第壱話 【3】 金色に輝く送迎の火

 僕の拳を完全に受けた閃空は、そのまま凄い勢いで吹き飛び、木々をなぎ倒していきます。

 これだけやったなら、浄化も出来ているはずです。と、そう思っていたら、閃空が吹き飛んで土煙を上げたその先から、黒い球体が再び飛んで来ます。


「くっ……! まだ浄化出来ていませんか! 金華浄焔きんかじょうえん!」


 咄嗟に金色に輝く浄化の炎を手から噴き出して、その黒い球体を燃やして浄化します。


 だけどそれと同時に……。


「あははは!!!!」


「ぐっ!」


 閃空が黒い球体の陰から飛び出し、僕を殴ってきました。でも、軽いですね。これ位なら……!


「ふっ!」


 吹き飛ばされないようにと耐えた僕は、そのまま御剱を閃空に向け、思い切り突き刺します。でもそれは、軽々と受け止められました。

 妖魔人となって、体質も変わっているみたいです。片手で軽々と……僕はまだ、こいつには勝てないのですか?


「あは、あはは!! 良いね~僕をここまで追い詰めるなんて……僕に、ここまでのダメージを与えるなんてね!!」


「なっ……! あぐっ!!」


 そのまま、僕は思い切り顎を蹴られました。流石に一瞬、自分の視界が揺れたけれど、この程度なら――と思っていたら、閃空が身体中から突起物を一気に伸ばしてくる。


「あぁぁぁ!!」


 至近距離だと、流石の僕でも避けられません。

 次々と僕の体に突き刺さり、そして僕の中に侵入しようとして来る。まさかこの突起物は……寄生する妖魔そのもの?! まずいです……。


「くっ! させません! 神風の鉄槌!!」


「ぎゃぅ?!」


 急いで強力な風の塊を閃空にぶつけ、僕の体から引き剥がすと、再び後ろに吹き飛ばします。

 だけど、途中でこの妖魔の一部を引きちぎり、僕の方に残しましたね。僕に寄生させる為に……。

 でも、そう簡単にはさせませんよ。1つ1つ浄化の炎で燃やしていけば、寄生されずにすみます。


 でもそれをした後、僕の着ている制服はボロボロになってしまって、かろうじて下着だけは見えない位にまでなっていました。

 だけどもう、服装なんて気にしていられません。相手は、禍々しい妖気を更に膨れ上がらせている。油断したら、こっちが死にます。


「椿! 大丈夫なの?!」


 若干息を切らす僕を心配し、美亜ちゃんが僕の傍に降りて来ました。


「美亜、大丈夫です。あなたはこのまま樹海を展開し、隙あらばもう一度、閃空を捕まえて下さい」


「分かった……と言いたいけれど、あれを?」


「なっ?!」


 吹き飛ばされた先から姿を見せる閃空だけど、その姿はもう既に、人間じゃなくなっていました。


「あは、あひゃ、ぁ、ひゃっはは……」


 歪な笑い声だけを響かせ、全身から妖魔の突起物を突き出し、目からも耳からも、更には口からも鼻からも、沢山の黒い突起物が出ていました。


 もうこれは、ただの化け物です。


 寄生し損ねたんじゃない。ただ、僕の浄化の力が思った以上に有効で、寄生したその妖魔が、閃空の体には居られなくなり、飛び出してしまっています。


 あと数回浄化の力を当てれば、もしかしたら……。


「可哀想な負なる者。今、解放してあげます。その、憎しみから」


「よ、妖怪……こ、ころ……す。あは、あひゃは、あばははは!!」


 もう、思考も上手く働かないんですね。

 寄生したその体が、子供だったから? だから、浄化に耐えられ無かったのかな? 他の妖魔人も、こんな風に上手くいけば良いけれど……。


 僕は御剱を構え直し、閃空に向かう。体の中から、寄生する妖魔を浄化する為、ゆっくりと近づきます。


「あはぁ!!」


「さっきとは打って変わって、動きが単調ですよ。もうお前は、その体にへばり付いているだけ。その子の体も妖魔になったとは言え、ある部分にだけは、侵入出来なかった様ですね」


 だから、完全にはその体に溶け込んでいない。そして恐らくその部分は、脳だと思う。

 それで、この子の強い思いだけは乗っ取れず、自らがそれに囚われてしまっているんです。つまり、妖魔人達には全員、寄生した妖魔の核があるはず! それを浄化してしまえば……。


「強い妖気の塊。胸の部分……なる程、ここは心臓。厄介な所に寄生し、核にしたものです」


 相手の攻撃を避けながら、僕は考える。

 だって、心臓を狙うという事は……妖魔人になった人を助けるのは、もう不可能。でも、まだ何か……。


「あは、ひゃは!! あははぁ!!」


「しまっ――ぐぁっ?!」


 考え事をしていたら駄目でした。その隙を突かれ、妖魔の突起物で、足を思い切り貫かれてしまいました。それは急いで浄化したけれど、立つのが……。

 

