第96話
合計3回のスイッチバックターンを乗り越え日依と小毬は採掘トンネルの起点へと達した。急に天井が高く、壁も広がってドーム状の空間となり、四方八方へ伸びるように複数のトンネルが掘られている。石炭を採掘した跡というよりは堆積層を探してあっちこっちと掘り進めた跡のように見え、掘ったトンネルのほとんどが徒労に終わったようで6つある分岐のうち4つは錆び切った立ち入り禁止の看板と何枚かの木板で塞がれている。ざっと見た限り、このドーム空間は直径50m、高さ10mほど、こんな大規模な掘り方をしてさほど石炭が取れなかったとしたら責任者の首が飛ぶほどの大惨事だが、隅っこに積み上げられたクズ石の山を見るにどうもそうらしい。
「追ってこないな、迎撃範囲を離れたのか?」
「あれは何なんデス…?」
「あらかじめ決めておいた地点を中心に、一定範囲内へ踏み込んだ相手を無差別かつ問答無用にあらゆる手段を以って攻撃する結界の一種、というべきかな。実際にはそんな大層なもんじゃなくて、嘉明(あいつ)が常日頃垂れ流してる力…いや気をうまいこと使ってるだけだが」
「じゃあ……」
「そう、近くにいる」
落ち着いた後、まず日依は3つの狐火を散開させてホールをまんべんなく照らし上げた。通ってきた通路の位置を確かめ、奥へと繋がる道には目もくれず、右の壁へと近付いていく。
「攻撃を受けたのは3度目のスイッチバック前だったな、その後反転して追撃が無いとなると下じゃなくて横にいるんだろう。あっちの方向にある別の炭鉱は……」
壁際まで到着、そこで懐から地図を取り出し地面に広げる、しゃがみながらコンパスの針を頼りに壁の向こうにあるものを探し始めた頃。
「えーー…………うぇ?」
ぱらぱらと何か降ってきた。
「なん?」
地図の上に落ちたのは岩の破片、そこに積んであるクズ石とまったく同じものである。続いてもう少し大きいものが落ちてきて日依の後頭部へ直撃、ぎゃん!とか言いながら飛びのいて、天井で何が起きているのか確かめるべく狐火を1体飛ばし。
長大な亀裂が入っているのを見てしまった。
「え、なに?このへんは範囲内なの?やっちまったなーハハハ」
「ハハハじゃないデショばか……ひぃぃぃぃぃぃぃ!!」
その亀裂から枝分かれするような小さいヒビが急激に増えた後、そう間を置かずに轟音を立てつつ天井は崩れ落ちる。
「グゥゥォォォォオオオオオオオオーーーーッ!!」
壁にぴったり張り付いて瓦礫から逃れ、耳を塞いで鼓膜を守る。ホール内を反響しまくった逃げ場の無い崩壊音が収まって静かになるかと思いきや、追い打ちをかけるかの如く咆哮が上がった。見てみるとホール中央、瓦礫に乗って、2本足の大型恐竜が大きな口を開けている。羽毛の無いザラザラした爬虫類の肌は黒を基調に首元だけ赤が混じり、腹部は灰色、どでかい頭部の重量を釣り合わせる尻尾は相応に長い。両目の後ろに角のような突起がそれぞれひとつずつ、首の下の前肢は足と比べて異常なまでに細く貧弱で、全長12m、全高は4mほどのそれは誰が見ても一目でわかる、これぞ恐竜とも言うべきフォルム。
「ティラノぉぉ!?」
「いや……これはタルボサウルスじゃないか?コエルボサウルス類ティラノサウルス上科ティラノサウルス科タルボサウルス属、正しくをタルボサウルス・バタールという。アジア圏で最大最強、科名からもわかる通りかのティラノサウルス・レックスとは近縁で、骨格から判断できるレックスとの違いは前肢がちょっと短いくらいだ。そのため一部ではタルボの名を捨ててティラノサウルス・バタールと名称変更するべきだとの動きが……」
「どうでもいいから!!早くやっつけて!!」
「あぁ…はいはい」
生体を見れるなんてたぶんもう無いぞー?などと呟き日依は小毬に押されて前へと出た。出たはいいもののさっそくタルボサウルスの目に止まる、鼓膜どころか腹にも来る咆哮を正面から受けて耳を塞いで顔をしかめ、1歩踏みしめただけで地震すら伴うそれが前進を開始した直後、立ち直った日依はサッカーボールを蹴るようにブーツを振りかぶり。
