アマギリ
まが2
1 カミサマとの出会い
東京は秋葉原、7月も終わりに近づいた真夏の正午の事だった。
「異世界転生モノって興味ない?」
唐突に俺に声をかけてきたのはこの炎天下の中、
もちろん無視を決め込んで歩を進める。こういうのとは関わっちゃいけない。
「いやぁ最近流行ってるもんね。ボクもいくつか読んだからね」
無視する俺の事など意に介さず男はさらに続ける。
俺にしてみればかなりの早歩きで、割と強引に人ごみを掻き分けて進んでいる。
この気温と照り返しで息が荒くなってきたが、後ろをついて来る男はつらそうな素振りなど見せずにベラベラしゃべりながらピタリと真後ろをついてくる。
「しっかし、この国は空気が薄い感じがするね。こりゃあもう異世界転生するっきゃないね。
「・・・どちらさま?」
さすがに自分の名前が出てくると無視もし難い。手の込んだ宗教の勧誘かもしれないし、やや距離をとって立ち止まる。
「ああ、ごめんごめん。自己紹介がまだだった。ボクはカミサマだよ」
「なんかの宗教勧ゆ・・・ッ」
振り向き様に俺は真逆に走った。
ヤツの顔を覗き込んだ瞬間汗どころか血の気が引いた。
あれは、多分やばいヤツだ。
男の顔には顔のパーツと呼べるものがなかった。
のっぺらぼう、とでも呼べばいいのか鼻や口に当たる部分も隆起なくタマゴが首の上にのっているような風貌だった。
さっき最初に声をかけられた時には顔が・・・あったか?いや、すでに無かったかもしれないが気にならなかった?
ここは天下の秋葉原だ。コスプレだと言われればそれで通ったのかもしれない。
だけどあれはここにあってはいけないと感じさせる怖気を放っていた。
軽いパニックになりながら電気街を抜け駅の改札を抜け、今まさにドアが閉まりそうな電車に飛び乗った。
そこで初めて振り返るがヤツはいなかった。
息が苦しい。汗が流れる感覚がうっとおしい。
車内のエアコンの送風口に移動しようとあたりを見回したところで乱れていた息が詰まる。
「電車の中に人がいない?」
電車は空だった。
土曜日の、それも昼間の秋葉原駅だ。この駅は終着駅になる駅ではない筈だし回送電車ならドアが開いている筈も無い。
「キミってさ、わりとキライでしょ?この世界」
さっきまで誰もいなかった車両内に先の喪服のカミサマがいた。
「兵藤総司くん17歳。高校は2ヶ月前から不登校。趣味はゲームしかないため家とアルバイト先とさっきのゲーセンくらいしか移動範囲がない。ちなみに両親は10歳の頃に他界し叔父夫婦に引き取られ成績優秀だった君はずいぶん可愛がられたみたいだねぇ。そりゃーもう、とっても、呆れるほど、吐き気がするほどにね」
足音も無く近づいてきたカミサマは続ける。
「でもまあ仕方なかったさ。あの叔母は醜悪なバケモノだった。キミの語彙でいうならオーク♀ってとこ?くっころってやつ?」
足がすくむ。いままで生きてきて初めての経験だった。
眼前に迫る本物のバケモノはさらにのたまう。
「なんで知ってるかって?知ってるとも。カミサマだもの」
そうしてカミサマは語りだす。俺の出生から今日までの17年間を。
自分でも言われて思い出せないような事や第三者の視点でのことまで。
「さぁてさて、こんなものでいいかな。ボクのカミサマだっていう事の証明は」
「アンタが凄腕の探偵じゃないってんならな」
「ぷふー!やっと冗談まで言ってくれるようになったね!」
手を開いて大げさなリアクションをしたカミサマはそのまま座席に腰掛ける。
ポンポンと自分のとなりを叩く。座れという事だろうか。
自分の歴史を聞いているうちに不思議と冷静になっていた自分に気づく。
一瞬の逡巡のあとカミサマの横に腰掛けると向いの窓からの風景は深い霧で包まれていた。
