第拾参話 【1】 誰よりも強い金華猫

 美亜ちゃんのお兄さんを倒した後、僕達はその先へと進むけれど、何とその先は、いくつもの鉄格子の牢がある、牢獄になっていました。


 つまりあの鏡の迷路は、万が一牢から脱走されても、簡単には逃げられ無いようにする為のものだった様です。

 そして僕は、美亜ちゃんの妖気を辿りながら、黒狐さんを先頭に先へと進んで行く。


 最近は使われていなかったのか、この牢獄には誰も居ないですね。


 そのまましばらく進んで行くと、ここの1番奥の牢に、見覚えのある尻尾が見えた。


「美亜ちゃん!」


 こんな奥に閉じ込められているとは思わなかったです。途中に呪術は無かったけれど、1番奥とあってか、殆ど光が届いていない。


 そして美亜ちゃんは、黒のキャミソール姿でぐったりしていて、反応が無い。

 まさか、死んで――ると思ってしまったけれど、美亜ちゃんの尻尾がピクッと反応しました。良かった、生きてました。


「美亜ちゃん! 大丈夫?! 美亜ちゃん!」


「うっ……な、何で……あんたがここに?」


 美亜ちゃんは突っ伏した状態で顔を上げ、僕の姿を確認すると、そう言ってきました。まだ強がる元気はあるようですね。


「何しに……来たのよ。ここは危険よ、帰りなさい」


「何しにって、美亜ちゃんを助けにだよ。待ってて、今そこから出すから」


 美亜ちゃんにそう言った後、僕は白狐さんの力を解放し、鉄格子を掴んで力を入れる。これを曲げて、そこから出られる様にしないとね。


「バカ……これは、私達家族の問題なのよ。部外者は首を突っ込まないで!」


「部外者? 残念だけれど、僕達は任務として、君を助けに来ているんだよ」


 そんな僕の言葉に、美亜ちゃんが目を見開きながら聞き返してきた。


「任務? どういう事よ」


『美亜よ。昨日センターから、新しく依頼が出された。お主の父と妹を捕まえろとの依頼がな。そして同時に我等の方で、お主の救出作戦を行っている。という訳だ』


 白狐さんの言葉を聞き、美亜ちゃんは顔が真っ青になっていく。こんな扱いをされても、家族は家族なんだろうか。それとも、もっと別の事で恐怖しているのかな。


「嘘……そんな。お、母様……」


「えっ?」


 だけど、美亜ちゃんの口から出て来たのは、母親の事。何の事かは分からないけれど、今は美亜ちゃんを助ける事に専念しよう。


 そして途中から、白狐さんも僕を手伝ってくれて、何とか鉄格子を曲げ広げ、美亜ちゃん1人なら通れる程になった。


「さっ、美亜ちゃん。行くよ」


 だけど、美亜ちゃんは未だに突っ伏している。まだ動けないんだね……。

 だって殆ど妖気が無くて、体に力が入っていないよ。これは、しばらくご飯を貰っていないのでしょうね。


 だから僕は、美亜ちゃんに肩を貸すようにして立たせると、ゆっくりと牢の外に出て、その場に座らせます。

 そして巾着袋から、妖気を含んだおにぎりを取り出し、美亜ちゃんに差し出します。


「くっ……!」


 あんな風に出ていった手前、素直になれないのかな?

 それでも空腹には勝てなかったのか、美亜ちゃんは乱暴に僕の手からおにぎりを掴み取ると、そのままがっつき始めた。


「まだ何個かあるから大丈夫だよ、美亜ちゃん。あぁ、ほら……喉に詰まりそうじゃないですか」


 それを見た僕は、巾着袋から水筒を取り出し、それも美亜ちゃんに渡します。中には濃くて甘~いカルピスが入っていますよ。


「ぶふぅ!! あ、甘っ! あんた何でおにぎりなのに、めちゃくちゃ濃いカルピスなのよ!」


「えっ? 美味しくないですか?」


「子供かっての……全く」


 何故か美亜ちゃんに文句を言われました。美味しいのに……。


 だけど、ようやく一息つけたのか、美亜ちゃんが僕の方を見ながら、すごく気まずそうな顔を向けてきました。


「あんた、何で来たのよ。例え任務でも、あんたも来る必要はないでしょ? それにランクの事もある。あんたがこんな任務を受けられる訳――」


「確かにこれは、僕では受けられないSランクの依頼だけど、今回はおじいちゃんの家の妖怪さん達全員でという事で、特別措置を取られています。ただ、失敗したらすぐに強硬手段を取れる様にと、外にはセンターからの要請でやって来た、Sランクのライセンスを持つ妖怪さんも来ていますよ」