「うるっせえな!」
転がっていた小石を蹴った。
つま先の衝突で急加速させられた平均直径5cmの石っころはインパクトの瞬間にゴォン!と鐘を鳴らし、間髪入れずに音速を超えた事によるソニックブームを撒き散らす。まったく当たり前の話ながら爬虫類の肌がそんな砲撃を受け止められる筈も無く、喉元に直撃した後ほとんど減速せずに背中まで貫通、その間にある声帯を破壊した。
「カ……ッ!」
これでもう叫べない、小石が壁面に突き刺さって砕け散った後、巨体の喉からはヒューヒューと空気の漏れる音しか聞こえなくなり、呼吸する度に血が噴き出す。もはやしばらく放っておくだけで酸欠か失血による死を迎えるだろうが、その間暴れまくるだろうこいつから逃げ回る気はないとばかり近付いていく。血を撒き散らしつつ牙を叩き降ろす攻撃をひらりとかわし、そこまではよかったが
「っ!?」
そこで何か起きたか僅かによろめき笑顔が消える。急に余裕が無くなったように大雑把なトドメ、束で引き出した符を束のままばらまいた。
「ばっ…!」
1枚だけであの威力なのにこんな場所でそんな事したら何が起こるか、というか可燃性ガスを懸念していたのはお前だろうに。起爆を始める前に小毬はスタートを切り、なんとなく、いや明らかにふらついている日依の肩を右手で掴んで、首をスイングするタルボサウルスへ左手だけでソードオフを発泡する。いくら高威力をうたっていてもさすがに相手が悪すぎる、12ゲージショットシェルから飛び出した散弾は若干血を飛び散らせたのみで終了、こいつを止めるには最低でも40mmグレネード弾が必要だろうと確信したところで頭部のタックルを食らった。ほぼ同時に符が起爆を始め、暴発した花火の如く爆音を連発し周囲を無差別に破壊していく。壁や天井も例外ではなく、さらにクズ石とはいえ石炭は石炭、天然ガスも漏出している。
「ぐ……ひぅぅっ!!」
もはやタルボはどうでもいい、起爆した瞬間に焼きトカゲだ。吹っ飛ばされ床に転がった状態から可能な限り素早く復帰、誘爆するガスの衝撃波と燃えながら崩壊する天井の轟音から逃れるべく出口に繋がる通路へ走る。目と鼻の先、吹っ飛ばされてよかった。
「しゃあああああらぁぁいぃ!!」
日依を投げる、通路に滑り込む。
その背後、一拍遅れで一際大きな岩石が入口を塞ぐように落下した。ほとんど隙間は無く、あと少し遅ければ2人はぺしゃんこだったが、火災から逃げる必要はとりあえず無くなった。
「ああ…クソ……開いた……」
ソードオフをその場に落とす、倒れたまま動かない日依の脇に手を入れて壁に寄りかからせ、唯一生き残った1体の狐火を手招きして引き寄せると、開いたというのは傷口の事であった。マントを取り払い服を触った途端に小毬の手に血がまとわりつく。脱がさねばならないのだがその和服っぽいトップスは前に開くとは思うものの、帯代わりらしい腰の紐をほどいても開かなかったのでめんどくさくなって一思いにめくり上げた。
「ど…止血!布!」
「慌てるな少しすれば塞がる……無理に脱出しようとしてもこの先あいつらがいるだろ、えー…フルネームで言うとヴェロキラプトル・モンゴリエンシス」
苦しそうな顔をしながらもどうにか笑い、血に染まった包帯が解かれていくのを動かず眺める。アリシアが縫合した傷口は糸が千切れてはおらず、激しい運動に皮膚の方が耐えられていなかった。開いた部分は狭く、本人が塞がると言うので、脱がしたマントを押し付けつつ血が止まるのを待つ事にする。
「まぁとにかく…アホオヤジの居場所はだいたい掴んだ、二箇所の迎撃範囲から判断してだいたいあっちの……つーか隣の炭鉱に届くまで範囲広げんなよ、今まで見つからなかったのは奇跡だな……」
「でもまず戻りマスよ、こんな状態じゃ……」
「そうだな…逃げはせんだろうし……」
ちらりと、息を荒げながら壁の向こうを見つめ。
「……門番、どうやって言い訳するか…」
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