第壱話 【3】 僕、強くなってる

 僕は急いで集落に走る。

 妖魔なんて、下手したらここの小さな集落くらい、一瞬で落としてしまうかも知れないのです。


「い、急がないと。住民が犠牲になったら、3日間晩ごはん抜きですよ!」


 殴らないだけマシだと思いたいけれど、僕達にとってこれは、命取りなんです。

 僕は半年前、5日程絶食したんけれど、存在が消えかけていましたからね。実は危なかったんです。だから、皆直ぐには気が付かなかったんですよ。


「はぁ、はぁ……あっ、誰か倒れてる!」


 遅かったんですか?! 家屋が見えて来た所で、前方でへたり込んでいる男性が居ました。あっ、良かった……へたり込んでいるだけでした。


「大丈夫ですか? いったい何があったんですか?!」


 ここの住民は、僕が1人で住んでいるのは知っているけれど、その正体までは知らないです。

 だから「化け物はどっちですか?」何て言わずに、無難な質問をしました。


 因みに、酒呑童子さんは住民には見えていません。

 だから、僕が1人で住んでいるように見られています。その、親に捨てられたんだって事でね。だから色々と、食材とか服をくれるからありがたいのだけれど、何だか罪悪感がね……。


「ひっ、あっ、ば、化け物が」


「化け物? どっち?!」


「あっちの方に……」


 そして僕の問いかけに、その男性は、この集落のまとめ役の人の家を指差しました。

 これは……何で? 妖魔は目的を持たず、その場で暴れる事が多いのに。そいつは目的を持って動いているの? 分からない。だけど、考えていてもしょうが無いです。


「あっちですね!」


「あっ! お嬢ちゃん、ちょっと!」


 制止されても僕は止まりません。というか、止まる訳にはいかないのです。

 家屋の大きさはどれも同じだけれど、はっきりした場所が分かれば、妖気を簡単に探れて、いち早く向かえます。その為に、さっきの人に位置を聞いたんです。


「う、うわぁぁ! た、助け……!」


 そして、僕がその家に着いた瞬間、そこから悲鳴が聞こえて来た。とにかく、急いで悲鳴の下に向かい、家の周りを囲っている塀を跳び越える。


「いた!」


 するとその先には、モジャモジャして良く分からない姿をした妖魔が、身体から触手の様なものを伸ばして、その家屋の住人の男性を襲おうとしていました。


「神刀、御剱!」


 咄嗟に神妖の力を解放し、僕はそいつの触手を何本も斬り、ついでに風の神術で吹き飛ばしてみました。


「…………」


 叫び声も上げないですね、この妖魔。口はあるのかな……。


「お、おぉ……君は。というか、その姿は?」


「へっ? あっ!」


 しまった……妖魔が憎しみを持っていた場合、その姿が見えるから、不思議な生物の存在を認識する事になる。

 だからつまり……僕の耳とか尻尾とかも、見えちゃってます? うん、見えていますね。頭の上やお尻の先をガン見していますから……。


「…………!!」


「うわっ……! と、危ないなぁ。これ、明らかに殺意持っているね」


 妖怪とは違って、1つの行動に囚われたりする事が多いけれど、こいつは明らかに、この人を殺す事に囚われている。


 この人いったい、何をしたんでしょう。


「ーーーーた」


「はい?」


 あれ? 無言かと思っていたら、小さく喋っているの? その触手のせいで聞こえないけれど、か細い声が聞こえてきました。


 するとその妖魔は、徐々に身体の触手を広げていき、その中が見えていく。でも、そこには……。


「何で埋めたぁぁ!!」


「人?!」


 あっ、これ触手じゃない! 木の根っことか蔦とか、そういうのが絡まってるいんだ!

