第捌話 【1】 神域での肝試し

 その日の夜。

 如月さんの頼み事を引き受けた僕は、何故かいつも家で着ている、あのミニスカートの巫女服を着て、学校の校門前にやって来た。


 この前クラスの皆に、家での服装の事を聞かれていて、面倒くさかったから、適当に答えてしまったのがいけなかった。

 その格好で来てくれって、男子達に懇願されましたよ。そして校門前には、既に数人のクラスメイトが居ます。


 つまり如月さんの頼み事というのは、彼女のクラスと僕のクラスの人達が、夏休み突入ということで「肝試し」をしよう、何ていう馬鹿な事を言いだしたのです。

 そしてその場所が、非常に危ないという事なので、クラスメイトを守って欲しいと言われました。


 カナちゃんも如月さんも、半妖の皆は正体がバレたく無いので、クラスメイトと距離を取っていたから、口頭で注意するくらいしか出来なかったんだって。

 あの体育館での事件の後、半妖の事だけは全て記憶を消されている。そうなると、また消せば良いのではって思うんだけれど、あんまりやり過ぎると、障害が残ると言われて納得しました。


「でもさ、椿ちゃんが一緒に来てくれるなんて嬉しいよ。何せ妖狐だもんね! 百人力だよ!」


 肝試しの場所に、皆と歩いて向かう途中、僕の隣にピッタリと寄り添う亜里砂ちゃんが、ご機嫌な表情でそう言ってくる。

 問題はその服装が、男受けでも狙っているのだろうか、凄いミニスカートにハイソックス、そしてさり気ない清楚さを出す為なのか、ブラウスとなっていた。


 そして僕は、男子達に頼まれてこんな格好。視線が全部こっちに集まっているのは、言うまでも無いです。


『椿よ。良いか、今回は一般人もいる。もし何かあった場合、逃げる事を優先するんじゃ』


「分かっていますよ、白狐さん」


 そんな時、イヤリングの様にして取り付けた勾玉から、白狐さんの声が聞こえてきた。

 実は、今夜の事を白狐さん黒狐さんに話すと、突然血相を変え、自分達が陰からフォローするから、僕に着いて行くと、そう言われました。そんなにヤバい所なの?


 そして、人手はあった方が良いと言われ、美亜ちゃんとカナちゃん、そして何と如月さんまで、白狐さん達と共に僕のフォローに回ってくれていた。


 そんなにヤバい所なの、ねぇ。何だか怖くなって来ちゃった……。


「流石に全員は無理だったけれど、10人も集まれば十分よね~ふふ」


 無邪気に笑う亜里砂ちゃんですが、その10人の殆どが男子で、女子は僕達2人だけなんだ。陰から美亜ちゃん達が見てくれているけれど、それでもちょっと不安ですね。

 男子全員が、亜里砂ちゃん目当てであってほしいですね。ちょくちょく僕にも視線が来るけれど、気にしない気にしない。


 それと彼女は、他の女子からの評判があんまり良くないみたい。だから、他の女子は来ていない。というか、話しかけすらしていなかったよ。


 それにしても、10人は多すぎますよ。こんなにもぞろぞろと連れだって、いったい何処に行くんだろうって、さっきから通行人がチラチラと見てくるんだ。


 一応未成年だけじゃいけないと思ったのか、亜里砂ちゃんの所の担任の先生が、付き添いとして来てくれているけれど、絶対にこの担任は、亜里砂ちゃんに言い寄られて着いて来たと思う。