先程までは確かに秋葉原を千葉方面に出た風景が流れていたはずだ。
「で、どう?異世界転生してみない?」
カミサマが身を乗り出して同意を求めてくる。
「転生とは言ったもののキミの体はそのまま送るよ。生まれるところからニューゲームでも構わないけど成長するまで退屈だろうしね。そこらへんはキミに都合の良い環境に作り変えておくさ」
「カミサマは俺に何をさせたいんだ?特技なんてないのは知ってるんだろ?それにそんな環境までどうこう出来るなら俺を頼る必要もないんじゃないのか?」
「そうもいかないんだよね。残念なことにボクが操作できるのはほんの小さな空間だけだから」
理由を聞かせろと言いかけたところでカミサマがポケットから銀色のブレスレットを取り出した。
細やかな彫刻と黄緑色の石がはめ込まれたものだ。
「コレをキミにあげよう。そうすればボクの力の一部が行使出来るようになる」
「異世界転生っていうからにはこれもチート装備って訳?」
「そうそう!これでもってキミには異世界のカミサマをぶっ殺して欲しいんだ」
カミサマは言った。こいつの顔に口があればきっとその口は裂けた三日月みたいな形のはずだ。
「神を殺す?そんなことが出来るのか?」
「出来るさ!まあ向こうも存在自体がチートだし簡単ではないだろうけどね。それに異世界ならではのリアル魔王やモンスターだっているんだ。キミ、RPGも好きだろ?」
「・・・まあ、好きだけど」
「ぷはー!よかった!キミがギャルゲーしかやらない根暗ボッチじゃなくて。ぷぷ。アクティブなゲーム好きのボッチでね」
「世のギャルゲー好きに謝れ」
足をバタつかせておどけるカミサマに問いかける。
「それに神っていうならお前の仲間じゃないのかよ」
カミサマは肩を竦めると胸ポケットからハンカチを取り出して目に当たる場所に当ててヨヨヨとしな垂れる。
「ボクってば割と新興のカミサマだからさ。廃棄寸前のカビ神話共がいじめるんだよ。いじめはよくないって言い聞かせるついでに殺してきてよ。それにキミの世界の神話とかでもカミサマって割と血生臭いの好きでしょ?」
カミサマはゲラゲラと口のない顔で大笑いしながら指を鳴らす。
その瞬間、電車の音が消え瞬きの内にカミサマと白色しかない空間に漂っていた。
混乱する間もなく頭の中でカミサマの声が響き渡る。
「それにキミを選んだ理由ならあるんだ。オークの夫婦をバラした時に笑ってた。決して狂気からの笑い方じゃなかったね。心底幸福そうな、安らぎすら感じられる笑顔だった。もうキミもわかってるんだろ?もともと歯車を掛け違えて生まれてきたんだよキミは!」
本体のないカミサマの声はさら声量が大きく響く。
「どうだい?キミが楽しく暮らせる世界を提供しよう!そのかわり・・・いや、ついででも構わない。その世界にいる幾つかのカミサマ、神話体系を殺しておくれよ」
それらの言葉は酩酊しているように頭の中で響き渡った。
まだまだ聞きたい事や確認しなければいけないことが多々あったが最早そんな余裕はない。
だがそこで頷いたことは覚えている。
この退屈な世界で一生を終えるなら何度も夢にまで見た世界へ行ってみたいと思った。
「ありがとう!そしておめでとう!まずはキミに自由をプレゼントだ。小難しいことはキミの記憶としてインプットしておこう。とりあえずは異世界での暮らしを謳歌してくれたまへ!ぷっくくくく!ははははははははははは!」
そしてカミサマの祝辞と共に俺の意識は白に飲み込まれた。
甘ったるくて狂った様なカミサマの笑い声と共に。
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