第51話

「姫様……これから先何があっても我々は貴女の味方です」


「え…あ……うん、ありがと」




なんて会話があったかどうかは置いといて。




「まずワイルドハントに対する初手を考える。見たら死ぬとか言われてるが、結局は物理的なもんだ、殺されなきゃ死なないし、ぶちのめせば助かる。奴の正確な進路は?」


「現在地点は北北東1950キロメートル、約11ノットでまっすぐ鳳天大樹へ向かってきます。北500キロメートル地点に瑞羽大樹がありますが、3日後に瑞羽大樹の東を掠めるように通過、4日後のこの時間帯には鳳天大樹に直撃しますわね」


「なら迎撃の1日前に直接観測するチャンスがある訳だ、だがあんな大物相手にそれじゃ間に合わん。考えても見ろ、軍対軍の大規模な戦闘が行われるってのに相手の戦力がわかるのは1日前じゃあ対策の立てようがない。少なくとも狩猟団の頭領を何が張ってるかはできれば今すぐ知りたいのだ。な、わかる?」


「はあ……」


黒い海軍制服姿の男に日依は同意を求める。


「それはその…自分がここに呼ばれた事と何か関係があるのでしょうか……」


部屋の入り口付近に正座させられる大霧船長、怯える姿は説教される部下そのものだが、少なくとも怒られてはいない、本人の性格によるものである。

それを見て日依は意地悪そうに笑う、こちらも性格起因だが、いじめてる訳ではない。


「翔京大樹というかつて奴に襲撃された大樹がある、皇天大樹の発展前は首都的な機能を担っていて、当時の人口は50万人いた。あれから20年経ったが、現在の人口は3万だ。”しくじったら何が起こるかわかるだろう?”だが相手は現在遥か遠くにある、進路上の大樹が瑞羽大樹しかない以上、偵察のためにはこっちから赴く必要がある」


「それはもう……」


「んでな、それをどうするかって考えた時気が付いたのよ、偵察行動を行うにあたって速度と航続距離を完備した上で任務にぴったりな名前の飛行船があるなーって」


「え……」


ワイルドハントのリーダー、かつてはオーディンで固定されていたが、いつからか別の人物に置き換わる事もあった。それはブリテンの王アーサーであったり、怒れる主人の意味を持つ猟犬レイジングホストであったり、

はたまたイングランド海軍にとっての英雄、スペイン海軍にとっての悪魔、サー・フランシス・ドレイクであったり。


「ゴールデンハインドで台風に突入しろというのですか!?」


「突っ込めとは言ってない、ただちょっと見てきて欲しいなーって。現場での判断は任せるよ、掠めるか、ちょっと悪天候訓練するくらいの感じでさ」


「うわぁ……」


「おい大丈夫なのか彼?」


「やれって言えばやります、強気で言ってください」


「よしやれ、今すぐ、ゴー」


「りょ、了解!」


勢いよく立ち上がり敬礼、大霧は退出していった。

相対速度を加味すれば全速で飛ぶと11時間か12時間後くらいに接触、成功すれば電文を打ってくるはずだ。飛行船にとって暴風雨は天敵だが、なんとかなるだろう、多分。


「4日ですべての住人を退避させるなんて不可能、迎撃をしくじれば数十万規模の死者、戦場で最も重要なのは情報量。それがわからないようなアホではありません、正義感もあります」


「ふむ……まぁ信じるとしよう」


ワイルドハントに対しては今はそこまで、防衛準備を整えつつ偵察結果を待つしかない。

それで、目下の問題はもうひとつ。


「鬼は?」


「目撃者なし、それっぽい足跡も見つからず、結びつけるのは不可能ですよ。そもそも今どこにいるかもわかりません」


物理的に説明できない殺人現場には確かに鬼の暴れた痕跡があったが、たったそれだけの材料で、一度すれ違っただけの相手を犯人扱いするのはさすがに無理があった。鬼とはそれなりにありふれた存在、というか定義の範囲が広いのである。赤や青の肌で、乱れた髪に角を持ち、虎柄の腰布、というのがステレオタイプの鬼であるが、元々の鬼とは”強い、恐ろしいもの”の総称だった。どこに何がいるかもわからないので、彼女以外の鬼の存在を否定できない。んで、もう一度物理的に捜査して貰ったが結果は出ず。


「そんじゃまぁ手打ちだな、ひとまずお祓いして、周りの妖怪を殴って回るとするか」


「そんなやつあたりみたいな……」


「妖怪退治なんてそんなもんだよ、理屈関係なく災いが起きなくなりゃいいんだ」


なぁ、と日依はスズに同意を求め、苦笑いしながら頷いた。マジか、と香菜子は引いてしまったが。


「……そういやあの刀、名前なんだっけ」


「ん?刀フェチのおっちゃんが言ってたな、確か…そう、武甲正宗」


「あ…秩父のやつですわね!華やかな印象の辛口でお勧めは熱燗ですわ!私は秩父錦の方が好きですけれど!」


「誰が酒の話をしろと言った」


名前が出た瞬間に反応した雪音はほっといて、あの時彼女が所持していた武器を思い起こす。刃渡りはおよそ90センチと少し、ギリギリ大太刀の分類に入るサイズである。太刀とは馬に乗ったまま扱う事を主眼に作られた刀で、リーチを広げる為に長大化した大太刀はその用途に特化したものだ。陸上戦闘で振り回した場合その重量は単なる欠点でしかないが、もしそれができるならば攻撃力はいわずもがな。


「ああうん、わかってるよ、”血を吸ったら強くなる武器”ってのは実在する。武器を強くするために人を殺したって可能性もなくはないが、もっとしっかり調べない事にはな」


「……もう一回会う必要があるか」


「そうだな。まぁ、どれにせよ4日後にはすべて決まる、引退する準備をしてる場合でもないか」


と、言って日依は立ち上がった。遅れて立つ香菜子を見、部屋の入り口へ向かいながら。


「非常事態宣言発令だ、私は斎院にこもる」

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