第五話 敵対Ⅱ

 街を取り囲む城壁に沿って、俺達は移動を続けた。少人数だ。残った連中の中にも確実にチート使ってやがった奴らは居るに違いないが、内心で舌出して巧い事やった。

 ……ここに居るのは要領の悪い奴等ってことになる。


「あーあ。こんな時に仲間割れだなんて、アイツ等、馬鹿ばっかりだな!」

 美少女エルフがボヤく。


「お前はチートなんか使ってなかったろ? なんで俺達の方に来たんだ?」

「デリーだって使いたくて使ってる訳じゃないだろ?」

「うん。ん?」

 なんか変な理屈だな。


 仕方なく移動する俺達。俺の隣にはいまだ腕にぶら下がってるルナとその隣の姫、反対側に海人が並んで歩く。

 さらにその後ろを遠慮がちに距離を空けて、他のチート連中が従う形で歩いていた。


「お前も。別に知らん顔して向こうに混ざれば良かったのに、なんで付いてきたんだ?」

「俺、あいつ嫌いだもん。」

 ぶーっと頬を膨らませて海人がサクッと答えた。まー、正直なことだ。


 ざっと見回しても、すぐ数え終わってしまいそうな人数だ。ひー、ふー、みー、……15人。

 この15人で何とかする方法を考えなきゃいけない。まぁ、そのうち、折りを見て向こうから引き抜いて来てやろうとは思ってんだが。


 どうせアイツ等の中でも邪魔者扱いされてハブられるヤツが出て来るだろう。リーダーのアイツはそういうタイプだ。そんな事をあれこれ考えていた時に、エロフが話しかけてきた。


「なー、デリー。あ、今は景虎?

 なんか似合わねー、その皮もだけど。イケメンとか、鼻で笑ってたお前らしくない。」

「男がふつくしくて誰が得するよ。特にこんなバーチャルのヤラセな世界でよぉ、リアルに目ぇつぶるにしても、延々と自分の心を騙し続けるなんざ、はなから無理があんだろうが。」

 どのみち、バーチャルなんてのは"嘘っぱち"って意味だ。リアルを常に引きずってんのに、意味もねぇ。


 馬鹿らしい、と一刀両断に切り捨てた論調で話すと、エロ姫が嫌な笑いを浮かべた。

「小難しいこと言ってるな、ぜんぜん意味が解かんねーぜ。」

 ちっ、奴との論戦がまだ響いてやがる。


「アイツってさ、なんか言ってることとか納得するんだけど、すげー腹が立った。なんとか見返してやりたいな。」


 コイツも多分に喧嘩っ早い性質だから、イライラしてんのは見ただけで解かる。さっきから拳を打ち合わせたり、口元へ手をやり爪を噛んでみたり、かなりカッカ来ているようだ。

 奴の言い分は一見は正しいからな。言い返すにもどう攻め込んだらいいかも解からんってのは仕方ないさ。


「奴の言うことは確かに正論だ。けど、それが完全な正論である為には言うべき時と場所を弁えなきゃいけない。こんな、デスゲームで人の生死が掛かってる時に言いだす論理じゃない。チートは確かにルール違反だけど、奴や、奴に賛同した連中のやった事は、もっと悪辣だ。ゲームのルールどころじゃない、社会のルールに反する事をやったんだ。」


 また姫は首を傾げて、しかめっ面をしてみせた。意味が分からん、てか。

 通常の、バグだとかの問題が起きてない時に言うべき事なんだ。こういう事態になったら困る、と、そういう理屈で言うのなら、俺だって何も反論したりはしない。それは正しいからだ。けど。

 なってからその事を理由に責めるのは、しかも、隔離の理由に使うのはどう考えたって間違ってる。


「ゲームに閉じ込められて、皆、ストレス限界まで来てるだろ? とんでもなく凶暴な思考になってんだよ。およそ、誰かを許そうだとか、そういう寛大さが失われているんだ。」

