第32話 Conclude Battle.

    †


 月明かりが照らす草の原で、鋼を打ち合う音が響き続ける。

 大勢はほぼ一方的なものだった。


『ふふ、どうしたの? 守ってばかりじゃわたしは倒せないよ』


『その通り……!』


 大鎌という大振りな動作を必要とする武器に対して、連結を解き片刃の双剣となった大鋏は、威力としては軽くなったがその分手数と速度を上げて相手を押し込んでいった。


『そら!』


 時折カウンターとして放たれる大鎌の一振りも、片方の剣で受け、抗わず勢いに乗って跳躍とし、着地と同時にまた突っかけ、双の連打をお見舞いする。


『―――そこ!』


 左右の連打で動作を制した相手に対して、間隙の一撃を突きこむ。

 それを相手はしゃがみ、或いは大鎌の柄を支点に全身を振り、またあるときは大鎌から手を放して間一髪のところでかわす。


『せい!』


 軽く低いバックジャンプで一撃をかわし、全身を回して足元に蹴りを飛ばす。

 それを前方に跳んで避けると、空振りとなった蹴り足が置き去りになった大鎌を側面から蹴り、すくい上げるようにして回転させた。

 宙返りを打って回転するこちらの顔のすぐ側を、下から回ってきた大鎌の刃が掠めていく。


『……っと』


 捻りを加えて相手を正面に捉えるように着地すると、横回転から立ち上がった相手が、縦回転している大鎌の柄の先端を両手で掴み、回転方向を斜めに傾けて大鎌を振り下ろす一撃を放ってきた。


『そーぉれっ!』


 ぐぅんと伸びるようなその一振りを、身体を倒し、地面を這うようなキックスライドで潜るようにかわす。

 ブォン、と重く空を裂く音が耳元を掠め、大鎌の曲刃が背後へと流れていく。


『もう一丁!』


 攻撃を空振りした相手は、ステップを踏み、地面に当たる寸前で大鎌の軌道を変え、すくい上げるようなスイングからやや浅くなった斜め打ちの追撃を寄越してきた。


『ふふ―――』


 こちらも更に地面を蹴り、上体を捻って上向きながら、双の刃を身体の前面に長く合わせ、大鎌の一振りを滑らせるようにして受け、流していく。

 長い擦過の音と光が伸び、曲刃の根元までを受け切り、最後に両腕を大きく振り払うようにして、大鎌の柄を双の刃で打つ。


『はっ!』


 そのまま後方へ飛び退き、油断なく双剣を構え、相手の出方を窺う。

 弾かれた大鎌をもう一度大きく振り回すことで姿勢を制御し、ガン、と音をつけて地面に突き立てることで回転を止め、相手は此方を振り返った。


『……なかなかやるね』


 見れば相手の顔には汗が浮かんでいる。身の丈以上ある大鎌を振りまわし、振り回されることで体力を大きく消耗したようだ。


『やっぱりじゃないと、大鎌これの力は引き出せないみたいだなぁ』


 汗を拭って息を吐き、立てかけた大鎌の柄をこんこんと叩く。



    †


『じゃあどうする? もう諦める?』


 双の刃を軽く拡げ、肩を竦めるようにして、タナトスが訊いてくる。

 僕はもちろん、首を左右に振る。


『まさか。キミにはここで僕の相手をしていてもらうよ。ハーデスのところに行かれでもしたら面倒だ』


『じゃあ、どうするの?』


 もう一度、タナトスが訊いてくる。

 僕は答えを示すため、大鎌レイヴァーンを振るい上げる。


『もちろん―――こうするのさ』


 大鎌の柄、その中央が、カシン、と軽い音を立てて分かれる。

 そのまま両手を広げれば、カラカラと音を立てて鎖が引き出されていく。


『武器を二つに別けられるのが君だけだと思ったのかい?』


 左手から鎌の刃を落とし、鎖を掴んで振り回せば、大鎌は鎖鎌へとその形を変える。


『今の身体なら、こっちのほうが使いやすい』


『隠し玉があるなんて……ズルいのね』


『君に言われる筋合いはないね』


 振り回していた鎌を、大きくスイングを付けて放つ。

 柄の中から無限に精製される鎖を引き出しながら、大鎌の刃は円弧を描いて飛んでいく。


『っ!』


 相手が飛来する鎌刃を防ぐために、双の刃を交差させて態勢を取る。

 僕は右手に残った鎖を伸ばした大鎌の柄を引き、鎖を張って大鎌の軌道を操作する。


『そぅら!』


『っ!?』


 やや高めの位置から落ちるように向かっていた刃が、クン、と高度を落とし、地を這うような下方からの刈り上げに軌道を変える。

 予想を裏切られたタナトスは、上向きに構えていた双剣を胸元に引き寄せながら、飛来する鎌刃に対してバックステップを行い、両の刃を大鎌に叩きつけて己の身を打ち上げ、回避とした。


