にはいかないんです。捕まらずに、茨木童子と会わないと……。


「中には、話を聞いていなかった鬼もいたわね。だからあなたは、ここまで突破出来た」


 あぁ、そう言えば何体かの鬼は、僕を捕まえようとはして来なかったですね。それどころじゃないみたいだったから……。


「だけど、私が相手となれば、そうはいかないわ。あっという間に、捕まえて上げる」


 すると、分陀利は再び、指の先から怨念の糸を出し、僕に向かって放ってきました。

 残念だけど、今の僕には心強い味方がいるのですよ!


「させません!!」


 龍花さんがそう叫んだ後、青竜刀でその糸を切ってくれした。

 その後に僕は、身を低くして分陀利に向かっていきます。だけど、相手の鬼もそう馬鹿ではなく、別の指から怨念の糸を出してきました。


 さっきは、右手の指全てから。今度は左手の全ての指から。つまりこれで、計10本もの糸を出してきているので、これを回避出来れば、相手はもう糸を出せ……って、待って下さいよ。相手は何も、指だけとは言ってなーー


「くっ!!」


「あらあら。勘が鋭いわね~」


 咄嗟に距離を取って良かったです。

 相手は、指からしか怨念の糸を出していなかったから、指からしか出せないと、そう勝手に決めつけていました。


 それに僕が気付いた瞬間、分陀利は自分の体から大量に、怨念の糸を放って来たのです。


 実体の無い怨念の糸だから、当然岩とか壁はすり抜けてきます。だから、これを何かで防ぐ事は出来ません。

 必死に避けるか、龍花さんの青竜刀で切るしか……って、龍花さんはなんで切れるのでしょうか?


「椿様!!」


 すると、僕に絡み付こうとしていた怨念の糸を、龍花さんがあっという間に切り捨ててきました。

 やっぱり切っていますね。なんで? って、答えは決まっているじゃないですか……。


「龍花さん。その青竜刀ってもしかして、霊とかも斬れたりするんですか?」


「あっ、はい、そうですね。細かく言うと、邪念や邪気を斬る事が出来ます。もちろん、実体も斬れますよ」


 龍花さん、怖いです。青竜刀を顔に近付ながら言わないで下さい。

 輝く青竜刀に龍花さんの顔が照らされ、とっても危ない人みたいです。


「あらあら、困ったわねぇ。それなら、あなたから先にーー」


 そんな龍花さんの力を見て、そっちの方が厄介と思ったのか、分陀利が今度は、龍花さんに狙いを付けています。でも、それは間違いですよ。


火焔尾槍かえんびそう!!」


「きゃあっ?! ちょっと、危ないわねぇ」


 ギリギリで避けられちゃいましたか。

 僕は隙ありと思って、自分の尻尾を炎の槍に変えて、それで分陀利を突き刺そうとしたんだけれど、身を引かれてしまい、体を掠めただけでした。


「くらえ!!」


 だけどそこに、龍花さんが追撃を加えます。


「あらあら……流石にこの数では、分が悪いですね……」


 そうですね。今回は龍花さんだけじゃなく、玄葉さんやわら子ちゃんも、僕達の援護をしてくれています。だから実質、2対1なんかじゃないですよ。4対1です。


「……もちろん、あなた達の方がね」


「へっ……? って、わぁっ!?」


 いったい、僕の身に何が起こったんですか?! 僕、いきなり宙吊りになったんだけど?! ほんの一瞬の内に、何が起こったのですか?


「くっ……椿様!! このっ!」


 そして、宙吊りになってしまった僕を助けようと、龍花さんが駆け寄ってきます。するとその途中で、至る所から黒い糸が飛び出し、龍花さんに絡み付こうとしてきます。


 まさか……相手の怨念の糸は、分陀利の体からだけじゃなくて、色んな空間から出す事が出来るのですか?!


 とにかく、龍花さんは次々と糸を切っているけれど、流石に多すぎます。


「きゃっ?! え、嘘でしょう……? 私の幸運の気も効かないなんて」


「座敷様……!? くそっ!」


『きゃぁっ!! 幽霊の私まで?! ちょっと、解けな~い!』


 他の皆も、次々と出て来る怨念の糸に絡まり、身動きが取れなくなっています。

 流石にこの糸は、玄葉さんの盾でもどうにも出来ないようです。カナちゃんまで吊されちゃってるよ。


 白狐さん黒狐さんはまだ気を失っているしね。

 いい加減に起きて欲しいんだけれど、どっちにしても起きた瞬間、2人とも糸に捕まりそうです。それなら……。


「黒羽の矢!!」


「あら、それは無駄よ。人数が多ければ多いほど、より強く絡まり、絶対に1人にさせようとするわ。この怨念の糸は、そういう風に出来ているの。つまり、人数が多ければ多いほど強力になるのが、この糸の特性なのよ。だから言ったでしょう? あなた達の方が分が悪いって」


