ランドシン伝記

キール・アーカーシャ

第1話

「ランドシン伝記」

                        キール・アーカーシャ


『一つ、平(たい)らな石、置かれてる。

 二つ、尖(とが)った石、転がてく。

 三つ、丈夫な石、留(とど)めてく。

 四つ、小さな石、和(なご)ませる。

 もう、怖くない。もう、怖くない。

 みんなでならば、何処へも行ける。

 もう、怖くない。もう、怖くない。

 帰るだけだよ。

 と、彼らは言った』

   ―――《ランドシン英雄賛歌》より


 ・・・・・・・・・・


 空に魔法も使わずに鉄の塊が飛ぶなどと言えば、かつての人々は信じただろうか?

 しかし、その答えがどうにせよ、現在においてはそれは叶っているのだ。

 亜大陸ランドシン、その北に位置するククリ島においては、今日も大陸とを結ぶ空の便が果てない青空を行き交っている。

それらのジェット機は重心と翼による揚力の位置がほとんど同じであり、安定した飛行を見せていた。鋭利(ピーキー)な動きを可能にする為にあえて重心と翼の位置をずらす戦闘機、安定性の代償として小まめなコンピュータ制御が必要な機体などとは大きく違う。

 平和な光景そのものだ。

 中には魔導を使用した飛翔艇もゆっくりと浮かびながら進んでおり、それらは主として輸送用であった。こちらは重心と翼の揚力の関係から解放されており、自由な翼が位置づけられている。着地も容易に可能だった。

 近年では科学的に波動を利用した加速器・ELドライブの開発が進んでおり、これが実装されれば推進剤を使う事なく加速する事が可能で、飛翔艇もより高速での移動が容易になるであろう。

(エネルギーの一部は有質量の素粒子に自ずと変換され、その素粒子を波動で一定方向に進める事で生じたベクトル差の分だけ推進力にする。これにより運動量保存の法則に反する事無く、実質的な推進剤無しで加速が可能となる。これを突き詰めたのがELドライブであり、革新的な技術だった)

 このELドライブさえあれば人型の巨大ロボットも夢では無くなるとの話であり、それが叶えば古代アルキア神話における《アルマ》という人型兵器が実現するのだ。

(空中、半空中での姿勢制御には手足が必要であり、多角的な武器の使用には両手、歩行には両足が最適であった。さらにカメラを頭部に置けば効率はよい。しかも、それらの手足頭は被弾で欠けたとしても致命傷にはならず、それらが存在しても被弾面積は増加したと言えない。むしろ誘導弾やレーザー兵器の攪乱になる可能性すらあった。とはいえ、これらは中央部分がELドライブで浮いている事が前提なのである。そして、無重力・微重力下の宇宙戦闘において、この兵器は最大級のパフォーマンスを発揮する事であろう)


 時代は変わった。

 この時代に生きる人間でさえそう思うならば、古来より生きてきた人間ならばどう感じるのだろう?

 とはいえ、長き時代をも見つめてきた者なら、こう言うかも知れない。『どの時代も素晴らしい』と。

 さて、旅客機や飛翔艇の喧騒から遠く、しかし、それらを視認する事が出来る小高い丘にて、一人の麗しい吟遊詩人の男が座りこんでいた。

 今の時代、吟遊詩人など絶滅危惧種のようなものだが、逆に同業者が居ないので彼は食いつないでいけた。とはいえ、その衣服や帽子はボロボロで困窮を予感させたが、しかし、それもまた古き時代の成りと言えただろう。

 ただ、そんな質素な身なりでも詩人の高貴さや美しさは全く損なわれていなかったのだ。

 自由気ままな生活、それはこの時代においても詩人にとって同じであり、彼は諸国・諸世界を放浪し、久方ぶりに亜大陸ランドシンへと戻って来ていた。

 丘のふもとでは人間の子供達とゴブリンの子供達が仲良く遊んでいた。

 それは遠き日々では考えられない光景だった。

 かつては人間達にとりゴブリンは凶暴な魔物とされ、人間と共存など考えられなかった。

 古来の伝承や物語では、ゴブリンは勇者や戦士に狩られるものであり、害獣に等しかった。

 当時、ゴブリンを倒す事は善であり、それを可哀相などと思う発想など、かつての人間には無かった。

 だが、ゴブリンにも人間と同じ知性と感情があり、故に本来ならば分かり合えるのだ。

 ゴブリンと人間が対等に人権を有する時代が来るなどと言えば、かつての人々は信じただろうか?

 いや、多くは嫌悪感を示し、異端に対する目を向けるだろう。決して信じはしない。

 しかし、彼らならばそれは正しい考えだと信じただろう。

 かつて《無名の英雄》と呼ばれた彼らならば。現在の亜大陸ランドシンにおいて、知らぬ者など居ない彼らならば・・・・・・。


 この時、詩人は少し試したくなった。

 あそこで遊ぶ幼き人間とゴブリンの子供達は、彼らの名と物語を知っているだろうかと?

 悪戯心に似た感情がうずき、詩人は愛用の琴を引き鳴らした。

 すると、子供達は興味深そうに詩人の方を見て、何かを話し合っていた。

 そして、意見がまとまったのか、全員で丘を駆け上ってきた。

 詩人は喜びをあえて顔に出ないようにし、同じ調子で弦楽器を奏で続けた。

 子供達は好奇の眼差しを近くで向けてきた。しかし、ついには抑えきれなくなり、一人の人間の少年が詩人に声を掛けてきた。

「ねぇ、吟遊詩人さん・・・・・・だよね?お話聞かせてくれる?」

「あぁ、もちろんだとも。お代は要らないよ。いつか君達が大きくなって、また私と出会う事があったら、その時は硬貨をお代でくれると良い」

 そう言い、詩人は微笑んだ。

 詩人の真意は子供達には分からなかったが、ともあれタダで歌と話が聴けるので子供達は喜んだ。

 そして、近くの岩に仲良く座り、歌が始まるのを今か今かと待ちわびるのだった。そんな中、吟遊詩人は語り始めた。

「さて、幼き子らよ。ヒトというのは得てして名声を求めるものだ。遙か西方のトゥラン国においてはそれは顕著で、トゥラン人は歴史に名を残すことを誉れとしている。これはあらゆる種族に共通する欲求かもしれない。幼い君達にはその感覚は薄いだろうが、それでもアイドルになってテレビに出たいとか思う事もあるだろう?」

 すると、女の子達は大きく頷いた。

「かつて私もそう願った。いやいや、アイドルになりたいという事じゃない。世界に私を認めさせたかった。年代史記に名を連ねたかった。自分の存在を残したかった。そして、それは誰もが望む事だと思っていた。・・・・・・彼らを知るまでは」

 この言葉に段々と子供達は詩人が何を語りたいか分かってきた。

「その者達は誰一人として歴史に名を残そうとしなかった。それよりも大切な事を彼らは知っていたのだ。彼らはそれが必要だと感じたから、あえて彼らの名が広まらないように努力をした。人々が救われる事の方が彼らにとっては大切だった。当時、多くの人々が無名な彼らを蔑み、馬鹿にした。それでも彼らは言い返す事も無く、ただ彼らの成すべき事を成し続けた」

 吟遊詩人はここで言葉をいったん区切った。

「それでもいつしか噂は広まった。『ある者達が居る。その者達の名は知れぬが、それでも彼らは確かに存在し、そして多くの村を町を国を種族を救った』と。いつしか人々はまだ見ぬ彼らをこう呼んだ。《無名の英雄達》と。しかし時が流れ、今や彼らの名を知らぬ者は居ない。無名の英雄達、いや無名の英雄だったからこそ、彼らの名は誰よりも亜大陸ランドシンにおいて広まったのだ。君達は彼らの名を知っているかい?」

 それに対し、ゴブリンと人間の子供達は、顔と目を同じく輝かせて次々に答えた。

「ヴィル・ザ・ハーケンス!」

「ヒヨコ豆団(だん)!」

 などと誇らしげに。

「そうだね、その通り。ククリ島に住まう君達なら、彼らの事を学校の歴史の授業で習った事だろう。二つの大国により侵攻を受けたククリ島を彼らがいかに救ったかを君達は私よりも知っているかも知れない。だから今は別の物語をしよう。これはヴィル・ザ・ハーケンス、そしてヒヨコ豆-団の始まりにして終りの冒険。再誕の物語と言えるだろう」

 そして、美しき吟遊詩人は彼らの物語を奏でだした。


 ・・・・・・・・・・


 第1話


 剣の時代は終わりを告げ、炎の時代が始まりを築いてより、しばしの時が過ぎ去っていった。

 しかし、その最中、はるか深淵に葬り去られたはずの暗黒が亜大陸ランドシンに蘇ったのだ。

 魔王とその配下にある三体の不死の王。

 彼らの率いし異形の軍勢は、亜大陸の国家群を炎と硫黄にて土へと帰し、無数の骨と屍の上に闇帝国を打ち立てようとしていた。

 世界は果て無き夜に包まれ、光は失われた。

 あるのは徐々に血のような赤さを増す空と、黄昏色に淡く輝く星々のみであった。

 しかし、それらの星々さえ、その輝きを失いつつあったのだ。

 絶望と恐怖が人々の心を蝕む中、女神アトラは最後の希望を、ある冒険者達に託すのであった。

 その冒険者達は今、女神アトラより賜りし聖なる使命(クエスト)を遂行せんとしていた。

 そう、かつて伝説の冒険者であるクル・フィネスが魔の力により砕け散った神性水晶(クリスタル)の断片を、亜大陸の全土を巡り、人生の全てを捧げて集めたように。


 ・・・・・・・・・・


 エストネア国、その南部に位置するレフェ市は包囲のただ中にあった。

 城壁の外には白き異形(フリークス)がひしめき、今にも市を守護する結界を破らんとしていた。

 この市は古来より女神アトラの守護結界に守られていたが、その守護方陣は弱まっており、魔王の眷属の侵入を今にも許さんとしていたのだ。

 かつて南エストネア(アストニア国)を統治していた諸公は聖なる《レ・アタラネ大森林》へと逃げてしまい、救援は望めなかった。

 一方、エストネアの北部を主に治める国王はその担当地を魔王軍から守るので手一杯で、兵をこちらへは送れてない。

 故に、市中の人々は最期の時をただ待つ事しか出来なかった。


 城壁の外では禍々しい甲冑を身に纏った男、青みがかった灰色の肌をしているその男が状況をジッと見つめていた。

 その男の名はアルカ=カン。

 かつて彼はエストネアの聖騎士団の総督であったが、国を諸人類を裏切り、魔王と契約を果たし、悪魔と化していた。

 彼が手を上げると、白き異形達は動きを止めた。

 そして、アルカ=カンは城壁の守備兵達に、嬉しそうに最後通告をするのだった。

『愚かなレフェ市の民草よ。我が名はアルカ=カン。かつて、お前達と同じエストネアの民であったよしみで、俺はお前達に慈悲を与えよう。投降せよ!さすれば、命だけは奪わん。ただし、お前達も俺と同じく魔王様の眷属(けんぞく)として、闇に生きる事になるがな』

 すると、城壁の守備兵達は石を投げ出した。

「ふざけるなッ!」

「あっち行け、この化け物ッ!」

 そして、一つの石がアルカ=カンの額にぶつかり、その額から青き血が零れた。鼻まで垂れてきた血を指ですくい、アルカ=カンは怒りに身を震わせた。

『総攻撃開始ッ!』

 と、感情のままに号令を発するのだった。

 この時を待っていた白き異形達はそれぞれ狂喜の声をあげ、城壁にぶつかっていった。


 城壁での防戦が激化する中、市中のアトラ神殿では一人の少年が祖母と身を寄せ合って震えていた。彼の両親は城壁の傍で戦いの補助をしており、彼の側には居なかった。

 しかし少年は絶望しきっており、どうせ死ぬなら両親の傍で死にたいと心の内では願っていた。とはいえ、長い恐怖の中で最期を待つのも辛く、少年は祖母に大して意味も無い質問をするのだった。

