第128話

慶天環礁北北西35km地点

第6艦隊 戦艦三笠

物見 雪音海軍少将




魚雷を持っているすべての艦が一斉にそれを撃ち出し、それによって追撃部隊が反転したとの報告を聞いて、ようやく雪音は安堵した。露天艦橋の中央で大きく息を吐き出した後、損傷した測距儀の交換を行う水兵を残して階段を降りる。

三笠右舷は酷い有様だった、船体に直撃しない至近弾といえど目と鼻の先で爆発したのだ、装甲の繋ぎ目が衝撃波に耐えられず裂け内部に浸水、反対側にも同じ量の海水を突っ込む事で水平は保ったものの、そのぶん重くなった三笠は最大15ノットまで速度を落としている。鉄板や角材をうまく使って破口を塞ぎ、水をかき出してやれば回復するだろうが、裂けた装甲の修復にはきっとかなりの時間がかかる

船体の損害はそんな感じ、次に上部構造物の被害である。右舷ほぼ中央にあった15.2cm砲が1門ひしゃげてしまい射撃不能、周りにあった他の砲も何らかの損傷を受けている。特に上甲板の7.6cm砲3門は発生した火災によって真っ黒焦げの状態となり、同時に、射撃要員にも何人かの犠牲が出てしまった。飛んできた弾殻は周囲の非装甲部分を穴だらけにしてしまい、ここでも複数人やられている。一番大きいのはこの人的被害だろう、正直な話、この程度の損傷くらいなら放置プレイを楽しんでいる敷島からパーツをぶん取ってしまえば直せるのだし。


「艦長は?」


「意識は戻っていませんが、頭部に刺さった破片は摘出に成功したそうです。これを」


「ああ…ごめんなさい」


まがりなりにもその人的被害の中に自分も含まれているのを、階段を降りきり壁に守られた艦橋内部へ入ってようやく思い出した。たかが切り傷といえどほったらかしにすればそうなるという感じに血まみれになっていた右腕を持ち上げると、待ち構えていた衛生科員が傷口を素早く消毒、ガーゼを押し当て、包帯を巻き付ける。こんなつまらない負傷より遥かに酷い怪我人が大勢待っているのだろう、それが終わるや敬礼もそこそこに出ていってしまい、残っているのは雪音の他には操舵士と通信士のみ。前部主砲塔より前では今まさに金色の竜が着艦しようとしており、その背中には3人の少女の姿が見える。ズンと音を立てて足を着け、間も無く消滅していったのを見て、戦闘状況は完全に終結を迎えたと確信した。その後舵輪の右横から羅針盤を覗き込んで真北に進路を向けているのを確かめ、次に僚艦の状況を報告させるべく通信士に声をかけ、ようとしたが。


「2時方向に雷跡!」


「は…!?」


測距儀を交換していた水兵が偶然見つけたのか、露天艦橋に繋がる伝声管から叫び声が上がると同時に操舵士は指示を待たず舵輪を右に回す。


「総員戦闘配置!今出せる最大速度まで加速なさい!」


少しずつ角度を付けて放射状に向かってくる3本の魚雷に艦首を向け、間をすり抜ける事で回避した。それが終わって、進路を真北に戻した頃背後でどたどたと音がするや、黒マントの赤い狐が艦橋に現れる。日依は出発時には持っていなかった真っ赤な剣を握っていて、目に収めた瞬間、何故かそれはざわついているように見えた。


「相手は何だ?」


「水上艦艇にしては発射点が近い割に何も見えません、潜水艦かと」


「ではどう対応する?」


「このまま突っ切ります、爆雷があるなら攻撃自体は可能だし、近くに砲弾を叩き込めば衝撃波で撃沈も可能ですけれど、ソナーがない上にドンガメの戦艦に対潜能力はありません、これは世界常識です」


