第拾壱話 【2】 出発の日
その日のお昼過ぎ、僕は準備を整え部屋を出る。酒呑童子さんの隠れ家で修行するなんて思わなかったです。そうなると、暫くこの家には帰って来られ無い。
「椿ちゃん……自分で決めたんだもんね。うん、大丈夫。私は大丈夫だよ」
「里子ちゃん、ごめんね。寂しいだろうけど、暫くーー」
「酒呑童子さんのお嫁さんになるなんてーーキャン?!」
「このお耳は飾り物かな~?」
話聞いてたのかな? この子は。わざとにしてもちょっと酷いから、里子ちゃんの耳を引っ張っておきました。
「ですが椿様。あの悪鬼がどんな事をして来るか分かりません。せめて、私達4人の内誰か1人でも……」
「龍花さん。そんな事して、わら子ちゃんが攫われたらどうするんですか? 4人でしっかりと守って欲しいです。僕の大切な親友の1人をね」
「椿ちゃん……」
あ~わら子ちゃんまで泣いちゃいそう。でも、しっかり堪えています。これで泣かれたら、運気の暴走で、地味な不幸が襲って来ますからね。
「それに、白狐さん黒狐さんも寝ているし、おじいちゃんもまだ本調子じゃないんでしょ? それだったら、今この家を守れるのは誰なんですか?」
「分かりました……でしたら、せめてこれを」
何これ? 小さい刀みたいな……脇差だっけ? 何だか嫌な予感がします。
「良いですか、椿様。寝る時は、常にこれを枕元に置いて、悪鬼が襲って来たら、遠慮なく刺すのですよ」
物騒ですよ、龍花さん……でも、一応受け取っておきますね。酒呑童子さんが本当に、夜中に襲って来そうですからね。
そして他の皆も、僕を見送る為にと、僕の部屋にやって来ています。
それに珍しく、感情の少ない雪ちゃんまでも、僕に抱き付いて来て肩をふるわせています。
「椿……何で悲しみが癒えない内に、修行なんか。また、無理して……」
「雪ちゃん……ごめんなさい。悲しみが癒えないから、何かしていないと、また閉じ籠もっちゃいそうなんです。だから、無理はしていないよ。ただ、逃げているだけ。悲しみから逃げているんだよ、僕は」
だから雪ちゃん、僕に幻滅してくれて良いよ。僕と絡んでいると、君もカナちゃんみたいに……。
「だったら、私も一緒に逃げる」
「ん?」
「私も別で、修行する。強くなる。だから、椿と一緒」
「雪ちゃん……」
駄目です。何を言っても無駄って目をしていますね。決意の目。でもそれは、何も雪ちゃんだけじゃなかったです。
「姉さん……自分も、逃げてばかりっすよ。でも、逃げた先で逃げない勇気を貰いました。それでも、自分の未熟さに怒りすら湧いてくるっす。姉さん、自分も強くなるっす! 姉さんと一緒に、任務をこなせるようにしておくっす!」
そう言って、楓ちゃんが拳を強く握りしめて、僕に差し出して来ました。この子はまだまだ、女の子とは思えないですね。幼体だからしょうが無いけれど。
それと、僕と一緒にって事は、ライセンス試験を受ける気なのかな? でもその前に……。
「楓ちゃん、君はもう少し女の子っぽくした方が良いよ。くノ一たるもの、色気も大事じゃないかな?」
「はっ!?」
楓ちゃん……驚いた表情をした後に、自分の胸と僕の胸を見比べない! それ結構失礼だよ。僕もそんなに無いよ! でも、気にしてなんか……気にして、ます。
「椿……その、ごめんなさいね。結局あの時、相手の本気の殺意を前に、足が竦んじゃったわ……私の呪術を使えば、救えたかも知れないのに。私もまだまだね」
「美亜ちゃん……」
そういえば、美亜ちゃんもずっと暗いなと思っていたら、自分を責めていたのですね。美亜ちゃんらしいです。
「見てなさいよ。私だって、負けないわ。あんたのライバルとして、ちゃんと強くなるわ!」
「え? ライバル?」
「……な、何よ……? いや、何よ皆まで……うっ。分かっ、たわよ。と、友達として助けられる為に、強く、なるわ」
うん、皆も頷いています。そうだよね、美亜ちゃんはライバルと言うよりも、もう友達だからね。でも美亜ちゃんは、顔を真っ赤にして俯いちゃいました。
「椿ちゃん……その、私も頑張るね。色々」
「わら子ちゃん。無茶はしないで下さいね」
「分かってるよ。でも……あの、私は一級のライセンスを持っているから……だから……私も、頑張ってみるね」
う~ん、わら子ちゃんはこの家に居る時は、引っ込み思案のままなんですね。
だけど、目はちょっとだけ強気な目です。それなら大丈夫かな? ちょっと心配だけどね。
「おい椿。挨拶は終わったか? そろそろ行くぞ」
「あっ、待って下さい! まだ挨拶したい妖怪さんが残ってるから」
そして僕は、そのまま自分の左隣にある、カナちゃんの部屋に入って行く。
でもそこにはもう、既にカナちゃんの身体は無く、家具だけがそのまま残っていた。
机の上には、カナちゃんのノートに筆記具、そして学校鞄。その全てが、まだ残っていました。
お葬式の方は、全て滞り無く終わったようで、クラスの皆が来て泣いていたようです。
半妖だったカナちゃんは、クラスからも浮いていたはず。それなのに、それだけの人達が涙してくれた。
人の死と言うのは、思春期の子達にとっては、どんな人だろうと、悲痛なものになるんですね。
「カナちゃん……」
僕はおもむろに、カナちゃんの机に向かうと、その上の雑誌を開く。僕のファンクラブの雑誌です。
最後までこれを見ていたなんて、カナちゃんらしいな。しかも机には、僕の写真がいっぱいです。
更に、雑誌の最後にはこう書かれていました。
『絶対助ける。クラブの代表として、この命、椿ちゃんの為に!』
「カナちゃんのバカ……」
本当にその通りの行動をしてどうするの? それをして、僕が喜ぶと思ったの?