「お婆ちゃん・・・・・・。僕たちの市(まち)を襲ってるアルカ=カンって何者なの?」

 これに祖母は深く溜息を吐き、答えだした。

「彼は国王陛下の幼なじみだよ。元々、彼は東方の生まれで、その頃はア=カンと名乗っていたとの事さ。でも、奴隷売りに捕まって、南エストネアに売られたんだよ。その頃はここらも貴族は奴隷を使っていたからね。とはいえ、ア=カンは何とか北に逃げ出し、当時は第4王子であらせられた国王陛下と出会い、気に入られ、逃亡奴隷の地位から解放されたのさ。もったいない事さね。それからア=カンと陛下は苦楽を共にし、ア=カンは大した実力も無いくせに最年少で聖騎士となってしまった。陛下は優しい御方だからね」

 さらに老婆は続けた。

「その頃はア=カンも人気があったんだよ。彼も苦労人だからね。同じく貧困に苦しむ民からしたら、彼は希望とも言えたかも知れない。しかし、それが良くなかったんだろうね。彼は段々と調子に乗りだし、増長慢(ぞうちょうまん)に陥ってしまった。陛下の威光(いこう)で聖騎士になれただけなのに、実力があると勘違いしてしまった。そして、無い実力をあるように見せかけようとした。本来ならば仲間である筈の同僚の聖騎士を蹴落とし、彼らの弱みを上手く握ってね、そして成り上がっていった。そこに感謝の心は無く、あるのは仲間に対する批判ばかりだった」

 この話を少年は思わず興味深く聞き入っていた。

「また、上司で恩のあるはずの聖騎士長に対しても、弱い毒を仕込んで、東方の呪詛を使ったとの噂もあるけど、いずれにせよ聖騎士長を弱らせた。結果、その聖騎士長は寝込みがちとなり、必要な時以外は昼に起きるようになった。そんな聖騎士長は評判が落ち、逆に聖騎士長の尻ぬぐいをするア=カンの評判は上がって行った。しばらくして、ア=カンは弱った聖騎士長に対して正統なる決闘を申し込み、倒してしまった。そして、ア=カンは新たな聖騎士長となり、アル=カンと名乗りだした。このアルというのは騎士王アルカイン様から勝手に取ったものでね、アル=カンは部下に自分の事をアルカ=カンとわざと呼ばせたものさ。まぁ、今では普通にそう名乗っているけどねぇ」

 老婆は段々と情けない気持ちになってきていたが、話を続けた。

「話を戻せば、アル=カンは運が良かった。六精霊の戦いにも参加しなかったし、聖女ミリトの率いる聖霊軍にも同行しなかった。おかげで、これらの戦いで有能な将軍達は死していく中、普通に生き残ってしまったのさ。そして、地方で起きた反乱を討伐して、功をあげていった。この反乱も飢えた南部の農民が起こした一揆であり、アル=カンは彼らを虐殺し、酷く問題になったんだよ。とはいえ以降、反乱は起きず、アル=カンは聖騎士団の総督に任命されたのさ」

 そして、老婆は一息つくのだった。そんな老婆に対し、少年は素朴な疑問を尋ねた。

「なのに、どうして悪魔になってしまったの?」

「元から彼の心は悪魔だったのさ。噂では東方の悪魔信仰をしてたとの話だしねぇ。ただ、やはり転落が始まったからだろうねぇ。聖騎士団の総督に任命された彼は、対サーゲニア戦争に総司令官として投入された。でも、ここで知将タヒニトに大敗して、何万もの兵を失ってしまった。仕方なしに国王陛下は年老いて引退していたサイク将軍を呼び戻し、彼にサーゲニア戦を当たらせた。老将軍サイクは年老いてなお優秀でねぇ、狂戦士ロー将軍と共に、ついにはサーゲニアを追い詰める所までいった」

 ここまで説明し、老婆は首を横に振った。

「しかし、戦乱の終盤に老将軍サイクは原因不明の病に罹(かか)り、悪夢再び、アル=カンが総司令官に戻って来てしまった。彼がまた呪いを掛けたという噂があるけどね。さて、アル=カンはロー将軍を後方の補給部隊に当たらせ、思う存分、自らで指揮した。結果、楽に勝てるはずの戦も辛勝となり、何万もの犠牲の末に成り立った勝利となったのさ」

「酷い・・・・・・」

「そうだねぇ。でも酷いのはここからも同じさ。戦争が終結し、アル=カンは王都の近郊を統べる内史(ないし)に任命された。彼は王都の長官に過ぎないのに、王の外交官の猿真似をして、何度も何度も海外に赴き交渉の真似事をした。その時は部下と共に贅沢三昧で貴賓室に泊まったのさ。各地で経費で講演(こうえん)や宴会を開き、また経費で自身を主役とした劇や銅像を作らせ、自身の名声を高めようとした」

 今、老婆は深い溜息を吐いていた。

「そのあまりの浪費癖に、人々は眉をひそめた。かつて貧乏だった頃の気持ちを彼は忘れてしまった、いやかつて貧乏だったからこそ、その反動で湯水(ゆみず)のように金を使ってしまうのだ、と。そしてついには国王陛下も彼を公職から追放し、彼の名は歴史の表舞台から消えたのさ。しかし、こんな形で戻って来るとはねぇ」

 と、老婆は嘆かわしげに語るのだった。

 さらに老婆は孫に戒めを教えた。

「南エストネアには《嘆きの歌》があってねぇ。その原典は失われてしまっているけど、次のような内容だと言われている。《ろくに実力も感性も持たぬのに、それをわきまえずに出しゃばろうとする者達が居る。不必要に言葉を発し、自滅していく者が居る。自らの名声と自己顕示の為に、仲間を平気で蹴落とそうとする者達が居る。かつては才能を有したが、心や体の衰えと共にその才能を失うも、高慢な心のみは失わず増長し、歪(いびつ)に舞い踊る者が居る。誰も彼もがそうなのだ。誰も彼もが衰え消えて行く。全ては儚き世の事。狂いし者が名を残し、善人は名すら残らず消えて行く。いや、そもそも善人など、この世界に居るのだろうか?いや、この世界にそのような者など居はしないのだ》とね」

 しかし、老婆は続けた。

「でも、それは違うんだよ。彼らが居る。彼らはそれらの者達とは違う。彼らは変わらずに、その気高き心と力を保ち続ける」

「彼らって?」

「それはだねぇ、私の小さな可愛い坊や。《無名の英雄達》と呼ばれた方々だよ。その者達は薄氷を踏み歩くような道のりを経てきた。いや、誰も彼もが薄氷を歩いているんだよ。成功している者もふとした時に氷を踏み抜いてしまい、冷たい海に墜ちていく。でも、《無名の英雄達》彼らは特に険しい薄氷の上を歩いて生きた。誰もが進もうとしない険しい、果て無く険しい道さ。それでも、彼らは決して落ちる事は無かった。なぜならね、彼らは祝福されているからだよ。女神アトラ様に、偉大なる精霊達に、そして光に。彼らの足下には見えない光の道が続いているんだよ。彼らが正しい道を進もうとする限り、彼らが人々や世界の為に生きようとする限り、その光の道は彼らを支え続ける。彼らの命が尽きる瞬間までね」

 だが、少年は祖母の言葉に首を横に振った。

「居ないよ。そんな人達なんて居ないよ。《無名の英雄達》なんて嘘っぱちだよ。だって、だって、もし居るなら・・・・・・どうして僕たちを助けてくれないの?どうして、魔王を倒してくれないの?」

 と、涙をポロポロと零し、心の内をさらけ出すのだった。これに老婆も涙ぐみ、ただ愛する孫を抱きしめる事しか出来なかった。

 その時、城壁の結界が破れた音が響き渡り、老婆は孫だけは守ろうとするも、悲しいかな、彼女に出来る事は怯える孫の傍に最期まで居る事だけだった。


 ・・・・・・・・・・


 城壁の結界が一部でも破れたのをアルカ=カンは満足そうに見ていた。

『よしよし。そのまま侵入していけ』

 と、誰にでも出来る指示をアルカ=カンはした。

 そして、白き異形達は結界の穴から侵入して、城壁をよじ登っていった。

 これに対し、熱した油などが掛けられるが、あまりに白き異形の数は多く、対処の限界を超えていた。

 嗜虐的(しぎゃくてき)な喜びに、アルカ=カンは口元をほころばせた。

 あと少しで、無垢な小動物のような人間ども、それでいて本当にあまりにも愚かな人間どもを、ぶちのめす事が出来ると。そして、勝つのだと。

 この《ぶちのめす》という言葉や《勝つ》という言葉は、彼が幼少の時より好んできたものであり、それは今も変わらなかった。

 だが、時にそれらの言葉は自分に跳ね返るという事を彼は分かっていなかった。

 後方から悲鳴が響いた。

 それは後方に待機させていた部下達の絶叫だった。

『なんだ?』

 後ろを振り返ると、どうやら敵襲を受けているようだった。

 しかし、その相手は1、2、3、4・・・・・・わずか4名の黒ローブを着た者達だった。

 一人は剣士、一人は格闘家、もう一人は人形を使って居る。最後の一人はカードを巧みに放っていた。

 歴戦の勇士なはずの何百人もの部下達が、わずか4名にやられていった。

 いや、アルカ=カンは分かっていなかったが、彼の部下達は命が惜しく、少しでも傷を受けると逃げ出そうとしていたのだ。

 しかし、アルカ=カンの頭は彼らの正体でいっぱいだった。

 その時、黒ローブの先頭の剣士、その男の素顔が風で露になった。その者は一見すると地味な風貌だが、その瞳の奥には強い意志の輝きが秘められていた。

彼こそは・・・・・・。

『貴様らかッッッ!ヴィル・ザ・ハーケンス!そして、くそったれなヒヨコ豆-団がッッッ!』

 吼え、アルカ=カンは長槍を構えた。

 対し、我らがヴィル・ザ・ハーケンスは一気に悪魔達を斬り裂くと、アルカ=カンに肉薄した。他のアルカ=カンの部下達が邪魔できぬように、ヴィルの仲間の3人は敵を引きつけていた。

 そして、アルカ=カンとヴィル・ザ・ハーケンスの一騎打ちが始まった。

『剣で槍に勝てると思っているのか?!そのような粗末な剣で、この魔王様より賜った魔槍に勝てると思っているのか?どれ程の金が、俺の装備に掛かっていると想っている!』

 だが、ヴィルは巧みにアルカ=カンの槍をさばいていった。

 そして、冷酷に告げるのだ。

「いくら金をかけようが、元が悪ければ意味が無い」

 これにアルカ=カンは一瞬の逡巡の後、怒りを爆発させた。

『黙れーーーーーーッッッッ!』

 猛攻がヴィルを襲うも、それは決してヴィルに届かなかった。

 すると、ヴィルは今度は悲しげに告げた。

「投降しろ。そうすれば命までは奪いはしない。ただ、後々に裁判に掛けられるだろうが」

『ヒトの法で俺を裁けると思うなッッッ!数えきれぬ程のヒトという動物を、俺は殺してきたの・・・・・・』

「残念だ」  

 次の瞬間にはアルカ=カンの首は飛び、『だ』という言葉が口から虚しく零れた。

 だが、アルカ=カンの生首は生命力に満ちており、その首から虫のような足を生やして逃げようとした。

 これを後ろからヴィルの剣に串刺しにされ、アルカ=カンは沈黙した。

 それをヴィルは無慈悲にも掲げ、白き異形やアルカ=カンの部下達に告げた。

 手で掴む事も出来たが、その危険をヴィルは冒さなかった。

「見ろッ!お前達の主は死んだ。次はお前達の番だぞッ!」

 この言葉に恐れおののいた白き異形や部下達は大慌てで逃げ出すのだった。

 すると、剣の先のアルカ=カンの首が、言葉を紡いだ。

 悪魔と化した人間は、これ程までの攻撃を喰らっても生きているのだ。

『ヴィル・・・・・・ザ・ハーケンス。まだだ、俺は負けない。何度でも蘇って俺は・・・・・・』

 しかし、ヴィルは首を横に振った。

「もう休め、アルカ=カン。お前は十分に戦った。お前は並の人間では無い。良かれ悪かれ、お前は歴史に名を残したんだ。俺達と違い」

 そんなヴィルに対し、アルカ=カンは笑い声をあげた。

『今だけだ。お前が・・・・・・憎い、うらやましいぞ、ヴィル・ザ・ハーケンス。・・・・・・ククリ島の時から、ずっと、お前を・・・・・・』

 そして、アルカ=カンの首と、それと離れた胴は泡と化して消えて行った。それは彼の人生そのものと言えたかも知れない。

 一方、ヴィルは遠き日、ゴブリンの住まうククリ島にて出会った人間の少年ア=カンを思い出していた。その時は彼らは二人とも無名であり、片方は名を広める事に執着し、もう片方は無名である事を甘んじた。

