第捌章 純真可憐 ~戦う乙女達~
第壱話 【1】 浮遊丸の執念
その後の僕の夏休みは、とてものんびりとしていました。
時々センターから、妖怪退治の依頼が来たりするけれど、白狐さんと黒狐さんも着いて来るから、半日もかからず解決してしまい、基本的におじいちゃんの家でゴロゴロしたり、プールに行ったり、カナちゃん達と遊びに出かけたりしていました。
夏休み前半が割とドタバタしていたので、後半はのんびり出来て良かったよ。
頭の片隅では、雪ちゃんの心配をしていたから、ちゃんとリフレッシュ出来たかは分からないけどね。
そうしている内に、あっという間に夏休みが終わっちゃって、今日から新学期です。
おじいちゃんの家では、規則正しい生活が徹底されているから、夏休みボケで寝過ごす、なんて展開は無いですよ。
「ちょっと、このリボンはどうやって付けるのよ?」
「あっ、えっとね……」
僕が着替えている隣では、美亜ちゃんが制服の事で色々と聞いてきています。
どうやら美亜ちゃんは、制服を着るのが初めてみたいで、リボンの付け方も分からないようなんです。僕がそれを説明しながら、美亜ちゃんの着方で、乱れている所は無いかもチェックする。
「うん、これでオーケーだよ」
「ありがとう。それにしても面倒くさいわね、毎朝こんな事をしないといけないなんて、学校って大変ねぇ」
美亜ちゃんは文句を言いながらも、尻尾がクリクリッて丸くなっていて、ご機嫌さんですね。しかも、落ち着き無くソワソワしている。そんなに早く行きたいのかな。
すると、着替えている僕達の部屋の外から、別の声が聞こえてきます。
「おい、椿。悪いが、俺はしばらく学校を休学する。担任や校長にも、そう言っといてくれ」
湯口先輩が、声のトーンを落として言ってくる。
休学するなんて、何でそんな事を――と思ったけれど、そういえば僕の正体を皆に見せようとした時、クラスメイト達に迷惑をかけていましたね。
だから、肝試しの時も来なかったんですよね。でもね……僕は許しませんよ。
「先輩。もう着替えたから、入って来て良いですよ」
「いや、良いだろう。別に」
「良いから、入って来て」
僕がちょっと怒ってる感じで言うと、先輩は渋々、この部屋に入って来た……瞬間、首輪で捕獲です。
「なっ! おまっ!」
「さっ、先輩。学校に行きましょう」
「謀ったな! くそ!」
「良いから。先輩は、今から制服に着替えて、朝ご飯を食べたら、僕と一緒に学校に行く」
「しまっ……! 隷属の首輪か……ちくしょう!」
そんなに必死に抵抗しても、もう無駄ですよ。命令しましたからね。従わざるを得ないよね。
僕が笑顔を向ける中、先輩は少しだけ頬を赤くして、自分の部屋に着替えに行きました。
『椿よ。やはりあいつも、奴隷に?』
「違いますよ、白狐さん。先輩があまりにも自分勝手な人なんで、引きずってでも連れて行って、クラスメイトの前で謝らせます」
謝りたく無いのか、今までのクラスメイト達との関係が壊れるのが嫌なのか、とにかく先輩は
『そうだ、椿。悪いが、今日は俺達も依頼が入っていてな。それで――』
「椿様の守護は、我々が行います」
黒狐さんが最後まで喋る前に、龍花さんが前に出て来ちゃいましたね。もう1人、
「えっと……程々にお願いします」
この人達にあんまりキッチリと守られると、息が詰まりそうになっちゃうので……。
―― ―― ――
朝ご飯を食べ終えると、僕はレイちゃんに乗って、先輩と美亜ちゃんと共に、学校に向かって飛んでいます。僕以外は、大きめの一反木綿さんに乗っています。
浮遊丸は、その……また監禁です。
結局癖が直らないようで、色々とやっちゃってしまい、おじいちゃんは大激怒です。もう一生、牢屋に閉じ込めていても良いんじゃないかな。
先輩の方は、今の所危険は無いと判断されたみたいで、監視は無しになりました。警戒はされているけどね。
だからあとは、クラスメイト達にしっかりと謝ってもらわないとね。
「椿……お前、いつからこんな強引になった?」
後ろの一反木綿さんの上から、先輩がそう言ってくる。
強引? 強引……なのかな。だってこうでもしないと、先輩は逃げ続けるでしょう? それは、駄目な気がします。だから、多少強引でも連れて行きますよ。
でも、もしかしたら……。
「その首輪、気に入らないんですか?」
「当たり前だ」
やっぱりね。だけど、我慢して下さい。先輩が逃げないようにする為なんです。
「美亜ちゃん。それ離さないでね~」
「当たり前よ!」
嬉しそうですね、美亜ちゃん。
先輩の首輪から伸びているリードは、今美亜ちゃんが持っています。持ちたくてウズウズしていましたからね。
「くそっ……うぉっ!」
ん? 何だか急に、先輩が身を低くしたような気が……。
何だろうと思って辺りを確認すると、東寺の周りに、数人の人だかりができていました。
普通の人からしたら、何て事は無い人達だと思うけれど、妖気を感じる事が出来る僕だけは、それが滅幻宗のお坊さんだって分かりました。
隠れたという事は、先輩も分かっていたって事ですよね? 何で分かったんだろう。
「先輩、よく滅幻宗の人達だって分かりましたね」
美亜ちゃんも龍花さん達も、答えを知りたいと思ったのか、僕が言った後に、皆で先輩を見ています。
