五章④ 遺言 from A
はじめて会ったときからあなたがキライでした
いまは大っキライです
他人を見くだすのがそんなにたのしいですか
口をひらけばやれ強いだの、アタマだいじょーぶですか
人は努力して強くなるんですよ
努力して努力して寝ないで勉強して、毎晩吐きながら勉強して、何度も泣きながら勉強してあたしは生徒会に入りました
街をよくするためです、みんながもっと笑えるようになるためです
あんたの世話をするためじゃない
機関科に転科が決まったときはホントにうれしかった
適正とかで勝手に農業科に決められて、けれどあきらめずに努力して生徒会入って、頭のおかしいミコトの小間使いにされて毎日機嫌とって、バカなフリして気のあるそぶり見せて、何ひとつ自分でできないグズの世話のあとでこっそり勉強して、ようやく射した光だもの
機関科でも死ぬほどがんばって、あたしはもっと上を目指す
そしたらミコトなんて特権階級はつぶしてやる
葉っぱが動かせるなんて、足が速いとかそのていどなんだ
机の上にいるのにひざまで水きた
すごくつめたい
もうおわりかな
サブ隔壁しめた、排水弁あけた、安全弁もぜんぶひらいた
みんな助かるといいな
すごいでしょ ミコトが指くわえることしかできないのにあたしは救った
むねまで水きた
せんぱい やったよ
せんぱい あたし守った
せんぱ
扇子が手からすべり落ち、床で乾いた音をたてた。扇に書かれた遺書はそこで終わっていたが、続きがあっても読めやしなかった。
アキは気づいていた。だれも助けにこないことを知っていて、だまされたフリをしていた。
誰のために。
アキを殺した人間のためだ。死んでこいと言い放った者を、死ぬ側が気づかったのだ。
――みんな助かるといいな
何のために。
彼女を失った程度でつぶれてしまう腰ぬけを立たせておくためだ。その弱虫でもいつかは生徒を救ってくれると信じたからだ。
サクヤには想像できなかった。
たった一人、口もとまで水につかりながら泣き言をもらさず、飲みこまれる瞬間まで人を救おうとしたことを。大の男でも泣きわめき絶望する状況のなか、自分であることを曲げなかったことを。
最後に許されたわずかな時間すら他人のために……アキはあの状況で、腑抜けてしまうであろうサクヤを叱咤するためにこれを書いたに違いなかった。
その愚か者がようやく理解できたのはたったひとつだけ。
己を貫き通した少女が持っていたもの。サクヤが得られなかったもの。
強さ、と呼ばれる本物の力。
――せんぱい あたし守った
そう、彼女は守りぬいた。水がひいた制御室で、横たわった少女の瞳は閉じていなかった。山下アキは最後まで立ち向かったのだ。
床に倒れたままの姿で天井を見あげる。あふれ出た涙が耳に入ってきたがかまわなかった。いまこのときだけでも、前を向いていなければいけない気がした。
探していたものはずっと近くにあった。教えを請う相手はこんなにも身近にいた。
そんなことに気づけない、底抜けの愚者がいただけの話だった。
サクヤは揺るぎない光にもう一度触れたくて、震える右手を扇子に伸ばし……さまよった手は結局、何もつかむことなく拳を固くにぎった。
そのまま右の袖で顔をぬぐったサクヤは、倒れた車椅子に向かって這いずりはじめた。
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