 時は流れたのだ。

ヴィルは感傷に身を委ねたかったが、それでも目を閉じる事も許されず、城壁へと向かった。


 神殿の二階で外を見張っていた青年が声をあげた。

「扉を開けてくれ!守備隊が悪魔達を撃退したらしい。俺達は生き残ったんだ!」

 その言葉に、神殿の避難民はワァッと歓声をあげた。

 扉は開かれ、外で待っていた兵士達と中に居た家族が再会を果たしていく。

 それは少年や祖母と少年の両親も同じだった。

「お父さん、お母さん!」

 少年は父と母に駆け寄り、思い切り甘えた。普段は大人ぶっていた彼だが、この時は幼き頃のように抱きついた。それを父と母は抱きしめ返すのだった。

 彼らは生きて再び会えた事を素直に喜び、女神アトラに感謝の言葉を捧げた。

 そんな中を4人の黒ローブの者達が通り過ぎ、神殿の中に入ろうとしていた。

 これを少年は涙を拭いながら見とがめた。

「お前達、誰だ!怪しいぞ!」

 《怪しい》という言葉に周囲はざわついた。

「ま、待てよ。俺達は決して怪しい者じゃないぜ」

 と、長身の黒ローブの者は弁解したが、それが逆に怪しかった。

 少年はさらなる疑わしげな視線を送り、その黒ローブの者は慌てだした。

 だが、これを一人の兵士が止めた。

「安心してくれ。この人達は俺達の命の恩人だ。あの悪魔アルカ=カンを倒し、さらには市内に残って居た異形(フリークス)を易々と倒してくれたんだ。おかげで、こちらの被害はほとんど無かった。奇跡みたいな話だ。彼らは英雄だよ」

 すると、皆が黒ローブのヴィル達へ拍手と感謝の言葉を贈った。

 これにはヴィル達も照れるのだった。

「でも、何で神殿に用があるの?」

 と、少年は尋ねた。

対してヴィルは説明を始めた。

「ここの神殿は結界の中心点だろう?だけど、その力は弱まっていて、結界もすぐに壊れてしまう。もし、この力を強化できれば、結界は復活し、さらに悪魔達は容易に侵入できなくなる。そして、俺の持っている宝剣ならば、それが可能だと思うんだ。この宝剣は強すぎる力を有していて、その波動を利用すれば神殿の本来の力を取り戻す事が出来るはずだ」

「じゃあ、結界を直してくれるのか?」

 そう兵士の一人が驚きの声をあげた。

「まぁ、そんな感じだ。俺は結界術士じゃないから、厳密に言えば結界を張る事は出来ないけど、結界の元となる源に力を与える事は出来る」

「な、何でもいい。まさに渡りに船だ。頼む、やってくれ」

 この兵士の言葉に、ヴィルは頷いた。

 

 そして、ヴィルは神殿の祭壇に赴き、そこに宝剣を乗せた。

 すると、祭壇は宝剣と共鳴し、その波動を吸収していった。

 辺りは波動の余波により鳴動し、それが暴走しないように、ヴィルは必死に制御していた。

 しかし、しばらくすると祭壇は新たな輝きを見せ、なんと結界が一人でに蘇っていった。

 それを確認して、ヴィルは宝剣を腰に戻すのだった。

 神殿の外では結界が復活した事で、新たな歓声が巻き起こった。

 誰もが空を覆う結界を見つめる中、ヴィル達は気配を断って、こっそり足早に立ち去ろうとしていた。

 これを少年は見逃さなかった。

「待って!行っちゃうの?」

 裏路地で少年はヴィル達の背に言葉を掛けた。

「ああ。俺達にはやらねばならない事があるんだ。本来ならば、ここにも立ち寄る時間は無かったくらいだ。でも、見過ごせなかった。これじゃ女神様に叱られちゃうかもな」

 と、ヴィルは自嘲気味に答えるのだった。

 そんなヴィルに対し、少年は悲しげに尋ねた。

「じゃあ、名前を教えて。この市(まち)を、僕たちを救ってくれた英雄の名前を教えて」

 これにヴィルは微笑み言うのだった。

「それは君達自身だよ。君達が頑張ったから何とかなったんだ。俺達はそれを少し助けただけだよ」

「それでも・・・・・・教えてよ」

 涙をポロポロと零す少年を見て、ヴィルは少年の頭を優しく撫でた。

「ごめんな、泣かすつもりは無かったんだ。俺の名はヴィル。そして、彼らはトゥセにアーゼにモロンだ。でも、この名を口にしてはいけない。魔王が聞いているからね。俺達は魔王にとても嫌われているんだ。分かったね」

 ヴィルの言葉に少年は頷いた。そして、少年は口を開いた。何かをしゃべらないと、彼らは今すぐにでも去ってしまうだろうから。

「お兄さん達は冒険者なの?」

「ああ。俺達は冒険者だ」

「なら、ギルド名は?」

「ギルド名か。笑わないなら教えてあげるよ」

「うん。教えて」

 そして、ヴィルは少年にこっそりとその名を告げるのだった。

「俺達のギルド名はヒヨコ豆-団。俺はとても気に入ってるけど、何故か馬鹿にされる事が多いんだ」

 と、肩をすくめてヴィルは言うのだった。

 すると、少年はクスクスと笑い出した。

「ご、ごめんあさい。でも、すごく良い名前だね」

「だろう?でも、君が笑顔を見せてくれるなら、この名前で良かったと心から思うよ」

 そうヴィルは微笑みを見せるのだった。

「さて・・・・・・もう行かないと。いいね」

「うん」

「希望を捨てないでくれ。俺達は精一杯やるからさ。な」

「うん!」

 そして、少年はヴィルと握手をかわして別れるのだった。

 少年が裏路地から戻ると、両親が心配そうに彼に駆け寄った。

「ネス、何処に行ってたの?危ないから離れちゃ駄目よ」

「うん。ごめんなさい」

 と、素直に少年ネスは謝るのだった。

 しかし、少年ネスの関心事は別にあった。彼は祖母のもとへと行き、抱きつき口を開いた。

「お婆ちゃん。居たよ、居たんだよ。《無名の英雄達》は本当に居たんだよ。お婆ちゃんの言うとおりだったよ。あの人達なんだね。あの人達がそうなんだね」

 そう少年ネスは瞳を潤ませながら言うのだった。

 これに老婆はニッコリと微笑み、「そうなんだろうねぇ」と心から答えるのであった。


 ・・・・・・・・・・


 レフェ市を出たヴィル達は南へと向かおうと迂回していた。

 すると、左手から騎士達が駆けてきた。

 騎士達は威圧的に尋ねた。

「お前達、何者か!?一般人がこのような場をうろついているはずもあるまい!」

 これにヴィルは両手をあげて敵意が無い事を示した。

「俺達は冒険者だ」

「冒険者?怪しい奴め!」

 その騎士の言葉を聞き、黒ローブの一人は溜息をついた。

「やれやれ、いつも怪しい奴扱(あつか)いされるぜ」

「こら、トゥセ。あまり相手を刺激する事を言うな」

「あわわわ」

 と、黒ローブ3人はこそこそと会話するのだった。

 これに騎士は疑惑を深めだし剣に手を掛けようとした。

 だが、その時、一騎の騎馬が駆けてきて、それに乗る騎士団長は大声をあげた。

「待て待て!その人達は違う。お前は国王陛下の恩人に手をあげる気か?愚か者が!」

 その声を聞き、ヴィル達を疑った騎士は体を畏怖で震わせた。

「モ、モル=テン将軍!申し訳ございません」

 そう言い、騎士は馬より下りて、深々と頭を下げた。

「分かれば良い。それよりヴィル殿ですよね。そちらはトゥセさんにアーゼさんにモロンさんですか?」

 と、モル=テンは尋ね、これにヴィルは頷いた。

「ああ。久しぶりだな、モル=テン」

「ええ。お久しぶりです、ヴィル殿。それにトゥセさん達も。しかし、ここで何を?」

「それは言えないんだ。極秘のクエスト中で」

「そうですか。実は我々はレフェ市へと向かって居たのですが、道はこちらで良いですよね?」

「ああ。合っている。だが、そこを囲んでいたアルカ=カンは俺達が倒した」

 この台詞に、モル=テンは神妙な顔をした。

「そうでしたか。私の手でアルカ=カンを倒そうと思ったのですが・・・・・・。いえ、でもそれで良かったのかも知れません。私では情が捨てきれなかったかも知れません。彼は戦友であり、親友でしたから」

 モル=テンとア=カンは同じ東方の出身で、かつエストネア国王の幼なじみであった。

 そして、モル=テンとア=カンは共に聖騎士団の将軍と成り、国王を補佐したものだった。

 だが今や・・・・・・。

「ヴィル殿。アルカ=カンの最期はどうでしたか?」

「彼は勇敢に戦った。その遺体は泡となって消えてしまったよ。本当だったら、その目を閉じてやりたかったが・・・・・・。いや、俺などに情けを掛けられるのをア=カンは嫌がったか」

 そう寂しげにヴィルは答えた。

「では、レフェ市は無事なのですね」

「ああ。だが、レフェ市には民兵しか居ない。少しでいいから兵を置いてやってくれ。それと一応言っておくと敗走した敵は東の森に逃げていった。追撃するならば、こちらを進むと良い。敗走を偽装して罠を張っている事も無いだろう」

「分かりました。では、部隊を二つに分けて、市の守備と追撃に当たらせます。他に何かありますか?」

 少し考え、ヴィルは言った。

「もし、他のヒヨコ豆-団を見かけたら、闇の神殿に向かうと伝えてくれ。俺達は離ればなれになってしまったんだ。他のメンバーの消息を知らないよな?」

「いえ、残念ながら。ですが、もしお会い出来たら必ず伝えます」

「ありがとう。ならお互いに急ごう。陛下や君の弟さんにも宜しく」

「はい。では。ヴィル殿、感謝いたします」

 こうして慌ただしく、騎士団は二方向へと分かれていった。

 一方、ヴィル達は三方向目、すなわち南へと進んでいくのであった。


・・・・・・・・・・

 

 モル=テン将軍は騎馬を走らせながら、死した友を想っていた。

 そこには素直な心情のみが渦巻いていた。

(ア=カン・・・・・・どうしてだ、どうして悪魔になど墜ちてしまった?俺達は共にエストネアをそして陛下を守ると誓ったじゃないか?俺のせいなのか?対サーゲニア戦で俺とお前は大敗をきしてしまった。互いの軍が合流した直後を奇襲され、なすすべも無くやられてしまった・・・・・・。

それからだったな、お前がおかしくなったのは。あの敗北をお前は俺のせいだと責めた。でも、心の内ではサーゲニア軍に尾行されていた自分のせいだとお前も分かっていて、でも、それを認めたくなかったんだろう?あの時、『あれは俺のせいじゃなく、お前のせいだろうが!』と俺は怒鳴(どな)り返すべきじゃ無かった。確かに、油断して居た俺のせいでもあったのだから。あれ程までにケンカをしたのは初めてだったな。今ではそれすら懐かしいよ。なぁ、ア=カン)

