第肆話 【2】 Sランク任務の前に

 その日の放課後、学校の近くの公園で待っていると、わら子ちゃんと4つ子の人達が、一反木綿とは別の、雲のような姿をした妖怪に乗ってやって来ました。


 これって、妖怪タクシーを浮かしている妖怪さん、雲操童ですよね? 一反木綿さんばかりでは大変だろうって事で、この妖怪さんにしたのかな。


 そして僕達は、一緒に着いて来たカナちゃん達に、この後の事を説明して、今日のは危険だから、先に妖怪タクシーで帰っていて欲しい事を伝えるけれど……。


「その先輩の人は一緒に行くのに?」


 カナちゃんは、嫉妬の目を先輩に向けて、そう言ってきました。


 確かにね……何故か湯口先輩まで着いて来たのだけど、どうやら僕が放課後、ある山間部に行く事を聞いたらしく、そこで調べる事があるから、一緒に行きたいと言い出したのです。


『どうせ、滅幻宗に関係する事では無いのか?』


「あぁ、そうだ。ここ数日、滅幻宗の奴等が、その辺りの山に出入りしているらしい。何かしているのなら、手がかりが掴めると思ってな」


 黒狐さんが、少し嫌味も込めて言ったけれど、先輩は慌てる事なく、真剣に返しました。


『黒狐よ、お主の負けじゃ』


『ぬぐぅ……』


 黒狐さんが悔しそうにしているけれど、先輩はそれを無視して、何か考え込んでいます。


「そっか……何だか、聞いているだけで危なそうだね。分かった。でも、椿ちゃん。ちゃんと無事に帰って来てね」


「あっ、うん。もちろんです」


「怪我1つ無くね!」


 カナちゃん、それはちょっと難しいと思います。

 一応Sランクの依頼だから、何があるか分かったものじゃないんです。


 付近に住む人達が、何かに怯えて怖がり、その辺りに行かない程ですからね。「あの山を何とかして欲しい」と、数十年も前から色んな所に頼んでいるみたいですが、解決は出来ていないみたいです。


 そして遂には、近くの妖怪達まで困り果てる事態にまでなってしまい、センターに再度依頼を出したらしく、それを用事でセンターに行っていた4つ子の人達が、偶然見つけたらしいです。


 それ程までの長い間、解決が出来ていない案件なんだから、怪我1つ無く、というのは難しいですよ。


 すると今度は、雪ちゃんがとんでもない事を言ってくる。


「椿、怪我1つにつき、1回弄られる。良い?」


「えっ? ちょっと!」


『ほぉ、良い事を言うな雪とやら。よし、ならば我もそれに参加しよう』


『待て待て、白狐と女子だけにはさせんぞ! 俺もさせて貰う!』


 いや、待って下さい! 何を勝手に色々と決めているんですか! 僕の事も少しは考えてよ。


「先輩! 先輩からも何か言って下さい」


「んっ? あぁ、安心しろ。俺も参加する」


「そうじゃなくてぇ!」


 それだと僕は、自我が保てないと思います。白狐さん達の言う事だから、からかっているんじゃなくて本気なんだよ。僕もやられっぱなしは嫌なのに……。


「あのな、椿。お前の方が、皆の気持ちに気付いていないんじゃないのか? 見て見ぬふりをしていないか?」


 すると、先輩が真剣な顔のままで、僕にそんな事を言ってきた。


 でも、変な事を言いますね。僕は皆の気持ちは分かっています。それだけ、僕の事を大切に――


「椿。俺にはどうも、お前が皆と正面から向き合っていないように見える。皆、お前に好意を寄せているのは分かっているだろうが、その先は分かっているのか? いつもお前が考え込んでしまっているから、せめて一緒にいる間は楽しんで貰いたいと、そう思っている事に気付いているのか?」


