第拾参章 記憶解放 ~封じられた過去~
第壱話 【1】 記憶の封
僕は確かーーそうだ。黒い球体を何とかしようとしていたんだった。だけど、無理だった。
でもその後に、またあの強気な金狐状態になっちゃったんだ。だけどあれは、僕とは全く別の意識で、別の精神だったって事?
それでも分からないです。
それなら何で、僕は半年前とは違って、ちゃんとその意識を押さえて操れたのでしょうか?
あれも僕の意識だと思っていました。いや、僕の意識で間違いないはずです。そうじゃないと押さえられないですから。
とにかく、今僕がこんなにも冷静なのは、この真っ白な空間には来た事があるからです。
前に少しだけ記憶が戻った時。その最後に、僕はここに来たのです。だから今回も、きっと記憶の事ですね。
「君の意識とあの意識は、混ざり合って1つになっているんだよ。だけど、君の精神状態が不安定なら、まだあの状態になるんだね。星神の意識に」
「出ましたね……」
まるで僕の心を読んだかの様なその台詞を、僕の後ろから言ってきましたね。
僕がそう言って振り返ると、そこには予想通りの子達が居ました。
白い袴と白い薄手の着物を着て、狐のお面を被った謎の子供達。だけど今度は、その全員が横に並んでいます。
「遂に、来ちゃったね」
「本当は、来て欲しくなかったかな」
「君には、平穏に過ごして欲しかった」
「それは、君の両親の願いでもある」
各々がそう言ってくるけれど、もう今更何を言っても、僕は揺らがないよ。
「両親の事を忘れたまま過ごすのは、意外とキツいよ。今までは、白狐さん黒狐さんが居てくれたけれど、やっぱりお父さんお母さんにも居て欲しいかな。死んでないなら尚更ね。わがままで贅沢かも知れないけれど、それが僕の、今の願いだよ」
だけど、僕のそんな言葉に、狐のお面を付けた子供達は、淡々と返してくる。逆に怖いです。
この子達には、感情というものが無いの? 何を考えているか分からないのです。
でもそれって、誰かと同じような……。
「贅沢? むしろそれは、誰もが望む幸せじゃないかな?」
「幸せを願わないで、君はどうやって生きるのかな? 絶望して生きていくのかな?」
ちょっと意地悪ですね、この子達は。とにかく、僕の記憶が戻るというのなら、早く戻して欲しいです。
「あの……記憶が戻るのなら、早く戻して下さい。急がないと、八坂さんと天津甕星が、とんでもない事をするかも知れないので」
それでもその子達は、平然としながら続けてきます。
「それなら大丈夫だよ。君の記憶が戻るまでは、あいつらも行動はしないよ」
「だけど、君の記憶が戻らないと分かれば、また行動を起こすよ。そうだね。そう考えたら、これは完全に詰んでいるかもね」
「それって、いったいどういう事?」
何の事なのか分からないから、僕は首を傾げます。だけど、その子達はまだ淡々と続けてきます。だから怖いってば……。
「君の本来の力は、それだけ扱い辛いもの。それなのに、相反する力を加えられようとしたから、君の力はかなり異質なものになり、おかしくなっちゃったんだ」
「そこで、その時の記憶を封じ、人間にする事で、その力を抑える事に成功した。だけど、白狐と黒狐によって、君は再び妖狐になり、記憶の封が緩くなってしまったた。ほら、見てご覧」
そう言いながら、その子達の中の1人が、僕の後ろを指差します。そこには、1枚の大きなお札があって、その四方を鎖みたいな物に繋がれ、まるで空中に貼り付けるようにしてありました。
この空間は、僕の心の中みたいだから、こういう貼り方になるのは分かるけれど、いきなり現れたら混乱しますよ。どういう原理なんだろう、ってさ……。
だけど、その四方の鎖は外れかけていて、お札も薄くなり消えかかっています。どういう事だろう……。
「この記憶封印の術、かなりのものでね。61年経つと、封印した記憶が消える様になっているんだ」
「そして丁度、明日がその61年目になる所だったのだよ」
「ちょっと待って下さい。もしかして、それで完全に消えた記憶って、もう2度と……」
「蘇らないね」
危ない所だったじゃないですか!
僕は一生、お父さんとお母さんを思い出せなくなる所だったんですか?!
それに、この半年の間で何もなかったのもおかしかったんです。記憶が蘇りそうになるのって、何か条件があるんですか?