 さらに、モル=テンは悲しみにふけった。

(お前は俺にすら敵意を見せるようになったな。だから俺はお前と仲直り出来るようにと王都の長官の座を譲ったんだぜ。そして俺は地方長官に就いた。でも、これも間違いだったんだろうな。お前は豪遊してしまい、一方、俺はいつか来るべき戦争に備える為に、地方に要塞や長城を築いてしまった。俺が進めたこの公共事業のせいで、国庫はほとんど空になってしまった。そのせいで、お前の豪遊も問題視されてしまったんだ。あぁ、俺は馬鹿だ、愚かだ。でも、どうか言い訳をさせてくれ。サーゲニア戦が終わり、多くの傭兵や兵士が行き場を無くした。彼らに職を与えねば国の治安は大きく悪化しただろう。だから陛下を説得して、無理に公共事業を押し進めてしまった。そんな俺の姿を見て、お前も面白く無かったのだろうな。必要以上に王都長官としての政務をお前はしてしまった。あぁ、何て皮肉だ。国を守ろうとして、友を失うなんて)

 モル=テンは涙が滲(にじ)みそうになるのを必死に抑えた。

(許してくれ、ア=カン。いや、許しを請う権利も俺には無いか。これから俺は、お前の部下達を殺しに行くのだから。・・・・・・いいよ、ア=カン。俺を好きなだけ恨んでくれ。呪ってくれ。ただ、もし叶うなら、生まれ変わったらもう少し上手くやり直したいものだよ)

 すると、逃げ惑う白き異形達が見えて来た。

「総員抜剣!進めッッッ!」

 と命じ、モル=テンは軍の先陣を切って突撃していくのだった。


 ・・・・・・・・・・


 古より残る闇の神殿にて老祭司がその冒険者達を待ち構えていた。

この神殿の祭りし闇の大精霊は、魔王やその眷属と何ら関わりは無かったが、どうも連想されてしまうのか、その信仰は薄れつつあるのであった。

 そして、彼らは来たのだ。しかし、その者達はたった四人しか居なかった。

「ようこそおいで下さいました、冒険者様方(さまがた)。セティア大神官様より、全てにおいて協力するように仰せつかっております。それで・・・・・・」

 と、老祭司は言いよどんだ。

 それに対し、団長である冒険者ヴィルは緊張を見せた。

「あ、あの。どうかなされたのですか?」

「いえ・・・・・・伺(うかが)って居たギルド名なのですが本当に?」

その老祭司の言葉を聞き、ヴィルは全てを察した。

「はい。私達のギルド名は・・・・・・ヒヨコ豆-団です」

 と、ヴィルは恥ずかしげにそれでいてキッパリと答えるのだった。

「ヒヨコ豆-団・・・・・・」

 その場に居た神官達は神妙な顔をして、その言葉にいかな深遠なる意味がこめられているのかを、真剣に考察していた。

「なんか帰りたくなってきた」

 と、冒険者の一人、背が高く細身のダーク・エルフのトゥセはぼやいた。

「我慢だ、トゥセ。世界の危機なんだぞ」

 そうトゥセを戒めるのが、トゥセと兄弟同然に育ってきたアーゼであり、彼は鍛え抜かれた格闘家でもあった。

「そうだよ、トゥセ。今、この瞬間も大勢の人が・・・・・・」

 と、トゥセやアーゼと一緒に育った小人族の人形使いであり、美少年とも言える外見を有するモロンも言うのだった。

「分かってるさ」

 トゥセは普段の陽気な表情を陰(かげ)にひそめ、そう答えた。

 それから、ため息を吐き続けた。

「いや、でもさ。マユツバだぜ。女神様の神託か何か知らないけどよ。俺は見てないしさ」

「この馬鹿トゥセ!何て恐れ知らずな事を口にするんだ!」

 とアーゼに叱られ、トゥセは肩をすくめた。


 一方で、そんな彼らのやり取りを聞き、老祭司は《本当に彼らに世界の命運を託して大丈夫なのだろうか?》と、心の中で迷いを見せていた。

 しかし、大神官よりの命(めい)を思い出し、顔を左右に振り雑念を飛ばした。

「コホン。ではヒヨコ豆-団の皆様。どうぞ、こちらへ。ご案内いたします」

 そう告げ、老祭司は冒険者達を地下へと先導するのだった。


 ・・・・・・・・・・・


 暗く湿った階段を老祭司とヒヨコ豆-団の一同は一歩ずつしっかりと踏みしめて進んで行った。

「しっかし、離ればなれなった皆(みんな)は無事にしてるんですかね?」

 とトゥセは団長のヴィルに問いかけるのだった。

 今から数か月前、魔王アセルミアとその配下の不死王達と戦ったヴィル達はあっけなく敗北し、全滅する所を女神アトラの力により何とか逃れていた。しかし、女神アトラの力も魔王の前では完全では無く、両者の力がぶつかった結果、ヴィル達はバラバラの場所に転移してしまったのだ。ヴィルとトゥセとアーゼとモロンは何とか再会できていたが、他のギルド・メンバーの消息は不明であった。

「信じて進むしか無いさ。だがトゥセ。万一の時は取り乱したりはするなよ」

 そのヴィルの現実的な言葉に、トゥセはため息を吐いた。

 すると、小人族のモロンが口を開いた。

「大丈夫、トゥセ。僕、感じるよ。みんなの魂が無事なのを。リーゼも」

 最後に付け加えられた女性の名を聞き、トゥセはうろたえを隠せなかった。

「べ、別にあいつの事なんか心配してねーし」

「ハハ、素直じゃないな」

 と言うアーゼの顔からは久方ぶりの笑顔が伺えた。

 そんな彼らの会話を聞き、ヴィルもわずかな微笑みを見せた。


 一同と老祭司はそびえ立つ石の扉に辿り着いた。

 その扉には古代文字と象形的な壁画が刻まれており、所々を覆う苔からも遙かな時が感じられた。

「では開きます」

 そう告げ、老祭司は扉に仰々しく手を重ねた。

 次の瞬間、扉には魔方陣が浮かび上がり、突如として縦に線が入り、二つに分かれて扉は開かれるのであった。


 その内の暗闇を、老祭司とヒヨコ豆-団の4人は粛々と進んで行った。

 中は完全なる闇であったが、老祭司の周りだけボウッと幽炎の如くに光が覆っていた。

「決して私の傍を離れませぬように」

 との老祭司の言葉に、一同は素直に従った。

 仮に老祭司が何も言わなかったとしても、誰もがそうしただろう。

 それ程、周囲を満たす暗黒は深い恐れを抱(いだ)かせた。

 数多の冒険を経て危機察知に長(た)けている彼らにはなおさらだった。


 方向の感覚が前後左右だけでなく上下さえも分からなくなる錯覚に陥る程に闇を進むと、老祭司は突如として立ち止まった。

「着きました」

 その一言で、ヴィル達は安堵の表情を浮かべた。

 しかし、それも束の間、突如として前方より禍々しいオーラが、一同に吹き付けるのであった。

 それは常人ならば即座に発狂して、虚ろなる闇へと逃げ出したくなる衝動に駆られただろう。

 しかし、老練なる祭司と、数知れぬ死線を乗り越えてきたヴィル達にとり、この程度の精神攻撃をこらえるのは雑作も無いと言えた。

 弱冠、一名を除き。


「あ、やべ。トイレ、行きたくなって来た」

 そう身をブルッと震わせ呟くのは他でも無いトゥセであった。

「お前、こんな時に・・・・・・」

 とのアーゼの声には呆れを通り越して哀れみが混じっていた。

「う、うっせぇ。我慢すりゃいいんだろ。我慢すりゃあ。この鉄の膀胱(ぼうこう)と呼ばれたトゥセ様を舐めるなよ!」

 そんなトゥセを無視し、老祭司は言葉を続けた。

「では、闇の宝玉(オーブ)をお渡しいたします。皆様もご存じでしょうが、このオーブには魔王アセルミアの心の臓が封じられております」

 との老祭司の説明を一同は固唾を飲んで聞き入った。

 さらに老祭司は続けた。

「オーブの外側には結界を施してあります。結界越(ご)しなら大丈夫ですが、くれぐれも闇のオーブに直接、手を触れられませんよう。封印されているとはいえ、オーブからは魔王の波動が漏れており、長時間、触れれば死に至ります」

すると、ヴィルが疑問を尋ねた。

「もし、結界が何らかの力により砕けてしまった時、闇のオーブを運ぶにはどうすれば良いのですか?」

「結界自体は簡易なモノで構いません。どなたか結界術を新たにオーブの周囲に張ってくだされば問題ありません。直接、触れない事が肝心なのです」

 との老祭司の返答に納得したヴィルであったが、すぐにある事実に気づいた。

「しまった。今、結界術を使えるメンバーが居ない・・・・・・」

 そのヴィルの言葉に皆、黙りこんでしまった。

「え?パーティに結界術を使える方がおられないのですか?」

 老祭司の声は不安で震えていた。

(大丈夫なのか、本当に?)

 老祭司は段々と心配になってきていた。

「い、いや。居るには居たんですが、ちょっと色々とあってパーティの大半とはぐれてしまって」

 とヴィルは言い訳がましく答えるのだった。

 だが、これは墓穴を掘ったと言えた。

「えぇ?魔王城へ向かわれるのにパーティが揃っておられないのですか!」

 老祭司の疑念は確信に変わりつつあった。

「い、いや違いまして・・・・・・」

 ヴィルは何とか上手い説明、もとい言い訳を考えたが、なかなかパッと思いつくモノでも無かった。

 特にヴィルはそういう事は不得手としていた、

 一方でトゥセ達も困っていた。

「なぁ、アーゼ」

「なんだ?トゥセ」

「俺達、魔王の心臓の前で、何やってんだろうな?」

「さぁなぁ」

 とアーゼは悲しげに答えるのだった。


 すると、突如として足音が暗闇から響いてきた。

 それに老祭司は体をビクリとさせた。

「そ、そんな。この暗黒空間には、何十年と精神修行を積んだ祭司しか入れないはずなのに」

 との老祭司の言葉を聞き、ヴィル達は臨戦態勢に入った。

 その時、「待って下さい」との男の声が、闇から掛けられるのであった。

 この声をヴィル達は良く知っていた。

「お前・・・・・・カシムか?」

 そうトゥセが問いかけるや、暗闇から男の姿が浮かびあがった。

 彼こそ、ヒヨコ豆-団の一員であり仙人術の使い手であり、神秘的な様相を湛える男性カシムであった。

「はい。お久しぶりです。トゥセ、アーゼ、モロン。それに団長も」

 突然の再会にヴィル達は顔をほころばせるのだった。

「カシム。お前、今までどうしてたんだ?」

 とのヴィルの問いに、カシムは語りだした。

「いえ。あの後、気づいたら真っ暗闇の中に居まして、それでずっとさまよい続けていたんですが、先程、団長達の気配を微かに感じまして。急ぎその気を頼りに進んでたら、ここに着いたんです。苦労しましたよ。飲む物も食べる物も無くて、一人で数ヶ月を過ごしていましたから。まぁ、正確にはどれ程の時間が経過したか分かりませんが」

 さらにカシムは続けて語った。

「でも、ここに飛ばされたのが私で良かった。私以外のヒトがここに飛ばされていたら、もっと大変だったでしょうから。私は一応、仙人術を修めていますので、何とかなりました」

