第2話

どういうめぐりあわせか、相原とは中学三年に進級しても同じクラスになった。

 初めのうちは落ちつかなかった相原との友達という関係にも、その頃には慣れてきていた。

「梶」

 学校を出てすぐに名前を呼ばれた。振り返ると、校門で女の子たちと別れた相原がこちらに向かってくるのが目に入った。

「一緒に帰ろうぜ」

「女の子たちはいいのか?」

「お前と帰るときにいると邪魔くさいだろ。それにあいつらは家近いからな」

 平然と言う相原に驚きつつも、今までにも何度かこういうことがあった。こういう風に男友達を優先するところが、相原が男からも好かれる理由なのだろう。

 そんなことを何とはなしに考えていると、隣を歩く相原が不意に話しかけてきた。

「梶はさ、高校どこにすんの?」

 中三といえば子供も大人も高校受験で頭が一杯になる時期だ。俺や相原も例にもれず、進路のことはなにかの拍子に話題になっていた。

「俺? 俺は美原<みはら>かな」

「美原か~、やっぱレベル高いな」

「相原は?」

「……俺はねぇ、どうすっかなー」

 比較的家から近くてそこそこのレベルの高校の名を出した俺が問い返すと、相原は少し黙ってから極めて明るい声でそう言った。なんとも能天気な回答だけれど、それでも相原の成績の良さを考えればそれだけの余裕があることも頷ける。

「まぁ相原だったらもっと難しいとこでも入れるよね」

 俺は相原と話しながら歩いて帰るのが割と楽しくて、好きだ。

 学区域があるせいで、公立の中学では登下校は徒歩と決められている。俺の家は学区域の端の方だから通学には二十分くらいかかる。

 だから話し相手がいないとつまらない。運の良いことに相原の家は俺の家とは近所だったから、一緒に帰るのには打ってつけの相手だった。

 それならなんで中学で初めて知り合ったのかといえば理由は簡単で、単に小学校の学区域が違ったのだ。

 相原とうちの間には大通りが一本通っていて、そこを境に小学校の学区域が分かれていた。だからそれまでご近所とは言え、交流も何もなかった。ただそれだけのことだ。

「梶が美原にするなら俺もそうしよっかな」

「えっ?」

 隣を歩く相原がいきなりそんなことを言い出したのでびっくりしてしまった。俺の驚きように、相原の方が驚いたような顔をする。

「なんだよ。そんな驚くことないだろー」

「いや、だって相原ならもっといいとこ行けるだろ?」

「でもなぁー。今つるんでるやつらの中で、俺のレベルについてこられるのは梶くらいだろー? 他の奴らはもうちょっとレベル低いとこ狙うって言ってたし」

 自信過剰なまでのセリフだけれど、相原ほどの頭の良さならあまり厭味にならないのだなと思った。

「その梶が美原にするんだったら、俺もそこでいーよ」

「そんな簡単に決めていいのかよ。親は?」

「親だって美原なら文句ないだろ」

 あっさりと言ってのける相原はやはりどこか普通の人とは違う。俺にはその自信がどこから来るのかさっぱりわからない。

「そうなのか?」

「そこそこ頭のいい学校なら問題ないね。それにやっぱ誰か知ってる人がいる方が楽しいしな」

「そんなもんかぁ~?」

 相原と一緒にいるようになって一年経っても、いまだに俺には世間一般で言われているような『友達の大切さ』なんてものはいまいちよくわからない。そんな俺のセリフに、相原は呆れたような声を出した。