「…………」


 先輩、中学生だよね? 何でそんな大人な事を言えるんでしょうか。でも、そう言われたら皆、どこか僕に気を遣っているような……。


「はぁ……椿ちゃんの尻尾フワフワ~」


 あぁ、うん。そう言われたら、何だか不自然でしたね。いきなりカナちゃんが僕の尻尾を触って来るなんて。僕、どれだけ皆に心配をされていたんだろう。


 駄目だね、僕は全然強くなっていないよ。


「先輩、ありがとうございます。でも、そんな発言が出ると言う事は、妖怪退治に使っている道具、あれはやっぱり妖具だよね」


 さっきの先輩の言動が気になった僕は、思い切ってそう聞いてみた。すると、それに対して先輩は、少し困った顔をしてくる。


「やっぱりか……あれは『練気』では無く、妖気だったか。知識ばかりか、大人の言っている事が理解出来るのも、おかしいとは思ってたんだ」


 もしかして、それの確認も踏まえての、さっきの言葉なのかな? 先輩の本心だろうけれど、少し複雑です。


 先輩が、人間じゃ無くなっていく。


 恐らく、先輩を纏っている微弱な妖気は、滅幻宗から渡された道具を、普段から使っていたからだと思う。

 そしてちょっとずつ、その身に妖気が溜まっていって、脳にまで影響を及ぼすようになってしまったんだ。


「先輩。それ以上滅幻宗の道具を――」


「だったら尚更、滅幻宗の実体を暴かないといけない。俺のように、妖怪退治の為だと、そう信じて疑わない奴等は沢山居る。そいつらにも、この事を教えてやらないと」


 先輩のその必死な思いに、僕は何も言えなかったよ。

 先輩だって、滅幻宗の中に友達とかも居ると思う。だから、これだけ必死なんだろうね。


 滅幻宗の道具を使うのを止めて貰いたかったけれど、止めても使っちゃいそうです。


「先輩……体に異変を感じたら、直ぐに言って下さいね」


「あぁ、分かってる」


 全くもう……先輩がさっき僕に言った言葉、そっくりそのまま返してあげたいよ。


 そして、カナちゃんはいつまで僕の尻尾を触っているのかな。


「あ~ん! 椿ちゃんが尻尾で悶えなくなっちゃった~」


「つまら……ない」


 気付いたら、雪ちゃんまで触っていましたよ。

 でもね、我慢してるだけなんです。必死に我慢しているだけなんですよ。


「んっ……良いから、早く離して下さい。それと、明日は休日だから、帰ったらいっぱい触らせてあげます」


「本当に?!」


「絶対、だからね」


 2人とも、嬉しそうな顔をしちゃっています。

 そんな中でも、白狐さん黒狐さんは自慢気にしているんですよ。まるで、自分のお嫁さんを自慢しているみたいな、そんな目をしている。何だか恥ずかしいんだけど。


 あっ、ちょっと先輩、なに笑っているんですか? とりあえず、抗議の意味を込めて、先輩を睨んでおきます。


「む~」


「悪い悪い、そんなに可愛く睨むな。必死に我慢しているのが、バレバレだぞ」


「あっ! ちょっと、それ言わな……い、で」


 遅かったです。2人ともにやけた顔をしながら、僕の尻尾を持つ手に、徐々に力が入っていっています。


「あっ……待って、カナちゃん雪ちゃん、止めて!!」


「やっぱり、椿ちゃんは椿ちゃんだね!」


「だから、止めてって……はうっ!」


 それでもやっぱり、2人は止めてくれませんでした。

 これから依頼をしなきゃならないっていうのに、こんなのでヘロヘロになっている場合じゃないのに……。


「それで、座敷様のを使えば、鎮める事が出来るのですが……」


「如何せん、おかしな報告が来ているので、油断は出来ません」


『ふむ、分かった。十分注意をしておこう』


「宜しくお願いします」


「座敷様の守護は、この玄葉がやります」


 あっ! 僕を放っておいて、勝手に皆で作戦を立てないで下さい! 僕もそっちに入れて下さい。


『やはり椿は、耳が1番弱い』


「あぅ!! こ、黒狐さんは作戦の確認に参加して下さい!」


 今からSランクの依頼をやるんでしょ? 何でこんなにのほほんとしているんですか……。


『椿、案ずるな。お前は我々の言う事を聞いて、その通りに動いていれば良い』


 うぅ……まだ僕は、他の皆に守られている状態で、何だか情けない気分になってきます。

 だけど、僕の見た目は女子中学生だから、そうなるのも仕方無いのかな。


 それから、僕達が依頼主の元へと出発するまで、更に数十分かかってしまい、辺りはすっかり夕暮れに染まっていました。

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