「そう……やっぱりSランクね。というか、全員で来たのね。さっきうるさい子が入って来たから、嫌な予感はしてたのよ」


「ん? うるさい子?」


 えっ、待って……美亜ちゃんの言葉に、僕の方も嫌な予感がします。


「多分、あの子ね……こっちよ」


 そう言いながら、美亜ちゃんは立ち上がって歩き出す。だけど足元がおぼつかないのか、フラフラしていますよ。まだ完全には体力が回復していないんだね。

 だから僕は、また美亜ちゃんに肩を貸して、彼女を支えてあげました。


「あっ……椿。その、えっと……あの時はごめん。それに、来てくれてありがとう」


 僕に支えられながら、美亜ちゃんはそう言ってきた。でも、顔は反対側に背けているね。美亜ちゃんは相変わらず、プライドが高いですね。


「友達なんだから、当然です」


「バ~カ。ライバルの方のよ」


「まだ強がるの? 美亜ちゃん」


「まぁ良いわ。あっ、ここよ」


 そして美亜ちゃんの案内の元、その騒がしい子が捕まった牢の前にやって来ました。そこに居たのは、当然あの子です。


「あっ、姉さん! よ、良かった~た、助けて下さいっす~!」


「楓ちゃん……おじいちゃんからも言われたでしょう? 家に戻れって。それなのに、結局ここに入っちゃったんですか?」


「いや、その……」


 楓ちゃんは僕の言葉の後、顔を俯かせ、そして気まずそうにしながら目をそらした。


 この子はライセンスを持っていない。

 だから基本的に、僕達の任務には着いて来る事が出来ないのに、今回は無理やり着いて来ちゃっていたのです。


 僕は美亜ちゃんを助けようと真剣になっていたから、中々気付けなかったけれど、おじいちゃんの怒号の後に、小さな影が僕の横を通り過ぎ、洋館に入って行った事で、ようやく楓ちゃんの存在に気付きましたからね。


 そしてこの牢に居る、という事は……。


「ご丁寧に、しっかりと呪われちゃっているしね」


 楓ちゃんの足が案山子かかしみたいになっていて、とても歩き辛そうです。


「ご、ごめんなさい~自分、早く皆に認めて貰って、ライセンス試験を受けたかったっす~」


 だからって、依頼に着いて来たって意味が無いんですよ。ちょっと焦っている様ですね、楓ちゃんは。


「仕方ない……楓ちゃん、全てが終わるまで、君にはここに居て貰うね」


「そうね、その方が安全ね」


『うむ。帰ったら美亜と共に、翁にたっぷりとお灸を据えて貰おう』


「へっ? 何で私まで!?」


 白狐さんの言葉が意外だったのか、美亜ちゃんがそう聞き返した。


『当たり前だ。お主はもう、翁の家の妖怪じゃ。だから、翁の許可無く、1人で勝手に事件を解決しようとするな』


「あっ……でも、でもこれは」


 それでも美亜ちゃんは、必死に言い訳をしようとしている。だけど、もう皆ここに来ているし、既に君1人の問題じゃ無くなっているのですよ。


「美亜ちゃん。君は居候だと思っている様だけど、皆はとっくに美亜ちゃんの事を、家族同然に思っているんだよ。それだったら、皆の取る行動は分かるよね?」


 すると美亜ちゃんは、再び顔を俯かせ、そして嗚咽しながら、大粒の涙を流して泣き出してしまった。


嘘でしょう、美亜ちゃん……まさかの嬉し泣きなんて。


「うっ……ぐ。あ、あんた達は大バカよぉ。何で、何で私みたいな無能なんかに、そこまでぇ……」


「美亜ちゃん。無能だと思っているのは、美亜ちゃんだけでしょ? 少なくとも僕は、美亜ちゃんの事を強い妖怪だって思っているよ」


 楓ちゃんが「あの、自分放ったらかしっすか?」といった顔をしている前で、僕は美亜ちゃんに向かって、自分の気持ちを伝えます。


「だって美亜ちゃんは、どんな逆境になっても諦めず、努力を続けて強くなろうとしている。それは、弱い妖怪には出来ないよ。だから僕は、誰よりも君の事を強い妖怪だって、そう思っているんだよ」


「椿。あ、あんた……」


「ふふ、だって僕のライバル何でしょ? 神妖の力を持つ僕のライバルなんて、相当強い妖怪じゃないとね?」


「ぐす……言うようになったわね。ふん、そうよ。私は強いのよ。だから、私の家族の犯した馬鹿な計画なんか、叩き潰してやるわよ!」


 美亜ちゃんは涙を拭うと、力強く顔を上げ、そしてそう叫んだ。


 うん、やっぱり美亜ちゃんは強いですね。牢の中にいる楓ちゃんも、口をポカーンと開けて驚いていますよ。


 別に、君を放置するつもりは無いからね。全て終わってから、そこから出して上げる。

 だからそれまでは、勝手な事をした罰として、そこに入っているんですよ。分かっていますよね。


「――ね、楓ちゃんは偉い子だよね?」


「姉さん……何だか怖いっす」


 この一言で全て分かったよね。大人しくしていてって事が。

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