7月15日

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ビーチで昼寝

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 目をまして、グラボーに掛けさせた「砂布団」から露出している頭を上げ、僕は海を見た。

 寝入った時よりも太陽の位置が、だいぶ低い。


「グラボー、今、何時だ?」


「16・03です」


「ああ……ずいぶん長いこと寝ていたんだな……」


 腹筋に力を入れ、体を覆っている「砂布団」を一気に崩して起き上がる。

「喉が渇いたな……グラボー、水筒を取ってくれないか」

 砂浜から一メートルほどの高さに浮いている白い球体、グラボーが、反重力を使って水筒を浮かせた。水筒がゆっくり僕の手元まで移動する。


 手にとって蓋を外し、それをコップ代わりに中の冷たい茶を飲んだ。

 飲みながら、辺りを見回す。

 真っ白な砂と抜群の透明度の海。

 海水浴には最高のビーチだったが、僕らの他に海水浴客は居なかった。

 広大な砂浜を僕とテータ二人で独占している状態だ。

 まあ、この惑星は、どこに行ってもこんな感じだけど。


 再び海を見ると、ちょうどテータが海から上がってくるところだった。

 テータの太ももが半分隠れるくらいの水深の所を、こっちに向かって歩いてくる。


 この海岸ビーチは西向きだ。

 テータの周囲の小波さざなみが太陽光を反射してキラキラと、うろこ状に輝いていた。


 傾いた太陽が逆光気味にテータの体を照らす。

 きゃしゃな体。で肩。それほど大きくない乳房と腰周りを、淡い色のビキニで隠している。

 チューブトップとか言う、肩ひものないタイプの水着だった。

 夕日を浴びて水の中を歩くテータの体は、細身ながら女性らしい柔らかな丸みを帯びていて、思わず見惚みとれてしまう。


「な~に、見てるの?」


 ぼーっと見惚みとれている間に、テータは海から上がって砂浜を歩き、僕の隣に腰を下ろした。

 それでも、しばらくの間、テータから目が離せなかった。


「あーっと……えっと……」


 気のいたセリフで切り返したかったけれど、とっさに言葉が思い浮かばない。


「テータの体ってさぁ」


「?」


「何度見ても、きないなぁ、と思ってさ」


「ええ?

 何よ、急に。

 めてるの?」


めたつもり」


「う~ん。微妙……かな? められかたとしては」


「何でだよ。

 素直に喜んでくれよ」


「そう簡単にきられても困ります」


「まあ、そうなんだろうけどさ。

 じゃあ、どう言えば喜ぶんだよ」


「どうめれば喜ぶかをめる相手に聞かないように」


「めんどくせぇなあ、もう。

 単純に、きれいだから、ずっと見てたいなぁ、って思って見つめてただけなのに。

 ストレートにきれいだって言うの恥ずかしいから、回りくどく言ったんだろ。

 こっちの国語力が足りないのは生まれつきだ。さっしてくれよ」


「あ……」


「ん? どうした?」


「べ、別に、い、今のセリフに、ズ、ズッキューンなんて言って、心臓を撃ち抜かれたりとか、そ、そんな事、な、ないんだからね。

 か……勘違いしないでよ!」


「お前、なに……突然、ツンデレってんの?

 赤い顔して」


「……」


「まあ、いいや。

 もうひと泳ぎしてくるよ」


 言いながら、僕は立ち上がって海に向かって歩き出した。


「ちょ、ちょっと待ってよ。

 だいぶ日も傾いているし、そろそろ上がらない?

 なんか、少し肌寒くなってきたし……」


「まだ、泳ぎ足りないんだって!

 せっかく海まで来たんだからさ。

 あと十五分……いや十分でいいから泳がせてくれよ!」


「もう! 勝手しないで!

 今朝、いきなり『どうしても海で泳ぎたい』って移動住居モバイル・ハウス転進させたくせに、お昼ごはん食べてから『急に眠くなった』とか言って砂に埋もれて寝たりしてるから、泳ぐ時間が無くなっちゃっうんでしょ!

 おかげで、こっちは午後中ずーっと、一人さびしくちゃぷちゃぷやってたって言うのに!