気の緩みきったこのタイミングで襲撃を受けた現在、艦隊陣形は酷い状態である。傷を負った三笠と、傷ひとつつけられない夕張を守るべくほとんどの艦が後方にあり、護衛として近くにいるのは2隻、しかも、その2隻は三笠より5km後ろにいる夕張の前後にある。守って貰っているのには変わりないが、見方を変えれば三笠は突出してしまっていた。全艦で魚雷を撒いたからこそ追撃を諦めさせる事に成功したのだが、足の遅い三笠が同行してしまっては成立しないので、こうなるのは当然の結果であった。


「海中に何隻いるかわかりませんが、さすがに潜行している潜水艦に負けるほど三笠は遅くないのです。浮上してくるなら砲戦を仕掛ければよし、それにしばらく耐えていれば後続も追い付いてきます」


「まぁ、そうなるわな、相手が潜水艦だけであれば」


「……いやちょっとそんな思わせぶりな言い方されると…」


「あれ」


と、おもむろに日依は真正面を指差す。なんなんだと見てみれば、水平線に浮かぶひとつの艦影が見え。


「ば…!」


馬鹿なアイツはドック入りしていたはず、壁にかかっていた双眼鏡をひったくるように取って詳しく観察するも、残念ながら見間違いではなかった。金剛型をスケールアップした船体に高さのある鐘楼型艦橋を備え、連装主砲を前部に2基、後部にもう2基。左右に並ぶ副砲はそれまで標準であった15.2cm砲の代わりに扱いやすい14cm砲を用いており、威力低下は確実ながら連射性能で上回っていて、一定時間内に叩き込める炸薬量に優位がある。

そしてあの艦を説明するにあたって避けられないのが主砲口径だ、巨大ウワバミを爆殺し、教導隊を壊滅に追い込んだ41cm榴弾砲と同じサイズの砲を、前後合わせて8門積んでいるのだ。

その竣工時世界最強、以降も長きにわたって脅威であり続けた戦艦の名を長門(ながと)という。


「戦闘能力は金剛以上、正確に我々の進路を塞いできたとなると指揮官も無能ではなさそうだ。どうする提督?」


「チェックメイト…ですね……」


魚雷も機雷も使い果たした、三笠と長門が一騎打ちすればどうなるかなど議論の余地すら感じられない。幸いというならば、この艦に嘉明は乗っておらず、日依がいるならスズも脱出させる事が可能。ここまで三笠は攻撃力の提供以上に反抗の象徴として人の心を支える事に存在意義の半分以上を使っていたが、彼らがいるならもはやその必要も無い。


「三笠が時間を稼ぎます、直ちに夕張へ」


「それは判断が早すぎるな」


「いやだって、囮でも置かなきゃこれは……」


「じゃあここで少しレッスンといこう、もう一度あっちを見るんだ雪音ちん」


「雪音ち……」


操舵士と通信士が決死の覚悟を決めた頃、尚にやにやと笑う日依に言われるがまま、再び長門を視界に収める。


「とにかく見ろ、穴が開くくらい見ろ。この状況を打破するには隔絶した情報的優位が必要だ、私には相手の気配を捉え、何を考えているかを漠然と感じる事しかできないが、今のお前ならこの場のすべてを握れる筈だ」


「長門発砲!」


「ッ…」


「構うな、こんなところで死にたくなんてないだろう。考えろ、たった今何をすべきか、何が視えれば打開できるのか」


水平線上の戦艦が火を噴く、ビクリと震える雪音の肩を掴んだ日依はなおも長門を指差し続け。


「よし行ってこい!」


その瞬間何か細工をしたのか、掴まれた肩から送り込まれた熱のようなものが急速に身体中へと伝わって、間も無く頭にも到達、雲が吹き飛ぶように視界が晴れていく。

まず見えたのは着弾点だった、飛翔する4発の41cm砲弾は三笠の右前方3kmに21秒後着弾する。次に長門艦橋の様子が超高倍率でズームしたかの如く伝わってきて、その内部で行われている会話の内容は。


「進路そのまま!主砲照準!方位348距離12250メートルの位置に敵潜水艦がいる!」


「へ!?」


「敵艦は静止状態、南東に艦首を向けて全長おおよそ…いやもうやるわ!」


本来指示する人間が今おらず、副長を呼び出して指揮させる時間も惜しかったので、素っ頓狂な声を出す操舵士を無視して艦内電話を掴み取り砲手へ通達。応じる形で前部主砲塔も動き出し、長門の左手前へと砲口を向ける。