 との説明にヴィル達は頷くのだった。

 一方で老祭司は驚愕を禁じ得なかった。

「し、信じられん。常人なら数分と保たずに発狂するというのに、数ヶ月も?あ、あなた様は一体・・・・・・」

 と、老祭司は思わず口にするのだった。

「あ、申し遅れました。私の名はカシム。大仙人であるヨルン師の弟子なんです」

 その言葉に、老祭司は更なる驚きを見せた。

「ヨ、ヨルンッ!あのオーラ・マスター、ヨルン殿ですか?エストネアの元-聖騎士団長であり、その後、仙人となられたという」

「あ、はい。そのヨルンです。私にとっては父親代わりのヒトでして」

 すると、老祭司は深々と頭を下げだした。

「申しわけありませんでした、ヒヨコ豆-団の皆様。私は何と言う愚かな勘違いをしていたのでしょう。自分が恥ずかしい。正直に申し上げますと、私は皆様の事を疑っておりました。本当にこの方達に闇のオーブを託して良いものかと。このオーブは諸刃の剣です。正しく使えば魔王アセルミアの力を抑える事が出来ますが、一方で封印が解ければ魔王の力は取り戻されてしまいます」

 さらに老祭司は言葉を続けた。

「しかし私は今、確信いたしました。あなた様達ならば、このオーブを正しく使いこなして下さるに違いないと。どうか、お受け取り下さい。女神アトラに選ばれし冒険者様方」

 そう告げ、老祭司は暗闇に手を入れ、一つの禍々しい宝玉を取りだし、それをヴィルに重々しく手渡すのであった。

 その時、オーブより魔王の思念がヴィルに流れこんだ。

《ついに、そこまで辿り着いたか。無名の英雄達よ!》

 との魔王の鋭い声が、ヴィルの脳を蝕み鳴り響いた。

 しかし、ヴィルは心を空(くう)にし、魔王の精神攻撃を無効化した。

 それから、泉の精霊より賜りし聖なる布にて闇のオーブを包むのであった。

「確かに頂戴いたしました」

 とのヴィルの威厳に満ちた答えに、老祭司も満足そうに頷くのだった。


 ・・・・・・・・・・


 神殿の貴賓室に戻って、ヴィル達は語らっていた。

「しかし、他の皆も無事でしょうか?」

 と、カシムが心配そうに言うのだった。

「まぁ、あいつらもそれなりの修羅場をくぐり抜けて来てる。そう易々と死にはしないさ」

 そのヴィルの言葉には妙な説得力があった。

 すると、モロンが口を開いた。

「ティアも無事だよね、団長」

「あ、ああ。ティアに関しては心配してないよ」

 と、ヴィルは素っ気なく答えた。

「とか言ってるけど、本当は夜も眠れぬ程、心配してたんだぜ」

 そうトゥセが意地悪く言うや、ヴィルは珍しくそっぽを向いてしまった。

「こら、トゥセ。お前なんかデスゲイズの残党の所に居た癖に」

 とのアーゼの言葉に、トゥセはバツが悪そうにした。

 デスゲイズとは元々は暗殺者ギルドの集団であり、ヴィル達とは幾度となく戦った宿敵とも言えた。

「本当なんですか、トゥセ?」

 カシムは細い目をわずかに見開き、尋ねるのだった。

「え?ああ、まぁな。奴らと一緒にしばらく異形(フリークス)と戦っていたのさ。って、この話はいいんだよ。クエルトの野郎の事はあんまし思い出したくねぇし。まぁ、あいつらはあいつらなりに戦ってんじゃねぇの?」

 そう答え、トゥセはため息を吐(つ)いた。

 このクエルトという男はデスゲイズの現在のギルド・マスターであり、トゥセの事をいたく気に入っていたのだ。

 すると、トゥセは話題を変えようとした。

「というか、団長。今すぐ、その魔王の心臓とかいうオーブを壊せば良くないっすか?心臓が無くなりゃ魔王も死ぬんじゃないっすか?」

 それを聞き、アーゼが代わりに、げんなりしながら答えるのだった。

「トゥセ、お前は聞いて無かったのか?魔王を倒すには、魔王自身とその心臓であるオーブをほぼ同時に壊さなきゃいけないんだ。厳密には先にオーブを砕いて、それで魔王が弱った隙に魔王自身も倒すんだよ。ただし、オーブを早く壊しすぎてしまうと、壊されたオーブの断片が魔王へと戻って行って、吸収されてしまって魔王がさらに強大化するから注意が必要なんだ」

「おお、そう言えばそうだったな。ハッハッハ」

 と、トゥセは誤魔化すように笑った。

 すると、突然に外から轟音が鳴り響いて来た。

 それは窓ガラスがガタガタと揺れ出す程であった。

「な、なんだぁ?」

 と、トゥセは素(す)っ頓狂(とんきょう)な声をあげ、ガタッと立ち上がるのだった。

 ヴィルが窓を開け外を覗きこむと、空にて巨大な飛行機械が浮遊しているのが分かった。

 飛行機械は爆音をとどろかせながら、荒野に着陸せんとしていた。

「て、敵なのか?」

 とのアーゼの呟きは、飛行機械より発される風切り音などに掻き消された。

 一方で、この突如の飛行体の出現に、神殿の人々も怯え戸惑っていた。

「ともかく行こう」

 そして、ヴィル達は飛行機械の着陸地点へと急ぎ向かうのであった。


 ・・・・・・・・・・


 ヴィル達が急ぎ駆けつけた頃には飛行機械は停止しており、轟音も止んでいたが、微かな鳴動が響いてはいた。

 その偉容な機械をヴィル達は見上げるのだった。

「何じゃ、こりゃ・・・・・・」

 皆の感想をトゥセが素直に代弁してくれた。

 すると突如、飛行機械のハッチが開き、中からタラップが地面に掛かっていった。

 さらに、ドワーフ達が内から出てきて、タラップを通り地面へと降りてきた。

 突然に現れた小柄で筋骨隆々なる訪問者に、ヴィル達は互いに顔を見合わせた。

「敵じゃないみたいだな。多分」

 そうトゥセは首をかしげながらも言うのだった。

 すると、仰々しい鎧を纏った一人のドワーフがタラップを駆け下りてきた。

 彼はヴィル達に気づき、手を振りながら近づいて来た。

「おーーーーッ!団長ーーーー!それに、皆ッ!」

 と、叫ぶそのドワーフこそ、ヒヨコ豆-団の一員であるドワーフのギートであった。

「ギートッ、無事だったのか!」

 ヴィルは叫び返した。

 そして、ヴィルとギートはドワーフの習慣から固く抱擁し合うのだった。

 ギートはもちろんモロンやトゥセやアーゼやカシムとも抱擁を交わし合った。

「いやぁ、団長達の噂を聞き、急ぎ参上したんじゃよ。ガッハッハ!」

 と、ギートは豪快に笑い声をあげた。

 そのいつもの光景に、ヴィルは微笑んだ。

「そうか。いや、でも本当に無事で良かった」

「ハッハッハ。この筋肉に加え、オリハルコンの鎧がある限り、そうたやすくやられはせんわい!」

 そう誇らしげにギートは答えるのだった。

「しかし、どうしたんだ、その機械?ギートが動かしてたのか?」

 とアーゼは素朴な疑問を尋ねた。

 それに対し、ギートはニヤリと笑みを浮かべた。

「これは古代機械じゃよ。遺跡に眠ってたヤツを何とか起動させたは良いモノの、色々と動作が不安定でな。何度、墜落しかけたか分からん。もしかしたら、そろそろ寿命かもしれんのう」

 ギートは振り返り、しみじみと言った。

「とはいえ、今しばらくは動かせそうじゃから問題ないじゃろう。天高くそびえる魔王城に行くのも、これを使えば良いじゃろう」

 とギートは振り返り、告げた。

「おお、ギート。お前って奴は、なんて凄く素晴らしい奴なんだ」

 ヴィルは感極まってギートの両肩をポンポンと叩いた。

 それに対し、ギートは誇らしげに胸を張るのだった。

「ところで、団長達は今まで何を?」

「ああ。魔王の心臓が封じられている闇のオーブを祭司様から譲り受けたんだ」

 とのヴィルの言葉に、ギートは驚きを見せた。

「オオッ、なんと。さすがは団長。まさか魔王打倒のためのキー・アイテムを既に手に入れているとは!」

「ま、まぁな。ともかく、今回ばかりは絶対に失敗が出来ない。必ず成功させるぞ、皆(みんな)!」

 と告げるヴィルに対し、一同は《オー!》と声をあげるのだった。


 ・・・・・・・・・・


 それからヴィル達はその飛行機械飛翔艇に乗り、いざ魔王城を目指すのであった。

 この時、飛翔艇にはヴィル達やドワーフ達だけで無く、まさに出発時ギリギリに駆けつけた狂戦士ロー率いる大隊も乗り合わせていた。

ローは一人駆けつけながら『おーい。待った、待った。待ってくれー』と叫び、飛翔艇に乗り込むヴィル達を呼び止めたのだ。

 その後ろをかなり遅れて、部下達が汗水たらし必死に追いかけて来たのである。

 ちなみに狂戦士と呼ばれてはいるが、普段のローはしゃべらせなければ気品のある騎士に見えない事も無かった。それこそ薔薇の似合う・・・・・・。

 ローとヴィルはかつて聖騎士団の同期として、共に幾度となく戦地に赴いた。

 ヴィルが聖騎士を辞めて冒険者となった後も二人の友情は変わらず、数々の戦いで協力しあったものであった。


「いや、しかし間に合って良かったよ。まさか、わずかなドワーフ達と合わせて数十名で魔王城に向かおうとしてたなんて」

 との狂戦士ローの言葉に、ヴィルは苦笑した。

 それから真剣な面持ちに切り替え、答えるのだった。

「あまり皆を巻きこみたく無かったんだ。恐らく魔王城に行った者のほとんどが戻ってこれない」

「だとしても、魔王の心臓が敵の手に渡ってしまう事もありうるわけで。不用意な突入は禁物だ」

 しかし、ヴィルは首を横に振った。

「最悪、霊剣の力を解放して、俺の体ごと闇のオーブを破壊するつもりだった」

 とのヴィルの説明に、ローは得心がいったようだった。

「霊剣・・・・・・か。強大なエヌの力にも匹敵する虚無の力。確かに魔王城で解き放つのが最上かもしれないな」

「ああ。だけど、もしかしたらその波動に皆を巻きこんでしまうかもしれない」

 すると、ローは笑い出した。

「気にする必要ないさ。私を含め皆、命を捨てる覚悟はとうに出来ている。最悪の時は私達に構う事なく虚無の力を発動してくれ。それよりも、やるからには手を抜いたりせず、魔王を闇のオーブごと葬ってくれよ。中途半端にやられて私達だけ死んで魔王が生き残ったんじゃシャレにならないからな」

 とのローにヴィルは頷いた。

「分かってる。ありがとう、ロー」

「照れるね」

 そして、二人は水杯(みずさかずき)を酌(く)み交(か)わすのだった。

 

 ・・・・・・・・・・


 赤紫の暗雲がたなびく中、飛翔艇は果て無き夜を迷うことなく目的地に進んだ。

 そして、狂戦士ローとヴィルは結界に覆われた甲板で、色なき風を感じていた。

 先を見据(みす)えていたローは、つとヴィルの方を振り返り言った。

「ヴィル。これを話したモノか迷うが、せっかくだから話しておこう」

「何をだ?」

 対して、狂戦士は答えた。

「私と部下たちはカランファ周域を中心に転戦していた。その時、シガ遺跡群の一つに、フリークスが群がっていた。それらを倒し、中に入ってみると、その種類のフリークスの発した酸によって溶かされた遺跡に、奥があった。そして、私達は奥へと入っていった。そこに何があったと思う?」

 との問いに、ヴィルは頭(かぶり)を振った。ローは告げた。

「壁画と古代文字が記されていた。考古学者なら垂涎(すいぜん)ものだろうな。ともあれ、時間もなく、古代文字も読めそうになかったし、私は場を後にしようとした。しかし刹那、私の脳に何かが流れ込んで来るのを感じた。それは遺跡の意志であり、記憶でもあった。私が知ったモノ、私が感じ取ったモノは神話だった。