「ああ。イライラしてんのは、皆一緒か。じゃ、やっぱりアイツの言い分が正しいってか?」


「いいや、正しくない。奴は皆の苛立ちに付け込んだんだ。皆、誰かを攻撃して憂さ晴らしをしなきゃ、おかしくなりそうなくらいストレスが溜まってる。チートが原因だっていう無責任な噂もあるだろ、責め立てる理由さえありゃ、誰もがイライラを吐きだしたいと思ってたトコだったんだ。正当な理屈ってのは皮だけで、本音はスケープゴートにしたかっただけだ。てっとり早く俺達を差別対象にすることで、自分たちの陣営は結束するからな。」


 奴は、俺達を差別することで人々に安定をもたらす方法を取った。それが確実で、手っ取り早いからだ。


「なんでそれ、アイツ等に言ってやらなかったんだ?」

「言ったって無駄だ、あの場の空気……、皆、正気じゃない。」


 気付いていた奴も当然居たに違いないんだ。知ってて、気付いていて、それでも奴の誘いに乗ったクソ野郎も少なくないはずだ。腹の立つ話だけどな。皆、自分が可愛いし、その程度と誤魔化したんだろう。死ぬわけじゃない、と。

 こういう状況になれば、人間は本性を現すんだよ、まぁ、俺も他人のことは言えないんだが。


 本当は、反論することを躊躇したんだ。あの場でそれを言ったところで、きっと奴の弁舌でひっくり返されると思ったからな。そうなったら、俺は酷く不利な立場に置かれる。奴等だけでなく、ここにいるチート連中の見る目も変わる恐れがあったからだ。


 そんで、ほれ、読みの通りに隣のエルフ美少女が感心したように俺を見る。

 やり取りを黙って聞いていた連中も、俺に向ける視線は特別なものだ。

 反論をする場を選べば、その効果は最大の影響で相手に響く。


 イニシャチシブを守るために、俺は黙ったんだ。

 お前が思うほど、俺は善人じゃない。

 デスゲームの中だ、孤立はもっとも避けるべき事態だ。

 奴等と同じ、我が身かわいさで黙っただけだ。


「着いたぞ。」


 広々と開けた草原地帯。ここが本当の、このゲームにおけるスタート地点だ。始めたばっかりの奴は、さっき俺達が居た場所へは行けないようになっていて、見えない壁に遮られる。その壁よりこっちは敵が涌かないんだ。


 草原の向こうに、かすかに青い大海原が広がる。

 ここは小高い丘の上で、三方を海、前方を街で塞がれている。初心者はさらに見えない壁によって、間違っても他のフィールドへ突然出たりしないように出来ている。

 振り向けば街の白い城壁と、城門が見える。何年振りかな、この風景見るの。


 チュートリアルの、こっち側は本当に完全な初心者用フィールドだ。敵が涌かない。

 これが、非常に困った事態を引き起こす。エネミーが居ないってことは、ドロップアイテムの入手が出来ないってことだ。危険な街中へ買い付けに行く以外にスタミナ回復の手段がない。


「とりあえず、スタミナドリンクを配給しとくから! 一人6本ずつだ、並んでくれ!」

 ぞろぞろとプレイヤーたちは俺の言葉に従って列を作る。なんだか無気力だな、あまり良くない状態だ。


「適当に5人で纏まってグループ作ってくれ、テントは節約して使いたい。いいか?」


 本当に無気力だ、誰も返事を返さない。早い目に立ち直ってもらわなきゃどうにもならないんだけどな。

 チート使ってたってだけで、ここまで打ちのめされる事になるなんて、予想もしなかっただろうし、絶望感もひとしおなんだろうが……。


「おい、みんな、」

「今は焦らないほうがいいわ、」

 ひょい、と配給のドリンクを取り上げて、知らない女キャラが俺の言葉を遮った。性別アイコンは女。


「みんな、ショックが酷いもの。何を言っても反感しか買わないわよ。せめて半数くらいが自力で立ち直って来るのを待ったらどう?」


 見知らぬ女戦士。その衣装は、これも何かのイベントの優勝賞品だったものだ。ステイタスにあるギルドの名称を見て納得する、【グランド・サザンクロス】古参の中でも1、2を争う強豪ギルドか、すごい女が釣れた。


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