私は急に止まれない。

桜 夜幾

受験です

第1話 ハジマリです

 


 嫌な予感がありました。



 中学のOBにはその学園の生徒はいませんでしたし、合格したのは私一人でしたから詳しい事は分かっていませんでした。

 噂というのはあちこちで聞こえますし、サイトで検索すれば色々出てきますよね。表も裏も。

 だから、もっと調べれば良かったんだ…と言うのは後の祭りです。



 父子家庭ならでは……なのかどうかは分かりませんが、父は大変心配症です。

 そんな父が一年前、どうしてもこの学園にして欲しいと持ってきたパンフレットがありました。

 中等部から大学部までのストレート校で、私は高等部受験になります。

 共学ではあるけれど女子が圧倒的に多いらしいのです。

 女子校に行けと言われると思っていたので、少々肩すかしをくらった感じではありました。中学は父のたっての希望で女子校でしたからね。

「だって女子校は、家から遠いよ」

 家から近くて女子が多い。それが父の基準のようです。

 テーブルの上に置かれた県内地図に我が家を基点に赤い線で円が描いてあるのが見えます。

 その中に入らない学校は除外されたらしいです。



「それに私立だけあって制服が可愛い!」



 公立でも可愛いところはありますよ。

 今、どんどん少なくなっているセーラ服の学校だって良いじゃないですか。

 上下紺だって良いじゃないですか。私は地味な方が好きです。

 でも父の主観で選ばれてしまうので、私の言い分は制服に関しては特に必要とされません。

 中学だって近くで可愛いという理由で私立でした。

 だったら中等部からここに入れば良かったんじゃ?って思います。

「ニーハイを許可してないからだめ!」

 だそうです。はい。高等部から許可とか良く分からないです。といいますか、何故ニーハイが許可されていなかったことを知っているのでしょうか?



 私は公立でも良いと思っていましたが、そうすると家があるのに引っ越すと言いだすのは目に見えてました。

 三年間の為に新しく家を買うなんてトンデモないです。

 独り暮らしをすると言おうものなら、滂沱ぼうだのごとく涙を流されるので仕方ないのですよ。

陽向ひなたにとっても似合うと思うよ」

 そう言って隣の部屋からささっと持ってきました。

 まだ合格どころか受験もしていないのに、何故ハンガーにかかった制服を持っていらっしゃるので、しょ・う・か!

「お父さん…また変なツテ使いましたね」

「ここの卒業生と知り合いなんだよ。っていうかいつも言ってるだろう? パパかパパンって呼んでって」

 私に向かってウィンクしながら言いました。このくだりは耳にタコなので、スルーしておきます。


 パパとかパパンなんて呼ぼうものなら、私が大変な目にあうのは必至ですので。


 うっかり外で呼ばないためにも、普段から普通に呼ぶことにしています。

「合格したら、もちろん新品の買うけど、今、着ているところ見たい~!」

 良い歳をした大人が甘えました。足をバタバタさせました。



「嫌です」



 私がそう言いますと、ガーンという文字が硬いフォントで書かれてある重い石が頭に乗っかったような顔をして固まってしまいました。

「合格したら見れるかもしれませんね」

「ええー!? 今、みーたーいー!」

 駄々をこねる父親。毎度のことながら深い溜息をついてしまいます。

「来年を楽しみにしててください。受かるようにがんばりますから」

「じゃ、受験してくれるの?」

「仕方ありません。受かるかどうかは神のみぞ知る…ですよ?」

「陽向なら大丈夫、絶対受かるよ」

 満面の笑みで答えてくれました。

 信頼は、とても嬉しく思います。

「そうそう。陽向は、ほっといても合格するって」

 リビングのドアが開いて父の姉であるはなさんが入って来ながら言いました。

 伯母おばですが、とてもそう呼べるような方ではありません。

 贔屓目ひいきめを覗いても、父も伯母さまもとても美人さんなのです。それに年齢より若く見えるという、天は二物も三物も与えちゃうんですか? 的な人達です。

 女子である私が言うのもなんですが、伯母はボンキュッボンの大変メリハリのある豊満なお体を持っていまして、少し羨ましいです。


 ええと、その。

 見栄を張ってみました。普通な容姿の私は羨ましいです。


 なので伯母さまの事は『華さん』とお呼びしています。

 父の唯一血のつながりのある方ですので我が家の鍵を持っていますから、いつでも自由に出入りができるわけです。

 私の母親代わりでもあります。

「この学園はね、私もお勧めなの」

 華さんも勧めてくるとは意外でした。

 制服が可愛いからという理由で私立の中学校に入学させたことを大変にお怒りで、家が近いからと言われてあっさり許すあたり、さすがは父のお姉さまです。

 今回も制服が可愛いという理由がありますので、反対されるかなと思っていました。

「家からも近いし。自転車通学もできるから」

 なるほど自転車通学は助かります。

 部活に入ってもすぐ家に帰って夕飯を作る時間が取れますから。

 徒歩と自転車では雲泥の差なのです。

 華さんが時々ご飯を作りに来てくれますが、お仕事があります。毎回はお願いできませんし、そこまで甘えてはいけないと思うのです。



「わかりました。ここ、受けます」



 華さんと父は嬉しそうに頷きました。

「ところで、マナ。その制服はどこから手に入れたのかしら?」

 大事そうに抱えていた制服を床に落として、父はその場所から脱兎のごとく逃げて行きます。

 華さんも追いかけて行きましたので、私はその制服を拾いました。

 お借りしているものですから、しわになっては困ります。

 父が可愛いと思うだけあって、確かにその制服は魅力的でした。

 地味な服が好きな私ですが、可愛い物が嫌いなわけではありませんから。




 来年この制服を着れれば良いな…とその時は本当に思ったのです。


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