ランドシン神話。

無慈悲で残酷な神話。

それは我々の知る神話とは体系を異(い)にしていた。

世間に広く知られている神話とは全く別のモノだ。

ヴィル、知りたいか?そこに何の意味があるかは知れないが、魔王城に着くまでの時間つぶしにはなるだろう」

「……ああ、頼む」

 と、ヴィルは確かに答えた。


 さて、その神話は子供が聞くに忍(しの)びなく、故に、ここだけに書(か)き記(しる)しておこう。

 狂戦士の語る所によれば、それは次のような神話と序文であった。


《王の中の王、英雄王カインズは諸々の神話を封じ、全ての種族が等しく同じ瞬間に女神アトラより創成されたとする新たな神話を作らせ、民に広めた。これにより多くの旧来の神話は失われる事となったが、種族間の平等は確立された。

しかし、古来よりのランドシン神話を残して置きたいが故に、ここに記(しる)す》


断片―『新神話は大宇宙を球と謳(うた)ったが、旧神話においては、女神アトラは人の子ラハル 

    に、宇宙は平面ではないが《平坦(へいたん)》であると告げたと言う。宇宙の全ては均一に広がり、それは暗黒のエネルギーが均一に流れ込み、均一に空間を拡張したからだと言う。故に、何処かを中心に宇宙は広がっては居ないのだと言う。その真意や真偽の程(ほど)は定(さだ)かでは無いが、後の世のヒトよ、その意味と真実を鑑(かんが)みて欲しい』

 

《無尽の黄金版に、あらゆる全ての事象を記せし精霊ラファよ。あらゆる全ての事象を集めし女神マイアナよ。その業(わざ)の一端を授け給え。今、ここにランドシン神話を残す》


『女神アトラは銀河の母なる女神モルガナより、ランドシンを統治せよと命じられた。その際に、女神モルガナは、妄(みだ)りに神々の数を増やさないようにも戒(いまし)めた。これは畏(おそ)れ多くも、女神モルガナが自身に匹敵する神の出現を恐れたからとも言われている』


『女神アトラはランドシンンに、マナの七つの種子を植えた。その六つは光・闇・火・水・風・土の大精霊と化し、残る一つは女神アイとなった。故に、女神アイは女神アトラの娘であって娘でないとも言える。

さらに、大精霊と女神アイが飛び立ち残された砂より、虚無の精霊が生まれた。

女神アイは男の力を借りず、女神アイナを生んだ。

女神アイナは男の力を借りずに、女神マイアを生んだ。

大精霊は数多(あまた)の微精霊を生み、世界は精霊の光に満ちた。

この時、世界は平穏に満ちていた。

しかし、虚無の精霊の力が増し、触れる何もかもが虚空に散っていった。

そして、虚無より世界を救うため、女神アイと女神アイナはそれを封じ、代償として姿を消した。

二体の女神の残滓(ざんし)と、精霊が結合し、動植物や人間が生まれた。

人間や動植物は時に精霊と化した。また、人間は《概念(がいねん)》により新たな精霊を作り出す事もあった。この《概念》は後に《魔法》とも呼ばれた。

精霊と人間の境(さかい)は薄く、この時代、人間の寿命は長かった』

 

『大樹よりのマナと水と草により、エルフが生まれた。

 大地よりのマナと水と土により、ドワーフが生まれた。

 何処(どこ)からともなく小人族や諸々の種族が生まれた。

 しかし、別の説によると、女神マイアが寂しさをまぎらわす為に、石を放ると、種族が誕生したとも言う。

 女神が小さな石を放れば、それは小人族に。

 女神が大きな石を放れば、それは巨人族に。

 中くらいの砂の塊(かたまり)を放れば、それは伝説の砂族に。

 この砂族は全身を外套(がいとう)で覆うが、その素顔はネズミに類した外見とも言われている。

 さて、精霊と動植物が混じりあい、新たな種族が生ずる事もあった。

 精霊と樹々から樹人が、精霊と猫から猫族や猫人が。

 語るに尽きぬ諸々の種族の多くは、この時期に誕生した』


『女神マイアは人の王グリシュナと結婚し、七人の子をなした。最初に生まれたのは三柱の姉妹で、それぞれ女神ゲヘナ、サジャ、エレナと言う。次に生まれたのが三体の兄弟であり、彼らは女神マイアの神力を継承できず、人に近かった。それぞれラーツネル、リュシオーン、ハイツビーと呼ぶ。彼らは後に、人の世の三王家を築いた。

また、七柱目の妹に女神マイアナが生まれた。

 ただし、女神エレナに関しては、母なる運命の女神モルガナの子である女神エナが転生した姿とも言われている。だとすれば、女神エレナの前世は女神アトラの妹であった事にもなるが、これは確かでは無い。一説によれば女神モルガナが監視の為に女神エナを送ったともされる。いずれにせよ、女神エレナは畏(おそ)ろしき剣(けん)武(ぶ)の女神であった』

 

『人の王グリシュナは妻の女神マイアを深く愛した。だが、女神マイアは世界の遍(あまね)くを飛び、大地を治めた。限られた同じ時を過ごしたいグリシュナは女神マイアに懇願(こんがん)した。そして、女神マイアは苦悩の末、自身を二つに分けた。これをマイアα、マイアβとする。そして、片方のマイアは世界を飛び回り、もう片方のマイアが夫のグリシュナを相手する事となった。だが、人の王グリシュナは自身が老けていくのを感じ、永劫にマイアと過ごす事を望み、マイアβを喰らい、女神の力を手にし不老長寿と化した。

これを女神マイアαは嘆き、大地の奥へと引きこもってしまい、誰も彼女を見つける事が出来なくなった。

崇拝していた妻に見放されたグリシュナは怒り、自暴自棄となった。この時、グリシュナの体はマイアの半身を喰らった影響で、半(なか)ば男であり半(なか)ば女と化していた。

さらに、グリシュナは己(おの)が内に宿った地母神の創造欲求を抑えきれず、次々と歪(いびつ)な存在を魔導の術で生み出した。王は泥と人の血肉により《マン・カインド》を創った。しかし、それは人から掛け離れており、《ニア・カインド》とも呼ばれた。

このニア・カインドは一つの胴体に頭が二つ合わさっていたり、胴体が巨大な顔面であったり、異形の群れであった。その中でも比較的に人に近い種族が一つ目族である。

さて、この一つ目種族は二つ目の人間を憎み、襲うことがあった。特に、魔剣士ニアと呼ばれる女は人間の眼を一つ刳(く)り貫(ぬ)く事を喜びとした。しかし、女神エレナにより調伏され、以降、彼女はエレナに仕える騎士となった。

また、このニア・カインドには三つ目族もおり、彼らも額の眼以外は人間に近い外見をしていたが、その構成体は人間と異なっていた。

ただし、人間種族から一つ目族や三つ目族が生まれる事もあり、これらは区別されるべきであろう』


『マイアの失踪後、その座は長女のゲヘナが担(にな)った。ゲヘナは王の実質的な妻と化し、あらゆる悪逆非道を成(な)した。王に近寄る女を次々と焼き殺していくのは常であった。しかし、それを成(な)すのは王が女とまぐわった後でもあった。

王は女性を欲する衝動を抑えられず、付近の街・村からは次々と相手の女性が連行されていき、彼女らは事後に毒蛇と毒虫の這う穴に落とされるか、銅製の棒に磔(はりつけ)にされて焼かれるかした。

ゲヘナの悪行は嫉妬以外からも生じた。

三つ目族の吟遊詩人セレインはゲヘナに歌を献上しようとしたが、この美青年に王が発情しかけているのを見て取り、ゲヘナは彼に無理な要求を突き付けた。ゲヘナは吟遊詩人に逆さまになりながら、さらに琴を彼から見て逆さまにして奏でるように命じた。吟遊詩人セレインは木に吊るされながら、これを試みるも叶わずに、罰として両目を潰された。残された額の一つ目で、吟遊詩人は彷徨(さまよ)うしかなく、彼は一つ目族の国でしか生きれなかった。彼の子は巨人族とまぐわり、そのさらなる子こそがサイクロプスの祖であると言う。

故に、サイクロプス種族は通常は一つ目の巨人であるが、時折、先祖返りのように三つ目の者が生まれると言う。この三つ目のサイクロプスは、彼らの種族の王として君臨する事が多い。また、サイクロプスは歌わぬ種族であるとの伝説も、ここから生じたと言えよう。しかし、伝説によれば、サイクロプスの歌声、その合唱は切なくも美しく、山々の陰(かげ)に響くと言う』


『王とゲヘナの間には、男神ネフレトが生まれた。ネフレトは両親に似て、その残忍さと多情さを受け継いだ。ある日、男性体の精霊シャラハが人間の娘ナーラと恋仲となり結婚しようとした所、ネフレトは花嫁を奪った。

これに精霊シャラハは王に直訴した。ネフレトの父である王は、花嫁を見て言った。

「花嫁よ。どちらかいずれを選ぶが良い。どちらを夫とするかを選ぶが良い」

その王の言葉を聞き、精霊シャラハは束(つか)の間(ま)の安堵(あんど)を覚えたが、続く王の言葉で絶望に叩き落された。

「私と息子のネフレト、どちらを夫とするかを選ぶが良い」

 花嫁ナーラはどちらを選ぶ道も拒み、衛兵の持っていた短剣を奪い、それで自害した。

 そして、精霊シャラハは復讐者と化す事を誓った』


『ネフレトは南方に赴(おもむ)き、人の生娘テテナを知ろうとした。だが、彼女には相思相愛の男トゥルが居た。ネフレトは自分がいかに財産と地位を持ち、いかに強者であるかをテテナに説いた。だが、テテナは畏れ多くも同じ時を歩める人間と一緒に添い遂げたいと答えた。これに怒ったネフレトは、男トゥルに対して、エルフの因子を埋め込み、人間の寿命を遥(はる)かに超えた長寿を無理矢理に授けた。当時の人間の寿命は長かったが、エルフの寿命は、さらに長かったのだ。

ここにダーク・エルフの始祖トゥルが生まれ、その土地は彼に由来してトゥルアと呼ばれる事になるが、今やその地にダーク・エルフ達は居ない。

さて、トゥルとテテナの話に戻せば、それでもテテナはトゥルを愛そうとしたので、さらなる怒りの生じたネフレトは、テテナの時を十倍に速めて去っていった。

そして、テテナは一年の間に四回も妊娠し、四回も出産し、その数年後に死亡した。

ダーク・エルフのトゥルは弟に子供たちを預け、自身は復讐者となる事を誓った。

ちなみに、これが故に、ダーク・エルフには、急速に老ける子供が生まれる事が少なくないのだとも伝えられている。それはネフレトの呪いでもあり、血に受け継がれてしまっているのだとも言う。この奇病の治療薬を求めて、多くのダーク・エルフの親御は、幼い我が子を救うべく、各地を彷徨(さまよ)っているそうである』


(これはダーク・エルフ特有のミトコンドリアの病気とされている。現在では、変異ミトコンドリアを有した親は、子供を作る際、第三者のミトコンドリアを受精卵内のと交換する事で、対応されている。ただし、当時の時代に発生したとされるこの難病は、発症率が異様に高く、これは何らかの外的要因が変異ミトコンドリアに働きかけ、本来の発症確率より高い発症率が引き起こされたとされる。)


『精霊シャラハとダーク・エルフのトゥルは共に協力し、反乱軍を結成したが、その軍隊は瞬時に鎮圧され、多くは惨(むご)たらしく殺された。王の命令で、反乱を企(くわだ)てた首謀者の一族郎党も処刑されていった。しかし、女神アトラの慈悲と導きで、多くの一族が王の手から逃(に)げ延(の)びる事ができたとも言われている。