「そんな風に決めつけていると、痛い目にあいますよ!」


 僕は黒羽の矢で、自分の足に絡まり、天井から僕を吊していた糸を切ると、そのまま反転して体勢を立て直し、尻尾をハンマーに変化させます。


黒槌岩壊こくついがんかい!!」


「あらあら。縫われたいの?」


 確かに、このままこのハンマーを打ち付けても、縫い付けられてしまうだけです。


 だから、仲間がいるんですよね。


「切り裂け、青竜刀。空龍斬くうりゅうざん!」


 僕の攻撃の最中に、龍花さんが振り抜いた青竜刀から、大きな真空の刃を放ち、僕の前に飛ばしていきます。そう、分陀利に向けてね。つまり、相手の怨念の糸は、これで全部切れたはずなんです。


「たぁぁっ!」


 だから僕は、それに続くようにして、尻尾のハンマーを相手に向けて放ちます。だけど……。


「ふふ。だから、無駄よ」


「えっ? 防がれた?!」


「椿様!! 相手の能力だけに囚われないで下さい! ここは、9つ目の地獄ですよ! 相手の体術も、それ相応だと思っていて下さい!」


 確かにそうですね。だって僕のハンマーを、片手で……しかも、指1本で止めましたよ。

 厄介な糸に続き、体術まで桁外れとなると、本当に勝てるのか怪しくなってきます。


「えぐっ?!」


「ほぉら。また捕まった。面倒だから、その意識を落とさせて貰うわね~」


 今度は、僕の首を何かが絞めてきます。

 糸だ。怨念の糸が、僕の首に……苦しい……このまま、意識を奪う気ですか……。


「はぁっ!!」


 だけど直ぐに、龍花さんがその糸を切ってくれたので、何とか助かりました。


「げほげほっ……! はぁ、はぁ、死ぬかと思いました」


「あらあら、やっぱりあなたの方が厄介ねぇ」


 分陀利は、表情を変えずに飄々としている。

 最初、あれだけ吹き飛ばしていたのが嘘みたい。あの時は、戯れていただけなの?


 とにかく、相手のその様子を見て、龍花さんが僕の前に立ちました。

 いや、そのままだと龍花さんが、怨念の糸のターゲットになるってば。


「椿様。こうなったら、相手の隙を突く以外、勝ち目はないです。そうなると……誰か1人が囮になるしか」


「駄目です。それなら僕が、分け身で……」


「それは駄目です。怨念の糸は、人数が増えれば増える程、強力になるのでしょう?」


 つまり、僕が分け身を作っても、怨念の糸が強力になるだけ、という事ですか。だからって、囮は危ないです。


「龍花さん。一緒に戦えば、何とか……」


「あの怨念の糸は、それすらさせないみたいですよ?」


「えっ? あっ、嘘!」


 龍花さんが分陀利に近付いて行くので、慌てて僕も動こうとしたら、足が地面に縫い付けられていました。いったい、いつの間にですか?!


「うふふ」


「黒羽の矢!」


 僕は急いで、自分の足に向かって矢を放ちます。実体はすり抜けるから、足を貫通しているように見えても、貫通はしていませんからね。

 その後に、僕は巾着袋から御剱をーーと思ったら、巾着袋まで縫い付けられていました。これじゃあ取り出せない! い、いつの間に……。


 あっ、ちょっと……僕の巫女服の袖口まで縫わないで! 腕に引っ付いちゃって、何だか気持ち悪いです!


「いい加減にしてくれませんかね?」


 すると、その様子を見て我慢が出来なくなったのか、龍花さんが相手に向かって行きます。

 そして青竜刀を手にし、しっかりと強く握りしめています。


 だけど、駄目です。嫌な予感がします。


「術式吸収……」


 暴走したって良いです。今ここで、龍花さんの力にならないと、後悔してしまいそうです。

 だから僕は、自分自身の妖術を吸収し、とにかく沢山溜めていきます。


「あらあらぁ……怖いわねぇ」


「そうやってふざけながらも、厄介な事をしてくる。小細工が通じないなら、力技で……!」


「それもーー無・理・よ」


「えっ? なっ……?! うわぁぁっ?!」


「龍花さん!! 黒羽の矢≪極≫!!」


 本当にここの地獄の鬼は、強すぎます。

 僕でも見えない程の速さで、龍花さんに向かって硬い糸が張り巡らされ、龍花さんはそれに切り刻まれたかのようになって、体中が血に染まっていきます。


 でも、そう簡単にはやらせません。こっちには座敷わらしの、わら子ちゃんの幸運の気があります。

 そして、僕が吸収していた黒羽の矢を、分陀利に向かって大量に打っています。


 だから、相手の怨念の糸は何本か切れていて、龍花さんは致命傷を受けてはいないはずです。皮膚を掠めたくらいです。

 でも、皮膚の表面が切れるだけでも、あれだけ血が出るんですね。身が切れていたら、いったいどれだけの血の量になっていたのでしょう。


「椿様、座敷様……ありがとうございます」


 そして龍花さんは、自分の周りの糸を切り、真っ直ぐ分陀利に向かって突撃します。

 だから僕も、龍花さんに続くようにして、分陀利に向かって行きます。


 この鬼は、1人じゃ勝てなかったです。

 だってまた、怨念の糸を大量に出していますからね。これは……化け蜘蛛よりも厄介ですよ。

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