 だってさっきから、亜里砂ちゃんにばっかり変な視線を送っているからね。


「あの担任、若干ロリコンなのよね。しかも私にメロメロで、何でも言う事聞いてくれるのよ」


「あの、亜里砂ちゃん。一応大人だから、気を付けた方が良いよ。あんまり調子に乗ると、勘違いされるからね」


「大丈夫よ。その時は、あなたの力で痛め付けてよ」


 ニヤニヤとそう言いながら、小悪魔の様な笑みを浮かべる亜里砂ちゃんに、僕は少し恐怖を感じた。

 この子、その為に僕に近づいて来たの? やっぱり、亜里砂ちゃんだけは信用出来ません。ただの小悪魔というより、善悪の基準が分かっていない、危ない子だ。


 ―― ―― ――


 そんな話をしている内に、稲荷山の近くの小高い山に着き、その麓に建っている、ある一軒家の前までやって来ていた。


 その家を一目見て、僕もここが、非常にヤバい場所だと言うのが分かった。

 周りに他の家が無く、住宅街から切り離された様にして建っている、不気味な雰囲気の木造の家は、夏の夜の風に煽られ、木で出来た壁が軋み、とっても嫌な音を響かせていた。


 1人で来ていたら、これだけで逃げ帰ってしまいそうです。それと、ここは山の近くだから、虫の鳴く音くらいはすると思うのに、それも一切無いのです。


「う~わ、これは1人では来られないわね」


 そして、その家の2階を眺める様にして見ていた亜里砂ちゃんが、わざとらしく担任に寄り添い、上目遣いでおねだりをする。


「ねぇ~亜里砂怖いから、先生の傍に居て良い? それと、大人の男の人らしく、頼もしい所も近くで見たいなぁ~」


 そっか、僕が白狐さん黒狐さんに上目遣いで接する時って、他の人から見たら、こんな感じなんですね。うん、ちょっと控えよう……かな。何だかキモいですよね。


「分かった。良いかお前等。団体行動を乱すなよ、常に俺の後に着いて来るように」


 えっ、この中に入るの?それは……それだけは止めた方が良いと思う。

 ここに来て思い出したけれど、この家には怖い噂話があったんだ。


 この家は、昭和の始めに建てられたらしいけれど、最初に住んでいた家族の父親が、戦争で戦地に行った事をきっかけに、精神がおかしくなってしまい、毎晩うなされては、それを家族が止めていたらしいです。


 戦争から生きて帰って来た人の中には、そうやって戦地での出来事が思い出され、家族を敵軍と思い込み、暴力を振るう人が後を絶たなかったって、学校の授業で、実際戦地に言った人から聞きました。


 ここの家族も例外なく、そんな父親に悩まされていたらしいけれど、ある日遂に、その父親が家族を殺してしまうという事件が起きた。


 そして父親は何を思ったのか、家族を殺した後に、そのまま首を吊って自殺をした。


 その後はお決まりと言いますか、この家に住んだ人達は、必ず父親がおかしくなってしまい、家族に暴力を振るうようになるみたいです。

 もう何人もの人がここに住んでは、全く同じ事になったようです。もちろん、この家から引っ越した途端に、その父親は元に戻っている。


「有名な話よね~ただの思い込みで、そんな風になっちゃうだけなのにね~」


 亜里砂ちゃんは、何とか家に入れないかと、そう先生に伝えると、男子全員がその家に入る方法を探し始めた。そして、その様子を眺めながら、彼女は僕にそう言ってきた。


「うん……だけどね、亜里砂ちゃん。この家の玄関だったと思われる部分、コンクリートで塗り固められてますよ? しかも、窓も全部塗り固められていて、完全に中に入れないようになってるよ」


 この家で起きた事。最初の家族の話だけれど、父親が何で自殺したのか……言い伝えでは、家族をこの手で殺した事のショックと、そう言われている。


 だけどそれなら、何回もお坊さんが除霊をしようとして、失敗するはずが無いし、取り壊そうとする度に、おかしな事故や事件が起きて、死傷者が出てしまうはすが無い。何よりこうやって、完全に家の中に入れなくする必要も無いはず。

 それに、白狐さん黒狐さんが血相を変えて、僕をフォローしようとしてくるはずも無い。


 居る――幽霊じゃない何か。

 妖怪? 違う、これは妖怪じゃないかも。待って、ここって稲荷山の近くだよね。この場所が何か関係しているのかも。


 どっちにしても、これは完全に門外漢だし、白狐さん黒狐さんでも何とかなるレベルでは無いよ。


「ねぇ、亜里砂ちゃん。ここに来るまでに、何回も暗い道を通ったし、雰囲気も味わったし、肝試しにしては十分だと思うよ。もう帰ろう。例え担任の先生が居ても、未成年の僕達が、こんな夜中にうろついていたら駄目でしょ?」


「ふ~ん、怖いんだ?」


「そういう挑発の言葉は効かないよ。お願い、言う事を聞いて。ここは、ほんとに駄目だから」


 僕がそう言っても、亜里砂ちゃんの目は全く変わる事はなく、こちらを睨みつけていた。

 でも僕だって、それくらいでは引かないよ。こんな危ない場所で何かあったとしても、全員を守る事は出来ないと思う。


 だってここは――神域なんだよ。


 この家は許可も無く、この場所に家を建ててしまったんだ。

 そして多分、その時に何かを壊した。さっき白狐さんから教えて貰いました。


 つまり怒っているんだよ、この土地に住む神様がね。

 だから、僕はもちろんだけれど、白狐さん黒狐さんでも何とも出来ないと言われました。


 その証拠に、2階から異様な気配を感じる。


 それは恐らく、最初にこの家に住んでいた家族の、その父親の霊であり、土地神を怒らしてしまった事によって、この地に囚われてしまったんだ。そんな、哀れな囚人みたいになっているんだ。

 だからせめて、自分と同じ目に合わせてやると、八つ当たりをしている様ですね。


 だからここは、絶対に入ったら駄目なんだよ。何としてでも、亜里砂ちゃんを説得し、止めないといけません。

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