「椿!? あんた何やってんのよ!」


 すると、美亜ちゃんが根を地面から伸ばし、木の蔦と一緒にして、閃空に巻き付かせました。

 美亜ちゃん? 咄嗟とは言え、今コントロールしませんでした? それだけ必死なんでしょうね。


 だけど、呪術に浄化の力は無いから、決定打にはならないみたいです。つまり、結局は僕がやらないといけないんです。だけど……僕は。


「はぁ、はぁ……ごめんなさい。どうしても、あの人の事が……」


「あの先輩の事? あんた、何馬鹿な事を考えてるのよ?!」


「馬鹿かも知れないですね……だけど、妖魔人となったこの負なる者達は、自ら望んだ訳では――」


「いいや、望んだよ」


「えっ?」


 するといきなり、目の前の閃空が声を発してきました。それも、しっかりとした口調で、まるで妖魔に寄生されていない様な感じで。

 しかも気が付いたら、口と目、鼻や耳からも出ていた、あの妖魔の突起物が抜けています。体は相変わらずだけど……。


「僕は、望んだよ。寄生する妖魔の種だと説明され、その後どんな事になるのか、その事を亜里砂……いや、華陽から言われたよ。そして僕は、どうしても力が欲しくて、その後の事なんてどうでも良いと考え、その種を飲んだんだ」


「あなた……まさか」


 寄生する妖魔に乗っ取られる前の人格が、表に出て来ている? 僕の浄化の力で、寄生する妖魔が弱ったから、ほんの一瞬だけでも、出て来られたのですか?


「僕の名前は千一。遥か昔、どこにでもある村の田畑を耕す、しがない少年だったよ。そして、既に死んでいる身。この妖魔に乗っ取られていても、僕の意識はあったよ。妖狐のお姉ちゃんには、酷い事をしてきたね。こんな事をするつもりじゃなかった。僕はただ、悪い事をする妖怪を……」


「それ以上は……もう、良いです。全ては、華陽の仕業なのです。業は全て、華陽にあります」


 僕は何としても、この少年を助けたいんです。でも……。


「お姉、ちゃん……これは、殺しじゃ無いよ。ただ、お姉ちゃんが生きる為に、する事。ちゃんと、正しく、悪い妖怪を罰する為に、する事……だよ。お姉ちゃん、悩まないで。その悩みは、お姉ちゃんの、弱点だよ……ほら早く、僕は、もう……も……う、ぅ……あ、あは……あはははは! シネェ!」


 千一君、分かったよ。分かったけれど、それでも僕は……この自分の無力さに、苛立ちを隠せないです。

 もっと僕に力があれば。寄生する妖魔だけを浄化し、そして寄生した者から完璧に剥がせられたら……と、そう思っていても、これが僕の、今の限界なんです……ごめんなさい。


「あはははは……! あっ……?」


金華浄槍きんかじょうそう


 美亜ちゃんの出した蔦や根を、その妖魔の突起物で引きちぎり、そして再び顔中から突起物を生やす。また、妖魔に体を使われてしまった千一君は、もう抵抗出来なくなったのでしょう。

 だから僕は、そのお腹目掛けて、槍にした尻尾を突き刺しました。金色の、浄化の炎を纏わせて。


「中から、浄化しなさい。生きとし生けるものの命を冒涜する、負なる者が!」


「あばはぁぁあ!!!!」


 金色に光輝く炎は、閃空を包み込み、一気に燃やしていく。もうそれを消す程の力は、そいつには無かったようです。


「あぁぁぁあ!!」


 閃空は悶え苦しみながら、燃えていきます。

 これは殺しじゃない。自分にそう言い聞かせても、それでも……心が、胸の奥が痛いです。


「お姉、ちゃん……」


「えっ?」


 また、声が? 千一君?


「ありがとう、お姉ちゃん……ごめんね、お姉ちゃん。だけど、強く、なって……ね。そして……僕の、代わりに……悪い、よう、かいを……」


 燃え盛る金色の炎の中で、千一君は笑っています。


 ようやく解放された。という喜びなのかな? それとも、僕に罪の意識を与えない為の笑顔? ねぇ、どっちなの?


 ゆっくりと灰になっていく閃空、こと千一君を、僕はずっと眺める。

 キラキラと光る金色の炎。それは、千一君の魂を浄化し、しっかりと天国に送り届ける為の、送迎の火。


「椿、頑張ったわね」


「ん……」


 神妖の妖気を抑え、元に戻った僕の頭を、美亜ちゃんは優しく撫でてきます。

 厄介な妖魔人。だけど閃空は、子供の体を使っていたから、まだ何とかなったけれど、他はそうはいかない……よね。それでも妖魔人は、僕が何とかしないと駄目です。先輩も含めてね。


 それに、今回分かった事があります。寄生する妖魔は、人格までは乗っ取れない。そこに、妖魔人攻略のヒントがありそうです。


 今日は報告する事がいっぱいありますね。

 学校の事に、閃空の事。とにかく午前中だけで、もうこんなにも色んな事が起きてしまって、僕は限界に達しています。


「美亜ちゃん……ちょっとごめん……」


「えっ? 椿?!」


 美亜ちゃんの驚く声が聞こえるけれど、その前にね、疲れて眠くて、もう限界なんです。あと、お腹も空きました……だからもう、歩けません。家に着くまでで良いので、このまま寝かせて下さい。


 僕は美亜ちゃんにもたれかかり、そのままゆっくりと眠りにつきました。

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