 いまさら!」


 いろいろご立腹のテータを一人砂浜に残して、僕は海の中を歩く。

 水深が肩まで来たところで、海底をって、仰向けにプカプカ浮かぶ。

 日の傾いた空を眺めた。

 午前中は完全な無風状態だったのに、今は、少し風が出ている。

 穏やかな風だ。


「あー……気持ち良いなぁ」


 視界の端に、岬が見える。

 岬の先端近くに、銀色にかがやくドーム状の建物。


「あれは……何なんだろう、一体……」


 それから、足が付くか付かないかという深さの場所で海岸線と平行に泳いだり、泳ぎ疲れて再び仰向けにプカプカ浮いたりをしばらく繰り返した。

 じゅうぶんに海遊びを堪能した後で、砂浜に戻った。


 テータは水着の上にカーディガンを羽織はおって、若干、怒っている風だった。

 僕が近づいていくと「フンッ」っていう感じで反対側を向く。

 大丈夫、大丈夫……「ステータス・怒ってるんだぞっ、レベル」は1と見た。まだまだ初級コースだ……そう、自分に言い聞かせる。

 しかし、ここからのリカバリーは慎重にしないと……


「あ、あの~。

 テータさん……

 なにか、お飲み物でも持ってきて差し上げましょうか?」


「ふんっ!」


「う……海の家で、ノ……ノンアルコール・ビールでも飲んで来ようかと思っているんだけど……

 な、何か、召し上がりたいものが、ありましたら、お持ち致しますが……」


「紅茶!」


 テータさん、相変わらず反対側を向いたまま、おっしゃる。


「こ……紅茶……ですか?

 あ、あるかなぁ……海の家に……」


「温っかいのか、冷たいのか、どっちが欲しいか、もちろん分かってるでしょうね?」


 で……出た! 女神の二択だ!

『あなたの落としたのはどっち? 金の斧? 銀の斧?』

 慎重に……慎重に考えろ!

 確率は二分の一、50%対50%。

 選択を間違えるなよ! リュージ・ザ・ギャンブラー!


 一般論で言えば、ビーチならアイスティーだが……

 ま、待てよ、今までの言動に何か手がかりは……?

 そこで僕……リュージ・ザ・ギャンブラーは気づく。


(そ……そうだ、海に入る前に何か言ってたぞ?

 な……何て……? た……確か……)


『だいぶ日も傾いているし、そろそろ上がらない?

 なんか、少し肌寒くなってきたし……』


 確か、こんなセリフを言っていた。

 つまり、暖かい紅茶が正解だっ!


「じゃ、じゃあ、温かい……」

「ムッ……!」


 そのとき、宙に浮いていたグラボーが、そっぽを向いているテータの死角に慎重に移動してから、微かにブルブルッ、と震えた。


 シークレット・サイン!


 グラボー……というか、グラボーを操っている移動住居モバイル・ホームの中枢コンピューターは、住人の健康状態を最善に保つようプログラムされている。

 それは、住居内の空気の温度湿度設定、微小なほこりの除去、食事の栄養バランスなどなど、膨大な数の項目に及ぶ。もちろん、精神面での健康管理も含まれるし、住人同士の軋轢あつれきも可能な限り解消しようとする。


 問題は、移動住居モバイル・ハウスの大容量データベースと高速演算回路をもってしても、テータの女心クリスタル・コンピュータの解読に成功する確率は十回に一回程度だということだ。


 今回はそれが機能した!

 もう一度よく考え直せというサインだ。


「ちょ、ちょっと待った」


 考えろ、考えろ……

 そ、そうか! わ、わかったぞ!

 この質問、それ自体がブラフだ!

 ……つまり、最善の答えは……


「い、いや……

 そ、そろそろ、移動住居モバイル・ハウスへ帰ろうか。

 日もだいぶ傾いてきたし、すこし肌寒い風も吹いてきた」


「ふむん……」


「帰ったら、すぐに熱いシャワー浴びなよ。

 その間に、ぼ、僕が紅茶を入れておくからさ。シャワー終わったら飲むと良い」


 そこで、やっと、こちらを振り返り、「良く出来ました」と言わんばかりにニッコリと微笑む。


(ふぅ……これが正解……か。

 ありがとな、グラボー)


 僕がグラボーに向かってうなづくと、グラボーも、それに答えるようにブルブルッと空中で震えた。


 僕らは立ち上がると、ビーチ・パラソルを閉じ、シートを丸めて、海岸線から三百メートルほど内陸に置いてきた移動住居モバイル・ハウスへ向かって歩き出した。

 重い荷物は、グラボーが反重力機能で運んでくれる。


 移動住居モバイル・ハウスに到着して、テータに「先にシャワー浴びていいよ」と言い、僕は室内には入らず、外でグラボーといっしょに道具類の表面に付いた塩分やら砂やらを洗い流した。


 水洗いをしながら頭に思い浮かぶのは、海で泳いでいるときに見た、あの岬のドーム型建築物だった。


「あれは一体……何だったんだろう?」

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