第211話

カなき正義は無能であり、正義なき力は圧制である。力なき正義は反抗を受ける。なぜならば、つねに悪人は絶えないから正義なき力は弾劾される。それゆえ正義と力を結合せねばならない。

-ブレーズ・パスカル




















ライン2ポイント7、市街地内、残り13km

独立分隊”スリーシックス”

エレナ・”ヒナ”・ユースマリット




で、次である。


「位置に付いた、ブラボーチームは射撃可能」


『了解。エド少佐が今にも泣きそうな顔してる、かわいそうだから急いであげましょう』


市街地に入って、別ルートで前進してきたエドワード率いる部隊、コードネーム”ライアン・リード”がすぐ近くにいて、包囲攻撃を受けていると知った時、最初に行ったのは手頃なビルの階段を最上階近くまで駆け上がる事だった。背中から降ろしたリュックサックを床に置き、その上にセミオートスナイパーライフルのハンドガードを乗せ、右手でグリップを、左手でストックを掴む。全面ガラス張りでめちゃくちゃ見晴らしがいい窓を持つ(もっとも、辿り着いた時点でガラスを叩き割ってしまったが)マンションの一室で床にぺったり伏せるヒナはライフルスコープ越しに敵狙撃兵の姿を捉えている。隣で双眼鏡を準備するメルが接眼レンズを覗き込み次第、別のビルで似たような事をするシオンへ告げ、トリガーに右手人差し指をかけた。


「距離720メートル、いける?」


「よゆー」


ビル屋上、三脚に乗せたスナイパーライフルの後ろであぐら座りする中国人を見据え、本来ならばここでMOAがどうとかミルが何だとか、あっちに何クリックしろだかいう細かい計算が入るところ。しかしヒナは最大倍率に設定した左眼中央にそいつを収めただけで風速以外の計算を終わらせ、「右に0.2か3」「2か3て何だよ!」などとやりつつ風速も考慮に入れる。シオンも大体同じだ、流石に目で見るだけとはいかないが使う弾種と気温、高度、距離がわかっていればスコープに乗せた弾道計算CPUがすべてやってくれる。


「エイム」


倍率調整ノブ含めて合計5個あるスコープのダイヤルをぐりぐりやって計算結果を反映、目標より0.2目盛り右に照準する。両腕が機械に置き換わっているヒナにとって残る要素は心臓だけだ、浅い呼吸を行なって精神状態をフラットにし、最後に息を止める。


「ファイア」


隠れなければならない要素が微塵も無い、という事が判明した段階で銃身一体型(インテグラルタイプ)のサプレッサーは普通の銃身と交換してしまっており、銃口に装着しているのも、噴き出した燃焼ガスを受け止めて銃本体を前に引っ張り反動に対抗するマズルブレーキである。ヘッドギアが無ければ鼓膜を痛めるレベルの銃声をかき鳴らし、飛び出した7.62mm弾は寸分違わず敵狙撃兵へ命中、続いたのは「ヒット」とのメルの一言。


「次は?」


「左奥、道路上、据え付けたLMGを移動させようとしてるやつ。距離790メートル、ビル風が強い、0.4」


さっきまでと比べれば非常に楽な仕事だ、何せ寝転がってるだけでいいのだから。実際、普通の歩兵に同じ事やらせると頭がこんがらがって倒れてしまうのだが、文明とは素晴らしいもので、こういう補助機器の発達した現在、機材さえ揃えればバカでも撃てる。


「バカでも撃てる!」


「うるっさいわね!」


心拍数を上げてはいけない都合上、叫ぶなど論外なのだが、メルとワンセットやってからまたトリガー。道路上に何人かいた兵士のうち、設置位置の見当を外した機関銃陣地から軽機関銃を引き上げようとしていた1人の胸に着弾し、そいつは転倒、残りはスナイパーによる挟撃を察知する。


「ああ気付いた気付いた、手遅れなんだけどねぇ。ブラボーからアルファ、事は予定通りに進んでるよ」


『ええこちらからも確認しました、後は手当たり次第に。やっほーエド少佐!助けて欲しい?ねぇ助けて欲しいー!?』


『そう以外の何に見えるってんだ!!』


蜘蛛の子を散らすようにして他の全員が物陰へ隠れるのを見届けたのち、メルの指示に従ってライフルを大きく左へ回す。視界に入ったのは各種ストライカーで構成される米軍部隊、その中心にいるストライカーCV指揮車両である。幸いにして敵の対戦車兵器は品切れを起こしていたが、とうとう来たかとばかり、1輌の戦車が進路上に陣取り、ライアン・リードへ向け前進していて、更に先述の通り歩兵部隊によって包囲されている。距離1110m、今のヒナには射程外だ。