「まぁな……普通は、どの坊さんがどの宗派なのか、そんなのは見ても分からんが、滅幻宗だけは違う。手の甲に付けている物、そこに『滅』と言う文字が書かれているはずだ」
「いや、よく見えましたねって事なんですけど……」
そもそも今、僕達は人からは確認出来ない程の高さを飛んでいます。下にいる人なんて、豆粒の様ですからね。だから、なんで見えたのかを聞いたのです。
僕がそんな目で先輩を見ていたら、それに気付いてくれたのか、先輩は体を起こし、照れ臭そうにしながら頭を掻いています。
「この妖具で見ていたのを、忘れていたな」
「……先輩、それ誰から」
良く見たら、凄く気持ち悪い目玉を先輩が持っていて、それを目に当てていました。どこかで見た事あるような、そんな妖具を……。
「これか? 浮遊丸がくれたが?」
「没収します」
「いや、今は無理だろう!」
嫌な予感しかしません。まさか、浮遊丸さんの妖具ですか? あの体に付いている、大量の目玉の内の1個……とか言わないよね。
「レイちゃん。ちょっと、後ろの人達に近づいてくれる?」
「おいおい、ちょっと待て。どういう事だ?!」
レイちゃんに指示をして、僕が近づいて来るので、先輩が焦っています。
別に、先輩には怒っていないよ。だけどね、あとでおじいちゃんに連絡して、浮遊丸さんへの罰を厳しくしておきます。
「この目がどうしたって言うんだよ。結構便利だぜ」
そう言いながら、先輩が再び、その目玉を自分の目に当てた。
いや、大丈夫じゃないんです。浮遊丸さんの能力が使えるんだろうから、きっと……。
「ん? 何だこの出っ張りは。気付か無かった」
その時、先輩は何かに気付いて、その出っ張りを押そうとしました。だけど、嫌な予感が的中しそうだと思った僕は、声を上げて制止します。
「あっ、駄目! それ、多分押しちゃだめぇ!」
「えっ? うわっ?!」
先輩が鼻血を出したという事は、その横にある出っ張りを押したら、透視が出来るようになるんじゃ無いんですか?! そして、それを押したという事は……。
「見~た~ね~?」
確実にその透視で、僕のあられもない姿を見られた。だから、白狐さんの力を解放し、爪を伸ばす。当然、片方の手で胸を隠して、尻尾を体の前に出しているけどね。これで、透視されても隠せるはず。
「待て待て! 不可抗力だ! 爪を伸ばすな!」
「その割りには、その妖具を目から離さないのは何でですか?!」
「いや、これはその……つい見とれて。危ねぇ! 落ち着け椿!」
僕の爪から逃げながらも、まだ妖具を離さないよね。男子ってさ、皆こうなの? 僕も男子だったけれど、その気持ちが良く分かりません。
「椿様は何を?」
そして僕の行動に、龍花さんと朱雀さんが首を傾げています。美亜ちゃんは、早く奪えと言わんばかりに、体を隠しながら僕を睨んでいます。
相手が能力を分かっていないと、本当に恐ろしい妖具になるよ、これは。
「あ~女性は体を隠した方が良いですよ。あの浮遊丸の妖具は、素晴らしい望遠機能がありますが、透視能力も付いています。つまり、服や下着だけを透視する事も、可能なのですよ。だから……ひっ!」
一反木綿さんが、僕の代わりに龍花さん達に説明した瞬間、龍花さん達のオーラが変わりました。
近づく者皆、一刀両断しそうな感じの龍花さんに、近づく者皆、灰にしてしまいそうな感じの朱雀さん。そして2人は、ゆっくりと先輩に話しかける。
「湯口靖。その妖具を渡しなさい」
「そんな不埒な物、龍花が両断した後、私が灰にします」
関係無い僕まで怖くなっちゃいました。
そうなると、先輩はもっと怖い思いをしているでしょうね。だけどそういえば、先輩はあの首輪をしていました。
「先輩。その妖具を離して、僕に渡して」
「はい……」
隷属の首輪が役に立つなんて……って思ったけれど、何でも使いようという事なんですね。偏見は捨てて、この首輪、先輩を制御する為に、ずっと付けておこうかな。
大人しく僕の言う事に従う先輩を見て、そんな事を考えちゃいましたよ。
とにかく、こんな妖具は潰そう……と思ったけれど、何だか柔らかいんです。リアル過ぎます。先輩は、良くこんな物をずっと持っていたね。
これは多分、妖具でも何でも無くて、ただ浮遊丸さんの体の目を取っただけじゃん。嫌な予感が的中しました。
それでも、僕は潰すよ。だって、浮遊丸さんの本物の目だっていうなら、絶対にさっきの映像を見たよね。切り離しても見られるんだって、以前自慢気に話していたのを、覚えていますから。当然、その後袋叩きにされていたけどね。
そして今もね――遠慮無く、その手に力を入れて、こいつの目玉を潰します。今頃、浮遊丸さんは悲鳴を上げているだろうけれど、そんなのは知りません。自業自得ですから。
制服には付かないようにしたけれど、血が飛び散って気持ち悪いよ。
「椿、その……俺が悪かった。だから、命だけは……」
何で先輩が、真っ青な顔になっているんでしょうか。
僕は、浮遊丸さんに対して怒っているんですよ。ずっとこの目玉を離さなかった先輩も、少しは悪いけどね。
「それじゃあ今日一日、僕の言う事を聞いて下さいね」
「わ、分かった……」
何だか、先輩が聞き分け良くなった気がします。何でだろう……。
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