第173話

「が…ぐ…!こふ…っ!」


どれほどそのままだったろう、実時間にして1分足らずか、体感的にはもっと長かった気がするが。胸と肩に突き刺さっていた真っ暗い腕が霧となって体内から退くと同時にアリシアの体は落下、どちゃりと地面に転がった。それを認識した頃には傷は修復されており、僅かに残った喉奥の不快感にむせこみつつも、腕を立て膝をつくと正面の彼女を目に入れる。


「なんかいろいろバカらしくなってきた……」


上空から絶え間無く降ってくる花びらの中彼女は立っていた。アカギツネと同じ色と持つボブカットの髪、上に向かって伸びる三角形の狐耳には装飾品が付き、身長156cmの体は肩口と下部に切れ込みの入る緑色の着物で包み、黄色い帯でそれを縛っている。菱形水晶の4本尻尾と、光弾を発射する浮遊玉を従え、夢幻真改と銘打たれた太刀を左手に握る彼女は呆れた顔で溜息をつく。気付けば周囲の咎人は一掃されており、中腰の体勢から差し出されたスズの手を取ってアリシアは立ち上がった。


「ごめん、また遅れた」


「いえ…構いません、来てくれたのならそれで」


まずそれだけ言った後、目線をずらして藤壺をじっと眺め出す。目に入れたくないとも表現したその建物をひとしきり見つめた後、何かを思い出しているように目を細め。


「いいんだよね、そういう事で」


「はい、そういう事です」


ずるずると引きずる足音がまた聞こえてきた。全滅させた集団とは別にようやく藤壺前まで辿り着いた咎人が20体ばかし現れたので回想をやめ下駄を鳴らす。既にあんなものは脅威ではない、アリシアはただ眺めているだけ。


『……おいまさかお前ら”そういう事”でこの話片付けるつもりか?』


「え、だめ?」


『だめ?ときたか!むしろどうして良いと思った!?』


刃渡り72cm、控えめな乱れ刃を持ち、打刀より反りの深い太刀はまだ下げたまま、4つの玉を左右に散開させ、1歩2歩と前進、3歩目で急加速を行った。


『もうちょっとなんか…なんかあるだろ!だあもう!』


空から筒が降ってきた、ダイナマイトが降ってきた。TNTやらRDXやらいう高性能爆薬と比べれば大きく見劣りするもののその代わり非常に簡素で、珪藻土やウッドチップにニトロを染み込ませる事で簡単に爆発しないようにし、導火線や電気コードを介して少量の起爆剤に点火し爆発させるものだ。火の付いた状態でこの世界に投入されたそれはバン!と閃光を発して咎人1体を吹っ飛ばし、続いて3連続、計4体をあらかじめ減らしておいた。元はといえばアリシアを援護する為に作ったものだったがこうなってはもはや必要無く、仕方ないから適当にばらまいたという感じだったが、そこにスズが斬り込んでいく。


「……」


自分でやってみて初めて理解できる、体力があるのではない、無駄が無いのである。交戦開始直前に両手で握った太刀を加速させると1体を袈裟斬りに両断、刀身が体内から脱出した直後には既に軌道変更を初めていて、同時にスズ自身も回転、速度を極力保ったまま次へと刃を叩きつける。止まって動いてを繰り返すから疲れるのだ、だから無駄な減速を一切しない。滑らかな切っ先の動きに目を奪われている間に先程のアリシアよりかなりの高速で、かつ効率良く5体が霧散、ようやく止まって、不快な声で鳴き叫ぶ残りの連中には玉からの斉射を行う。


『せめて私にも感謝をだな!こっちがどれだけ心配したと思…!』


「心配した?」


『え…!いや…!そりゃ…!ま…!』


「うんうんごめんね、ほーらおねーちゃんだよー♩」


『る゛あ゛あ゛ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』


『やめて!?なんで僕を叩くのさ!?』


日依製ダイナマイトより遥かに強力なそれは樹の表面ごと残った咎人を削り取り、直近の建物を崩壊させ、壮大な衝撃音を撒き散らした。後には当然の如く何も残らず、最後の後片付けも完了、天に向かってスズが笑顔で両手を広げて見せる。打って変わって現実では修羅場が始まったが、まぁどうでもいい。ひとしきり妹をからかい終えた彼女はアリシアの前まで戻ってきて、今の体を物珍しげに何度かつつく。


「まぁとにかく……勘違いか、言われて見ればそうだったのかな。あたしが前を向いちゃったら、この時ここで起きたすべての事が消えてなくなっちゃう気がして。……なるほど、触っただけじゃ大して変わんないね」


「そうですか?私としては違和感だらけなのですが」


「ふむ……よし、とりあえず帰ろっか。あいや、起きよっか」


「はい。……や、スズ…?」


「でも最後にちょっと…うぅーん……」


なんだやたらとべったりしてくるぞ吹っ切れたからか!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る