「あの……それが何で、今回こんなにいきなり?」
「刺激が強すぎた」
「過去と関係のある者や、過去に関する物との接触。それによる刺激が、記憶封印の術に影響を与えてしまうのさ」
そう言われると……今までもそんな感じで、記憶がちょくちょく戻っていましたね。
「だけどさっきも言ったように、記憶を戻す事で幸せになるとは限らないよ。華陽も茨木童子も、そして八坂も、一斉に君を狙うよ。それこそ、今度は本当に容赦なくね」
それも、おかしな事なんです。
何で僕を狙う割には、今まで小手調べみたいな事をしていたのでしょう?
それに、八坂さんが言っていた、僕が自身の力を扱え無かったから、その計画を変更したというのも気になります。
だけどその原因を、この子達は知っているの?
するとその子達は、また淡々と話し始めました。もう良いです。怖いのは気にしないです。
「君の力はね、使いようによっては、妖怪を救う事も滅ぼす事も、人間を救う事も滅ぼす事も出来るのさ」
「なっ……!? そんな力が、僕の中に?」
「誰もが狙うよね? 自身の計画を進めるには、うってつけだから。だけど、君は力を扱えず、記憶と共に永遠に封じられようとしていた」
「記憶さえ蘇れば、君はとんでもない力を扱えるようになるかも知れない。誰もがそう考え、君を狙った。でも……」
僕の記憶が蘇る気配も無く、61年が経とうとしてしまったのですね。
だけど、僕のその力を頼りにして、敵が計画を立てていた訳ではないだろうし、いくつかの計画を立てていたんですね。
それで、そっちに変更せざるを得なくなってしまい、全員一斉に動き出した訳ですか。
そんな中でも、華陽だけは僕を狙っていました。
だって僕の力じゃなくて、妲己さんの体の在処の方を知りたがっているからね。だから焦ってしまって、あんなにも妖魔人を送り込んでいるのですか。
「そして亰嗟は、茨木童子の方は、苦肉の策に打って出た。諸刃の剣ともなる、十地獄の召喚。本当は君の力を奪い、反転した世界で召喚しかたった。そうしないと、妖界から力を取っている茨木童子の亰嗟にとって、十極地獄による地獄浸食は大打撃だからね」
それなら尚更分からないですね。
「それなら、何も無理なんかしなくても……」
「そっちも、時間が無かったみたいだよ。茨木童子の、命の時間がね」
「えっ……」
茨木童子って、何かの病気……? いや、妖怪は病気なんか起こさないから、何か原因があって、命が尽きようとしているのですか?
「その原因は、僕達にも分からない。でもね、茨木童子も焦っているんだ。そこでの、この苦肉の策。妖界を先に地獄に変えていき、全てが変わるその直前に、自らの全妖気を使い、反転鏡を発動する。そして、人間界と妖界を反転させるーーつまり」
「人間界を、地獄に……ですか」
それが上手くいけば、妖界は残るという事ですね。
でもそれなら、自身の目的である、妖怪の王になるというのはどうなるのでしょうね? それは、この子達でも分からないかな。
「君達は、何でも知っているんだね」
だから僕は、あえてそう聞いてみます。あわよくば、この子達の正体も分かるかも。
「だって僕達は、常に見ているから」
「上から見ているから。神の一部としてね」
神の一部ですか。薄々そんな予感はしていたけれどね。何となくだけれど、他とは違う雰囲気でしたから。でも、そんな子達が何で、こんな僕の心の中に?
「さぁ……君の過去の事。その記憶は、その札の中だよ。それに触れたら、君の記憶は蘇る。それと、これが最後の警告だよ。君の記憶は、蘇らせない方が良い」
最後にそんな事を言うなんて、よっぽどですよね。
とにかく全ての謎は、僕の封じられた記憶、過去に……ですか。
それから僕は、ゆっくりと目を閉じて、今までの事を思い浮かべます。
華陽との事。亰嗟との事。八坂さんとの事。僕に敵対する、全ての人達との事。
妖怪の皆と遊んだ事。辛い修行をした事。悲しい思いを共有した事。白狐さん黒狐さんとの約束の事。僕を支えてくれている、全ての妖怪さん達の事。
僕が再び、この体になってから経験した、全ての事。
それで得た僕の考え、僕の気持ち。それはもう、決まっています。
皆を守る為に、過去の事を怖がってなんかいられない。
僕は過去の事を糧にして、その力を使いこなしてみせます。
全部守る為に。華陽も茨木童子も八坂さんも、全部止める為に、僕は過去を捨てずに拾い上げ、そして戦い抜きます!
「まぁ……君の心は、とっくに決まっていた様だけどね」
「その通りです。僕は、過去を無かった事にはしない。何より、お父さんとお母さんの事を永遠に忘れるのは、とても辛いですよ」
1番の理由はそれですけどね。
だから僕は、もう何も恐れず、その札に近付いていきます。
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