第53話
今日の鳳天大樹は雲に覆われていた、だいたい2500メートルから3000メートルまでが霧に包まれたように真っ白になり、視界は10メートルも無い。下層にとってはただの曇り、上層は普通に晴れているが。
「力づくでも止めとけばよかったかな……」
「力づくなら止められましたか?」
「わかんない……」
中層にある分幹はほぼ全域が雲の中にあり、地元民でないスズにとってどっちに何があるかもわからない状態である。幸い隣にアリシアがいるので少なくとも旅館までの軌跡は記録されている、帰れなくなる事は無い。
「確証がないのなら危険は避けるべきです、判断は間違っていません」
雲の中を歩いて、ひとつの民家にたどり着いた。全景はわからないものの周囲にある他の民家とあまり違いは無い。強いて言うなら、何人かの警察官がうろついている。
「この事態を阻止できた可能性があったのは事実です、気持ちはわかりますが、今は慎重に行動してください」
「……」
「機会はまだあります」
スズに気が付いた警官から簡単に挨拶を受け、木製ガラス張りの戸が付く玄関へと向かう。やや浮かない顔のままそれを3度叩き、少し待つと内部で人の歩く音がして、曇りガラスの向こうに人影が映った。それはのろのろとした動きで戸に手をかけ、それは内側から開けられる。
「おはようございます……」
生気を失ったようにくすんだ色の肌と死んだ魚のような目をしたベージュの三つ編みが出てきた。
「誰だ?」
「香菜子です……」
仕事着である緋袴のまま、髪は乱れ三つ編みは解けかけている。戸に寄りかかりながらも2人を中へ招き入れ、その後倒れるように閉める。
昨日立ち入った民家とほぼ同じ間取りだった、炊事場の付く土間があり、その先一直線に居間と寝室、左に風呂、それだけの家屋だ。
「香菜子ちゃん、寝た?」
「いえ……」
「おおぅ…寝ようよ……」
なんでもない普通の民家ながら、まず土間にはボディバッグがひとつ、中身の入った状態で置かれていた。想像はついたが確かめる訳にもいかず、しゃがみこんで上部のファスナーを動かし中を拝見。
人型の炭が入っていた。
「昨日とまったく同じ?」
「はい、殺害されたのは午前4時頃、今回はすぐに通報が行われましたので、発見したのが午前5時。それから昨日は気付かなかったんですが、胸部に貫通穴がありました、なんかこう、長い刃物で突いたような」
「刃物……」
「直接の死因はおそらくこれですね、燃やされたのはその後」
これで犠牲者は3人目、家屋に損傷が無いにも関わらず焼け焦げた死体は同一犯による殺害を示しており、やはりというか空間内には鬼の匂いがこびりついていた。付け加え長い刃物、つまり刀で殺されているとなると、少なくとも相手は刀を振る腕があるという事になる。
ファスナーを元の位置に戻しスズは立ち上がる、靴を脱いで居間へと上がり、その先の寝室へ。
「あ……」
そこには少女が1人、へたり込むように座っていた。
「2日前に行方不明となって捜索願が出されていた子です、それからずっとここに監禁されていました」
外見は10歳かそこら、黒の短髪で、慌てて用意されたようなサイズの合わないTシャツとズボン、それから警察官の上着を羽織っていた。怯えた表情でスズを見るその子の前に両膝をつき、ひとまず落ち着かせようと頭を撫でる。
「監禁って何のために?」
「そりゃあ色々あるでしょう、色々」
「まぁ…うん。じゃあ襲われた時もここにいて、この子は殺されなかったって事?」
「そうなります」
罪人だけを選んで殺している節がある、2度も偶然が続く筈は無いのでそれは確実だろう、ということは多かれ少なかれ犯人には理性が残っている可能性がある。
刀を使い、理性を持つ鬼。
「……何が起きたか見た?」
少女は首を横に振った。2日監禁された後だ、マトモに喋れるようになるにはまだ時間が要る。
「よし、じゃあお家に帰ろう」
こんな場所では傷も癒えなかろう、立ち上がらせ、土間まで戻り、靴を履いて、その先は警官に引き継いだ。手を引かれて去っていく少女を見送った後、式台に座って一息ついている香菜子のもとへ。
見るに見かねたという風にアリシアが三つ編みを完全に解いて、再び編み直していた。非常事態宣言下とはいっても休みなしで働き詰める訳も無いだろう、一晩中すったもんだした後、ちょっと仮眠しようという所にこれが重なって、そしたら日依あたりにパシらされた、たぶんそんな感じ。
「ああ…なんかお母さんに編まれてるみたい……」
「誰がお母さんですか」
乱れていた髪型が綺麗に整ったところで現在時刻を確認する、叩き起こされて朝食もそこそこにここまで来たのだ、時計の短針は午前7時に届いていない。
「向こうは今どうなってるの?」
「祈祷じゃ!祈祷で鎮めるんじゃ!そんなもん効くかボケェ!はよ戦う準備せんか!みたいな」
「ふふふ……」
斎院も大混乱の最中にあるようだ、祭礼しかやってこなかった連中に西洋版百鬼夜行(ワイルドハント)なんて突きつけたらそうなるのも無理はない事だが。考えながらスズはパーカージャージの内ポケットをまさぐって木製シガーケースを出し、残り1本となった高級葉巻を取り出した。
「えっ」
「見つかんないようにね」
フォールディングナイフで先端を切り落とし、ちょっと変な切り口になったが気にしない。それから香菜子に持たせ、使い捨てライターで反対側を炙る、明らかに斜めに火がついたがやっぱり気にしない。後ろにいる警官がなんて勿体無い事を!みたいな顔してるのも気にしない、吸えりゃいいだろ吸えりゃ。
「……一生ついて行きます…!」
それはそれで困る。
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