それでまた泣いてしまいそうになる僕は、その最後のページに、こう書き足しました。
『ありがとう』
「行ってきます、カナちゃん……って、ここに居るんだっけ」
そう言うと僕は、巾着袋から火車輪を取り出し、またゆっくりと握りしめる。
自分の心を落ち着かせる為に、ついこれをやっちゃいますね。この熱さ、心地良いです。
その後僕は、自分の部屋の右隣の部屋に入る。そこは、白狐さん黒狐さんの部屋。
2人はまだ、部屋の真ん中の布団に寝かされていました。その横には、レイちゃんも寝かされています。
とりあえず妖気も残っていて、生きているのは生きているみたいです。ただ起きないだけ。
「白狐さん黒狐さん、ごめんなさい。2人には、負担ばかりかけていましたね」
部屋の中央で寝ている2人の下に行くと、その横に座り、ソッと2人の頬に手を当てる。
「白狐さん黒狐さん。僕、強くなるね。2人にはもう、負担をかけないから。だから……お願い、ちゃんと起きて下さい。僕が修行から帰ったら、いつも通り出迎えてね。レイちゃんも、ちゃんと僕に飛びついて来てね。あれがないと、帰って来た気がしないんです」
そして、優しくレイちゃんを撫でた後、僕はゆっくりと2人に顔を近付ける。
ドキドキするけれど、でもそれ以上に、これで起きてくれるんじゃないかって、そう思っちゃって。
「んっ」
僕は白狐さんに、自分からキスをしました。
「……んっ」
そしてそのまま、黒狐さんにも。
「ふぅ…………やっぱり、起きないですね」
分かっていた、分かってはいましたよ。それでも、何だか期待しちゃってました。あっ、駄目だ……泣いちゃ駄目だ。
「くっ……」
自分の袖で涙を拭うと、2人に甘え無いようにと、耳に付けている勾玉を両方外し、そのまま2人の横に置きました。
そして、部屋を出ようと入り口を見た瞬間、皆と目が合いました。
「ふやぁぁあ?! いつ? いつ?! いつから見ていたの?!」
「えっと……横に座ってから?」
「最初からぁあ!!」
これは絶対に里子ちゃんが「コッソリ見に行こう」って言ったに決まっています! そうしか考えられない。
慌てて部屋を出た僕は、そのまま1階に降りて、酒呑童子さんの待つ玄関へと向かいます。
「全く、相変わらずね……心配してたけど損したわ」
「夏美お姉ちゃん……」
すると、階段の横に夏美お姉ちゃんが立っていて、スマホを弄っていました。また何だか嫌な予感がしますよ。
「そうそう、杉野さんからこんなーー」
「消去」
「甘い、保護してるわよ」
「あっ、消えない!? あれ……くっ、ちょっと!」
保護を解除しようとしたら、スマホを僕の背丈以上に上げられましたよ。ちょっと、それは消して下さい。前回とほぼ同じ文面だよ。
「全く……ほら、早く行きなさい」
「えっ?! あっ、うん……」
あっ、ちゃんと消してくれた。どういう事? それと夏美お姉ちゃんも、何だか目が赤いような……。
「ごめん。この文面は、前のをこっそりと保存していたやつ。杉野さん、センターが襲撃された時、そこに応援として向かっていて……凄い大怪我をしたらしいの。今、命の瀬戸際らしいわ」
「えっ……」
そんな事になっていたなんて、あの杉野さんまで。
でもさ、夏美お姉ちゃん。それを出発する時に言わないでくれますか? 気が重くなっちゃうんですけど。
「まぁ、あれよ。言っておかなくても良かったけれど、後で知ったらあんた怒りそうだったし。とにかく、こっちの事は私達が何とかしとくし、気にするなって。杉野さんも、自分にもしもの事があったら言わないでくれって、そう言っていたからね。だから、あんたはちゃんと強くなってきなさい! ついでに、その根性も直してきな!!」
「いった~い!!」
夏美お姉ちゃん、背中を平手打ちしないでくれませんか?!
でも、そうですか……杉野さんは杉野さんで、僕に余計な心配をかけたくなくて。だけど夏美お姉ちゃんは、何でその事まで教えてくれたのかな? それも別に言わなくてもーー
ううん、僕には少し分かるよ。
僕と、悲しみを分け合いたかったんだよね。ごめんね、夏美お姉ちゃん。勝手な僕で……。
「もう良いのか?」
「うん、ごめんなさい。お待たせしました」
酒呑童子さんにそう言うと、僕はそのまま真っ直ぐ玄関に向かう。
絶対に強くなって戻って来る。
もう、神妖の力に振り回されるだけの、弱い僕じゃない。今度はちゃんと、皆を守れるだけの強い僕になるんだ。
そして玄関を出た僕は、その場で振り返り、見送る皆に手を振って、声を上げます。
「いってきます!!」
「「「「「いってらっしゃ~い!」」」」」
皆は一斉に、それに返してくれました。全員、凄い笑顔で。
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