三笠が発砲する前に41cm砲弾は着水した、立ち上がった水柱は潜水艦を圧壊させた事による燃料混じりの柱だった。黙ってただ笑う日依と、何が起きたか、何をやろうとしているのかまるで理解できない乗組員達を置き去りに射撃命令を雪音が下令、「撃てぇ!」と言い放った直後主砲も咆哮する。長門のそれと比べれば随分見劣りのする30.5cm砲弾ではあるが、一箇所でも損傷すれば割れた風船のように艦全体が破壊される潜水艦を仕留めるには十分すぎる威力を持ったそれが10km以上の距離を駆け抜け、何も無い、いやよく見れば潜望鏡が突き出ている海面に2発連続して落ちる。

そこから後はさっきと同じだ、油と破片の混ざった水柱が発生した。


「やったか?」


「まだですもう1隻!次弾装填!」


呂号第1潜水艦という名を表す識別記号がその艦には書かれていた。場所は正面約8.3km、三笠と長門の中央である。近くにいる潜水艦はそれで最後、この事態に慌てて潜望鏡を格納しもっと深くまで潜ろうとしている。逃がさない、逃がす訳にはいかなくなったのだ。

お世辞にも動きの速いとは言えない砲塔が真正面、長門を向く、ふたつの薬室に次の砲弾と発射薬が装填される。それぞれ全速で正対しているために急速接近する長門も同じ場所を狙ったらしく、4門の主砲が三笠を向き。


「撃てぇーッ!!」


合計6発の砲弾が空中に放たれた。閃光と爆煙が送り出したそれは音速を超えているとはいえ若干煩わしくなる時間をかけて6発同時に海中へと消え、間も無く起爆。広範囲に衝撃波を撒き散らし、その逆さ大瀑布に潜水艦が耐えられる筈もなく、海面が落ち着きを取り戻した頃、僅かな残骸と油の膜だけが残された。


これでいい、目撃者は1人もいない。


「…あ…長門より発光信号!」


あっという間の出来事にあんぐり口を開けていた通信士がまず我に返る。パチパチと探照灯を点滅させながら現世界最強の新鋭戦艦は、撃沈命令を受けているだろう元世界最強のオンボロ戦艦直近を通り過ぎていく、何の危害も与えないまま。


「なんて?」


「貴艦の幸運と航海の安全を祈る」


相対速度は75km/hほどある、真横に並ぶのは一瞬である。その一瞬で捉えたのは女性、白い礼服の人物が敬礼する姿だった。濃い茶色の長髪を少し複雑な編み方で右側にまとめた彼女の顔に感情は無かったが、応じて雪音も敬礼を返し、一瞬の登舷礼は終了する。


「……作戦全行程終了です、行き先はどちらに?」


「そうだな…アホオヤジを隠すにはそれなりの設備が必要だが、隠さなきゃいけないもんをひとまとめにするのは頂けないし……まず鳳天大樹へ、そこで奴だけ降ろした後、艦隊を瑞羽大樹に向けろ」


「わかりました、往路と同じ航路で戻ります。……って…」


「ふむ…常時発動はしないのか。訓練すれば燃費くらいは上がるのかねぇ……」


「な…何の…?」


「気にするな、”下手に意識すると間違いなく悪影響が出る”」


エロウサギといいどうしてこんな近くで眼を観察したがるのか、前回と比べると短い時間で日依は雪音の頭を離しにらめっこは終わったが、何がしたかったのかはやはり話してくれず。


「……」


とにかくすべて終わった、三笠は北へひた走る。

おもむろに後ろを振り返る、意図をまったく知らせず味方をしてくれた長門の姿はまだ見えたが、身じろぐ事なく南へまっすぐ航行する彼女に声をかける訳にはいかず、その姿は小さく、遠くなっていく。


「全艦に通達、長門への攻撃を禁止する」


まぁ今はいい、

次また会えれば教えてくれるだろう。

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