『まだまだ……!』


 空を切る形になった鎌刃を、柄を引き、鎖を操ってホップさせ、返す刃で背後からの一撃を見舞う。


『はっ!』


 空中で身を回したタナトスが、片刃を振るって鎌刃を打ち、弾かれるように飛び退いて回避する。更にはもう片刃を伸びる鎖に打ちつけ、飛び抜ける鎖鎌の勢いを殺し、打ち落とさんとする。


『いい判断だ―――でも惜しい』


『あ……っ!?』


 打たれた鎖は、撓み、片刃を支点に

 そのまま二回、三回と片刃に巻きつき、さらに鎌刃が回転力を上げて迫り、咄嗟に首を引いたタナトスの顔を浅く斬りつける。


『痛……っ!』


 痛みに竦んだタナトスは、鎖に巻かれた片刃が強く引かれるのに抗えず、腕を引かれてこちらへと飛んでくる。


『―――!』


 否。タナトスは自らの意思でこちらへと飛び掛ってきていた。残るもう片方の刃を引き絞り、引かれるのに任せて勢いのまま突撃を敢行した。


『はい残念』


 突き込まれる刃をかわし、カウンターとして柄の先端を腹部へと打ち込む。


『ぐぅ!?』


『そぅら!』


 さらに身を回して蹴りもくれてやる。タナトスは鎖に絡め取られた片刃を手放して吹き飛ぶが、途中で身を振って姿勢を制御し、なんとか両脚で着地した。


『ぐ、っう、ふ……っ!』


 顔から血が滴り、腹部を押さえ、途切れ途切れの呼吸をするタナトスに、僕は少し罪悪感を覚えた。


『うーん……やっぱり、こういうのは僕には向いてないのかもなぁ』


 柄を振るって大鎌を振り上げ、鎖に絡めた片刃を抜き、鎖を収斂して大鎌を元の形に戻してやる。

 それからもう一度両断すると、今度は鎖で繋がらず、柄と刃の二つに別れた。


『さて……あと30秒、ってところか』


 刃のほうを足元に置き、大鎌の柄と、タナトスから奪い取った片刃を両手に構えて、改めてタナトスへと向き直る。

 荒い呼吸を繰り返しながら、タナトスもまた、残った片刃を構えなおす。

 深紅の眼光が、鋭く輝く。

 今この瞬間は、だった。


『いくよ』


 ふらりと倒れ込むように、一歩を踏んだ。



    †


 消えた―――と、そう思えた。

 違う。


『ふっ!』


 飛び上がり、後ずさりながら、足元に向けて剣を振るう。

 鋼を打ち合う音がして、視界の中に相手の姿が浮かび上がる。


『は―――』


 片刃同士を打ち合わせながら、相手の深紅の瞳が間近に迫る。

 その縁が金色を帯びたように見えたとき、相手は残る大鎌の柄をこちらに向けて突き込んできた。


『くっ……!』


 こちらは剣戟によって打ち上げられていて、防ぐ手立てを持たない。

 柄の先が白銀に輝きながら、こちらの腹部に捻じ込まれた。



    †


『く、ぁ……っ!?』


 驚きと戸惑いに目を見開きながら、タナトスはその身の内へと鎌の柄を飲み込んでいく。

 否―――それは白銀の光を散らして、本来のの姿でタナトスの身へと入っていく。


『楽しかったよ、タナトス。―――お休み』


 白銀の光を散らしながら、タナトスの身体から枝を引き抜く。

 力を失い、頽れる彼女を肩に担ぐようにして支えながら降り、そっと地面に横たえる。

 それから枝を一振りすると、光り輝く枝葉から三つの光が放たれ、彼女の周囲を緩やかに回転し始める。

 現在と、過去、そして未来を見せる、夢の管理者たち。それぞれが光を放ちながら、目を閉じて眠る彼女の意識を深層に沈めていく。


『そろそろ、約束の2分だ……寝ぼすけの兄弟も、目を覚ます頃だろうね』


 地面に置いておいたはずの大鎌の姿は、既になくなっていた。

 の元へと戻ったのだ。

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