ただ、精霊シャラハに関しては、生き残ったとする説が有力である。一方で、トゥルの消息はここで途絶える』


『グリシュナ王の魔手は、七姉弟の末の妹であるマイアナにも及ばんとした。しかし、妻の座を奪われる事を恐れたゲヘナは、その前にマイアナを殺した。彼女と深い絆で結ばれていた女精霊ラファは嘆きのあまり湖に身を投げたとされる。女神アトラは二体の女神と精霊を夜空の星にした。それらが淡く輝くマイアナの星と、その傍(かたわ)らに添(そ)う小さくも強い輝きのラファの星である。この星々は仲睦(なかむつ)まじく地上の全てを見渡し、それを天にて書き記し、天と地上の記録として残しているのだと言われている』


『あまりの暴虐(ぼうぎゃく)の数々、妹を殺されたラーツネル達の三兄弟と、サジャとエレナの二姉妹は、ついに王とゲヘナに反旗(はんき)を翻(ひるがえ)した。

それは神話の大戦であった。多くの種族や精霊が戦火に散っていった。

神々は英雄を求め、女神エレナは選定の役も務めた。

一方、女神ゲヘナは魅惑の術で、男の英雄を集めたが、その美貌(びぼう)の衰えと共に、術は効かなくなった。女神アトラはゲヘナやグリシュナ王や組(くみ)する者への加護を打ち切り、彼らは急速に老け込んでいった。王は内なるマイアの力を封じられ、創造の力も失われ、単なる老人と化した。

対して、女神サジャはゲヘナと王に対抗すべく、数日ごとに子を生んでいき、それらの子は数年で強靭(きょうじん)な戦士と化した。次第に、女神サジャは体を分裂させていき、ついには169体のサジャが肉に溺(おぼ)れるように子を成(な)していった。しかし、行き過ぎた創成は彼女の心まで分裂させていった』


 以降、神話大戦に関し、不鮮明の断片しか残されておらず、それの真なる神話は不確かさの海に飲まれてしまっている。だが、様々な伝承より補完するなれば、次のようになるであろう。

《グリシュナ王、彼の運命と権威はアスペンのように打ち震え、銀色の凋落(ちょうらく)を示した。

 多くの戦士達が死か離反で姿を消した。かつての頼もしき味方であった森の長老達も、

王への義理堅き忠誠を保つ事が出来なかった。ヒトビトに残された良心、それはグリシュナ王を害した。

 わずかな眷属(けんぞく)のみが彼に残された。しかし、その眷属(けんぞく)たちも皆、老い疲れ、絶望に身を委(ゆだ)ねていた。グリシュナ自身も耄碌(もうろく)し、無思考のまま、沈黙の眠りに浸(ひた)る日が増していた。

《記憶》と《嘆き》の女精霊シータは王の傍らで、彼に眠るように告げる。だが、諦めきれぬ王は、精霊シータに半(なか)ば狂いながら問う。没落を回避する道が残されていないかを問う。しかし、精霊シータは絶望の恍惚(こうこつ)に浸(ひた)っており、全ての道は閉ざされたと告げ、王に頬(ほほ)を叩(はた)かれた。

怒り、それのみが原動力となり、王を自らを祭る神殿へと駆り立てた。

王の怒りの咆哮は遍(あまね)くに轟(とどろ)き、反乱せし三体の兄弟を震撼させた。

黄金と青銅のモニュメントに飾られた神殿、そこには唯一、かつての輝きと力を保った《光と炎》の精霊シャダイオンが待ちわびていた。シャダイオンの発する壮麗な輝きに、集った王の眷属たちは再び闘志を燃やし、王の名を熱狂の渦の中、叫んだ。

しかし、当の王は虚(うつ)ろな喉(のど)で、気を失いかけていた。

 倒れ崩れるグリシュナ王をゲヘナと侍女が運び、場の中心はシャダイオンと化した。

 全てを統率し、新たな炎で反乱軍を焼き尽くさんと宣言しようとした刹那、妙な衝動が内より貫くのをシャダイオンは感じた。

 彼は自分が自分で無くなる感覚を覚えた。自らの内に何らかの因子が埋め込まれ、それが内なるエネルギーを何処(どこ)かに転送し続けていたのだと気づいた。

 自らの心臓を貫き、シャダイオンは因子を破壊したが、その全身には亀裂が入っていった。『女神、モルガナ……』この下手人なる運命の女神をシャダイオンは呪ったが、後(あと)の祭りであった。シャダイオンの体はひび割れ、悲鳴をあげる眷属(けんぞく)の中、散っていった。

 そして、深い眠りの中、シャダイオンは妻のシータにすら裏切られていた事を悟った。

 カイオン、それがシャダイオンのエネルギーより作られていた新たな精霊である。

 シータの半身、《記憶》の精霊ユリネイはカイオンを秘密(ひみつ)裏(り)に育て、青年に成長した彼を覚醒させたのであった。彼は彼女を知り、彼女は彼を知り、彼は目覚めた。その目覚めはシャダイオンの失墜と同義であった。

 こうして、王と眷属(けんぞく)とその権威(けんい)は滅び、新たな秩序が打ち立てられた。

 がらんどうの神殿で、崇(あが)める者も崇められる者も居ない祭壇で、精霊シータは嘆きの恍惚(こうこつ)の中、往時(おうじ)を偲(しの)ぶのだった》


《王の亡骸(なきがら)より、封じられたマイアの力が解放され、三体の復讐の女神(エリニュス)が生まれた。いや、ランドシンにおいて、それは堕(お)ちし女神とも言えた。しかし、三体の妖艶(ようえん)なエリニュスはいずこへと去っていった》


 既得の権益が打破された時、激しき混乱が生じる。

 かつての味方は時に敵となり、新たな戦乱が幕を開けるのだ。


『三人の兄弟ラーツネル、リュシオーン、ハイツビーによる三王家が広大な領土を分割して統治した。

だが、狂いし169体のサジャは、その子らと共に、三王家に宣戦を布告し、第二の神話大戦が勃発(ぼっぱつ)した。サジャには精霊シャラハも味方したと伝えられる。

もっとも、この戦いは女神エレナが核となるサジャを討ち取った事により、終息したとも伝えられている。

しかし、この戦いを憂(うれ)えた女神アトラは終戦後に、ヒトと神々に境界を設(もう)けた。

こうして、神々とヒトは分かたれた』


『時と共に人間種族以外の数が増し、人の三王家の支配した地域は世界の一部でしか無かい事を改めて実感した。こうして、三王家による軍勢が侵略戦争を始め、人間種族とそれ以外との大規模な戦争が各地で繰り広げられた。それは長きに亘(わた)り、停戦と開戦を幾度となく繰り返した。

これに三王家も嫌気が差し、ついには恒久的な和平を各種族と結んだ。だが、各種族の恨みは晴れず、ついには各種族の5体の王が、人の三王家に対し奇襲を仕掛けた。

各種族とはドワーフ、エルフ、巨人、小人、砂族であった。

これが三王家と五種族の王による大戦である。

劣勢に追い込まれた三王家は軍勢のみを西方に移動させて、反旗の時を待った。

一方、大軍勢である五種族は、西方の山地に転じた三王家に対して攻めあぐねていた。

五種族は大規模な食糧輸送の部隊を編制したが、それでも限界があり、食糧難に苦しみ出した。

しかし、三王家の側も食糧難に少なからず苛(さいな)まされ、両勢力が共に苦しい状況であった。

そんな中、一人の怪しげな魔導士が三王に対して、リーンの洞窟にて運命が開けると告げた。そこは瘴気が渦巻く地帯であり、獰猛(どうもう)な獣も出没して危険であったが、三王はそれぞれに剣・魔導・格闘に秀でていたので、わずかな部下を引き連れて、リーンの洞窟へと向かった。ラーツネルの末裔は剣技の王と呼ばれ、ハイツビーの末裔は魔技の王と呼ばれ、リュシオーンの末裔は闘技の王と呼ばれたモノである。

洞窟に着いた三人の王は、自分達のみで中に入った。

そして、その中には女神サジャの一体が封じられていた。

この時、三人の王は直感した。このサジャに自分達の子供を生んでくれるように頼めば、恐らくは戦争に勝利する事も可能であろうと。そう浅はかに考えた。

とはいえ、封印を解かれた女神は気まぐれで正気を失っており、ただただ体を重ねる欲求だけで突き動いていた。三人の王は気づけば女神と溺れるように交わっており、女神は三人の王の子を一度に宿した。

そして、三体の子供が女神サジャの腹部を突き破り、出てきた。血まみれのサジャは洞窟の外に揺れ踊るように出ていき、ケタケタと笑いながら大地の裂け目に消えていった。

これ以降、その裂け目よりは霊なるマナが噴き出し、予知の力が得られると信じられてきた。

一説では、サジャは三人の王だけでは飽き足らず、洞窟に居た獣たちとも同時に交わった。

そうして、最初に生まれたのが獣とサジャの子である獣の子パニであったとされる。

しかし、パニは次に腹部を破り生まれてきた三体の子に、喰われたとも言われる。

このパニの亡骸よりゼアという存在が生まれたそうだ。

とはいえ、パニは獣の特徴として、生まれてすぐに活発に動くことができ、喰われそうになるも逃げ延びたとも言われている。この説ではサジャの血肉からゼアが生じたとされる。

このパニは山羊とヒト型の特徴を持つとされ、サテュロス種族の祖となったのだそうだ。

(また、この伝説のサテュロス種族だが、この種族は魚が魚を喰らうように、山羊を喰らったそうだが、それを忌避とする種族内の部族も多かったという。とはいえ、かつて草原はサテュロスの牧畜せし山羊や羊で満ち、その角笛の音色は草原中に響いたとされる。しかし、人の盗賊団により彼らの家畜だけでなく、彼ら自身も食肉とされ、これよりサテュロス種族は東亜大陸へと海を越えて渡ったと言われる。)

一方、サジャの腹部を破って出てきた魔性の三体の赤子。

この三体の赤子、剣技の王の子をレヴィストル、魔技の王の子をテレ・ネア、闘技の王の子をアーバインと言い、彼と彼女と彼は後に不死王と呼ばれる事となる。

だが、女神を使い物にした罪の罰を、父なる三人の王は払う事となった』


『三体の赤子が成長するのは待たれずに、決戦が五種族の王により仕掛けられた。この戦(いくさ)で人の三王家は大敗する事となった。

ラーツネルの末裔なる剣技の王は、体を五つに裂かれ、それぞれを五種族の精霊神に捧げられたと言う。この時、火は蛇(へび)のように裂かれた供物の肉の間を通り、その後に一気に燃え上がり、供物をそれぞれの精霊神に届けたそうである。しかし、五体の精霊神と五種族の王は、剣技の王の呪いを受けた。

また、一説では剣技の王は青銅の台と杭に縛り付けられ、焼き殺された上で、五つの供物にされたと言うが、呪いの結果に変わりは無い。

ハイツビーの末裔なる魔技の王は、敗走の際に瀝青(チャン)の谷に落ち、死後に引き上げられ、彫像(ちょうぞう)の如(ごと)くと化した。しかし、この彫像は五種族の若者の間で偶像(ぐうぞう)となり、若者たちを狂気に惑(まど)わせた。

この若者たちの全てが男娼や遊女のように見境(みさかい)なく肉体を交(まじ)わらせた。

その時、三体の復讐の女神(エリニュス)が舞い降り、その男女とまぐわったとされる。

さながら、蛾(が)が松明(たいまつ)の炎を求めるように、男はエリニュスの体を求め、さながら、子供が母の乳房に吸い付くようにも、女はエリニュスの蛇の髪に口づけした。

目が覚めると、女たちは身ごもっており、これは女とエリニュスの蛇による子供とも、男とエリニュスの子が女の胎内に宿ったともされるが、いずれにせよ、これがゴルゴーンの誕生の秘話とされている。

リュシオーンの末裔なる闘技の王は、山へと逃げ延びたが、飢えた獣たちに骨ごと喰われた。伝説によると、その頭蓋骨はグリオーンの大渓谷に住む大鷲(おおわし)の巣に飾られているとも言う。