 というか、妖魔は人語を理解しませんよ!! 何で喋ってるの?! その時点で、色々とおかしな妖魔です。まさか……。


「お前も埋めてやるぅ!!」


「くっ、黒焔狐炎尾こくえんきつねえんび!」


 僕が考える前に、妖魔がまた木の根を伸ばして来たので、慌てて妖術を発動させ、尻尾を黒い焔に変化させると、その場で1回転し、僕達の周りに黒い炎の壁を作りました。


「ふぅ……とりあえず暫くは大丈夫です。だけど、あなたはあの人に、何かしたんですね?」


 僕の後ろで腰を抜かし、頭を抱える男性を見て言うけれど、全く答えてくれませんね。ガタガタ震えているだけです。


「ゆ、許せ……許してくれ……お前が、お前が脅迫なんかするから。あの事をバラそうとするから……」


 何だか、ややこしい事情がありそうです。

 そうなると、ちょっとやそっとでは解決出来そうにないです。妖魔の方を一気に浄化した方が良いかも知れない。


「ごめんなさい……あなたに恨みは無いけれど、そのままじゃ駄目だからね」


 そして僕は、御剱を両手で握り直し、上にしっかりと構えると、ゆっくりと深呼吸をして、神妖の妖気を御剱の先に流していく。


「御剱。浄化の刃!」


 その後、僕は御剱を一気に振り下ろす。その瞬間、御剱から別の光る刃が飛び出し、目の前の妖魔を斬り裂きます。

 だけどこれは、殺すのではないです。浄化なのです。だから、分かれた妖魔の身体は、光の粒となってゆっくりと消えていきました。


「謝った方が良いんじゃないですか? 今更だけどね」


 このままこの人が謝らなかったら、それなりの罰を与えないといけないけれど、ちょっとでも後悔をしているのなら、少しでも謝罪をしておいた方が、これからの償いも、少しは前向きに出来るんじゃないのかな。


「あっ……なっ、いや……す、すまなかった……許してくれとは言わん。ただ、謝らしてくれ!」


 男性は、何が起きたか分からないといった感じだったけれど、目の前のものを見て、慌ててそう言ってきました。


 それで妖魔になった人が救われる訳じゃないよ。でも、この人にも少しは、謝るチャンスを与えないとね。

 自分でも甘いとは思います。だけど僕の中にもね、少しばかりの憎しみはあります。カナちゃんを奪われた、憎しみがね。ただ、それを打ち消す為に、僕は偽善をしているだけです。


 そうしないと、僕は闇に堕ちちゃいそうなんです。


「お~予想以上じゃねぇか~」


「酒呑童子さん……さぁ、説明して下さい。何でこの妖魔が? これ……」


「おう、寄生する妖魔さ。さっきのは人間の死体に寄生して、あんな妖魔になったんだ」


 そうだとしたら、これAランクじゃないですよね?!

 途中で気付いたから、何とか対処は出来たけれど……これはもう、巻物で捕まえるとか、そんな事をしている場合じゃなかったです。


「椿お姉ちゃん、凄い。綺麗……カッコいい~」


 菜々子ちゃん。そんな、尊敬の目で見ないでくれませんか? それも、誰かさんと同じ目をしていますよ。


「なるほど。お前が私に協力して欲しいと言って来たから、何事かと思えば、これか?」


「あぁ、そうだ。近頃こいつが大量に出現していてな。妖怪、人間、死体、動物、そんなの関係無しに寄生しやがって、そこで暴れてやがるのさ。しかも死体の方は、恨みを持って死んだ奴をわざわざ選ぶ始末さ」


「おやおや、厄介だねぇ」


 それは多分、華陽が次々と生み出して放っているんだ。

 市内はそんな事になっているんですか……それならおじいちゃん達は、皆は大丈夫なんでしょうか。


「皆の事も気になるだろうが、とりあえずこいつから今回の事情を聞いて、警察を呼んだ方が良いんじゃねぇのか? 感じからして、人殺しに関わっているだろうぜ」


 あっ、そうでした。でも僕達の姿を見て、呆然としていますよ? 話してくれるかな。


「えっと……出来たら話してくれないですか? あの妖ーーいや、化け物は、何であなたに殺意を? 埋めたって言っていたけれど、それはあなたが?」


「……警察を呼べ。そこで話す。君達は、聞いてはいけない」


 えっ? どういう事ですか? そう言われたら、余計に気になるんですけど。

 だから、更に詳しく聞く為にと、僕が男性に近付こうとしたら、酒呑童子さんに肩を掴まれ、そこで止められました。


「察してやれ。こういう小さな集落では、良くある事だ。古いしきたりや、家系に関しての事だな。他人が首を突っ込むもんじゃねぇ。そうなるとあの妖魔は、人の闇そのものだな」


 酒呑童子さんが、1人で勝手に締めくくっちゃいました。

 分かりました。晩ごはん抜きは避けられたんで、僕はそれで十分です。


 だけど、これくらいの妖魔を倒すのなら、もう難なく出来ますね。油断しなければだけど……。


 うん。僕、確実に強くなってる!

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