『でしょうな。T-14が向かいます、西へ変針できますか?』


『なんとかする、そちらの位置は?』


『私らですか?自分で探してください』


彼らの手前、ヒナから200mの位置にT-14戦車が2輌現れる。歩兵を伴っていないそれらを援護するべく、全速力でライアン・リードを目指す戦車をスコープに一度収め、次に進路をなぞっていく。


「対戦車兵器ある?」


「あんだけ大量にバカスカ撃ってきてまだあるとか勘弁して欲しいけどねぇー、とりあえずヒナちゃん、信じられないかもしれないけど3人、それぞれ別方向から地雷抱えて走ってくる」


「うわ……」


やめとけやめとけそれほどの事をする価値はない。ミサイルもロケットも無いからっつー理由で本来地面に埋めるべき対戦車地雷を直接叩きつけるべく待ち伏せ位置についた敵兵に対し、メルを待たず無調整で発砲、当然外れたが飛び出すタイミングを失わせ、自爆攻撃に失敗した彼の横を車重40tオーバーの主力戦車が90km/hで通り抜ける。あの戦車は最新式の無人砲塔、乗員は3人とも車体に乗っており、おかげで乗員生存率は高いが、犠牲になったのは車長の視界である。そりゃ確かにカメラとセンサーをゴテゴテ付けて全方位監視自体は可能だが、砲塔上のハッチから身を乗り出して辺りを見回すのとではどうしても感覚的な違いが出る。実際T-14は身の危険に気付かず疾走、事態を知るのは眼前に飛び出してきた2人目がシオンからの弾丸を受けて吹っ飛んでからだった。一切のハッチが無い代わりに砲塔へ取り付けられた遠隔操作機能付きの12.7mm重機関銃と7.62mm軽機関銃が慌てて動き出し、それからの射撃によって3人目はたじろぎ止まる。照準調整を終えたヒナが撃って無力化、どうにか戦車はクリアしたが、ずっと隠れていたらしい最後の4人目への対処は誰も間に合わず、死角から絶妙なタイミングでスタートを切り、ヒナやシオンが視認した頃には対戦車地雷を突き出す姿勢でキャタピラ部へ体当たりをかましていた。


「ああもう…!突出なんてするから!」


派手な爆炎が上がり、少し遅れて爆音が届く。全速走行中だった惰性で煙の中から抜け出てきたT-14戦車は右側のキャタピラや転輪を完膚なきまでに破壊され、アスファルトとの接触で火花を上げつつ右の壁に突っ込んで停止、その横を無事な方のT-14が通り過ぎる。完全な走行不能に陥ったが、そう立たないうちに軽機関銃が射撃を再開、続いて重機関銃と、125mm滑腔砲の砲塔自体も旋回を始めた。


『T-14戦車小隊、こちらスリーシックス、状況をお聞かせ願います』


『こちらT-14戦車!コールサインはキエクス1!走行不能なるも動力は健在だ!自衛を行いつつ予定通りキエクス2を救援に向かわせる!俺達には構うな!』


『……ブラボー、そちらから見える敵の数は?』


「騒いでるのだけで50人以上」


『そういう訳にもいかんな……』


シオンが呟いた途端、メルは観測業務を放棄する。あと自分でやれとばかり双眼鏡をどかして重アサルトライフルを代わりに引き出し、バイポッドを立てた。


『エド少佐、救援部隊が残念な事になりました。その敵戦車はこちらで受け持ちますが、代わりに擱座した味方戦車を救援してください』


『わかった、任せろ』


『ブラボー、アルファはあそこに向かう、支援の準備を……』


「もうやった」


『ならよし』


とかなんとか話し合ってる間にT-14は攻撃を受け始め、たかがライフル弾ながらさっそく軽機関銃のカメラを破壊、遠隔射撃不可能にしてしまう。あれは保たない、絶対保たない。

助けなければ。


『スズ、嫌でしょうがこのロープを腰のカラビナに……大丈夫?そう。……なんでヘリが駄目でこれが良いんだ?』

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