「梶ってホント薄情だよなー。今のって、友達のことあっさり切るってことだろ? それとも俺のこと友達と思ってない?」

「……まぁ友達なんじゃん? 俺今まで割と一人が多かったし、別に一人で何か問題があるとは思わないけど」

「ひっでーの」

 思うままを答えた俺を責める口調なのに、相原は笑っていた。

「まぁいいや。とりあえず俺も美原第一志望にしとこ」

 そう言って両手を頭の後ろで組んで歩く相原は、やっぱり俺には理解不能な生き物だった。思えば出会ってから一度も。相原のことを理解しているなどと思ったことはなかった。

「美原行ってからもよろしくな」

 まだ受験が始まってもいないのに既に受かったような言葉を口にする相原に、さすがの俺も閉口した。

 どんな思考回路をしているのか、一度こいつの頭の中見てみたいと思ったのは多分この時が初めてだった。


 それから約一年後の四月。相原の予言通りとでも言おうか。二人は美原高校に合格し、ほとんど散ってしまった桜の花びらを同じ場所で眺めることになった。


 入学式が終わり、早速クラス発表を見に行ったところで運良く相原を見つけた。周りは知らない人ばかりだったけれど、その中でも相原は目立つのですぐに気付いた。

「相原…どうしたんだそれ」

 お互い春休み中も連絡を取り合っていたので、二人とも美原に行くことはわかっていた。だから、そこに相原がいることには驚かないのだけど。

「ああ、これか?」

 相原が指差したのは綺麗な顔にかかっている眼鏡だった。

「お前、目悪かったっけ?」

「いや。度は入ってない」

「は?」

 相原の言いたいことがさっぱりわからなかった俺は相当な阿保面をしていたと思う。でも、必要のない眼鏡をしている相原の突然の行動に驚くのは当たり前だろう。

 そんな俺を見た相原は眼鏡をとって語り出した。

「俺は名前が相原だから、出席番号はほぼ一番だろう。そこでだな。高校では、どうせなら全てにおいて一番になろうと思うんだ。成績の方は問題ないから、これは先生ウケを良くするためのほんの小道具だ。ほら、これをかけると優等生っぽく見えるだろう?」

 そう言って手で弄んでいた眼鏡を再びかける。

 相原の考えることは俺には相変わらずよくわからないが、確かに眼鏡をかけると真面目そうに見える。すっと通った鼻や焼けていない肌に、細いメタルフレームの眼鏡が良く似合う。

「お前って本当に突拍子もないこと考えるよな……」

 そうとしか言えない俺に、奴は得意のニヤリとした顔をした。

「恰好いいだろ?」

「まぁ似合ってるって言うんだろうなぁ」

 自信過剰気味の相原にはもう慣れた。さすがに丸二年も付き合ってりゃ、いやでも相手のことがわかるようになる。

 こいつはこういうやつなんだ。今更俺がどうこう言ったってどうにもならない。

 それでも、相原は自分のことをよくわかっているタイプなだけあって、あまり的外れなことはしない。

 相原はに冷静さも、判断力もある。大人のリーダー格を持っているのは間違いない。

 だからこそ愛をふりまくなんて子供っぽく見えてしまうのだが、そう思うのは俺だけで、世の中には『大人』のたらしというものが存在するのだろうか。

 なんてよくわからないことを考えながら相原の顔を見ていたら、

「見惚れた?」

 と悪戯っ子みたいな顔した相原が下から俺の顔を見上げて来た。まだ俺の方がわずかながら背が高いから自然下から見られる。

 黒い前髪からのぞく相原の挑戦的な瞳が印象的だった。

「ばーか。俺にも女の趣味ってもんがあるんだよ」

「なんだよ。いつも叶わないじゃないか」

「それが俺の恋愛なんだからほっとけよ。そもそも俺にはお前みたいな恋愛の仕方は理解できないからなぁ~」

 というか思考そのものがよくわからないわけだが、わからないということが二年に及ぶ付き合いでわかってきたから問題ない。深く考えたらいけないのだ。

 代わりと言っては何だが、ひねくれた性格の方はだいぶ見切れるようになっていたけれど。

「とにかくクラス分け見ようぜ」

 いつまでも引きずる話題でもないので話を変えようとしたら、相原がニヤリと笑った。

「喜べ梶。今年も同じクラスだ」

「……またかよ」

「素直に喜べよ。俺と一緒で嬉しいだろ?」

「はいはい、嬉しいですよ」

 俺は元々、一人で行動するのが好きだ。でも、休んだときなんかのことを考えると、クラスに一人くらい仲のいいやつがいるのはありがたい。

 そう考えれば相原と同じクラスなのはラッキーかもしれない。それに伴う害もあるんだろうなぁ、とも思うのだけれど。

 それでも相原は中学からの付き合いだけあって俺の家の事情なんかも知ってるから、付き合っていく上では一番都合の良いクラスメートになるのは間違いなかった。

「せいぜい仲良くして贅沢させてもらうよ」

 にやにや笑って意趣返しみたいなことを言ってやると、

「何言ってんだ。俺がお前をこき使うに決まってんだろ」

 とふてぶてしく言い切られた。

 そんな風に言う割に結構優しいくせに。このひねくれもの。わかってんだからな。

 俺はあえて言い返さずに心の中でそう付け加えた。

 当の本人はそんなことに気付くはずもなく、

「教室行くぞ」

 と言ってさっさと歩き出す。

 それに置いていかれないように俺も歩きだした。

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