第158話
入水自殺。状況打破の望み無く、帰る場所も無く、生きていても嬲り殺されるのみとなった彼らにとって次に向かうべきは海底と、必然的にそうなったのだ。
平知盛は最後まで海上に残り、平氏滅亡の様を見届けた、というよりはあらかたの味方が身投げするまで源氏の攻撃を食い止め続けた。見るべきものを見た彼は死後遺体が浮かんでこないよう鎧を2組、もしくは碇を担いで海へと飛び込んだと伝えられる。
兄の宗盛はその真逆だった。元々戦争になど縁の無い政治家出身、優柔不断な性格でもあり、どうしても自殺ができず、見るに見かねた部下によって突き落とされるが、関門海峡の急流を泳ぎ回っているうちに捕縛される。後の末路は敗軍の将そのものだ、京で見せ物にされたのち鎌倉へ送られ、同じく捕らえられた他の者達と共に処刑される。泣き乱しながら助命を懇願するも返ってきたのは批難と嘲笑だったという。
ここまで徹底して平氏を弾圧したのは、来るべき平和な世の中の為に不穏分子を取り除く為であった。それは平氏以外も例外ではなく、犠牲の中には欧州の藤原氏、そして源義経も含まれる。戦役中の度重なる独断専行、及び頼朝の許可無しに官位を得た事が彼の怒りを招き、かの武蔵坊弁慶による立往生など配下の助けもあって脱出には成功するも、最終的にはやはり自害の道を辿る。悲劇的な英雄の最期は多くの人々が悲しみ判官贔屓という言葉を生んだ。過程はどうあれ劣勢な方を応援したくなるのが人間である、真田幸村しかり。
彼らそれぞれが壮絶ともいえる非業の死を遂げた、が、どうしても忘れてはならない人物がここに1人。
「尼?」
言仁の乗る船は最後尾から戦いの様子を眺めているだけだったが、味方の数がみるみる減っていくのは観察できた。それに反比例するように船上には絶望が蔓延していき、やがて、彼の祖母は立ち上がる。
船には人の他に神器が乗っていた、すなわち八咫の鏡、八尺瓊勾玉、天叢雲剣の3つである。本来なら直視を許されず、京の内裏に安置されていなければならないものだ、実際鏡と勾玉は木製の箱に収められており姿を見る事はできない。しかし剣だけはむき出しだった、全長およそ85cmの両刃剣で、剣身は厚く、切っ先は左右対称、柄から15cmまでは背骨のような節があって、色は白い。思い詰めた表情の彼女はそれを取ると腰に挿し、次いで言仁の小さな体を持ち上げる。
「尼よ、私をどこへ連れて行こうというのか」
「貴方様は前世の行いにより帝として生まれましたが…悪運に引かれ既に御運は尽きてしまいました。この世は辛くいやしい場所ですから、極楽浄土という結構な所へお連れするのです」
そうする意味は無かったろう、そこまでの事では無かったろう、言仁は天皇であり平氏とは無関係なのだから。実際に彼の母は宗盛らと共に捕らえられながらも無罪とされ一切の咎めを受けなかった。それでも二位の尼がこうしたのは義経の性急すぎる攻撃が原因とされ、これも戦後彼の立場を悪くした。
心の底まで絶望してしまった、それだけの事だ。
「死ぬというのか?」
「波の下にも都はございます……」
ギシリと音を立て、船の先頭に彼女は立つ。もう一歩踏み出せば2人の体は海の中、狭い海峡が生み出す急流は確実に海底へ誘ってくれるだろう。あいにく彼は、その行為を理解してはいなかったが。
それはどんな所か、と、聞く前に、彼女の体は支えを失って。
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