(このグリオーンとは一人の男の名に由来する。グリオーンと言う男には娘がおり、しかし、その娘はある日、大鷲(おおわし)にさらわれた。娘を連れ去られた父親として、グリオーンは怒り、戦車を駆って、大鷲を追った。だが、大鷲が谷の先へと飛翔したにも関わらず、グリオーンはそれを追い、その戦車ごとグリオーンは谷底に落ちていき、無残に激突して絶命したとも言われる。ただ、奇説では、このグリオーンは娘を妻としており、これを大鷲が救ったそうである。いずれにせよ、グリオーンは落下し、その谷はグリオーン大渓谷と呼ばれている。)

だが、この闘技の王に関しては、その最期の逸話は不確かであり、姿を変えて生存したとする説もあるが、後に歴史の表舞台に登場する事は無かった』


『三人の王の呪いは五種族の王に降りかかったとされる。しかし、その呪いには格差があった。エルフの王に掛かりし呪詛は比較的に弱く、これはエルフ種族が厭戦気味(えんせんぎみ)であったからとされる。呪詛により、美しきエルフの王の肌は爛(ただ)れ、病魔が追い出された後にも、その頬には樫(かし)の虫(むし)瘤(こぶ)(Oak apple)にも似た腫瘍(しゅよう)が出来たが、外見以外に特に悪さはしなかったと言う。また、この《虫(むし)瘤(こぶ)》は銀色に輝き、エルフ王の威厳を損なう事は無かったともされる。

対して、主戦派だったドワーフ王に対する呪詛は強く、彼の精神は病(や)み狂い、妻と六人の子供を魔物と勘違いし、その大きな斧で次々と殺していった。妻は二人の幼子を抱えたまま湖に飛び込み、二度と上がる事は無かった。

正気に戻ったドワーフ王は自(みずか)ら岩に頭を打ち付け死んだ。こうして、王朝は途絶(とだ)えた。

巨人の兄弟王は互いへの憎しみが急激に燃え上がり、殺し合い、その長き槍で互いの心臓を刺し違えて共に絶命し、同じ焔(ほむら)で弔(とむら)われた。その後、継承戦争により、巨人族は混迷に陥(おちい)った。

小人族の女王は国で神官による反乱が起き、急いで国へと戻った。しかし、反乱軍に敗北し、虜囚(りょしゅう)の憂(う)き目(め)となった。国に残していて先に囚われていた娘と息子と、共に囚われの生活を過ごす事を女王は覚悟したが、彼女に現実は絶望を突き付けた。

両手を縛られ砂浜を裸足で歩かされていた女王は、波打ち際に漂(ただよ)う娘と息子の惨(むご)たらしい死体を見て、泣(な)き喚(わめ)いたとされる。そして、女王は舌を噛(か)んで、その場で死した。

砂族は戦時を除いて一年交代で王が変わるため、呪詛は種族全体にも及んだ。

その国では大量のイナゴが発生し、多くはない緑の地を食い尽くした。急いで戻った砂族の王は、跋扈(ばっこ)する無数のイナゴに怒(いか)り、衣服に付けていた食糧を取るのを忘れたままに、イナゴへと立ち向かい、その食糧ごと肉体をイナゴに喰われて死んだ。

しかし、一説によれば、その年は特に乾いた春であり、豊かな春の雨が訪れず、イナゴの卵を洗い流さなかったからともされ、加えて、遠征によりイナゴの卵つぶしを怠(おこた)ったからともされる。

いずれにせよ、イナゴは災厄の暗雲を形(かたち)成(な)し、その猛威(もうい)は他の四種族の国々にも及んだ』


『だが、呪詛(じゅそ)は応報(おうほう)を生んだ。五種族の精霊神への呪いにより、精霊神への信仰は薄れていき、結果として英雄王カインズによって女神アトラを中心とした全ての種族が平等とする信仰が打ち立てられた。これにより、巨大な英雄国家が誕生し、三王家はその国家ごと滅び、歴史に消えていった。残されたのは三体の不死王の執念(しゅうねん)のみであろうか……?』


 こうして、狂戦士は彼が知りえた神話の概要を語り終えた。

「ヴィル。神話は不死王の詳細については述べていない。だが、不死王も歴史に息づいた存在であったという事は分かる。単なる悪として生まれた者達では無かったんだ」

 対して、ヴィルは頷(うなず)き、答えた。

「そうなんだろうな。それでも、戦わねばならない。ロー、迷いがあるのか?」

「いいや、全(まった)く無いな。それでも感傷に浸(ひた)りたくもなるのさ。もうすぐ、全てが決着を結ぶのかと思うとな」

「そうだな……」

 と、ヴィルは暗雲の先を見つめて言った。

 徐々に高度は増し、結界の隙間より灰(はい)に霞(かす)んだ雲が甲板に流れ込んできた。

 そして、ヴィル達は飛翔艇の中に戻り、決戦の時に備えた。


 ・・・・・・・・・・



 暗雲を抜け、遠方ではあるが魔王城の尊容が微(かす)かに窺(うかが)えた時、突如として無数の点が飛翔艇に向かい迫って来た。

 それらの一つ一つの点は強大なる邪竜であり、飛翔艇に襲いかからんとしていた。

「おいおい、やばいんじゃねぇの。あれ!」

 艦橋にて、トゥセが叫んだ。

「安心せいッ!全門、発射準備ッ!」

 とのギートの命令に『オオオオッ!』とドワーフ達は答え、急ぎ炉に魔石と薪をくべていく。

 そして、飛翔艇から蒸気と魔力が噴き出していき、発射準備が整っていった。

 さらにドワーフ達は砲弾を詰めだしていた。

「トゥセ、甲板に上がるぞ」

 とのヴィルの言葉に『了解』とトゥセは答えるのであった。


 急ぎ甲板に出れば、そこには既に狂戦士ローとその部下達が配置していた。

 飛翔艇の周囲には結界が張られていて風は弱められているが、それでも常人ならば風圧と寒さでまともに顔を上げられない状況であった。

 しかし、ローや部下達は一糸乱れずに隊列を組み、上方より迫りつつある邪竜を鋭く見据えていた。

「ロー、銃器は使わなくて良いのか?」

 とのヴィルの疑問はもっともであった。

 騎士達の持つのは剣と弓矢のみであり、遠方を攻撃するのに最適な銃は持ち合わせていなかった。

「いやぁ、彼らの弓の方が威力が高いからねぇ」

 ローのさりげない言葉には、弓兵達の血のにじむような努力が覗えるのだった。

「さて、と」

 そして、ローは弓兵達に向き直った。

「これより飛翔艇の砲撃の後、我らは一斉(いっせい)射(しゃ)を行う。ただし、敵を十分に引きつけてから合図をするのでくれぐれも邪竜に怯むなよ!」

 との風の中も響き渡るローの声に、弓兵達ははやる心を押さえながら『了!』と答えるのであった。

「撃てッッッ!」

 ギートの張り裂けんばかりの号令と共にドワーフたちは一斉に砲撃を開始した。

 砲弾達は飛翔艇の魔導力を得て、すさまじい初速で撃ち出され、その速度をほとんど落とす事なく保ちながら遠方の邪竜へと吸い込まれていった。

 その威力は圧巻の一言であり、邪竜達の肉は弾けるのでは無く、抉(えぐ)り貫かれていった。

 当たりようによっては、砲弾は数体の邪竜を貫通していき、邪竜達は体に空いた大きな穴を見つめ首を傾げながら、力無く海に墜ちていくのだった。

 始め戸惑うことしか出来なかった邪竜達も次第に何が起きたか理解し始め、混乱(パニック)を起こし出した。

 得体の知れぬ恐怖が邪竜達を包む中、一際(ひときわ)大きな老成せし龍の咆哮が響き、邪竜達は正気に返り、再び飛翔艇に突撃しだした。

 さらに間の悪い事に、第一斉射は終了していた。

「ええい。次弾装填、急げッ!」

 ギートの声が艦橋に響くも、ドワーフ達は既に最善を尽くし発射準備に取りかかっていたが、それでもあと数分、次の砲撃まで、どうしてもかかってしまう。

「さて、出番かな」

 近づくにつれ次第に大きさを増す邪竜の群れを見つめ、ローは呟くのだった。

 ローは邪竜をひたすらに引きつけた。

 トゥセは思わずカードを放とうとするも、ヴィルに制され、手を止めた。

 一方で弓兵達は筋肉を限界まで隆起させ、渾身の力をこめて弓を引き絞っていく。

 そして、邪竜の牙すらはっきりと見える程となった時、『放てッ!』とのローの怒号が響き、魔力まといし疾風の如き矢が一斉に放たれた。

 それらは邪竜の鱗の隙間に正確に突き刺さり、もしくはその眼球を抉っていった。

 

 いずれにせよ、邪竜の飛行と隊形は大いに乱れていった。

 しかし、それでも邪竜達は個別に飛翔艇に対し炎弾を放って来た。

 とはいえ、それらの炎弾は飛翔艇の結界に阻まれ、虚空に散っていった。

 これを見て、邪竜達は直接、結界の中に潜りこもうとした。

 飛翔艇に張られた結界は魔力的な攻撃を主に弾くものであり、物理的な接触に関しては強くなかった。

 なので、多少、体が傷つくのを厭(いと)わなければ結界の内部に入りこむのは可能なのであった。


 その結果、結界と飛翔艇の間の空間では激戦が繰り広げられていった。

 甲板の上では弓兵達が次々と邪竜を狙い撃ち、側面などでは飛翔艇の機銃が火を噴いていた。

 邪竜達は次々と結界の中で墜ち、その底には邪竜の青い血だまりが出来ていた。

 とはいえ、弓兵達の被害もゼロでは無く、時折、特攻してくる邪竜達の攻撃を受け、弓兵達は徐々にその数を減らしていった。


 狂戦士ローは甲板で事切れている邪竜の屍を蹴り飛ばし足場を作り、そのままに怒り襲い来る邪竜に対し剣撃を放っていった。

「やれやれ、キリが無いねッ!」

 と叫び、ローは一気に跳躍し、空中の邪竜の首を同時にいくつも切断していくのだった。

 その上、空中にて無防備な隙が生じないように切り倒した邪竜を足場に次々と跳躍し移動していったため、邪竜もそのトリッキーな動きに対応できず、ただただ屠(ほふ)られていくのであった。


 一方で活躍を見せているのはローだけでは無く、ヴィルも邪竜の放つ炎弾を次々と斬り裂いていき、弓兵達を守護しているのだった。

 その働きは敵を倒すのと違い、あまり華々しく無かったが、彼こそ真に騎士であると言えただろう。

 もちろんローもまた十分に騎士であったが、なにせ彼は狂戦士なのだから。

 ただし、邪竜からするとヴィルの存在こそ非常に厄介であり、邪竜達はヴィルから殺そうと攻撃を仕掛けるのだが、その背後から狂戦士たるローが刃を突き立てるのであった。

 これもまたヴィルとローの一種の連携と言えただろう。


 さて、この時、ダーク・エルフのトゥセは甲板には居なかった。

 ヴィルやローという強者の居る甲板と違い、飛翔艇の側面は邪竜の攻撃にさらされつつあった。

 そんな中、トゥセは重力を感じさせない動きで壁を駆けながら、カードを邪竜に向けて放っていった。

 この突然の乱入者に邪竜達は戸惑い動きを止め、飛翔艇の銃撃の前に散っていく。

 トゥセが本気を出せば、カードであっても邪竜を貫く事は可能であったが、今は手数を優先し、こめる魔力をあえて抑えていた。

 その結果、カードは邪竜の体に浅く突き刺さり軽く爆発する程度だったが、飛翔艇による後方支援がある今、一瞬でも敵の動きを止めれば十分だった。

 そして、トゥセは飛翔艇の側面を何周も何周も回りながら、邪竜達を翻弄していくのであった。


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